046:選択肢なんて無かった
その合図は、いつもと同じく指を鳴らすものだった……。
しかし、その瞬間に肌を震わせる程の凄まじい魔力がリチェルカーレに集中していくのが解る。
さっき精霊達を圧倒していた時と比べても、まるで比にならない馬鹿げた力だ。
「竜一さん、来ますよ! 早く私の背後へ回ってください!」
「まさか、今まで続けていた魔力の隠蔽を解除しようとしているのか?」
「その通りです。リチェルカーレ様のお力は、それこそ力を解き放つ事自体が災害となる程のもの。故に普段は隠しておられますが……」
言われるや否や俺は言われた通りにネーテさんの背後に回り、ネーテさんはそれを確認した直後に障壁を展開する。
リチェルカーレにとっての味方であるハズのネーテさんの行動に何かを感じたのか、帝国側の魔導師達も同様に障壁を展開する。
皇女、ベルナルドをはじめ八人の部隊長も合わせて十人。皆が揃って主君を護るべく皇帝の前に陣取った。
その直後、リチェルカーレを中心として暴風の如く荒れ狂う衝撃波が解き放たれる。
室内にある装飾品らを木っ端微塵にぶっ飛ばし、ネーテさんの展開する障壁を激しく震わせている。
「くぅっ、魔力を放出しただけでこれとは、相変わらず恐ろしいお方です」
これはあれか、いわゆるド〇ゴンボールとかで良く見るやつ……風など物理的な現象を伴って周りにも及ぶという強さの表現か。
まさかそれを実際に体験する事になるとはな。ネーテさんの障壁で防がれてはいるが、障壁の外は見るも無残だ。
豪奢な皇座の間が瞬く間に消し飛び、それでもなお荒れ狂う猛威は止まらず、ついには俺達が今立っている床が屋上となってしまった。
「す、すげぇ……綺麗サッパリ消し飛んだな。これがリチェルカーレの本気ってやつか」
「いえ、あの方の本気はまだまだこんなものではありませんよ。今回はちゃんと足元には力が及ばないように気を遣ってますし……」
言われてみればそうだな。あくまでも綺麗に消え去っているのは床から上のみだ。もし加減なしにやっていたら足元も崩れていただろう。
ってか本気どんだけ凄いんだよ。精霊達と戦っていたアレでもかなり凄まじかったのに、今度は一体何をやるつもりだ……。
・・・・・
「わたくしは一体、何を見せられていますの……」
コンクレンツ帝国皇女プリンは、目の前で起きている出来事が信じられなかった。
敵方の魔導師が後方へ下がり障壁を展開したため、おそらくは味方すら巻き込む大規模な魔術を行使するのだと思い、父を護るべく自身も障壁を張った。
意図を察してか、ベルナルドも部隊長達も皇女の周りに並び立ち、障壁の構築に協力する。皆の力が合わさり、かなり強固な障壁が構築された。
しかし、その直後にリチェルカーレから解き放たれた魔力は凄まじく、一瞬にして王座の間を蹂躙すると、フロアそのものまでも消し去ってしまった。
皇座の間に居た者達はかろうじてその場に踏みとどまれたが、もはやこの場は平らな床と瓦礫が少々あるだけの『屋上』と化した。
「こ、これは一体どういう事だ!? う、上には妻と息子が居たのだぞ……!」
「そ、そうですわ! お母様とリンツは、確か上でお休みに……」
と、皇帝と皇女が上を見上げるも、そこに広がっているのは青空のみ。
「まさか、今の攻撃で……?」
城に居た兵士達や使用人達諸共に消し飛ばされてしまったのだろうか。最悪の事態に皇帝は力なく床に項垂れる。
皇女も背後の父親を護る事にまでは意識を割けたが、階上に居る母親と弟の事にまでは意識が向かなかったようで、唇を噛みしめている。
「おっと、そこは安心してくれていいよ。皇妃と皇子は無事さ」
リチェルカーレが指を鳴らすと床に黒い穴が開き、そこから球体状の障壁に包まれた女性と赤ん坊が現れる。
そして、フワフワと漂って皇帝の目の前まで飛んでいくと、障壁が割れてその場に放り出された。
倒れる皇妃をすかさず皇帝が抱き上げ、皇子は皇女がしっかりと受け止める。
「魔導師団長に感謝する事だね。自らの命も顧みず、アタシに皇族の助命を嘆願したんだ。これは給金をドーンと上げてやらないとだねぇ」
「わ、わかりましたわ! わたくしにとってお母様はもちろんですが、リンツはこの国の希望にして最も大切な存在……。たっぷりの給金を以って報いましょう! ね、お父様!」
「あ、あぁ……」
大切な者が無事だと解り、そのきっかけとなった嘆願をしたというベルナルドを素直に称賛する皇女。
皇帝の方も唖然としながら頷いてしまっているが、意味を分かって頷いているのだろうか。
(何故、私はこんなにも持ち上げられているのだ……?)
以前、竜一がここへ来た際も『給金上げてやったらどうだ?』と皇帝に言っていた。そして今回も、リチェルカーレが似たような事を言っていた。
ベルナルドは何か意図があるのかなどと考え始めたが、実際は特に意図などはなく、単に『苦労してそうだしもっと待遇良くしてやれよ』くらいの気持ちで言った程度の事だったりする。
「さて、もう抵抗は終わりって事でいいのかな?」
変わらず暴風の如き魔力を辺りに放ちながら、コンクレンツ帝国の面々を威圧するリチェルカーレ。
皇女は両親や弟障壁の展開で精一杯、ベルナルド達もそれをサポートしているため、攻撃に回れそうな者は居ない。
「く、悔しいですが凄まじい攻撃魔術です……。あの方は今のわたくしではとても及ばない領域に居るようですね」
「これは風系統か……? こんな建物が消し飛ぶような凄まじい風を放つとは、恐ろしいほどの魔力だ」
放たれる魔力が風のような効果を及ぼしているためか、帝国側の面々はこれが攻撃魔術だと勘違いしてしまっている。
「攻撃魔術? 何を言っているんだ。アタシはまだ何も魔術を使っていないよ」
ご丁寧にそれを正す。そして――
「攻撃とはこうするものさ。今からその一端を見せよう」
右手の人差し指を天へ掲げたかと思うと、それを一気に振り下ろす。この動作を合図に大気が震え始め、まるで地震のように建物も揺れ始める。
直後、上空にいくつもの星のきらめきが現れたかと思うと、それらが幾本もの光の筋となり雨のように地表へ向けて降り注ぐ。その様はまるで流星群だ。
空の彼方から降り注ぐ流星群が城の上空を通り抜け、彼方に見える海へと着水する。同時に火山でも噴火したかのような凄まじい爆発が巻き起こり、その衝撃は地震となって大陸を襲う。
想像を絶する熱量が海に叩き込まれた事で起きた大爆発の規模は恐ろしい程のもので、目撃者の皆々が空を見上げるくらいにまで高く水飛沫が舞い上がっていた。
……ただでさえ凄まじいそれが、一つや二つではなく無数に発生しているという状況に、目撃された各地がパニックに陥る。
幾本もの光の柱が海に突き立ち、次々と爆発を起こし大地を揺らす光景は、まさにこの世の終わりとも言えるものだった。
開けた皇城から、一同はその光景を唖然と見つめる。もはや誰もが言葉を発する余裕を失っていた……。
「……で、どうする?」
一人、こんな状況でも軽口を叩く事が出来たのは、この状況を引き起こした当人、リチェルカーレのみだった。
「あー、無視されるとか寂しいなー。次はアレを帝国の町や村に落としちゃおうかなー」
「こ、降伏するっ! 降伏するからやめてくれぇっ!」
口笛を吹き始めたリチェルカーレに、皇帝が見事なまでの滑り込み土下座を決める。先程まで超が付く程に強気だった皇帝が、すっかり心を折られて平伏してしまっていた。
騎士団も魔導師団も退けられた上に精霊も全滅させられ、もはや戦力が無きに等しい状況でさらにこんなダメ押しをされてしまっては、もう選択肢はごく限られたものになってしまう。
最後まで足掻き徹底抗戦し国民諸共に地図上から消えるか、素直に敗北を認めて命を明日に繋ぐか……実質、選択肢などあって無いようなものだった。
妻と息子を心配する心を持っている皇帝が、前者の行動など出来るハズも無いのだ。そういう意味では、彼は覇道を突き進むには心が優し過ぎたのかもしれない。
「やれやれ、これでやっと肩の荷が一つ降りるね。もうちょっかい出してくるんじゃないよ」
再び解き放っていた魔力を抑え込み、一息つくリチェルカーレ。周りの一同も、ようやく緊張状態を解きホッとする。
「うむ、もう手は出さぬ……。それに、私は只今を以って皇帝の座を退くつもりだ」
「な!? お、お父様! 何を仰っているのですか!?」
「我がコンクレンツ帝国をツェントラールに併合し、一領土として迎えては頂けぬだろうか」
「「「「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」」
皇女の驚きを尻目に、皇帝は驚くべき提案を投げかける。
ついさっきまで覇道を突き進んでいた男が、自らの国を他国へ併合させる――。これにはその場に居た者の大半が声を出すのを止められなかった。
自国を大きくしていくのが生き甲斐であり夢であった皇帝にとって、それを捨てるのはいわば自身の命を捨てるにも等しい行為。
「……その心は?」
一人、取り乱す事なく言葉を聞いていたリチェルカーレが短く問う。
「古の王国――貴方にはおそらくこれだけで通じるでしょう」
「へぇ。今となっては表に出る事も無くなった『それ』に行きついていたか。覇道を志すのも納得だ」
「リチェルカーレ先生、一つ質問いいか?」
二人だけで納得されても困ると思った竜一が割って入る。
「はい。なんだね? リューイチくん」
「今話に出た『古の王国』についての掘り下げを頼む」
「そうだね。これは今後のためにも知っておいた方が良さそうだ」
リチェルカーレが少し思案した後、柏手を素早く二回打つと、床に大きな穴が開き何かがせり出してきた。
大きな円形の机と、多数の椅子――ご丁寧にも、机の上には既にお茶請けが準備されていた。
「さぁ、座っておくれ。古の王国についての話を語って聞かせようじゃないか」
リチェルカーレはすぐに腰を降ろし、竜一とネーテがその両隣に座る。コンクレンツ帝国の面々も恐る恐るながら適当な席へと腰を下ろしていく。
「あっ、これ美味しいね。凄い凄い」
真っ先にお茶請けに手を伸ばしたのは水の部隊長ワーテルだった。並べられているクッキーを次々と手にとっては口に放り込んでいく。
「ちょっとワーテル、下品ですよ。それに敵の出した食べ物です、何が入っているか……」
サーラのたしなめる声もどこ吹く風、ワーテルはコップを手に取り、飲料も遠慮なく一気に飲み干した。
「うっ!?」
「ワーテル!? や、やはりこれは罠――」
「まぁぁぁぁぁぁぁぁぁい! 何これ! こんな美味しいもの飲んだ事ないよ!」
両手を上げて万歳するワーテル。叫びと同時に、身体から尽きていたはずの魔力が泉の如く溢れ出す。
「気に入ってもらえたかな? ちょいとばかり珍しい茶葉を使わせてもらったのさ。味と効能はそこのお嬢さんを見ての通りだよ」
説明するまでもなく分かるワーテルの全快っぷりに、一同はゴクリと喉を鳴らし、置かれたコップに手を付ける。
そして一気に飲み干すと、それぞれ言動が異なるものの、等しく美味さと疲労回復っぷりを絶賛した。
「おや、これは……」
竜一だけは他の皆のような大袈裟なリアクションする事も無く、しみじみとそれを味わう。
と言うのも、魔導研究室でごちそうになったものと同じものだったからだ。
「さて、皆が元気になった所で始めようか。古の王国、ヴィンドゥングについての話を――」




