050:コンクレンツ領を後にして
「よぉ、待ってたぜお三方」
指二本をピッと伸ばした状態で、顔の近くに置く姿勢……確か海外の敬礼にあったような。
首都の外――そんなジェスチャーと共に俺達を出迎えたのは、火の部隊長フォイアだった。
「なんでここに……って、そういや転移魔術が使える指輪を渡されていたんだっけか」
「そういうこった。練習も兼ねてあちこち飛んでみてはいるんだが、力の消費が大きい上に気を抜くと酔うなこれ」
「練習ついでの見送りってところかい?」
「今後の同志となる訳だし、送り出しくらいはさせてもらおうと思ってな」
送り出しとは言うが、その場に居るのはフォイアのみだ。まぁ、状況が状況だしな……。
それに俺達は国賓でも何でもない、ついさっきまで敵ですらあった存在だ。大々的に送り出す訳にも行かないだろう。
コンクレンツ帝国がツェントラールに併合され、コンクレンツ領となる事もまだ表沙汰にはされていないしな。
「方角からしてエリーティへ行くんだろう? 早速次の国を攻めようってか?」
「そのつもりだよ。時間をかけると後々が面倒になるからね。動き始めたからには、ちゃっちゃとやるつもりさ」
「まぁ、アンタほどの力があればすぐだろうな。何せ精霊すらまとめて倒してしまうんだからな……」
「精霊……か。キミは相棒を倒してしまったアタシを恨んでいるかい?」
「安心しな、別に恨んじゃいねぇよ。さすがにその瞬間はショックだったが、俺達は戦争をしたんだ。相棒も全力で戦い、その中で果てた。戦いに生きる者としちゃあ本望だろうさ」
相棒だった者の死を割り切れる辺り、さすがは年を重ねた男って感じだな……。不覚にもカッコ良さを感じてしまったぞ。
いや、実年齢で言えば俺とタメか少し上くらいなんだろうけど、当時の俺にもあんな雰囲気は出せないわ。
「恨みが無いのは結構な事だけど、何を葬式みたいな顔をしてるんだ。勝手に相棒を殺すんじゃないよ。精霊使いなのに精霊の生態を知らないとか……今頃、裏界で相棒が呆れてるよ」
「おいおい、そりゃあどういう事だ? 相棒は他ならぬアンタが消し飛ばしたんだろうが。完膚なきまで木っ端微塵によ」
「精霊はル・マリオンに生きる者とは異なる上位存在、その生態は従来の生物とは全く異なる。そもそも、精霊はあの程度の事で殺せるような存在じゃないのさ。確認してみるといい、キミの契約は途切れているかい?」
「契約……。うぉ!? マジだ! 契約の紋章が消えてねぇ……」
フォイアの右拳に、赤色で描かれた紋章が浮かび上がる。あれが精霊との契約の証って事か。
カッコイイな。俺もいつか、精霊と契約してあんな紋章を宿したいぜ……。
「相棒! 相棒! 生きていたら返事をしろ!」
『ん? あぁ、フォイアか……。随分と焦っているが、どうした?』
「……お前、生きていたんだな」
『お前は何を馬鹿な事を言っているんだ。精霊はル・マリオンで滅ぼされても裏界へ戻されるだけだ。まぁ、激しく消耗はするがな……』
「馬鹿はそっちだ。お前、そんな事一言も説明していなかっただろうが」
『む、そうか。いや、まさかこの我が滅ぼされるなどとは夢にも思わなかったのでな。説明の必要などないかと』
「まぁ細かい話は後だ。とりあえず再召喚するぞ」
フォイアが紋章を通じて相棒の精霊とやり取りした後、地面に紋章を描き召喚を試みる。
すると出て来たのは体長十メートルにも及ぶ蛇型の竜……ではなく、三十センチ程の蛇だった。
「うわ、ちっさ」
『一度はこちらで滅されたのだぞ。そこから再び元に戻るまでには、さすがに時間がかかる』
今の口ぶりだと『死ななかった』のではなく『死んでから蘇った』ような感じだ。まさか俺と同じような……?
「まぁそういう訳さ。戻ったら他の皆にもパートナーが生きている事を伝えてやるといい」
「……了解した。すまんがこれで失礼する。急いで皆に伝えてやらんとな」
「あぁ、けど最後に一つだけ注意しておかないといけない事があるから聞いて欲しい」
そう言って、リチェルカーレがその場で振り返ると共に空間をわしづかみにした。どういう原理なのか指先が空間へと刺さり、ビキビキとガラスが割れるような音を立ててヒビが入っていく。
間もなく空間が砕け散ると、彼女の手には青髪の女性が掴み上げられていた。まるで狙いすましたかのように、アイアンクローの如くガッチリと顔を掴まれている……。
「ぎゃああぁぁぁぁ……痛い痛い痛い痛い痛い!」
被害者女性には見覚えがあるぞ。確か部隊長の一人で水の人……ワーテルだったか。
両手で必死にリチェルカーレの手をつかみ、己の顔から放そうとしているが、全くビクともしない。
「とまぁ、アタシはこんな感じで空間転移を察知した上、空間越しに仕掛ける事も出来る。もし今後良からぬ事を考えたら……わかるね?」
「なるほどな。警告……って事か。にしても異空間のワーテルを引きずり出すとか、反則にも程があるだろアンタ」
「この世は皆が想像しているよりも遥かに広いのさ。強大な敵を相手にした場合はこうやって先手を打たれる事が良くある。これくらいの事が当たり前に出来なくては生き残れないような領域もあるのさ」
どんな領域だそれは……。ド〇ゴンボールか。
「あ、あの……。それでウチは、なんでいきなり頭を割られそうになってますん?」
ようやく解放されたワーテルが訴える。
「丁度いい所に転移してくる気配を感じたから利用させてもらったのさ。すまないね」
部隊長達はついさっき転移の指輪を与えられたばかりだ。当然、転移における移動の精度はまだ全然磨かれていない段階だろう。
となると、ざっと移動する場所のアタリを付けはしたものの『ズバリここ』と言った感じで出現する場所を狙うには至っていないと思われる。
リチェルカーレの背後に出てしまったのも全くの偶然だと思う。それであぁなってしまうとは、何という不運な人なんだ……。
「そういやお前、さっき転移で何処か遠くへ飛んで行ってしまったんじゃないのか……? いつの間に戻ってきたんだ」
「遠くまで飛んだと思ったけど、実はそんなに遠くじゃなかった。すぐ外、城のお堀に転移しちゃって、そのまま落ちちゃったんだよ。で、急いで戻ってきたら解散してたから、みんなどこへ行ったか聞いたらダンナの行き先しか分からなくて」
「それで俺の所へ飛んできたと……災難だったな。まぁ、俺の用事は既に済んでいるから戻るとするか。皆に伝えなければならない朗報もあるしな」
今度こそ失礼するぜ――と、フォイアはワーテルを伴い空間転移で去って行った。
戻った先ではきっと、彼から精霊の生存が伝えられている事だろう。
「ところでレミア、さっきからずっと黙っているけどどうしたんだい? もしかして生理?」
「違います! その……ただ話についていけなかっただけです」
無言であった事が何故生理に繋がるんだ……。男には解らない何かがあるのか?
「先程から話していた『精霊』の事についてなど、私には全く知識がありませんので……」
「学校で習わないのか? こっちの世界では戦闘技術とか魔法知識とか、そういうものを学校で教えてくれるものだと思っていたが」
「ツェントラールの場合ですと、資質がある者で志した者だけが受けられる基礎的なカリキュラムはあります。ただ、本格的なものは兵士団や魔導師団の養成所に入ってからとなります」
「そもそも、精霊については精霊使い自体が希少だから教える人材も教えられる側の人材も乏しいというのが実情だね。現に精霊使いの彼自身も、当の精霊から聞かされた範囲でしか精霊の知識を知らなかったしね」
「精霊使いに関しては、独学でやらなきゃいけないって事か……?」
「いや、世界に目を向ければ精霊使いの育成を掲げた専門学校もある。気になるなら、いつかそういう場所へ連れて行ってあげよう」
精霊使いの学校か……気になるな。学校内が多種多様な精霊で溢れているんだろうか。
さすがにホ〇ワーツみたいなコッテコテな感じではないと思うが、また新たな楽しみが増えたぞ。
「そのためにも、さっさとツェントラールの問題をどうにかしないとだね」
「あぁ。俺の目的である……自由な旅のためにも」
ミネルヴァ様との会話では、別に召喚された際の条件を護らなかったとしても特に罰則はないような感じだったが、それでは俺自身がすっきりしない。
命が尽きる寸前で魂を救ってくれたミネルヴァ様への恩、そのきっかけを作ってくれたエレナへの恩。それを仇で返すような事はしたくない。
ミネルヴァ様も俺がそう言うのを無視できない人間だと解った上で選んだと言っていたしな。そこまで俺の事を買ってくれた以上、期待に応えるしかないだろう。
加えて色々とトンデモな力まで与えてくれて、もはや完全に頭が上がらない。異世界召喚にあたって、実は俺ってかなり優遇されているのかもしれないな。
「エリーティに向かうのは良いですが、到着されたら何をされるつもりですか?」
「彼らが必死になって隠しているものを見せてもらおうと思っているよ。アタシは既に把握しているけど、キミ達にも実際見てもらった方が早いからね」
「隠しているもの……ですか?」
「あの国は基本的に閉ざされていて、普通に国を訪れただけでは絶対に通してもらえない。例えそれが商人であろうと、権力者であろうとね」
「聞いた事があります。確かあの国に入るには、各国に常駐している『案内人』にコンタクトを取る必要があるとか」
「その通り。エリーティには案内人に連れられた者達しか入国できない。しかも、入国後も常時兵による監視が付くし、行動も制限される」
国内では兵の案内に従って行動する事を強要され、定められたルートを外れる事は愚か、市井の人々との自由な会話すらも制限されるらしい。
うーむ、やはりそれって……。エレナから話を聞いた時も思ったんだが、元の世界にある『北の将軍様の国』とそっくりじゃないか。もしかすると――
「なぁリチェルカーレ、エリーティが隠しているものって――」
俺は『北の将軍様の国』のイメージ像を、そのまま耳打ちで伝えてみる。
戦場カメラマンだった俺もさすがにあの国には入った事が無いので、メディアによる伝聞だが。
「! へぇ……。なかなかに良い着目点じゃないか。ちょっと驚いてしまったよ。どうして『それ』を?」
「何と言うか、元の世界にそれとそっくりな国があってだな」
「それは興味深い話だね。色々と落ち着いた時にでも聞かせてもらおうか」
「私もぜひ聞かせて頂きたい所です。異世界に関しては何も知らないもので……」
「わかった。そのためにも、さっさと残る問題を片付けないとな」
「じゃあエリーティまで飛ばしていくとするか」
リチェルカーレが空飛ぶ絨毯を召喚する。俺にはもはやお馴染みのアイテムだったが、レミアにとっては珍しく映ったのか大層驚いていた。
そういや旅の道中で何処かの商人も大層興味を示していたな。この世界においては一般的に普及しているようなものではないらしい。
「こ、こんな魔術道具があったとは……。三人乗ってもビクともしないのですね」
「強度的にはドラゴンが乗ろうと耐えられるくらいさ。残念ながら、そんなに面積は広くないけどね」
一畳ほどの面積に三人……。まぁ詰めれば五人くらいは載るだろうか。
目の前に小柄なリチェルカーレ、背後にはレミアさん。綺麗どころのサンドイッチで正直落ち着かない。
それを察してか、リチェルカーレがこちらを向いてニヤァっとしてやがる……こいつめ。
「さぁ、エリーティ共和国に向けて出発だ!」
急加速。一瞬にしてもはや自動車並の速度が出ている。飛ばされないようにと、レミアが俺の肩を思いっきりつかってくる。
正直言って痛い。やはり騎士だからか、並大抵の鍛え方じゃないようだ。落ち着かなかった気持ちが霧散していく……。
しかし、レミアは気が付いていないのだろうか。高速飛行による衝撃を緩和するため、リチェルカーレが障壁を展開している事に。
「な、何という速度……。まるで加護を受けて馬で駆けている時のような……」
あの『黄金色の軍隊』と化していた時の事か。正直あれは自動車どころかF1並の速度が出ていた気がするが……。
馬に乗り自身で駆けている時と、乗り物に乗っている時では感覚が違うのかもしれない。
「まずはエリーティ最寄りの町で『案内人』と接触するよ。特にレミア、今のうちに腹をくくっておくといい」
レミアの表情に緊張が走る。何せ、国に喧嘩を売りに行くのだ。一国の騎士だった彼女にとっては到底あり得なかった事だろう。
俺もリチェルカーレと共にコンクレンツ帝国を攻めたとはいえ、国が違えば勝手も違うし、正直言って不安はあった。
エリーティ共和国。聞く限り俺の世界の某国とよく似た雰囲気だが、実際はどんな感じなんだろうな……。あと十分足らずが待ち遠しい。




