068:魔族を討つということ
スオン=ティークがのっそりと起き上がる。両腕に深刻なダメージを受けているはずなのに、その顔はニタァと笑みを浮かべている。
直後、大きく口を開いたと同時に魔力の砲撃が放たれる。すかさず、サージェとゼクレをはじめとした歌劇団の魔導師達が並び立ち魔術障壁を展開。
人一人なら丸々呑み込めそうなほどに太く、赤黒く輝く禍々しいレーザービームが、鮮やかな薄い赤色の壁に阻まれる……。
「な、なんという威力……。これは団長の『蒼炎の息吹』以上かもしれませんね」
「蒼炎と言えば、あのベルナルド殿の必殺魔術ですか? この砲撃が、それを上回ると……」
サージェは直に組み手をした事もあり、ベルナルドの必殺魔術を実際に受けた事がある。しかし、その際は完全には受けきれず、障壁を破られてしまっている。
スオン=ティークの砲撃に対しては皆で協力して障壁を展開しており、サーシェ一人で障壁を張るよりも遥かに強度は強いハズなのだが、受け止めている現時点で既に押され気味だった。
破られるのも時間の問題だろう。そうなってしまえば、背後に控えている歌劇団の面々やジョン=ウー諸共に消し飛ばされて終わりとなってしまう。
「打ち消すのが厳しいのであれば、障壁の角度を変えて反らしたい所ですが……これも厳しいですね」
現時点で既に全力で障壁を展開している。この時点で壁を動かす事に注力すれば、障壁の強度が弱まり即座に撃ち貫かれるだろう。
各国において上位に立つ実力者のサージェとゼクレならばそういう芸当も出来るかもしれない、しかしこの障壁は実力もまばらな多人数によって維持されている。
人数が多ければ多いほど、一人の乱れが全体の崩壊を招く率が上がる。加えて、元々は全く違う国と組織に居た者同士。統率も完璧とは言い難い。
しばらく寝食を共にして歌劇における統率は取れるようになってきてはいるものの、環境が環境だけに本格的な集団戦が練習出来なかった事が仇となった。
最悪の事態を想定して歯を食いしばるゼクレだったが、唐突にスオン=ティークの顔面が大爆発を起こした。
止まる砲撃――。彼にとっては思わぬ不意打ちだったようで、看過できぬダメージだった故かその場に尻餅をついてしまった。
「一体、何が……?」
◆
「おっし、ヒットしたな」
俺はバズーカを担ぎ、片膝を付いた状態で構えていた。先端のロケット弾は既に無い。今まさにスオン=ティークの顔面に向けてぶっ放した所だ。
残念ながら俺の魔術はまだまだショボい。それならば近代兵器のバズーカの方がまだ威力があるのではないかと踏んだのだ。果たして、奴に近代兵器は通じるのか。
間違っても「やったか!」なんて言ったりはしないぞ。どちらにしろ、この程度で倒せるような相手なら歌劇団のみんなもあんなに苦戦しないだろうしな。
晴れた煙の向こうに、尻餅をついているスオン=ティークの姿が見える。顔面は……うげっ、えげつねぇ。右目と鼻と口の辺りが抉れ飛んでる。
と言うか、ロケット弾をまともに受けて頭が吹き飛んでいないのが逆に恐ろしい。この調子だと、さらに強いであろう上級魔族にはもう近代兵器通じないんじゃないか?
異世界から侵略者がやってきた云々の創作だと、核ミサイル撃っても効かない敵も居たしな。さすがにそういうのは『特殊な何か』しか効かない類だとは思うが。
それに、そろそろ『俺の物』扱い出来る兵器もこの辺が限度だろう。現地の兵士達も、バズーカやガトリングガンを超えるような兵器をいちいち持参してなどは居なかったし。
兵器類はサブウェポンとして使うにとどめ、ル・マリオンで得た新たな力を本格的に使いこなせるようにしていかねばならないな……。
『グルオォォォォォォォォォォァァァァァァッ!!!!』
さらに猛るスオン=ティーク。おいおい、まだまだやる気に満ち溢れているって言うのかよ……。
「理性を失った魔族は本能で動く。そして、その本能とは破壊と殺戮……。今や彼はその権化、動ける限りは暴れ続けるよ」
「そういや、荒野で戦っていた魔族達もそんな感じだったな。切り飛ばされた肉片とかですら殺る気マンマンだったし」
「端的に言えばさっさとブッ殺すのが一番早い。幸いあの男は魔族化して間もない、理不尽な再生力とかはまだ無いハズだけど」
とか言ってたら、レミアとリュックさんが体勢を立て直して斬りかかっていった。
このまま好き放題に暴れられると劇場が崩壊してしまう。それぞれで足を斬り飛ばして動けなくするという算段だろう。
先程手を斬り飛ばした事もあってか、リュックさんは安定して足を斬り飛ばし、レミアも剣に闘気を集中させる事で同じように足を斬り飛ばしている。
こうなってしまえば、もはやスオン=ティークはその場で暴れるだけのだだっ子状態に過ぎない。しかし、まだ命を絶ったわけではない。
そんなスオン=ティークを見るジョン=ウーの顔は非常につらそうだ。何せ彼は、祖父の代からずっと側近を務め、自分の代も未熟な己に変わって政務をこなしていた男だ。
下手したら家族よりも付き合いが長いかもしれない。そんな存在が異形と変わり果て、四肢を破壊され、顔面すらも無残に砕かれ、それでもなお暴れまわっている。
スオン=ティークの言い方からすると、まさにその瞬間、自身の魔族化のスイッチが入った事を察したようにも思える。主の魔族による操作か、何らかの条件による発動かは不明だが……。
「よし! 魔族にも毒は効くみたいだねー!」
あの短剣使いは確かマイテだったか。暴れるスオン=ティークの隙間を縫うようにして、あちらこちらに刃を突き立てている。
スオン=ティークがまるで殺虫剤をかけられた直後のゴキブリのごとくピクピクし始めたので、彼女の言う通り毒が効いてきているのだろう。
「なかなかに硬くて刺すのにも苦労したけど、刺せさえすれば魔族も生物に過ぎないって事だね」
キラリと輝く彼女の短剣には薄い溝が刻まれており、そこを紫がかった液体が伝い、刃先から雫が落ちていく。
どうしても剣では力に劣る短剣の使い手――暗殺者や盗賊が『必殺』のために用いる仕込み毒だった。
こういうのを見ると、確かにツェントラールの騎士達からすれば顔をしかめたくなるのも分かる気がするな。
「周りに姿が見えないと思ったら、そんな事をやってたのか……。まぁ、結果は出したようだし、今更あれこれは言わないけど」
「当然だよ! この毒はワタシ自慢の逸品だからねー。グロースティーアだってイチコロだよー」
「あはは、おとぎ話の怪物かい? もしあんなのを一発で倒せたら、マイテは世界一の毒の使い手だね」
「……グロースティーア?」
「世間一般ではおとぎ話とされているけど、実在するこの世界最大の動物さ。四足歩行の獣だけど、どの種にも属しない唯一無二の種で、何より……デカいんだ」
マイテの口にした単語が気になってつぶやいてみると、ありがたい事にすぐに解説が入った。
「デカい……って、どれくらいだ? ハイムケーレンみたいな?」
「そんなのグロースティーアと比べたら小魚だよ。何せ『まるで山が動いている』と形容されるくらいだからね」
山が動いている……マジか。
「魔族のような異界の生物でもなく、瘴気でモンスター化したわけでもない。純粋な動物でありながら、その驚異度は上級魔族に匹敵する」
「この世界にはそんな凄まじい動物が存在しているのか……。見てみたい気はするが、恐ろしいな」
「まぁ、大きくても魔族やモンスターとは違う。対応を間違えしなければ無害さ。いつか、生息域に連れて行ってあげよう」
話の脱線が、今後の思わぬ楽しみに繋がったぞ。山のように大きな動物……直にこの目で見る時が楽しみになってきた。
おとぎ話扱いされているという事は、実際に目にする事すら難しい存在のだろう。人間もそんな動物の身近に住めるわけがないだろうし、きっと隔絶された場所に違いない。
◆
その間にも、毒を受けたスオン=ティークの動きは弱々しいものとなっていき、ジョン=ウーが倒れている彼の前まで歩いていく。
「スオン=ティーク・プラート、今までの忠義、感謝する」
剣を両手で逆手持ちし、高く飛び上がって腕を振り上げ落下の勢いと共に剣を振り下ろし、スオン=ティークの心臓部に突き刺した。
一際大きな雄叫びがあがるが、ジョン=ウーは歯を食いしばって耐えつつ、剣先に闘気を集中させてダメ押しをかける。
スオンティークの場合は魔族化して間もないが故にまだ人外じみた再生力を有してはいないが、基本的に魔族は心臓を一突きした程度で安心してはいけない。
治癒が不可能な程完膚なきまでに破壊しつくさなければ、瞬く間に傷を再生して襲い掛かってくるのも決して珍しい事ではないからだ。
「……ありがとう。う、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
スオン=ティークの上半身が爆ぜる。彼は最終的に人間に戻る事は無く、魔族化してそのまま生涯を終えてしまった。
魔術か何かで変身していた訳ではなく、根本から生物として別の存在に変わり果ててしまっていたのだ。死しても元に戻るハズがない。
さすがに胸部が弾け飛んだ状態ではどうにもならず、彼の顔は雄叫びをあげた際のおぞましい形相のままで時を止めた……。




