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052:野盗から神官への転職

 ――その日、ツェントラールの法廷では裁判が行われていた。


 先日まで領地内のイスナ村近辺を騒がせていた野盗団『山岳の荒熊』の件である。

 しかし、そのメンバーの大半が冒険者によって始末されてしまったため、ここに立たされている者はたった二人である。

 野党団の頭と、紅一点のアニス。特にアニスの方は両手首を切断された状態という痛々しい姿での入廷となった。


 結果から先に言えば、二人は死罪とはならなかった。


 頭の方は幾人もの人々を殺し、近隣の村に少なくない損害を与えていたものの、主たる被害を受けていたイスナ村の者達が死刑を否定したためだ。

 村人の中には身内を殺された者も居るが、だからと言って相手を殺してしまっては『身も心も殺した相手と同じ所まで堕ちてしまう』というのが主張であるらしい。

 人間以下の存在にまで堕ちた野盗と同じ所にまでは堕ちたくない――彼らの根底にある人間としてのプライドが、憎き仇を生かすという選択を決めたのだ。


 一方のアニスは野盗に身をやつすまでの経緯や、野盗になってからも重犯罪には直接関与していないなど、情状酌量が認められた。

 加えて、両手を失っているという凄惨な姿が既に日常生活を困難にするほどの重い罰になっているという判断が下された。

 そのため、監視役が付いた上で施設に籠って身も心も磨きなおす生活を送るという、現代における懲役刑のような結果となった。



 異例だったのはそこから先の事だった。


 なんと、アニスの出身村であるアルバ村が解体され、アルバ村は国が管轄する大規模な農産・畜産を行う生産拠点になると発表された。

 アニスに対する村人達の対応を聞いた国の重鎮達が、あまりにも前時代的過ぎる考え方であり、国民としての品位を著しく損なうものであると激怒したのだ。

 村人達はそのまま一大生産拠点のスタッフとして働かされる事になる。重鎮達の怒りを買った事もあり、その待遇は実に厳しいものとなるだろう。



 ・・・・・



 裁判が終わった後、私――アニスはとある一室へと呼び出されていた。何でも、ツェントラール神官長の部屋らしい。

 神官長が野盗なんかに一体何の用だ? と思いつつも、自分を連れてきた兵士に部屋をノックしてもらい、返事を聞いてから入室する。

 すると、中には目を見張る程の美しい金髪の女性と、全身真っ黒と言っても過言ではない無表情の女性が待ち構えていた。


「初めまして、神官長のエレナと申します。両手首を切断された女の野盗――というのは貴方で間違いありませんか?」

「あ、あぁ……。たぶん、そんな野盗は私くらいしか居ないと思うけど……」

「良かったです! これでやっと『お返し』する事が出来ますね!」

「お返し?」


 すると、エレナと名乗った神官長の隣に控えていた黒い女性が、手に持っていた箱を開いてこちらに見せてくれる。


「……手!? まさか、それ」

「はい。リチェルカーレ様よりお送り頂いた貴方様の手でございます。遅ればせながら、私はメイド長を務めておりますフォル・エンデットと申します。お見知りおきを」

「リチェルカーレ……私の腕を切り飛ばしたあのチビ魔女か……。どういうつもりだ?」

「あの方の意図は分かりませんが、私に言えるのはただ一つ。これから貴方の手を元に戻すための治療を始めますよ」

「治療……って、こんな状態から私の手が治るとでも言うのか!?」

「エレナ様は稀代の法力をお持ちの神官長です。彼女の手にかかれば不可能は御座いません」


 と、話を振られた神官長の方は苦笑いしているようだが……本当に大丈夫か?

 まぁこの状況下においては、私も流れに身を任せるしかないんだけどね。


「とりあえずアニス様は片腕をこちらに。そして、後は手をこうして……」


 メイド長が私の右腕を手に取り、その手首に合わせるようにして切り取られた手を重ねる。


「ではエレナ様。先日お教えしましたようにお願い致します」

「わ、わかりました。では……」


 神官長が右手を私の右腕に触れさせ、左手を切り取られた手の方に触れさせる。


「その身より分かたれしものよ。我が力に帰依し、今あるべき姿へと還れ――」


 文言を聞く限り、私から切り離された手が神官長の法力を拠り所として元々存在した場所へと還る――って事か。

 メイド長の持っている腕と手の間で目映いばかりの法力が輝き、まるで強いアルコールでも摂取したかのように身体が熱くなってきた。


「ふむ、成功のようですね。腕と手のお互いが『元々は一つであった事』を再認識し、改めて結びつきました」


 光が収まると、そこには私の右腕と右手がくっついた――つまり、元通りの状態で存在していた。


「嘘……」


 私は奇跡を目の当たりにしているに違いない。治癒の術でここまで凄まじいものなんて見た事が無かった。

 剣とかで深く切り裂かれた者の治療ですら相当高位の術が必要で、一般人が依頼するとなればとても一家では賄いきれないような額が必要となる。

 となると、切断された腕を繋げるなんて治療……どれくらいの費用が掛かるのか、私などでは皆目見当もつかない。


 同じように左腕の治療も済ませ、私は両腕が問題なく動く事を確認する。しかし、そこで何故私の腕を治療したのかという疑問が生じる。

 裁判においては『私の両手が無い事』が既に罰になっているが故に、裁きが軽減された。だが、今の治療によってその点は失われてしまった。

 もしかして、罰となる点を無くす事によってより重い罰を与えるつもりだろうか。甘めの措置が気にくわなかった者が居たのだろうか。


「ぶ、無事に治って良かったです~」

「正直、貴方は自分の力に対する自覚が足りません。貴方は自分自身で思っている以上に凄まじい力をお持ちなのですよ」

「そんな事を言われましても……」

「いいですか。普通の人間には儀式も出来ませんし、あれほどの加護を授ける事も出来ません。それに――」


 神官長が何故かメイド長から説教を受けている。どうやら神官長は自身の持つ力に反して自信なさげな性格らしい。

 あれほどの力を持っているのなら、相当に偉ぶれるハズなんだけどな……。村に寄越されていた神官ですら何処か偉そうだったし。


「さて、アニス様。こうして治療が済みました所で本題ですが……」


 なんだ? より厳しい罰か? 莫大な治療費の請求か?


「エレナ様のご希望により、これからは彼女の下で神官見習いとして働いて頂く事となります」

「神官、見習い……?」

「裁判において、貴方が課せられた罰を覚えておられますか?」

「監視役が付いた上で、施設に籠って身も心も磨きなおす生活を送る……」

「その監視役をエレナ様が買って出てくださいました。エレナ様は王城内でも地位のある方ですので、役としては申し分ありません。加えて、王城で神官見習いとして過ごす事が『施設に籠って身も心も磨きなおす生活』として認識されます」


 神官長の方を見ると、こちらに向かってニコニコと微笑んでいる……。うぅっ、女の私から見てもときめく美しさだなぁ。

 何処の馬の骨とも知れぬやつに監視されて、全く内容が読めない『施設での生活』とやらをするくらいなら、この神官長の下で生きたい。


「……よ、よろしくお願いします」

「わぁ。ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね、アニスさん」


 神官長が私の両手をギュッと握ってくる。ちゃんと手に温かみを感じる……。私の手が間違いなく存在する事を改めて認識する。 

 こんな物騒な世界で生きている以上、手なんて簡単に失ってしまう。手が存在する事がこんなにも嬉しいなんて、失う前は思いもしなかった。

 私は今まで手がある事はごく当たり前だと思っていたけど、当たり前の事にこそちゃんと感謝しないといけないんだな。


「ありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございます……」

「ア、アニスさん?」


 気が付けば、私はただ感謝の言葉を口にしていた。神官長……エレナ様は、私にとっての女神に違いない。

 後に指摘された事だが、この時の私は滂沱の涙を流しつつひたすらに感謝の言葉を垂れ流すという状態だったそうだ。

 うん、今思えばドン引きだな。エレナ様は、よくそんな私の面倒見ようと思ってくれたものだ。



 ・・・・・



 ――そして、現在。


 力の発現による資質判断を行った所、私は『闘気』に一番の適性があるらしい。自身の身体能力を強化したり、闘気そのものを放出する事で攻撃にも使う事が出来るそうだ。

 残念ながら神官において最も必要な法力を扱う適性は低いらしいが、全く使えない訳ではないらしい。そこは今後の修行次第と言った所だろうか。

 今の私は、闘気の適性を活かした『武闘神官』として、他の神官や要人の護衛を行ったり、各地を見回って不届き者を退治するといった活動を行っている。


「立場を利用し、民より不当な搾取を行った貴様は神官としての風上にも置けぬ! よって、王の名の下に貴様を断罪する!」


 私は目の前に居る中年男性の神官の横っ面を叩き、床へと転ばせる。武器として所有しているトンファーの先端を頬に押し付けつつ、逮捕状を読み上げる。

 この男は些細な治療にも法外な治療費を請求し、相手が年頃の女であれば代わりに身体を要求していたという外道だ。当然、神官を名乗らせるには相応しくない。

 内部の腐敗を取り締まる……武闘神官の仕事には少なからずこういう事例もある。


 裁判を受けるつい最近まで、散々に民より不当な搾取を行ってきた野盗上がりの私にこんな事を言われるとは、この神官も皮肉なものだな。

 だからこそ、私は償いの意味でも、過去の自分と同じかそれ以上に酷い事を行っている者を一人でも多く懲らしめていくつもりだ。


「貴様は確か、神官長が拾ってきた新入りだったか……。こんな事をしてただで済むと……」


 さすがに私の素性はごく一部が把握するのみで、この男からすれば『ただの新入り』にしか映ってはいない。

 何かを言いかけた外道に対し、私はトンファーの先端に力を込めてさらに強く押し付ける。


「逮捕状が見えないのか? 既にこの国において最高の権力者である王の印が押されているのだ。既に貴様は詰んでいる」

「ぐぬぬ……」


 逮捕状が発行されている以上、既にこの男が罪を犯したという確固たる証拠が揃っているという事だ。

 この状況で足掻くという事はその罪をより重い物にするという事に他ならない。この男はそれが分からないのだろうな。

 そもそも、分かるだけの頭があればこうした犯罪行為に至るような事も無いだろうし……。


 結局、外道神官は兵士達に取り押さえられ、そのまま運ばれて行った。

 エレナ様のような神官長の下で働く神官達の中に、このような存在が居る事が実に嘆かわしい。

 あの世代の男の事だから、若い小娘が上に立っている事が許せないのかもしれない。だとするならば非常に狭量な事だ。

 今後、そのような思想を持つ者は、神官として始めようという段階で間引かねば後々に大きな腐敗となるだろう。


 神官はミネルヴァ聖教の使徒であり、正しく人々から尊敬される存在でなくてはならない。

 元犯罪者であった自分のような者を迎え入れてくれたエレナ様のためにも、私はその体現者になってみせる。

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