066:歌劇団の面々
祖父や父の手記から、陰で自分の国を支配している存在が居ると知った共和国の現指導者ジョン=ウー。
彼はこの存在――魔族を打倒しない限り、エリーティ共和国に真の平和は訪れない事を悟った。
しかし、表立って戦力を集めようとすると絶対に気付かれてしまう。そこで思い立ったのが娯楽用に与えられていた歌劇団だった。
歌劇団の構成員を武に長けた者のみで統一し、少数精鋭で革命を起こして魔族を討伐する――そんなプランを思い立つ。
魔族が提唱し、国主導で行われている洗脳教育の影響下にある自国の者は正直言って役に立たないため、影響を受けていない国外の者が必要。
そのため、彼は非道な手段であると自覚しつつも、手っ取り早く歌劇団の戦力強化を図るべく、他国の有力な強者を拉致する事にした。
強者故に真正面から拉致を試みても必ず失敗するだろうからと、疲弊した時を狙ったり、集落への襲撃をするなどと脅しをかけて従わせたりもした。
そうして五十名近く集まったが、当然ながら集められた者達の反発は非常に厳しいものであり、すぐにでも爆発しそうな勢いだった。
だが非道に手を染めてまでも国を救いたかった彼は、国の指導者でありながらも拉致した者達に土下座をして、革命を計画している事を告げた……。
・・・・・
「とまぁ、そんな経緯があってね……。最初はもちろん憤慨してたんだけど、何だか面白そうな展開になりそうだったからさ、承諾した」
「先輩らしいですね。それでずっとここに居たという訳ですか……」
前ツェントラール騎士団副団長のリュックは、今では前向きにジョン=ウーの計画に賛同し、活動しているという。
戦う事が好きな彼女にとって、先程のレミアとの戦いのような強者との戦いこそが何よりも楽しみな事。国を支配する程の魔族が相手ともなれば、ウズウズもするのだろう。
ただし、それは魔族の恐ろしさを知らぬが故の事でもある。ある事情から魔族の恐ろしさをこれでもかと言う程に知っているレミアは、先輩の好奇心を危なげに感じた。
「革命はいいですが、当時この豚――いえ、座長は全く使い物にならなかったので革命の先頭に立てるよう我々で徹底的に鍛え上げました」
「ゼクレ師匠、君……ほんと時々容赦ないね。まぁ、師弟関係で言えば僕の方が下だから仕方が無いんだけどさ」
ジョン=ウーは元々、単なるメタボのお坊ちゃんでしかなかった。行動力と意識だけは高いが……。
それが発覚して以降は『革命の先頭に立つ人物』に相応しい存在になるべく、集められた中でも一際強かった四名によって地獄の如き訓練を課される事となった。
その四名こそが、先程仮面をかぶって現れたリュック、ゼクレ、サージェ、マイテの四名である。いずれもが、他国の重役を務めていた人物だ。
訓練の甲斐あって彼は四名の師匠それぞれの得意分野を習得し、まだ個々の特技では師匠にかなわないものの、オールマイティで戦える戦士に育ったのだ。
先程も一対一で竜一と闘り合い、終始に渡って優勢で追い詰めていた事を思えば、なかなかの実力者であると言える。
「その割には肥満体なんだな……。徹底的に鍛え上げられたのであればもっと引き締まった肉体にならないか?」
「そうなると、僕が明らかに何かやっているのがバレてしまうだろう? だから、あえて当初の肥満体を維持しているんだ」
「まぁ、確かにいきなり痩せた指導者が大衆の面前に姿を現したら何事だってなるわな……」
「座長のその要望には苦労したよー。幸い、歌劇団の中にボオシデブでの調理経験ある子が居たから良かったけど」
マイテの言う『ボオシデブ』とは、砂漠の国ファーミンの民族間に伝わる伝統格闘技の事である。
体を鍛えつつも大柄な体格を維持した裸一貫の男達による大迫力のぶつかり合いがウリで、国内では大会も開催されるほど。
選手達は筋肉を増しつつも脂肪も維持しなければならないため、食事による栄養管理が極めて重要となってくる。
ボオシデブでの調理経験とは、そんな絶妙な栄養管理が可能な食事を作る事が出来る事を意味する。まさにジョン=ウーのコンセプトにはぴったり。
おかげで、表面的には脂肪で隠しつつも、内部の筋肉比率は増し、過酷な訓練による成果と経験も順調に蓄積されて行った。
(ボオシデブて、凄いネーミングだな……。いや、俺が聞いたから変に思うだけで、この世界的には問題ないのかもしれないが)
◆
「そう言えば自己紹介がまだだったねー。ワタシはマイテ! ファーミンの暗殺部隊で長をしていたよー」
さらりと凄い事言ったなこの人。暗殺部隊だって……? あの身のこなしはそれでか。
王の介入が無かったら確実に一回死んでいたぞ。闇に潜まなくても、正面から充分に殺しが出来るな。
言動が馬鹿っぽいだけに、戦闘時とのギャップが怖い。ファーミンはなんて人材抱えてやがる。
「さっきのガイコツの人なんだったのー? アタシの攻撃全く通じないし、あんなの反則だよー!」
『反則とは人聞きが悪いな、小麦色の未通女よ。ただお主が未熟なだけであろう……』
「ひゃあ! い、いきなり現れるなー! ってか、未通女とか言うな!」
マイテの背後より、わざわざ粉末状態から具現化して現れる王。意外と茶目っ気あるんだな。
と言うか、この世界にも未通女という単語があるのか……。単に元々の言葉が訳されてそう聞こえるだけかもしれないが。
王に有効な攻撃となると一体どれほどの力量が要求されるのやら。世界中のほとんどが未熟者扱いされそうだ。
「私はリュック、元ツェントラール騎士団副隊長だった身だ。ゆえに、レミアとそっちの魔女さんはご存じだろうけどね」
レミアにとって先輩であり先代である騎士か。横目で戦いぶりを見た限りだと、凄まじい剛剣使いのようだった。
俺が正面から戦ったら、その迫力に気圧されてしまうかもしれないな……。共和国が戦力として目を付けるのも納得できる。
やっぱこの戦いが終わった後は騎士団に復帰するんだろうか。それともこのままジョン=ウーについて行くのか。
「俺は初めましてだな。刑部竜一、異邦人だ」
「異邦人……なるほどね。急に攻め込んできたと思ったら、そっちにもそうするきっかけがあったか」
「リュックさん、でいいか? ふと気になったんだが、ツェントラールには帰るのか?」
「そうだな、考えてみれば私達は拉致されてきたわけだしな。もちろん帰るつもりではあるが、タイミングは戦いが終わってから状況を見て考える事にするよ」
さすがに国の重要な役職だけあってか愛国心は失っておらず、無責任に『このまま残る』とは言わなかったか。
ただそれでも少なからずの思い入れは出来ているようで、戦いが終わった後、ある程度の身辺整理くらいはしておくようだ。
「私はサージェと申します。コンクレンツ帝国で魔導師団の副団長をしていました……が。ほ、本当に我が国は滅ぼされてしまったんでしょうか!」
コンクレンツ帝国……か。そういや魔導師団に副団長が居なかったな。まさかこんな所にいるとは誰も思いもしないだろう。
さっきリチェルカーレから事の顛末でも聞かされたのか、非常に動揺している。そりゃあそうだろう。傍から見ても強大な戦力のあの国が落ちたなど、信じられるハズがない。
横に居る眼鏡の女性も「貴方はまだそんな眉唾に踊らされているのですか」とたしなめている。残念だが、眉唾ではないんだよな……。
「全く、面倒臭い子達だね。だったら手っ取り早く現実と言うものを教えてやろうじゃないか」
リチェルカーレが二人の手を引き、地面に開いた黒い穴の中へと引きずり込む。二人して「ひゃあ!」と可愛らしい悲鳴を出して落ちていく。
消えて数分もしないうちにまた穴が開き、今度はそこから投げ出されるように二人が飛び出し、尻を強打して痛みに顔を歪める。
「あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない……。首都が崩壊して城もボロボロ、草原は血肉の海で、瘴気漂う死の大地と化している場所も……夢です。これは夢なんです」
「分かりません、一体何をどうすればあんな惨状を引き起こせると……。私の知らぬ間に大規模な魔族の侵攻でもあったのでしょうか……」
……目の前に居るけどな、惨状を引き起こした奴ら。
「まぁ安心するといい。既に復興は始まっているし、帝国はツェントラールに統合され一領土となったから、これ以上犠牲者は出ないよ」
「そ、そんな所まで話が進んでいるんですか!? という事は、私はこれからツェントラールの魔導師団所属になるんでしょうか?」
「元々いた場所に戻ればいいさ。帝国魔導師団はコンクレンツ領魔導師団として存続するからね。キミとしても古巣の方が安心できるだろう?」
「あ、ありがとうございます! さっきは挨拶とかする間もなく戻されたけど、この戦いが終わったら……おかえりを言いに行かないと」
死亡フラグみたいな事を言うサージェ。だが、俺達がここに居るからには、そんなフラグは打ち砕く。
「ところで、そっちの眼鏡のお姉さんはどなたでしたっけ?」
「……あ、私ですか。申し遅れました。私はダーテ王国王室秘書をしておりましたゼクレ・テーリンと申します」
王室秘書と言うとアレか。俺の世界の英国などで王族に同伴し、身近で一緒にカメラに写っていたりする女の人の事か。
確か公務を管理したり、私生活を保護したり、他にもスケジュール管理や周りとの折衝・連絡、時には客に対応し、主の身だしなみの面倒も見る。
他にも、王族以上に王族の儀礼や慣習を身に着けており、王族に対してその辺を指導する事すらあるスーパーウーマンだったかな。
既に自己紹介している三人と比べたら、最も国の頂点に近い所に居る人物じゃないか……そんな人物を一体どうやって拉致してきたんだ?
「実は拉致される少し前、王子からクビを宣告されまして……」
何気なく経緯を聞いてみたら、重い話が飛び出しそうだぞ?
「問い質そうとしても、武力行使しようとするほど激怒していて取り付く島もなく――私は失意のままに王室を去りました。そこを、こうガバッと」
リアクション交じりで説明してくれるゼクレさん。あれ、この人意外と余裕ある……?
「ダーテには居場所が無くなってしまいましたし、新たに必要とされるのであればこの国のために働くのも良いかなと思いまして」
マイテは良く分からないが、リュックさんは帰る意思がある。サージェはあの様子からして、国に帰りたいのは間違いないだろう。
ゼクレさんは経緯が経緯だけにあまり帰りたくないのかもしれない。だが、そんな彼女の様子を見て、リチェルカーレがふとつぶやく。
「……キミ、クビになった今でも王子に対する敬意は残っているかい?」
「そ、それは当然です。王家には多大な恩がございますし、王子をお慕いしているのは今も変わりません」
「なるほど。だったら、後悔しないように行動する事だね」
「どういう……意味ですか?」
怪訝な顔のゼクレさん。リチェルカーレも何か思うところがあるようだが、それ以上は口にしなかった。




