064:偉大なる指導者、その名は――
俺はある程度距離を詰めた所で、容赦なく銃撃を仕掛ける。
だが、転がるようにしながらも回避される。不格好ではあるが、狙撃を見切る程度には出来るらしい。
続いて剣を抜いて仕掛ける。向こうも同じ獲物を持っていたのか、すぐさま剣を取り出して合わせてきた。
二度三度の剣戟ですぐにわかった。向こうは明らかに剣術を会得している。正直、俺の付け焼刃の剣術よりも巧い。
適度な間合い調整、死角からの切り上げ、刃を受け止めつつも滑らせる技術。参考にさせてもらおう。
『……こんな状況なのに、随分と楽しそうだね?』
目の前の者――不気味な一つ目が象られた仮面を着けた俺の相手が言葉を発する。声質からして、相手は男であるらしい。
「いやぁ、アンタなかなかの使い手みたいだからな。強くなるためのいい練習相手になりそうだと思ってさ」
『お褒め頂き光栄だね。師匠達からは日々ダメ出しされているから、称賛されるのは素直に嬉しいよ』
少し離れた位置から炎の魔術を数発。しかし、相手もそれに合わせて魔術を撃ち、相殺。
どうやら魔術の心得もあるか。『師匠達』と言っていたし、色々な戦い方を習っていると見た方が良さそうだ。
すると一つ目仮面は剣を放り捨て、二刀の短剣に持ち替えて間合いを詰めてきた。まだ引き出しを持っているのか。
奴の全身から闘気がほとばしると同時、一瞬その姿が消え、直後……俺の背中に鋭い痛みが走る。
ちぃっ、スピード特化か。意識していない所で攻撃を受けると、さすがに痛みより先に法力の効果が及ばないか。
俺は瞬時に法力を巡らせ痛みを消しつつ、自己治療を促す。部位欠損でさえなければ、何とかなるぞ。
『へぇ、法力も使えるのかい。けど、僕の攻撃よりも早く治せるかな……?』
また姿が掻き消えた。今度はかろうじて残像のように右へ飛び去る姿が見えたが、そう思った直後には既に真横にまで来ている。
何とか剣で刺突を防ごうと足掻いてはみるものの、防御が間に合う事はなく、腕にザックリと奴の短剣が刺さる。
今回は幸いにも目に見えて意識していた場所だった事もあり、痛みよりも先んじて法力を巡らせて痛みを消す事が出来た。
俺は何事も無かったかのように刺された腕を振り回すと、反撃に気付き慌てて飛び退く奴の仮面に剣の先端が当たった手応えを感じた。
『刺された腕で無茶をする……』
「こうでもしないと捕らえられそうになかったんでな」
『けど、仮面をかすめただけだったね。残念だ』
「あぁ残念だ。今ので終わっていてくれれば、俺もアホやらかさずに済みそうだったんだが」
『アホ……? 良く分からないが、キミならもしかしてと思っていただけに、悲しいね』
三度、仮面の姿が掻き消える。だが、今度は左へ飛び去り、俺へと迫る姿を目で追う事が出来ている。
これなら攻撃を合わせられる――と思ったら、直前で完全に姿が掻き消えた。
『引っかかったね。わざと捉えられる速度で接近したんだよ。こうやって不意を突くためにね』
下方から俺の胸に突き立てられる刃。左から迫るように見せて、ギリギリで速度をさらに上げて正面下方からの一撃か……。
未熟者の俺にとっては手痛い一撃だった。普通の奴なら、間違いなくここでゲームオーバーだろう。だが、俺にしかできないゴリ押しはここからだ。
「引っかかったな。わざと突かれたんだよ。こうやって不意を突くためにな。それ、ポチッとな」
こっそり足元に召喚しておいた地雷を踏む。この位置関係なら、俺はもちろん仮面の奴もただでは済まないだろう。
・・・・・
劇場内を揺るがす轟音に、各々戦いを中断していた者達が一斉に反応する。
「座長!」
レミアの前でその姿を明らかにしたリュックは、レミアとの会話を始めようとするその前に舞台に向けて走り出す。
「リューイチさん!」
爆発が起きた舞台には竜一も居た。レミアもリュックに続く。
「何が起きたの!?」
死者の王によって拘束されていた痛い人は、爆発的に闘気を発現させ、拘束を振り切って飛び出した。
『ほほぅ、この拘束を振り切るとはなかなかのものだ。この爆発……ついに使い所が来たという訳か、リューイチよ』
「申し訳ありません、どうやら緊急事態のようです」
「あの爆発……座長は大丈夫でしょうか?」
サージェとゼクレは焦らずに身を起こし、舞台へと駆けていく。
「ふふ。これで事態は大きく動きそうだ……」
皆の様子を遠目で見つつ、一人何かを察しているかのように笑むリチェルカーレ。
・・・・・
先程まで踊り子達が踊り、竜一と一つ目の仮面が戦っていた舞台は見るも無残な姿となっていた。
豪華かつ派手だったセットは瓦礫と化し、もはやまともに演じられるようなスペースはない。
そんな瓦礫に半ば埋もれるようにして、仮面の男は倒れていた。仮面は既にバキバキに割れており、あと一押しでもすれば完全に砕けそうだ。
「座長! 大丈夫ですか!?」
真っ先に駆け込んできたのは、レミアと戦っていたリュック。瓦礫の中から座長と呼んだ男を引きずり出す。
その時の衝撃で仮面が砕けてフードが取れる。仮面の下から出てきたその顔は……少し太り気味な男性のものだった。
他の三人も遅れて駆けつけ、座長のマントをはぎ取って怪我の具合を確認したり、顔の汚れを拭いたりしている。
「……無様な所を見せてしまったね。最後の最後で油断したようだ」
座長は痛みに顔を歪めながらも、自分を心配する女性陣を不安にさせないためか、何とか笑って見せようとする。
「一体、何がどうなっているのですか? 傍から見ていましたが、彼はそこまで凄まじい使い手には思えませんでしたが……」
リチェルカーレの尻に敷かれながらも、冷静に戦況を観察していたゼクレは、竜一の事をそう評した。
闘気に魔力に法力と器用にこなす感じではあったが、それぞれの技術の練度は明らかに座長と比べて未熟であると。
「確かに、変ですねぇ。見ていた限りだと、闘気の扱いも座長の方がお上手でしたし、向こうはスピードについていけてない感じでしたよ?」
サージェも同じように評する。普通に考えれば、座長の方が総合的な戦闘力では上だった。
「ワタシは、さっきの凄い爆発が気になるよ! あの男は、一体何をしたの!?」
「マイテの言う爆発……。それは、一言で言えば自爆さ」
「それって『シナバモロトモー!』ってやつだよね。じゃあ、あの男は……」
座長は首を横に振る。間近にいた自分が全身にダメージを受けている。爆心地に居た竜一の生存は絶望的であろう。
「残念だ。一切の躊躇いなく自爆を決行できる胆力があるのなら、僕の同志になって欲しかったくらいだ」
「同志になって欲しい……だって? アンタ、一体何を企んでやがる」
そこへ姿を見せたのは、当の自爆を決行した竜一だった。
「な……!」
座長が驚くのも無理はない。何せ、竜一は何事も無かったかのようにピンピンしているからだ。
「リューイチさん! 大丈夫でしたか!」
「あぁ、何も問題はない。とりあえずこれから、こいつらに色々と聞いてみるつもりだ」
「そういう事なら、こうしておいた方が良さそうだね」
リチェルカーレが指を鳴らすおなじみの合図と共に、魔力のロープで歌劇団の面々を縛り上げる。
先程、死者の王による拘束を振り切ったマイテが同じように闘気を爆発させるが、さすがに同じようにはいかなかった。
座長から大人しくするように言われ、他の面々共々抵抗をやめて、状況に身を任せる事にしたようだ。
◆
「……で、何を聞きたいんだい?」
座長が不敵な笑みを浮かべつつ、俺達に対して話を促してくる。こいつ、俺達がまず何を聞きたいのか解ってるって顔だ。
黒い軍服を身に纏った太り気味の男……。年齢としては割と若めで、覇気を感じさせる茶髪。おそらくは、こいつこそが――。
「アンタなんだろ? この国の指導者ってのは」
「なんだ、バレてたのか。では改めまして、僕がこの国の指導者――ジョン=ウー・ゴルドーだ」
魔力のロープで縛られたままでありながらも顔だけはキリッと決め、改めて自己紹介をしてくる。
ジョンウー……何と言うか、いかにもそれっぽい名前なのは、もはや何と言えばいいのか。
「指導者!? 貴方が……」
全く推測できていなかったらしいレミアは大層驚いている。
「そう、この方こそが現エリーティの指導者。そして、エリーティ歌劇団の座長でもある」
「エリーティ歌劇団とは、先程まで舞台を演じていた人達や、先輩達ですか?」
「歌劇団は元々『指導者を楽しませるために組織された集団』だったんだけどね。座長の発案でもう一つ意味を持つ事になったんだ」
「もう一つの意味……」
「そこからは僕が説明しよう。彼女達がここに居る経緯なども含め、話しておくべきだろうし。ただ、その前に――」
ジョン=ウーが俺一人を手招きで呼び寄せる。罠を疑ったが、もし死ぬような罠でも俺ならば大丈夫だろう。
それ以前に、間近にリチェルカーレが居るのなら、そんな不届きな真似すら出来ないかもしれないが。
「おい、僕は確かに君を殺すつもりで刺したぞ……どうなっている?」
俺だけに聞こえるように、あの時の事を指摘してくる。
「一言で説明するなら、俺は……異邦人だ」
「ちっ、そういう事か。異邦人は奇異な能力を発現すると言うが、君はとびきりのようだな……だが、それならなおの事都合がいい」
ジョン=ウーは、不敵な笑みと共に全てを語り始めた……。




