060:レミアの焦り
芋虫のような姿の魔族が糸を吐き、レミアの剣を絡めとる。しかし、レミアは闘気によって肥大化させた身体能力に身を任せており、決して剣を手放さない。
必死に剣をもぎ取ろうと足掻く芋虫だが、レミアが剣を手前に引いた事で、芋虫は一本釣りの如く宙へと浮かされてしまう。
当然レミアはこの機会を逃すハズもなく、自身に向けて飛んできた芋虫を剣で一刀両断。二つに分かたれた芋虫を尻目に、次の相手に打って出る。
肉塊のような魔族から伸ばされた触手を切り裂き、贅肉にたわむ表面に深く剣を突き入れると、先程の人型魔族の時のように内側で闘気を放ち爆散させる。
今度は再び襲い来る人型を相手取る。しかし、先程の体験からか攻撃を受け止めるような事はせず、かわすと同時に滑り込み、振り下ろされた右腕を根元から切り取る。
強固な肉体に剣を突き刺せるのだ、腕を切断するなど造作もない。痛みに悶絶する魔族の胸部に剣を突き入れ、肉塊と同じようにして人型も闘気で爆散させた。
「……レミア、どうしてしまったんだ?」
竜一は足元に転がっている両断された芋虫の体内から無数の蛆のようなものが湧きだしている事に気付き、手榴弾を放って消し飛ばす。
肉塊もまだ不気味に蠢いているのを確認すると、決して油断は出来ないと炎の魔術を使って念入りに焼き尽くす。斬り飛ばされた腕も同様だ。
あんな巨大な爪が付いた手だ。不意を突いて腕のみの状態で飛び掛かってきたりしたら恐ろしい。直撃したら死すらあり得る。
俺自身が喰らうのは構わないが、レミアが喰らいでもしたら只事では済まない。万に一つの可能性でもある限りは潰しておかねば。
「人外の存在はただ斬った程度では死なないかもしれないから、完全に殺しきるまでは決して油断してはダメなハズなんだが……」
次々と敵を手にかけていくのは良いが、そのことごとくを打ち漏らしているといってもいい状況に、竜一はレミアの変調を感じていた。
「感じるね。焦り、怒り、そして恐怖と悲しみ……」
竜一の横に現れるリチェルカーレ。彼女は先程の銃を手に、間をおいては一発、また一発と小出しに砲撃を放っている。
遠方からやってくる増援を的確に狙い撃っては排除しているのだ。そのため、この場所に居る魔族の数は徐々にではあるが数を減らしている。
「どういう事だ? 何かレミアについて知っているのか?」
「一昔前に魔族に関する事で何かあった――って事さ。こればかりは、彼女自身が克服するしかないね」
・・・・・
まさか、こんな所で魔族に遭遇するとは思いませんでした……。
人間が魔族の血によって変化させられた姿らしいですが、身も心も変わり果てた以上、もはや魔族そのものです。
魔族はこの世界に生きる者達にとっての敵性存在。滅ぼさねばこちらが滅ぼされてしまう。
――必死に戦う私の中で、ふと騎士になる以前の光景が蘇ります。
「へぇ。アンタ、なかなかやるじゃないのさ。けど……」
数年前、私がまだ騎士では無かった頃、ふとしたきっかけで戦う事になった女性の騎士。
彼女と剣戟を繰り広げるうちに鍔迫り合い状態となったのですが、彼女はそう言って私の剣を勢いよく跳ね上げました。
直後に来るのは胴体を狙った一閃。軽装鎧を着用している私ですが、まともに受ければ胴を持っていかれます。
「……けど、何でしょうか?」
とっさに私は右手を剣から離し、膝を突き上げると同時に肘を落とします。
「なんだって!? そんな馬鹿な事ある?」
狙われる場所は分かっていました。そして、剣を交えた経験から、剣が振られる速度も分かっています。
ならば、こうして挟み込んでしまえば止める事が出来ます。さすがに和国の『サムライ』が使う『シラハドリ』には及びませんが……。
私はあくまでも手と足に鎧が付いていたから何とか出来たのです。素手で挟み込むなど、もはや人間業ではありません。
「はぁ、やれやれだ。本当はここで華麗に打ち倒してから言いたかったんだけどね……」
彼女は剣を手放しため息を一つ。
「……アンタ、それだけ強いにもかかわらず動きがどこかぎこちないね」
「!」
「別の言い方をするのであれば、まるで一度極めた何かを捨てて、もう一度別のものを磨きなおしているかのような違和感がある」
痛い所を突かれました。と言いますか、少し戦っただけで見抜かれてしまうものなのでしょうか。
私は確かに、本来持っていた戦う力を失い、それを補うべく改めて戦う力を身に着けようとしている所でした。
彼女の推論でただ一つ違っていたのは、捨てたのではなく失った事。取り返せるのであれば取り返したいのが本音です。
しかし、取り返し方が分かりません。ゼロから磨き上げ、また当時のように強くなれば……とは考えていますが。
「察するにアンタは放浪者だね。行く宛もないならウチに来るかい? 私はリュック、リュック・ゲネラツィオン。ツェントラールの騎士団で副団長をやってるんだ」
「ツェントラール……そうですか、いつの間にかそんな所にまで来てしまっていたのですね、私は」
燃えるような赤い髪を頭頂部で縛った彼女は、銀色の軽装鎧を身に纏っているのにもかかわらず妖艶な雰囲気を漂わせています。
戦場に在りながらも女としての輝きを放つその姿に、私も気が付けば熱い視線を注いでしまっていました。
「もし良かったら、人々の平和のために力を貸してくれないか」
「私などで……良いのでしょうか」
私は守る事が出来ずに今この場に居る身でした。私はその事と向き合わず、無様にも逃げ出してしまったのです。そんな私が、人々の平和のため……
「なにこの世の終わりみたいな顔してるんだい。終わったのならまた始めれば良いだけじゃないか。生きていれば何度終わったって始められる。もう一度、踏み出しなよ」
リュック殿――いえ、先輩の言葉に救われた私は、この時を境に騎士として再び自分を磨きなおす事にしました。
ですが、そんな思いも入団してからそう大して時も経たぬ内に裏切られる事となってしまいます。
ある時、加護により敵国の部隊を退けた後、疲労困憊で撤退している我々に別の部隊が襲撃をかけてきたのです。
戦う力も尽きている一同には迎え撃つ力は残されていません。私も、正直言って戦闘をするとなると心許ない状況でした。
にもかかわらず、先輩は曇りなき笑顔で言うのです――「私が殿を務めるから皆は逃げな」と。
私は言葉に甘えてしまいました。気持ちの上では一緒に戦いたかったのですが、足手まといになれば先輩をより一層の危険に晒す事になる。
ならばこそ、せめて言いつけを守って皆で無事に帰還しよう……。その時が、私が先輩を見た最後となってしまいました。
――先輩。私はもう一度踏み出せるのでしょうか。答えては、頂けませんよね」
戦いの中で過ったのは、騎士団の先輩にして先代の副団長リュック・ゲネラツィオンと出会った時の事。そして、別れてしまった時の事。
自身の中に生じた暗い気持ちを振り払うように闘気を練り、身体を動かす……まだ足りない。敵に剣を突き刺し、刀身に闘気を集中させて爆発させる……。まだこんなものじゃない。
こんな下級魔族と攻防するのがやっとなんて、今の私はあまりにも弱い。けど、どうすれば前に進めるのでしょうか。
あの時から私は何も変われていない。それが焦りとなり、同時に魔族に対する憎しみも重なりどんどん自分が乱れていきます。
自覚しているのに止められない。次の相手は何処に居るのでしょうか。一体でも多くの魔族を倒さなければ……。
そんな風に思考が歪み始めたところで、背後から大きな爆発音が響きました。どうやらリューイチさんが何かしらの手段で爆発を起こしたようです。
続けて、手から炎の魔術を放って魔族を焼き払っています。よく見ると、あれは私が先程倒したハズの気味の悪い魔族ではありませんか。
一瞬何故と思いましたが、考えてみれば魔族がたったあれだけの事で大人しく死ぬハズがありませんでした。
……どうやら私は、そんな事も忘れてしまうくらいに焦っていたようですね。
・・・・・
「我に返ったみたいだね。動きのキレが良くなったみたいだ」
リチェルカーレの言う通り、レミアの動きが見違えて良くなっている。先程まではパワーに任せて暴れているような感じだったが、今は緩急付けて効率を重視していた。
人型の攻撃も受け止めたり回避したりするのではなく最低限の力で攻撃を反らし、爪が地面に刺さって動きが止まった所を決定的な一撃で確実に沈めていく。
倒れ伏した後も一切の油断はしていない。先程とは異なり、他の敵を相手にしつつもちゃんとそちらにも気を配っている。これなら万が一動いたとしても対処できるだろう。
俺は自分に近寄ってくる魔族達に地雷を仕掛けたり手榴弾を放ったりしつつ、レミアの様子を見守っている。
幸か不幸か、今相手取っている魔族は近代兵器が充分に通じるレベルの存在らしく、こういった爆弾が普通に通用している。
だが、もっと強い存在と相対した時、俺が召喚した武器などでは全く役に立たなくなる時が来るだろう。
「そのためにも、こっちを鍛えておかないとな!」
爆発によって弱った所を、強化した身体能力を活かして闘気を宿した剣で斬り付ける。
何体かに斬りかかってみたが、人型はやはり強靭な肉体と鱗が固いのか、今の俺では途中で剣が止まってしまう。
闘気そのもののパワーを上げる事が課題となりそうだ。どう特訓すればいいか後で聞いてみるか。
人の姿をしていない異形の魔族達に関しては魔術で対応を試みる。先程と同じく炎の魔術で焼き尽くしていく。
またさっきみたいに体内から気持ち悪いのがわき出してきても困るしな。他の属性も試したい所だが、さすがにこの状況では殲滅を優先した方が良いだろう。
「おっと。どうやらこちらは打ち止めみたいだね。もう援軍が来なくなったよ」
俺やレミアが戦っている間、ずっとあちらこちらに砲撃していたが、結構な回数だったぞ……。
共和国は一体どれだけの魔族化した人間を潜ませていたんだ? 下手したら魔族化した人間だけで大部隊が作れてしまうんじゃないか?
元々のゾンビに加え、後にゾンビ化した奴ら……元々は人間だった兵士だけでもかなりの人数が居たし、トータルすればコンクレンツ帝国に匹敵するか。
共和国がここしばらく攻め込んできてなかったのは、威嚇が効いたというよりは、こういった『闇』の戦力の拡張に努めていたからだろうな。
おそらくは納得行くだけの魔族化人間とゾンビが確保出来たら、ここぞとばかりに一気に攻めるつもりだったのではないだろうか。
そうなっていたら、加護を受けたツェントラール軍でも厳しいかもしれない。瞬間的に治癒するとは言え、さすがに食われたりしたらヤバいだろうし。
「了解。じゃあ頑張って残りを片付けるか……」




