053:閑話 冒険者達の新たな道
俺はロート。ツェントラールを中心に冒険者をやっている。ランクはBだ。
ふとしたきっかけで知り合った若き冒険者達四人を誘い、『紅蓮』というパーティを立ち上げ活動していた。しかし――
「お前達、いきなりそんな事を言い出すなんてどうしたんだ……」
エンデの騒動が収まった今、俺は居酒屋の席でその四人からパーティの解散を進言されていた。
「それは自分の胸に聞くのが一番っしょ。いくらあたし達でも、さすがにもう誤魔化されませんよー?」
紅一点の神官ルージュは、まさに今時の少女と言った感じの神官だ。口調こそ砕けてはいるが、神官としての修行は真面目に取り組んでおり、Cランクの実力はある。
「リーダー、いい加減自分に正直になって下せぇ。最近、無理してるのが丸分かりですぜ」
壁役の重戦士ロッソは、大柄な体格と重厚な装備で、常にパーティーを敵の攻撃から守ってくれた頼れる男だ。
「武術大会でのリーダー、すごく楽しそうだったぜ? あんな顔見ちまったら、俺達は止められねぇよ」
軽装の二刀流剣士ルブルムは、軽薄な印象から誤解されがちだが、俺と共に前衛として戦ってくれている心強い青年だ。
「そろそろ、自分の夢を追ってください。我々なら大丈夫です。リーダーの教えを守って堅実にやっていきますよ」
多少魔術の心得がある剣士ベルメリオは、その器用さから中衛を担い、パーティの安定性を高めてきた。
「……まさか、ライに何か言われたのか?」
「確かにあの人はあたし達の事を不愉快そうな目で見てはきましたけど、直接何か言って来るような事は無かったっすよ」
「これはあっしらで決めた事でさぁ。リーダーはこんな所で留まっていていい人じゃねぇ。世界に羽ばたくべきだ」
「ライさんと話していた時のリーダー、武術大会の時と同じ顔してたぜ? リーダーと共に進むべきは、あぁいう人種じゃねぇかって思ったよ」
「我々は既に心を決めております。今までありがとうございました。それでは……失礼致します」
ベルメリオがそう締めくくると、四人が同時に席を立って早々にこの場から立ち去ってしまった……。
俺はしばらくの間、コップの酒にも手を付けられずにぼーっとしてしまっていた。そうか、俺はそんなに分かりやすく顔に出してしまっていたのか。
・・・・・
僕はノイリー。コンクレンツ帝国の首都シャイテルで冒険者として登録をし、活動を始めて間もない冒険者だ。
ランクはDと、カードの色が示すようにまだまだ青二才だ。そんな身で、世の中のレベルが知りたいとエンデの武術大会に挑んだのがつい最近の話。
恐ろしい死者の王リッチが襲撃してきた際、僕はロクに何も出来なかった。対戦相手だった冒険者、ロートさんに助けられてばかりだった。
僕もいつかなれるだろうか、ロートさんのような冒険者に……って、あれは――
「ロートさん!」
酒場の席で、珍しく呆けた表情で座っていたロートさんを発見した。一体、何があったんだろう?
「ん? おぉ、ノイリーじゃないか。どうしたんだ、こんな所で」
「街の復興の手伝いを終えたので食事にでもと。冒険者向けに依頼として出されているものがいくつかありましたので」
リッチ達によって崩壊させられた町は、第四騎士団を中心として徐々に復興が進められている。
しかし、それだけではとても人数が足りないため、外部から人員を招集したり、冒険者に手を借りたりしている。
冒険者向けには依頼として張り出されるため、こなせば実績にもなるし収入にもなるし、何より戦いよりも安全で人気が高い。
百枚ほど貼り出された依頼がものの数分で無くなる事もある。僕も数枚もぎ取るだけで精一杯だった。
「ロートさんこそどうしたんですか? お仲間と合流したのでは無かったですか?」
「お仲間……か。実はな……」
なんと、ロートさんのお仲間はパーティから身を引いたらしい。なんでも、ロートさんに夢を追って欲しいからだとか。
「夢……ですか?」
「あぁ、世界中に眠る未知を探求したい。より強くなって、より熱い戦いがしたい。文字通り、命を懸けた冒険がしたい……」
「わかります! わかりますよ! 僕もそういう冒険がしたくて冒険者になったんです! やっぱ冒険者は夢とロマンを求めてこそですよ!」
男ならば憧れずには居られない……それが冒険者だ。最近は女性でも同じように思う人が増えてきてるみたいだけど。
「だが、今の世の中には冒険者を稼ぎと割り切っている者達も一定数存在する。俺の仲間達もそうだった」
「冒険者を稼ぎの種としか見ていないなんて……夢のない話ですね。いや、ロートさんの仲間を悪く言うつもりはないんですけど」
「いや、俺もそう思っているから大丈夫だ。だが、この先の時代……もしかしたらそういう冒険者が主流になるかもしれない」
だからこそ、彼らが安定して仕事を続けられるよう面倒を見ているうちに愛着が湧いてきてしまったのだとか。
確かに冒険者は任務を堅実にこなせるようになれば稼ぎはいい。それこそ、何百万ゲルトもの武器をコンスタントに買い換えられるくらいには。
皆が安定してそれを続けられるようになれば、確かに世の中が変わってくるかもしれない。ロートさんは先の時代を見据えているのか。
「だが、それをやるには早すぎたのかもしれない。友人にも言われてしまったよ。冒険に夢もロマンも抱いていないような存在はお前の足枷になる――と」
わかる気がする。堅実に稼ぎたいと思っている人達は、決して無理をしない。言い換えれば、未知に挑もうとはしない。
だが、夢を追う冒険者達というのは未知にこそ挑みたがるもの。予測できない危険、想像を超える強敵。そういうものにこそロマンを感じる。
決して相容れない存在だ。だからこそ、ロートさんの仲間達がとった選択は、互いのためにも正解だと思う。
「そこで、だ。ノイリー、俺と共に行かないか。武術大会で戦った時から感じていた。君は俺と同じタイプの冒険者だ」
まさかのロートさんからのお誘い!
「ぼ、僕でいいんですか……? リッチを前にしてロクに何も出来なかった身ですよ……」
「危険度ランクA以上のモンスターだぞ。アレを相手にして何か出来る新人が居たら逆に恐ろしい事だ」
「そ、そういうものなのでしょうか」
「武術大会に参加していた他の者達の事を言っているなら、比較するだけ無駄だぞ。相手がリッチだからこそ霞んで見えたが、皆それなりの精鋭だからな」
た、確かに。僕は新人冒険者だけど、他には前大会の優勝者や魔術の腕だけで高ランクに上った冒険者や、世界を旅していた神官も居たっけ。
いきなりそんな人達と張り合おうとしてどうするんだ僕は……。これから、ロートさんからいろいろ学びつつコツコツと成長していけばいいだけの話じゃないか。
「ロート殿。私もその話、一枚噛ませてもらって良いだろうか」
「おや、君は確か……」
「アンデッド狩りのヴァーンさん!」
「ノイリーさん、でしたか。覚えていてくれて光栄です」
声をかけてきたのは、武術大会で真っ先にリッチへ挑みかかった勇気ある神官ヴァーンさんだった。
皆が二の足を踏む中であの怪物に恐れずに立ち向かった姿は、僕の中で尊敬に値する事だ。さすがは本業。
「なんでも、新たにパーティを結成しようとしているとか。剣士二人では安定性に欠けますし、神官は要りませんか?」
神官と言えば法力の使い手。アンデッドに対する強い攻撃力のみならず、補助も回復も行える重要な後衛だ。
存在の有無が攻略の可否を分けると言っても過言ではない。個人的には頼りにしたいが、ロートさんがどう言うか……
「何故俺のパーティに参加しようと思ったのか、理由を聞いても?」
「簡単な話ですよ。貴方達は冒険をしたがっている。私も同じだからですよ」
ここでいう冒険とは、夢やロマンを追い求める事だろう。
「ハッキリ言ってしまえば、私はいつか再びあのリッチに挑みたいと思っています。ロートさん、貴方はどうですか?」
「……あぁ、挑みたいな。そういう途方もない強敵に挑むのもまた冒険だ。正直言って、それを考えるだけで胸に熱い物が灯った気がするよ」
「無差別なアンデッド狩りはもうおしまいです。私は神官としてより高みに至り、あの大物を討ちとる力を身に着けたいのです」
「俺も目指すはより高みだ。かつての仲間達の思いを無駄にしないためにも、今までの『紅蓮』では出来なかった事をやり遂げたい」
ロートさんは右手を差し出した。そして、ヴァーンさんがそれに応え、握手をする。
「ヴァーン、君もまた冒険者だ。俺は快く君を歓迎する」
「ありがとうございます。私自身、新たな目標が出来て熱く滾っていた所なのですよ」
「ノイリー、君も共に来てくれるか?」
「もちろんです! よろしくおねがいします!」
僕に向けて差し出された左手。当然、僕はそれを強く握り返す。実力ではまだまだ二人に及ばないけど、情熱と努力でカバーしてやる。
ロートさんの新たな『紅蓮』はここから始まるんだ。いつか新たな仲間が加わるであろう時にも、一員として恥ずかしくないよう強くなっておかないと。
・・・・・・・・・・
――ツェントラール王城。
私は『龍伐』というパーティに魔導師として参加している冒険者カニョン。ランクとしてはB、得意属性は闇。
コンクレンツ帝国の首都シャイテルでリッチの眷属と戦い、ボロ負けした挙句、戦闘の余波で町を破壊した事でしばらく無償労働させられた。
それが終わった後、私はどういう意図か『上を目指す気があるなら読め』と眷属の魔女から渡された手紙を読んでみる事にした。
内容は非常にシンプルであり『ツェントラール王城の魔導師団長ネーテを訪ねよ』というものだった。
何故にツェントラール? ツェントラールの魔導師団長に師事しろという事だろうか……?
ちなみに仲間である神官のクラルの手紙には『ツェントラール王城の神官長エレナを訪ねよ』と、同じくツェントラールが行き先として記されていた。
ただ、リーダーであるスラーンの手紙に関しては『この世の何処かに居るという『剣聖』を探し出せ』という曖昧な内容だった。
剣聖と言えば伝説に語り継がれる史上最強の剣の使い手とされる存在だが、果たして実在するのだろうか。だが、リーダーはこの手紙を信じた。
やはり冒険者だけあって、こういう無理難題に対してはロマンを感じるらしい。剣の使い手として、やはり剣聖は避けては通れないという事だろうか。
何故かもう一人の仲間であるスネイデンの分だけ手紙が用意されていなかったが、スタイルは違えどリーダーと同じ剣士という事で、共に行く事にしたようだ。
結局のところ『龍伐』は一時解散し、お互いに修行を終えてから再び合流する事にした。あんな無様に負けて悔しいのはみんな一緒だったみたい。
「ふんふふっふふ~ん♪ 大儲け~♪ 大儲け~♪」
何やらやたら足取りの軽い商人とすれ違いつつ、私は魔導師団長が居るという部屋を訪ねる。
「あら? 貴方は……」
「はじめまして。私は冒険者パーティ『龍伐』のカニョンと申します。実は――」
ネーテさんに手紙を渡すと、プルプルと震えながらその内容に目を通し……地面に叩きつけた!?
「あの魔女! まーた私に厄介事を押し付けて……」
ダンダンッと手紙を踏みつけた後、こちらを物凄い目つきで睨んだかと思うと、急に笑顔になった……正直不気味だ。
「カニョンさんと申しましたね。貴方は、強くなりたいのですか?」
「え、えぇ。私の最大最強の魔術が全く通じない敵に遭遇してしまいまして」
「最大最強の魔術……ですか。お見せして頂いても?」
「構いませんが……」
ネーテさんに案内され、城内の訓練場に出る。
そこまで広くないように思えるが、極めて強固な結界が展開してあるらしく、全力で魔術を撃っても大丈夫らしい。
「では、お願い致します」
「わかりました。世界を包む闇よ、我が声に耳を傾けたまえ……闇の波導!」
私は実力のお披露目とばかり、ネーテさんに向けていきなりフルパワーで闇の波導を放つ。
戦闘中でもなく、詠唱を待ってもらえた事もあり、あの時以上のパワーで術を放つ事が出来た気がする。
「ふむ、なるほど……。ベルナルドさんの『蒼炎の息吹』を百とするなら、貴方の魔術は七十と言ったところでしょうか」
そんな魔術すらもあっさりと障壁で防ぎ、評点を下すネーテさん。ベルナルドって、コンクレンツ帝国のあのベルナルド? 私の魔術、今その人と比べて評点されてるの?
ベルナルド百に対して私が七十……それが凄いのか凄くないのかはよく分からないけど、少なくともコンクレンツ帝国の魔導師団長以下なのは間違いない。
「では、次は貴方が受ける番ですよ。歯を食いしばりなさい」
そう言ってネーテさんが魔術を放ってくる。闇が集まり、奔流として放たれる……って、コレ私の術と同じ!?
私はとっさに全身の魔力を集中させ障壁を展開するんだけど……ちょっ、やばい! 瞬く間に障壁にヒビが入って――
「カニョンさん、大丈夫ですかー?」
ん、んん……。私、もしかしてさっきので気を失って……。
「クラル? どうしてここに……」
「どうしても何も、私の行き先もツェントラール王城ですから」
聞けば、彼女は手紙に書かれていたエレナという神官長に会い、私と同じく強くなる事を志願したのだという。
そのための修行の一環として課せられた内容が、城内に始まり首都や国内の村々を行脚する事らしい。
今はちょうどその旅に出ようとした所であり、最初に遭遇した治療すべき対象が偶然にも私だったという。
「あ、こちらはアニスさんです。私より少し前にエレナ様に弟子入りされた方です。前衛が出来る神官って凄いですよねー」
彼女の隣に立っているもう一人の神官は武闘神官か。おそらくは、クラルの護衛を担っているのだろう。
普通の神官一人で行脚するには武力が心許ないし、姉弟子だという彼女自身の修行も兼ねているに違いない。
「魔導師のカニョンです。クラルの事、よろしくお願いします」
「任せてくれ。可愛い妹弟子に手を出す奴はこの私が決して許しはしない」
アニスの瞳が輝いている。これはあれか、妹弟子が出来た事が相当嬉しいんだろうな。この様子なら任せても問題はなさそうだ。
「目覚めましたか、カニョン。今体感した通り、貴方の術にはまだまだ伸びしろがあります。特訓を始めましょう」
「……はい!」
旅立った二人を見送りつつ、私も自身を高める決意を新たにする。私の魔術を、必ずやあの魔女に届かせてみせる……!




