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048:苦労性の人達

 そこに立っていたのは、目に見えて息を荒くしていたレミアだった。ゼハーゼハー言ってるぞ、大丈夫か?


「リチェルカーレ殿……まったく、なんて事をしてくれたんですか……」

「やぁレミア。随分と息が荒いようだけど、ちゃんと三回の食事と睡眠はとってるのかい?」

「とってます! 息が荒いのは誰のせいだと思ってるんですか……」


 こんな時でもツッコミを忘れないレミア、さすがだな。


「帝国の進軍を止めたアレを見てから不安になって、諸々やる事を済ませてから追ってきましたが……間に合わなかったようですね」


 律義だなぁ。やる事を済ませてから追うなんて事してるから間に合わなかったんだろうに。まぁ、追いついていた所でリチェルカーレが止めたとは思えないけど。


「大きく崩壊した街に、草一本生えないくらいに荒れ果てた大地。まるで戦争でもあったかのような死屍累々とした草原、首都内部から門の外へと向けて放たれた砲撃の跡に、血の海と化した門。おまけに首都は民が一人もおらず、城も広場も崩壊……言うまでもなく、これはさすがにやり過ぎです」


 改めて挙げられてみると、確かに俺達は凄まじい事をやらかしているな。死屍累々とした草原は間違いなく俺の仕業だろう。

 考えてみれば後片付けも何もしていない。知らない人が見れば、地獄が広がっているように思えるだろうな……。


「リチェルカーレ殿、そちらは?」

「あぁ、彼女は――」

「ツェントラール副騎士団長、レミアと申します。コンクレンツ帝国皇帝ヘーゲ様とお見受けします。この度は大変なご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 リチェルカーレに紹介されるよりも素早く皇帝の前まで行き、膝をついて挨拶と謝罪をするレミア。

 さすが騎士だけあってこういう部分に関してはキッチリとしている。例え他国だろうと、皇族には礼を尽くす。

 と言うか、ちゃんと皇帝の顔知っていたんだな。サミットなどの際に顔を見ていたとかだろうか。


「お初にお目にかかる、レミア殿。私も随分とツェントラールに被害を出しているし、ここはお互い様と行こうじゃないか。これからは同胞なのだしな、はっはっはっ」

「えっと、それは……どういう……?」

「コンクレンツ帝国はつい先程を以ってツェントラールへと併合される事になった。これからの私は『コンクレンツ領の領主』となる。よろしく」

「は? はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 レミアはすぐさま起立したかと思うと、物凄い顔でこちらの方へダッシュしてきてリチェルカーレの胸ぐらをつかんだ。

 両手で思いっきりつかみ上げたためか背の低いリチェルカーレが宙に浮いてしまっているぞ……。


「な、なにをやらかしているんですか! 貴方という人はあぁぁぁぁぁぁぁ!」

「仕方がないじゃないか。誰も重い腰を上げようとしないんだから。だからアタシが行ってさっさと終わらせようと――」

「たまには外へ出ろと言っても全く外へ出なかった人間の言う言葉じゃないですよね!?」


 興奮したレミアにガックンガックン揺らされて首が激しく前後しているが、リチェルカーレの顔はまるで温泉にでも浸かっているかのようなリラックスぶりだ。


「まぁいいじゃないか。敵が減って、領土が広がり、国力も増した。良い事尽くめだろう?」

「……え? い、言われてみれば、確かに」


 俺達がやらかした事は、確かにとんでもない事だ。だが、ツェントラールという国にとっては全てがプラスになっている。

 リチェルカーレも言っているが、コンクレンツ帝国が同胞になった事で敵が減り、コンクレンツ帝国が併合された事で領土も二カ国分になった。

 さらに、人員も二カ国分。今までよりも大きく減った敵を相手に、今までよりも大きく増えた味方と共に立ち向かう事が出来る。


「で、ですがコンクレンツ帝国の皇帝ヘーゲと言えば各国の王を前にしても一歩も引かぬ、豪胆かつ厳格な人物だったはずです。あんな快活に笑うような方ではありませんでしたよ。一体、何をしたんですか……?」

「キミもここへ向かっている途中で色々見ただろう? 今度はアレを帝国の人里に落とすって言ったらあっさり白旗を上げてくれたよ」

「・・・・・」


 リチェルカーレの言う『アレ』とは、皇帝を降伏させるために放った魔術の事だ。流星雨の如く無数の光の柱を地に落とし、この世の終わりとも思える光景を見せつけた、大魔術。

 あまりにも強引なやり方に、レミアも開いた口が塞がらないようだ。アレと聞いただけで、おそらくは俺と同じものを思い浮かべたに違いない。

 だが、今になって思えば彼女はあの大魔術を使った時でさえ一切詠唱をしていない。ならば、彼女にとっての『詠唱魔術』とは一体どれほど凄まじいものなのだろうか。


「人里に落とすとか、絶対にやめてくださいよ? 言っておきますが、これはフリじゃないですからね?」


 何処ぞのお笑いトリオじゃあるまいし……。この世界にも『フリ』なんて概念があるのか。

 そもそも、ル・マリオンに『お笑い芸人』のようなパフォーマーが存在するのかどうか、今度聞いてみるか。


「やれやれ、遊び心の無いお堅い女だね。行き遅れても知らないよ?」

「……ナ、ナニヲ言ッテイルノカ良ク分カリマセンネ」


 レミアも数百年単位で行き遅れている『人間を辞めた女』に言われたくはないわな。その事をレミアが知っているのかどうかは分からないが。


「おや、リューイチも何か言いたそうだね」


 鋭いな。だが――


「いい加減話が脱線し過ぎだ。今後の事を決める話し合いの最中だっただろう。そろそろ本題に戻るぞ」

「それもそうだね。レミアは話を脱線させた事をちゃんと謝罪しないと」

「申し訳ありません、取り乱しました……って、私のせいですか!」

「まぁ、話し合いの場にいきなり乱入してきて騒ぎ散らかしたのは間違いないな」

「リューイチさんまで……」




 目に見えてショボーンとなったレミアを尻目に、再び今後についての話し合いが再開される。

 とりあえずこの後ネーテさんが国に話を持ち帰って王に色々と伝えた後、順次こちらに魔導師の人員を送るそうだ。

 もちろんその際は転移魔術で一気に行程を省く。普通に移動してたらそれだけで時間が経ってしまうしな。

 しかし、空間転移は魔術の中でも一際至難極まりないものであり、まともに使える者など数えるほどしか存在しない。


 そこで魔術道具の出番だ。空間転移魔術を込めた魔術道具を用いれば、使用者は自らの魔力を用いて空間転移魔術を行使できる。

 役割を担うためにネーテさんが与えられている魔術道具もそれだ。俺も皇帝に宣戦布告した際に借りたんだ。


「……空間転移魔術を込めた魔術道具!? なんだ、その国宝級のアーティファクトは! ただでさえ至難とされる空間転移、それを誰でも扱える魔術道具として落とし込むなど……」


 そこに反応したのが、コンクレンツ帝国の魔導師団長だったベルナルドだ。そういや魔導師は魔術を扱うだけでなく、魔術道具制作――魔工も出来るんだったな。

 同じく魔導師である部隊長達や、部隊長以上の使い手らしい皇女も彼と同様、同じ部分が気になるようで、一斉に視線をリチェルカーレへと向けている。


「なんだ、気になるかい? では、実際に試してみるといい」


 指を鳴らすと同時、各々の前に黒い球体状の宝石が付いた指輪が出現する。異空間内の収納から取り出したのだろう。

 リチェルカーレは何気なくやっているが、転移と同じ空間魔術とあってか難易度が高いらしく、実用レベルで使いこなせる者は一握りなんだとか。

 そのため、コンクレンツ帝国の魔導師達は驚いた目で一連の流れを見ていた……。


「こ、こんな小さな魔導石に空間転移魔術が!? この大きさだと、詰められても初級魔術が精一杯なのでは……」


 石の大きさによって中に込められる魔力量も違う。通常なら、指輪サイズの魔導石には護身用の初級魔術が一発詰められれば良い所らしい。

 魔導師が使う杖に付いているような大きさの魔導石で、やっと中級魔術。上級魔術ともなると、気軽に持ち運ぶのも困難な大きさの石が必要になるという。

 ましてや空間転移は大魔術。それこそ国宝――石碑のような巨大な物に込められているのが普通であるらしい。


 リチェルカーレが出した指輪に付けられている小さな魔導石の色は黒。バザーで彼女自身が見せてくれた宝石と同じ色だ。

 この色も珍しいのか、魔導師達から質問が飛ぶ。なんでも、自然に発掘される宝石では極めて珍しい色であるらしい。

 ブラックダイアモンドとか、向こうの世界でも珍しいもんな。その辺はこっちも同じか……。


「これはアタシが改造したものさ。極限まで込められる魔力量を増やした特注品だよ。うっかり魔導石に触ると中毒症状を起こすから気を付ける事だ」

「……早く、言って欲しかった」


 魔導研究に熱心だという闇の部隊長ソンブルが既に魔導石そのものに手を付けてしまっていたらしく、床に転げて苦しそうにしていた。

 確か『弱者が分不相応に強力な物を悪用する事は出来ない』という性質だったか。だったら、この指輪も扱えないのでは……。

 と思ったが、指輪にはその性質を打ち消す改造が施してあり、指輪を介する事で誰しもが分不相応な巨大な力を行使する事が出来るという。


「魔導石ってのは弱者が分不相応に強力な物を悪用する事は出来ないんじゃなかったのか……」

「それはあくまでも一般常識の話さ。まさかこのアタシが一般常識の範疇に収まるとでも思ってるのかい?」


 自分で言うか、それ。


 「なんと、これはそなたが作ったものだというのか……。てっきり、何処かのダンジョンで発掘したアーティファクトかと」


 驚きの顔を隠せない皇帝。ル・マリオンに多数あるというダンジョンや遺跡には、古代の者が作ったアーティファクトがいくつも眠っているという。

 現代の者達では到底足下に及ばないレベルの技術が駆使された物が発見される事が多く、それらを手にする事が冒険者のステイタスの一つにもなっている。

 しかるべき所に渡せば莫大な報酬と名誉を得られるが、そのアーティファクトの力を今後の冒険に活かすべく自身で使う事を選ぶ者も居る。


「これ程の物を作れるとは……魔導師界隈に激震が走るぞ。何故、今までこれらの物を表に出してこなかったのだ?」

「誰にも求められていなかったからね。発注さえしてくれれば売るし、新たにも作らせてもらうんだけどね」

「……後程、商談をさせてもらっても良いだろうか」

「歓迎するよ。フェアダムニスはいつでもウェルカムさ。窓口はネーテが担当しているから、話はそちらの方によろしく」


 苦笑いするネーテさん。国に話を持ち帰って国王に伝え、魔導師をこちらに派遣する役割に加え、元皇帝との商談までも追加された。

 優しく肩に手を置くレミアの表情も、ネーテさんと同じそれだった。苦労性同士『わかる』という事なのだろうか……。

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