058:待ち受けるはさらなる闇
「うげっ、なんだよ。このおぞましい光景は……」
王から目的地に着いたと教えられた俺は、馬車の中から外を見て吐き気を催した。
一帯に散らばる、人のものだったとおぼしき肉片と血の海。単なる戦いではありえない凄惨極まりない光景だ。
「うぅ、こんな酷い状況……見た事がありません」
レミアもすぐ奥へと引きこもり、蹲ってしまっている。
戦場で死を見慣れている彼女ですら、あそこまで酷いのには慣れていないようだ。
普通の軍勢同士のぶつかり合いではあんな状態にはならないもんな……。
「見る限り、あれは『物理的にゾンビをどうにかした跡』って所だろうね。瘴気で動くゾンビは、その仕様上身体をバラされた程度では止まらない。下手すれば手首足首だけで飛んでくる事すらある。だけど、細切れにしてしまえば一つ一つの力は微弱なものとなり、まともに動く事すら出来なくなる」
リチェルカーレは慣れたものなのか、外で王と並んで辺り一帯の様子を見まわしていた。
「けど、それじゃあいつかまた蘇る。時間をかけて近辺に散らばったものが集まり、よりおぞましい異形のゾンビとして生まれ変わる事だろう」
「嘘だろ……あの状態から蘇るってのか?」
「よく見るといい。肉片はまだピクピクと身震いしているし、臓物に至っては蛇のように這いずり回っているものもあるよ」
彼女が指し示す方向をつい見てしまったが、見てから思う。そんなのは見たくなかった……。臓物がまるで生物のように動いている様子は、ル・マリオンにおけるエグい光景上位に入るだろうな。
あくまでも対象を動かしているのは瘴気なのだから、対象が如何なる状態であれ、瘴気からすれば関係ないという事なのだろう。ただ、小さすぎると力を発揮できないというだけで。
「気味が悪すぎる。どうにかならないのか、あれ」
「さすがにアタシもアレをそのまま放置していく気はないよ。後ろからおぞましい化け物に襲われるとか不愉快だからね」
『死者の王としても、さすがにこれ以上酷使するのは気が引ける。もう解放されても良いだろう……』
そう言うと、王は先程のように右手を掲げ、今度は目映いばかりの光を照射する。照射された肉片や臓物から黒ずんだオーラが漏れ出していき、動きがピタリと止まった。
続けてリチェルカーレが地面に右手を触れさせると、瞬く間に周りの土がせりあがり、まるで津波のように凄惨な光景を包み込んでいく。
やがてその土は徐々に地面へと沈んでいき、数分もしないうちに何事も無かったかのような荒野が姿を現した。あっという間に土葬が完了したな……。
「意外だな。死者の王と言うくらいだから、リチェルカーレが言うような異形のゾンビでも作り出すのかと思えば、まさか浄化するとは」
『我はこう見えて同胞を大切にしておるのでな。過剰なまでの酷使はせんよ。細切れにされた者達を寄せ集めて別の異形を作り出し、さらにこき使うなど悪魔の所業であろう』
耳が痛い。俺とリチェルカーレは、以前野盗の女から「悪魔共」なんて言われてたからなぁ。
死者の王はその外見と種族に似合わず、なかなかのホワイトぶりだった……。
「それで、この後はどうするんだ?」
「次は急いで追いかけようか。アタシ達が行く前に終わってしまってはつまらないからね」
確かに、残された肉片やら臓物やら血の海やらだけを見てもなぁ……。どうせ見るなら、激しく戦っている所を見たかった。
既に先へ行ったゾンビ達に追いつかないと、また同じような光景が広がっているのを見る羽目になるかもしれない。
・・・・・
しかし、俺達は追いついた先で予想外の光景を見る事となる。なんとゾンビ達と別の異形達が戦っていた。
ゾンビ達は言わずもがな人間の死体のなれの果てだが、異形達の方はは明らかに人間ではない。
人のように二足歩行をしつつも全身が鱗で覆われた姿の者、巨大な芋虫のような姿の者、いくつもの虫が合成されたような姿の者、蝙蝠のような翼をもつ全身黒ずくめの人型……。
「モンスター……? にしては変だな。何処か禍々しいと言うか」
この世界に来て数えるほどしかモンスターに遭遇していない俺でも、不思議と見た瞬間にそれらとは違う存在だと感じさせる異形達。
モンスターは瘴気に侵されているとはいえ、まだ純粋な生物としての枠内に収まっていた気がする。しかし、こいつらは違う。
一挙手一投足に、明確な意志を感じさせるのだ。本能的に襲い掛かっているゾンビ達に対し、きちんと考え対処している……そんな感覚。
「……どうやら、リューイチは何か違和感に気付いたようだね」
「あぁ、何て言ったら良いのかはわからないけどな。とにかく普通のモンスターとは違うよな、あれ」
「あれは……魔族ですよ」
馬車の中から外の様子を見ていた俺達に声がかけられる。先程の件で奥に引きこもっていたレミアが再び顔を出したようだ。
「魔族? 確かギルドで少し話を聞いたような」
「魔族とは、我々が済む世界とは別の世界……魔界と呼ばれている所からやってきた者達の事です。彼らの世界は瘴気に満ちている世界であり、こちらの世界に進出するにあたってまずは全土を瘴気で満たし、自分達の第二の世界に変えようとしているのです」
「自分達が住みやすいようにしようってか。けど、何故わざわざル・マリオンへの侵略を企てているんだ?」
「細かい事は分かりません。しかし、魔族は欲深い生物です。異なる世界に新たな領土を広げるという征服欲があるのかもしれません」
「魔族は古来より戦い続けてきた、ル・マリオンにおける生物達にとっての敵性存在なのさ。魔族との戦いは世界各地で起こっていると言ってもいい」
敵性存在……。他の国家や野生生物、モンスターなどとは違う、明確に敵として定められた勢力か。
奴らを見ているだけで感じる妙な不愉快さは、本能的に魔族というものを敵性存在として認識しているからだろうか。
「基本的に魔族はル・マリオンの在来生物やモンスターと比べても格上の存在です。見てください、ゾンビ達が劣勢となっているでしょう」
もはや万に達するであろう数のゾンビが次々と魔族によって屠られている。魔族の数は数百程度だろうが、力量差が大きいのか数の差をものともしない。
だが、見ていてふと気になった事があった。ただ殴られて吹っ飛んだだけのゾンビが、二度と起き上がってこないのだ。
「ゾンビって殴られた程度で死ぬようなモンスターだったか?」
「良い所に気付いたね。あれは、魔族がゾンビと戦いながら瘴気を喰らっているからなんだよ。さっきレミアも言ったように、魔族の世界は瘴気に満ちている。平たく言えば、彼らが普段呼吸している空気が瘴気って事さ」
「逆に言えば、彼らにとって我々の世界の空気は肌に合わないため、魔界に居る時と比べて弱体化してしまっているのです。故に目の前に故郷の空気が満ちていれば、それはもう喜々に満ちて貪る事でしょう」
「あくまでも肌に合わないってだけで、呼吸が出来ないって訳じゃないんだな……」
「魔界の生物は無駄に生命力が高いから、空気さえあれば呼吸は出来る。ただ、彼らにとってル・マリオンの空気は、常に眼前にうんちを置かれた状態で呼吸させられてるようなものだろうね」
「うんちて……。いや、まぁ想像すると確かにそんな状態で呼吸するのは苦痛だけども」
自分も常に目の前にうんちが置かれた状態で呼吸しろと言われたら、弱体化するのは間違いないな。下品だけど分かりやすい例えをありがとうリチェルカーレ。
「他にも、魔族はゾンビに噛まれたりしてもゾンビ化しない。ゾンビ化は瘴気を流し込まれた事により元々の存在が変質して起きる現象だけど、魔族は元々瘴気をエネルギー源としているからね。彼らにとってはパワーを注ぎ込んでくれるありがたいサービスにすら感じる事だろう」
「と言う事は……この戦い、ゾンビ達に勝ち目はないという事か」
「そうなるね。さすがに数で押し込まれていくつかの個体はやられるだろうけど、最終的に魔族の集団が残る事となる」
「どうするんだ? このまま突撃するか?」
「さすがにこの数の魔族を相手にして無策で突撃するのは無謀ですよ……」
いかんいかん、思考がリチェルカーレ寄りになってきていた。普通に何とかなると思ってしまっていたわ。
考えてみれば相手は魔族なんだよな。俺が相手取ったコンクレンツ帝国の兵士達のようにはいかないだろう……。
「不安があるならアタシが間引きしてあげようじゃないか。ちょうど試したかったものもあるし」
そう言ってリチェルカーレが空間の中から取り出したのは一丁の銃だった。って、俺の銃じゃないか。
「これはリューイチの銃を参考にして作ったアタシ用の銃さ。見た目こそ同じだけど、材質や中身は全くの別物だよ」
彼女はその銃を眼前に構え、引き金を引く。すると一筋の赤い魔力光がレーザーのように放たれる。
その奔流に巻き込まれたゾンビや魔族達が地をえぐるレーザーの軌道に沿って綺麗サッパリと消え去ってしまった……。
この一撃により、敵集団は一斉にこちらの存在を認識したようだが、リチェルカーレは気にせず説明を続ける。
「これは持ち主の魔力をダイレクトに攻撃用に変換する銃さ。引き金を引かないと発射出来ないのは一応の安全装置代わりだね」
「いつの間にそんなの作ったんだ……。確かに、定期的にサンプルは提供していたが……」
「合間合間にだよ。人間、誰しも完全に一人の時間帯が存在するだろう。君だって人には言えないような事をしている時があるんじゃないかい?」
「あぁ、確かにそういう時間で密かに自慰行為をしていたりするが」
「ハッキリ言うな! バカなのかキミは!」
「リューイチさん、その……さすがに口に出しては言わなくても……」
しまった。この場にはレミアも居るんだったか。いつものからかうノリでつい言ってしまった。




