054:エリーティ共和国へ
コンクレンツ帝国の南側。首都シャイテルよりもエリーティ共和国が近くなった辺りにその村――ティンツゥ村はあった。
村としてはそう大きくはないが、目立つものとして一つだけ白い石造りの大きな建物が鎮座している。
この建物はエリーティ共和国がコンクレンツ帝国側に建てたもので、共和国がコンクレンツ帝国からの来訪者を案内するために用意した窓口だった。
最たる特徴としては、建物の上の部分に紋章と男性の顔が描かれている事だ。リチェルカーレによると、国の紋章と指導者の絵らしい。
やはり俺達の世界のあの国とよく似ているな……。目線を下へやると、入り口手前には絵と同じ顔をした男性――指導者の銅像が建てられていた。
豪著な衣装を身にまとった凛々しく若い男性だ。さすがにここは俺の良く知るあの国とは似なかったか。
エリーティ共和国に行きたい観光客や冒険者達、あるいは商売をしたい人達は、必ずここを訪れて手続きをする必要があるという。
それはツェントラール側やファーミン側から訪れる場合も同様であり、ツェントラールの場合はハムサ村という所にここと同じような施設が用意されている。
「意外だ。結構人がいるんだな……」
俺達は窓口で入国のための書類に名前を書くと、番号札を渡されて出発の時間まで少しばかり待つように言われた。
待機している人や列に並ぶ人を含めると五十名ほどか。恰好からして冒険者が十名ほどに商人が三十名ほど。それ以外は一般観光客か?
商人達は商売と言う目的があるからで、観光客は文字通り観光、冒険者達は一体何をしに行くんだ……?
「一応、エリーティにも冒険者ギルドはあるからね。所属冒険者の帰還、あるいは外部からの様子見と言ったところかな」
「冒険者ギルドは全世界的な組織ですからね。いくら人の往来を制限しているエリーティでも、ギルドの展開を拒む事は出来なかったのでしょう」
「リチェルカーレの言う通りだとしたら、あの国において冒険者の出番なんてあるのか……?」
「一応ダンジョンがあるし、モンスターも生息している。素材だって収集できる。さすがに不毛の地じゃないよ」
三人で話していると、とある番号までの人達は外に出るように案内された。幸い、俺達の番号はその案内の番号内に収まっている。
収まっていない番号の人達は、次の案内で呼ばれるのだろう。とりあえず案内に従って外へ出ると、大きな馬車が五台ほど用意されていた。
馬車にはこれに分乗してエリーティまで行くという事か。やはりと言うかなんと言うか、紋章と指導者の絵が描かれている……。
・・・・・・・・・・
一時間ほど揺られた頃だろうか。馬車は歩みを止め、案内人が搭乗者達に声をかけて回る。どうやら目的地に着いたらしい。
正面の幌が開かれると、そこには十メートルを超えるであろう壁が遥か彼方にまで続いているのが見えた。
入出国を徹底管理しているだけあり、国境沿いは決して他所から入れないように、巨額の費用と人材を投じて全てを壁で覆いつくしたのだとか。
「でも、魔術とかがあるなら空や地中からでも入れるんじゃないのか……?」
「そういう事にも備えて、防衛には徹底的にお金をかけているよ。それこそ、上級魔族クラスでも来ない限り突破出来ないくらい強固にね」
それでもリチェルカーレなら突破してしまいそうだが、さすがに今回そういう荒業は控えるようだ。
おそらくはレミアが同行しているからだろう。実力的に彼女の制止を振り切る事は出来ても、後々が面倒くさそうだしな。
事実、今の話題を出した瞬間にレミアがリチェルカーレの方をジト目で見据えている。目で「やらないでくださいよ」と言っているようだ。
俺達は馬車から降り、案内人に連れられて門の前に行き、門番に身分証明書を見せた後で書類を一筆かかされた。
俗にいう『決まり事を守れ』というやつだ。単独行動禁止だとか、軍事関係に触れる事禁止だとか、指導者の絵や像に対する扱いなど。
これらを守らない場合、最初は注意程度で済ませるが、度が過ぎる場合は拘束した上で罰せられたり最悪死刑もあるという。ますますあの国らしくなってきた。
門が開かれた後、案内人に連れられ移動を始める俺達。そんな俺達の両横を、一定間隔で幾人もの兵士が取り囲むようについてくる。
彼らが街中で行動する俺達についてまわって監視する役割を任されているのだろう。恰好こそ中世風の軽装鎧だが、中身は完全にアレだな……。
そんな彼らをなるべく視界に入れないよう周りを見ると、意外にも広がっていたのはのどかな光景だった。
土の街道と、その周りに広がる草原、さらに向こうの方には森も見える。もっと荒れた土地を想像していたが、自然は豊かそうだな。
一キロくらい先には町の遠景がぼんやりと見える。国境沿いのように壁に囲まれており、その壁の上から突き抜けるようにしていくつもの建物が姿を見せている。
もしかして、ツェントラールやコンクレンツ帝国ではあまり見られなかった高層建築があるのだろうか。今までは高くても五階くらいまでだったしな。
あちらこちらを気にしている間にも案内人が色々喋っているが、大半が自国の素晴らしさと指導者の素晴らしさについてであるためか、ほとんどの人が聞き流していた。
思い思いに語り合いつつ、俺達と同じように様々な場所を見ては何かしらの話に花を咲かせている。幸か不幸か、話をスルーする事自体は問題ないらしい。
(リューイチ、レミア。聞こえるかい)
……うわ、なんだいきなり。リチェルカーレの声が突然響いてきたぞ。
(これは精神感応魔術ですね。リューイチさん、心の中で強く思う事で意識内でやり取りが可能になる魔術です)
(強く思う……こんな感じか)
(そうそう。この国だと会話もしづらいからこっちを使うよ。くれぐれも迂闊な事を口に出して喋らないように)
(でも、監視役の人には怪しまれない程度に外側で普通の会話もしなければなりませんね。難しい話ですが)
どうやら、彼女らに伝えようと意識しない限りは俺の内心は伝わらないらしい。何もかもが筒抜けだったらさすがに恐ろしいもんな。
それからしばらく歩き、俺達はようやく町にたどり着いた。シェーナという名前の町らしい。
特徴的なのは、遠景からでも見えた壁。国境沿い程ではないが、数メートルはあろうかという壁で町が覆われている。
案内人に連れられて門をくぐると、そこに広がっていたのは多数の人達が和気藹々とするにぎやかな町だった。
数々の露店が軒を連ね、店の人達が威勢よく呼び込みを行っている。
店頭には豊富に物資が並び、それを巡って値切り合戦を繰り広げている主婦達の姿も見受けられる。
ツェントラールの広場で見たバザーと同等かそれ以上のにぎやかさに俺は思わず目を見張った。
「申し訳ありませんが、このバザーは町の民のものですので、外部の方のお買い物は遠慮して頂いております。後ほど買い物できる場所をご案内いたしますのでご容赦を」
「民には民の生活があります。町の暮らしを乱さないようにお願いします」
兵士達が槍をクロスさせてバザーへ行かないように阻止する。やはり民と接触するのも禁止ってオチか。
乱れるのは生活じゃなくて演技の間違いじゃないのか? どうせ旅人のやり取りまでは台本に入っていないんだろう。
(まさか、ここまで制限が激しいとは思いませんでした。これではまるで人間という生物の動物園を見に来たかのようです)
(言いえて妙だね。でも、こんなのはまだ序の口だよ。ほら、あっちを見てみるといい)
リチェルカーレに言われた方を見ると、高さ十メートルはあろうかという銅像が二体並んで立っていた。
ティンツゥでも見た凛々しく若い男性の像とは異なり、どちらも若い男性がそのまま少し年を重ねたような渋い中年男性の像だった。
銅像の前では幾人もの人達が跪いて高らかに何事かを叫んでいる。中には泣き叫んで激しく取り乱している人達すらいる。
「あちらは我が国の偉大なる指導者様方の像です。左側が先々代、そして右側が先日お亡くなりになられた先代の……ひっく、ぐすっ。うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
突然案内人が銅像前の人達と同じように泣き叫び始めた。俺は何となく察しているが、他の人達からすると何事かと思うだろう。
(な、何事でしょうか……いきなり泣き始めましたよ、あの方)
(この国の恒例行事ってやつさ。まぁ、温かく見守ってやるといい)
リチェルカーレも事態を把握済みのようだ。この国のノリを完全に楽しんでいるな……。
「も、申し訳ありません、取り乱しました。先代がお亡くなりになられた事は、我々が身を引き裂かれるのとは比べ物にならないほどつらい事でして……。では、偉大なる指導者様方の前を通りますので皆様も失礼のないよう、一礼の上お通りください」
あの人達と同じ事をやれと言われたらどうしようかと思ったが、さすがに外部の人間に対しては自重したか。
それでも一礼はさせる辺り、完全に入りきっているなとは思うけど、無用なトラブルを避けるためにも一応やっておく。
(いやぁ、面白い国だねぇ。ほんと、外は面白い物で溢れているね。今まで外出しなかったのが悔やまれるよ)
(知識だけで知っているのと、実際に体感するのでは全く違いますからね。ただ、この国が面白いかと言われれば正直疑問ではありますが)
そして、銅像を通り抜けた先にあったのは、巨大な石の塔だった。遠景からでも見えたやつの一つか。
あの国の塔にそっくりだ。やっぱり思考が似ていると作られるものも似るんだろうか。ただ、高さはこの塔の方がかなり低めだ。
さすがに現代社会の建築力とファンタジー世界の建築力を比べてはダメか。いや、でもファンタジー世界は魔術などの要素があるから油断できないな。
もしかしたら、逆に凄いものが作れるかもしれない。空飛ぶ建物とか、天を貫くような巨塔とか……。
塔以外にも、十階建てや二十階建ての建造物が紹介された。曰く、様々な施設が入り、高層階はマンションになっているらしい。
石造りの立派な建物だ。ツェントラールでもコンクレンツでもこれほどのものはなかった。連れられている客の多くがその威容に驚いている。
しかし、その威容に反して全く生活感が見られない。中には本当に商業施設があるのか、人が住んでいるのか。
ここも兵士達によって行く手が遮られており、内部を確認する事は出来なかった。決まり文句は先程と全く同じだった。
他には、街中の全体に渡って絵と文が描かれた看板が乱立している。絵は指導者の顔だけのものや、笑顔で子供達と触れ合う指導者の絵、勇ましい軍隊の絵などが主だ。
文章の中身は、まぁ『偉大なる指導者の下、全人民は一つとなって勝利に向かって進んでいこう』とか『指導者達は永遠に我らと共に在る』など、お察しのものが並んでいる。
何処まで類似しているんだこの国は……。もしかして過去にあの国の人間がル・マリオンに召喚されたとでも言うのか?
・・・・・
さらに歩いたところで、鉄柵に囲まれた別の区画が見えてきた。次はそこへ案内されるようだ。
「お待たせしました。こちらがお客様向けの区画となります。冒険者ギルドや宿泊先もこちらに御座います」
なるほど、役割も完全に分担してるってか……。俺達が区画の中へ入ると、町へ続く入り口は兵士達が通せんぼした。
好き勝手に町に入られたらボロを出してしまうからだろうか。ほんと徹底しているな……。
(さぁて、どうする? ご希望があれば伺うよ)
(とりあえずは冒険者ギルドだな。この町のギルドがどうなっているのか見てみたい)
(そもそもこのような有様の町で、賑わっているのだろうか……)
俺達は頷き合うと、案内人に冒険者ギルド行きを希望する。するとそれに便乗した幾人かが、同じ場所を希望する。
案内人が兵士の一人にギルドまでの案内を頼むと、その兵士が「ついてくるように」と俺達を促す。
分かってはいたけど、当たり前のように監視役の兵士が同伴するんだな。先頭の一人のみならず他に四人が付いてきている。
もしかしてギルド内の全冒険者に対して監視の兵士が付いているとかじゃないだろうな……。




