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055:お客様用区画

 冒険者ギルドにおける建築基準でもあるのか、そこはツェントラールと似たような木の香り漂う空間だった。

 ただし、冒険者達の姿はあってもワイワイと会話に花を咲かせている様子もなく、飲食スペースでは淡々とした食事風景しか見られない。

 まるで病院の待合室だ。熊みたいないかつい姿をしている冒険者ですら、借りてきた猫のようにおとなしくしている。

 当然、初見の相手に絡んでくるようなガラの悪い者はおらず、こちらを一瞥しただけで各々元の通り活動を再開させている。


「この国の冒険者ギルドは静かなんだな……」

「当然です。我が国の民は高潔で優秀なる者達ばかり、品格が表れているでしょう。これも偉大なる指導者の教育の賜物です」


 冒険者ってそういうものだったかな……。もっと活気に溢れた賑やかな空間じゃないと落ち着かないわ。


「他所から来た貴方達も、国内においてはくれぐれもお気を付けくださいませ。野蛮な行為で場を乱すような事があれば……お分かりですね」


 兵士が睨みを利かせてくる。郷に入れば郷に従えという事か。



【ダンジョンの巡回・調査 シェーナ Dランク】

【森での薬草採取 シェーナ外部の森林 Eランク】

【動物の狩猟 シェーナ外部 Eランク】

【瘴気に冒された動物の駆除(常時依頼) どこでも Eランク】



 依頼が張り出してある掲示板を見ると、依頼は全部でこの四つしかなかった。ダンジョンや常時依頼はともかく、他の二つなんてただの食料と資材の調達じゃないか。

 しかも依頼主は国だし……。個人からの依頼が一つもない。やはりお国柄、個人の意思で何かをやる事は許されないという事だろうか。

 そんな疑問を抱いている間にも、この国の冒険者が次々と依頼用紙を剥がして持っていく。依頼の数は四つでも、用紙は大量に重ねて貼られていた。


(この国で依頼を受けるのは無しにしよう)

(そうだね、何の実入りもなさそうだ)

(これではもはやギルドとしての体を成していないな)


 エリーティ共和国にギルドを設立するまではどうにかできたが、体制まではどうにも出来なかったようだな、ギルド協会も。

 どうやらこの国にとっての冒険者とは、普通の仕事と同じようにこれらの依頼を淡々とこなすだけの職業のようだ。

 俺達と同じく外部から来たらしき冒険者達も、あまりの状況にがっくりと肩を落としている。他国ならではの美味しい依頼は一つも無かった。

 食事する気力すら沸かず、エリーティ共和国の冒険者ギルドを後にした。


(ところで、レミアって冒険者登録はしてたか?)

(私はツェントラールの騎士ですから……。残念ながら冒険者を掛け持ちする事は出来ないのです)


 途中で様々な店に寄ってみたが、どれもこれも正直言ってクオリティが低かった。リチェルカーレに言わせると魔術道具は前時代的、レミアに言わせると武器防具は質が悪いらしい。

 それでいて他国より相場が高いというのだから目も当てられない。誰が買うんだ……と思ったら、この国の冒険者達が買うらしい。外部の相場を知ったら驚くぞ。

 だが、あの様子だとこの国の冒険者達が外の国へ出る機会はなさそうだ。依頼がすべて国内で完結してるし、内部の人間が用もなく外へ出してもらえそうな気がしない。

 国に入る前、リチェルカーレが『所属冒険者の帰還』云々と話に出していたが、エリーティ出身の冒険者達が外に居るのはあり得ないという事になるな。


 飲食物や雑品に関しても見てみたが、お世辞にもその質は良くない。ツェントラールで百ゲルトで買えるものが三百ゲルトする。

 それでいてツェントラールの物のように色つやが良い訳ではなく、果実などは虫食いの跡や歪みが見られるんだからたまったものではない。

 正直、露店の飲食物も遠慮したいくらいだ。美味い不味い以前に不衛生そうだ……。なるべくは食いたくないかな。




 そのまま俺達は指定された宿屋へ行き、与えられた部屋で腰を下ろしてくつろぐ事に。何と俺達に与えられたのは三人部屋だった。

 これはあれか、最初にルールとして説明された『単独行動禁止』が影響しているのだろうか。男女で分けると俺が一人になってしまうからな。

 ルールのためなら男女同衾など知った事ではないという事か。幸か不幸か、ちゃんと仲間内でまとめられたことは救いだが……。


「三人部屋ですか……。それはさすがに困ります……」

「おやぁ、何が困るんだい? まさかいやらしい事でも考えてたとか?」

「違います! り、良識的に考えておかしいじゃないですか」

「良識的に考えたら、例え男女が同じ布団で寝ようとも間違いは起こらないんじゃないのかい? 君の良識では、男女が布団を共にしたら必ず致すのかい?」

「あぁぁぁぁ……うぅぅぅぅ……」


 レミアがリチェルカーレに遊ばれている……。真面目と言うかお固いというか。


「まったく、そんなんだと行き遅れてしまうよ」

「また言いますか! 私だって、私だって……」


 チラッとこちらを見てくるレミア。なんだその意味深な目線は……。そして、それを見てニヤァと笑むリチェルカーレ。

 これは確実に『面白いものを見つけた』という顔だ。おそらくレミアは今まで以上にイジられる事になるだろう。俺にもとばっちりが来そうで怖い。



 ・・・・・



 夜。俺はリチェルカーレに連れられる形で、とある建造物の屋根の上に転移させられていた。

 面白いものが見られる――と、その場で伏せて指し示す先を見るように言われる。

 目線の先は、来る時にも見た賑やかなバザーの光景。だが、先程とは決定的に異なる部分があった。


 なんかやたら沢山兵士が居るな……兵士の買い物の時間か? 何をしてるんだ?

 明かりに照らされているからか人の姿は良く見えるが、何をしゃべっているのかが聞き取れないので、身体強化を試みる。

 すると、まるで目の前で会話しているかのようにバザーにおけるやりとりがハッキリと聞こえるようになった。

 現在は入浴中のレミアに後で見せるため、召喚したカメラで撮影をしつつ、会話に耳を傾ける。


『違う! そこはもっとこう、にこやかに!』

『会計のやり取りが遅い! 計算に時間がかかっていては馬鹿と思われるぞ!』

『陳列の商品が少ない! 貧しい国だと思われるぞ! ハリボテでもいいから棚をすべて埋めておけ!』

『午前の部で買ったものはちゃんと元に戻しておけよ! 何度でも使うんだからな!』


 兵士達が市民に演技指導をしていた……。わかってはいたが、やはり俺達の前で見せていた活気あるバザーの姿は偽りだったか。

 町そのものが一つの巨大な舞台。市民はそれを演じている劇団員。俺の知るあの国もそういう噂があるが、実際にこんな事をしてたりするんだろうか。

 となると、実情はあの国と同じと言う事になるのか……? その答えは、直後にリチェルカーレが教えてくれた。


(あと一つ、別の面白いものを見せてあげよう。もう一回転移するよ)


 再び転移した先はかなり高い場所だった。周りにここより高い場所が無い……。おそらくは先程見た二十階建ての建造物の上だろう。一番高い建物がそれだと言われていたし。

 見下ろすと町の全景が見える。自分達用の区画は完全に外出が禁止されているのか、ちらほらと巡回の兵士達が歩いている姿しか見えない。

 一方で、市民用区画ではあちらこちらで演技の練習をしている姿が見て取れる。市民が泣き崩れていたあの指導者の像の前でも兵士が演技指導していた。

 やっぱ演技だよな……。いくら国の指導者であっても、身内が亡くなった以上に取り乱すとか無いわ。不自然なまでに盛り過ぎなんだよ。


(おっと、注目すべきは街の中じゃなくてその逆なんだな)

(その逆……って、なんだこりゃ。何も見えんぞ)


 リチェルカーレに言われて視点を変えるも、視界に広がったのは一面の深闇……。


(そう言えば今は夜だし、普通に見たら良く見えないんだったか。ほいっ)


 リチェルカーレが俺のこめかみに指を当てた瞬間、身体に魔力が流れ込んできた。と同時、視界がまるで昼間のように明るくなった。

 自身の身体能力強化では視力を上げる事は出来ても暗視をする事は出来なかったから、また今度やり方を聞いておくか……。

 改めて深闇を覗いて分かった。一面に広がっていたのは、荒涼とした大地だった。真っ暗だったのは、そこに一切の明かりがなかったからだ。

 果たしてこの大地に生命は存在するのか……と思えるほどに静かな世界だ。一応気休め程度に草木は生えているようだが。


(これがエリーティ共和国の真の姿さ。これでも、まだその一端に過ぎないけどね)

(この荒涼とした大地以外にもまだ何かあるのか……)

(あぁ、実際に見るまでは信じられないと思うけど、とびっきりの『闇』が潜んでいるのさ)


 リチェルカーレの言う闇。それを確認するのは明日という事になった。

 コンクレンツ帝国の時のように、昼間堂々と乗り込む……



 ・・・・・



「ひゃわっ!?」


 夜間調査から戻ってきたら、部屋で着替え真っ最中のレミアとバッタリ遭遇した。


「おやおや、男女共同の部屋で堂々と着替えとは……キミはもしかして痴女の気があったりするのかい?」

「ち、違います! 誰も居なかったから今のうちならと思って……と言うか、リューイチさんはあっち向いていてください!」


 残念だ。だがしかし、指摘されるまでの間にレミアの肢体は目に焼き付けておいた。抜かりはない。


「そもそも、単独行動禁止というルールがあるんですよ!? 私が一人で行動してるとバレたらどうするんですか……」

「でも、風呂は一人で行ってきたんだよな? 何か言われたか? さすがに宿屋の中くらいノーカンだろう」

「そう言われてみればそうですね……。さすがにお風呂や生理現象の類くらいは単独行動が容認されているという事でしょうか」


 普通に考えたらそうだと思う。物理的にくっついて離れられなくなった訳じゃあるまいし、いくらトンデモなこの国でもそれはないだろう。


「じゃあリューイチ、これからアタシと一緒にお風呂入ろうか。単独行動禁止というルールがあるらしいし」

「ダイナマーイ状態でお願いしてもよろしいでしょうか」

「望むならそれもアリだね。さぁ行こうじゃないか」

「って、なんでそうなるんですか! お風呂は単独行動が容認されているとかいう話じゃなかったんですか!」


 リチェルカーレがニヤニヤしている。こりゃあ明らかにレミアをからかってるな。

 俺はそんなお楽しみ中なリチェルカーレの手を取り、風呂へと歩き出す。


「楽しみだなー。ダイナマーイなリチェルカーレとお風呂だー」

「ちょ、リューイチ。本当に行こうとしないでおくれ! さ、さすがに二人でお風呂はハードルが……」

「誘ってきたのはそっちじゃないか。俺としては全く問題ないから気にするな」

「アタシが気にするんだよ……」


 色仕掛けで煽ってくるくせに、乗っかられると弱いのは相変わらずだな。懲りないね。

 リチェルカーレがレミアをからかったかと思えば俺がリチェルカーレをからかい、騒がしい夜が過ぎていく。

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