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049:悪辣な魔女の呪い

「うぅっ、おええぇぇぇぇぇ……」

「お、皇女! 年頃の女性が人前で晒して良い姿ではないですぞ!」


 床で四つん這いになってベルナルドに背中をさすられているのはプリン皇女だった。

 先程リチェルカーレから貸し出された、空間転移魔術が込められた指輪を試しに使用してみた結果がこれである。

 リチェルカーレ曰く『空間酔い』というやつで、空間転移に慣れないうちは異空間で酔ってしまうらしい。


「こればっかりは仕方がないね。体質の問題もあるから、個人によって大きく差が出てしまうんだよ」


 一同は使い方を教わった後、リスクも大きいから目と鼻の先への移動で試すように言われ、それを実践していた。

 何人かは言われた通りすぐ目の前に出現したが、他何人かは好奇心が勝ってしまったのか視界が届かない何処か遠くにまで転移してしまったようだ。

 目の前に現れた何人かのうち激しく酔ったのは皇女のみで、サーラという女性は少々ふらつく程度にとどまり、残る数人の男性陣に至っては平然としていた。


「やれやれだ。好奇心旺盛な連中は何処かへ飛んで行ってしまったようだな……あいつら、大丈夫か?」

「あまり遠くへ飛びすぎると大きく魔力を使ってしまうから、帰還する時に空間転移できなくなるだろうけど、まぁ死にはしないよ」

「ならいいか。しっかし、ほんのちょっと移動するだけでごっそり魔力を持っていかれたな。既に構築された魔術を発動するだけでこれとは恐れ入るぜ」


 おっさん――火の部隊長フォイアが指から火の魔術を出して、煙草らしき物に着火している。

 ごっそり魔力を持っていかれたとは言いつつも、さすがにそれくらいの魔力は残っているようだ。


「言いつけを破ったのはワーテルにブリッツ、ラニアにソンブルの四人ですか。ワーテルとブリッツが馬鹿なのは知っていますし、ソンブルも研究馬鹿でしたが、まさかラニアも好き勝手やるとは思いませんでした」

「言葉少なで消極的な子に見えますが、それとは裏腹に行動力は人一倍ありますからね。あの子は思い立ったら即断即決でやってしまうタイプですよ」

「目に見える位置に移動するだけでこんなに魔力を消費するとなると、遠くまで飛んだであろう彼らには再び空間転移を行う程の魔力は残ってなさそうですね。戻ってくるのはしばらく先でしょうか」


 机に伏せるようにして額を抑えている女性が風の部隊長サーラ、横で苦笑いしている丸っこいおっさんが土の部隊長スエロ、困り顔の若い男が光の部隊長リヒトだったか。

 どっかへ消えた四人も含めて、コンクレンツ帝国には明確な実力と地位を持った魔導師がこんなにも居るんだよな。確か騎士団も十の部隊があったっけ。今更ながら帝国の戦力ヤバイな。

 リチェルカーレという一個人があり得ないレベルでおかしいだけで、通常ならツェントラールの戦力などでは到底歯が立たない程の差なんだろうな……。

 

「それは貸しておいてあげるから、国の立て直しや自衛に役立てるといい。ちなみに貸出料金は不要だ」

「無料で貸し出し……こ、こんな凄まじい魔術道具を!? しかも、一つだけではなくいくつも……」

「これも『協力』の一環だと思ってもらえればいい。ただし、貸し出し中は取り外しを禁止させてもらうよ。万が一にも無くされたり盗られたりしては困るからね」


 ごく限られた者のみが使える空間転移魔術。それを誰でも使えるようにした指輪。

 こんなものがもし悪意ある者の手に渡ったりなどしたら、それこそ目も当てられない事態となってしまう。

 厳格なルールで縛るのは得策だろう。しかし、そういう事に納得がいかないタイプも居るようで……。


「なんですかそれは! お、お風呂入る時とか、料理したりする時とかも付けたままで居ろと仰るのですか!? ふ、不潔ですわ……」


 まぁ、確かに衛生面の問題はあるわな。俺の世界でも、永遠の愛の証である結婚指輪を外す外さないで揉めるパターンがある。

 

「でしたら、わたくしはこの指輪をお返しします。魔導師団の面々が持っているだけでも事足りるでしょう」


 その不満を口にし、指輪を外そうとする皇女。しかし――


「「ゴフッ……」」

「お父様!? お母様!?」


 突然、皇帝と皇妃が吐血した。それに呼応するかのように、まだ赤ん坊だった皇子も大声で泣き叫び始めた。


「危なかったね。指輪を取り外す直前で踏み止まって正解だよ。その指輪には、着用者が勝手に外すのを禁止するための呪いが仕掛けられてあるんだ」

「呪いだって? 随分とおっかねぇ事しやがるぜ……。まさか、外したら死ぬとでもいうんじゃねぇだろうな?」

「あぁ、死ぬよ。ただし、『着用者の大切な人』が、だけどね」

「なるほど。陛下と皇妃が吐血し、皇子が癇癪を起こしたのはそれでか……。つまり、皇女にとっては家族が大事って事だな」

「今回は『外そうとする意志』を感じ取っただけだからこれで済んだけど、実際に外してたら木っ端微塵に吹き飛んでただろうね」

「意志を見せただけでもアウトなのかよ。マジえげつねぇな」

「キミも、目の前の大切な人を惨たらしい目に合わせたくなかったら、素直に借りていた方が身のためだよ」


 目の前の大切な人を――と指摘されたフォイアが、隣に座っていたサーラにチラチラと目線を向ける。

 あぁなるほどそういう事ね、わかりやすいわ。一方のサーラはフォイアの目線に気付く事なく、指輪を見て身震いしていた。


「これは大昔、悪辣な魔女が考え出したタチの悪い呪いなのさ。リューイチ以外なら『アースシュテルヴェン王国』という名前に心当たりがあるんじゃないかな?」

「アースシュテルヴェン王国……まさか」

「そう。この呪いこそ、その原因さ。国民全てを平等に愛し、その全てが大切な人だという博愛主義者の王女が魔女によって『呪いの指輪』を装着させられ、後に見知らぬ者によって着けられた指輪の存在を不快に思った父王が王女の制止も聞かずにそれをムリヤリ外し――」

「確か、一日にして国民の全てが爆散したんだったか。小国だったとはいえ、何万人もの無辜の民が一瞬にして全滅。ル・マリオン史上において最悪レベルの大事件として歴史の教科書にも載ってるな」


 えげつねぇな、それ。博愛主義者に使えば国を丸々滅ぼしてしまえるのかよ……。けど、何よりもえげつないと思うのは『指輪を第三者が外せる』という点か。滅びた王国の王女の指輪も、父親である王が外したと言うしな。

 事情を知らぬ第三者というのは想像以上に難儀な相手だ。特にこの世界は、上の者に対して下手に意見しただけで首が飛ぶ事もある。指輪を外せと言われて拒否をするという……ただそれだけの事が難しい。

 自分で外さないようには心掛けられても他人の事まで視野に入れて行動するのは骨が折れる。そんな社会の在り方を知った上でその呪いを生み出したというのであれば、リチェルカーレが言う通り、魔女とやらは実に悪辣極まりない存在だな。


「そんな呪いを使えるって……アンタ、まさか」

「残念ながらアタシは呪いを使った魔女本人じゃないよ。当の魔女は既に処刑済みだからね」

「なら、何故アンタはその呪いを扱える? 術者が処刑される程タチの悪い呪いなら、禁忌として闇に葬られたはずだ」

「アタシはありとあらゆる知識を求む者。それは呪術や邪法とて例外ではない。闇に葬られたのであれば、闇の中からでも引きずり出すさ」

「やベぇぜ、アンタ……」

「ふふ、褒め言葉として受け取っておくよ」


 おっさんが口を閉じた。さすがにこれ以上踏み込むのは恐ろしいと感じたのだろう。

 禁忌として葬られた物を引きずり出してくるって、この世界の事をまだ良く知らない俺ですらヤバいって感じるしな。


「……とにかく、だ。くれぐれも扱い方を間違えるんじゃないよ。本気だというのは伝わっただろう?」


 息を呑むコンクレンツの一同。次、会う時に誰か消えていたりしないだろうな……?



 ・・・・・




 話をまとめた俺達は城から引き上げ、首都シャイテルを散策していた。避難していた住民が徐々に戻ってきていたが、街中の損傷は少なからず残されている。

 直接破壊さた箇所は中央通りを中心とした一部分のみだが、リチェルカーレと精霊達の戦いによる余波で建物にひび割れが生じているなど、最低限の補修は必要と思われる。


「中央通りが丸々抉れていますが、あれもリチェルカーレ殿が?」

「なんでもかんでもアタシのせいにしないでくれるかい? あれはアタシに向けて『闇の波導』をぶっ放した魔導師の仕業だよ。ほら」


 リチェルカーレが指を示した先には、土の魔術でボコボコになった地面を均している女性魔導師の姿があった。

 確かリチェルカーレと会相対していた冒険者達の一人だったな。そうか、俺がビックリした黒いレーザービームはあの人の仕業だったか。

 何やら周りの作業員にどやされながら半泣きで魔術を使ってるぞ……。


「おら! もっとしっかり魔術を使え! 首都をこんなザマにしやがったんだ……責任取りやがれ!」

「ひーん! 敵を倒すために頑張っただけなのに……」

「それで敵を倒せたのならまだいいが、失敗したんだろ。ただの壊し損じゃねぇか」


 なるほど、責任を取らされてるって訳か。俺は名も知らない魔導師だが、どうか頑張ってくれ。道の舗装は城門まで続いているぞ。


「彼女以外にも、多くの冒険者らしき方々がお手伝いをしてますね。おそらくは、ギルドから復興の依頼が出されているのでしょう」

「ギルドってそんな依頼も出すのか……」

「状況からして、一人でも多くの人手が必要ですからね。誰かさん達が大暴れしたせいですよ?」

「アタシは直接的に街を破壊した覚えは無いんだけどね」

「俺も」

「人は殺しましたよね。しかも、大量に」

「咎めるかい?」

「いえ。我が国もこれまでに多くの犠牲を出しておりますし、その逆が起こるのも仕方が無いかと」


 さすがのレミアもそこは割り切っているようだ。今までに幾度も出撃した中、騎士団にも犠牲は出ているハズだからな。

 同胞を殺されておきながら、相手は殺すな――などと聖人じみた事を言うようなタイプではないようだ。


「しかし、何処の国も民というのは強いですね……。戻ってきて早々に商売を再開しているようです」


 レミアが目を向けたのは露店だ。果物や野菜と言った物が中心に並んでいる。主な客は作業員や兵士達。復興の作業の合間合間で、足を止めては品物を買っていた。

 その隣では果実を絞ったジュースを販売しているようで、食料よりも水分の方が需要が高いのかこちらは幾人もの列が形成されている。

 例え復興作業そのものは出来ずとも、復興に携わる人を助ける事は出来る。現状を作り出した俺達が言うのも何だが、みんな前向きで何よりだ。

 ついでだからと俺達もリンゴみたいな果物と、オレンジみたいな果実を絞ったジュースを買っておく。


「それで、二人はこの後……どうするつもりですか?」

「このまま南下してエリーティに行くよ」

「そして、またここと同じように暴れ周ると?」

「そうだ――と言ったら?」

「私もお供します。無茶をやらかさないように見張らせて頂きます」


 見張るのはいいが、リチェルカーレの暴走をレミアが止められるのか……? まだレミアの本気を見た訳じゃないが、とてもリチェルカーレに及ぶとは思えないんだが。

 だが、さっき襟首をつかまれてガクガク揺さぶられていた時も無抵抗だったし、案外レミアの言う事ならば素直に聞くのかもしれない。




「はぁ。こんな時に先代の副団長が居てくれたら……」


 ――その後にレミアが漏らしたつぶやきは、竜一の耳には届いていなかった。

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