477:魔族としての名
「セリン。もう一つ伝えておかなきゃならない事がある。君は私から生まれた子だ。端的に言って、それがどういう事か分かるかな?」
「……はい」
ミスカティアが改まって話を始める。セリンもそこに言及されると思っていたのか、気を引き締めて返答する。
「お母様は魔族、つまり私にも魔族の血が流れていると言う事ですね」
「そうよ。今まで妙に力の成長速度が早かったり、技能の習得が容易だったりした事はない?」
セリンには思い至る節が腐る程あった。
竜一と出会う前はただのメイドだったのが、フォルという師に出会ってから急激な成長を遂げた。
それこそ皆に交じって最前線で戦うのも容易なくらいの先頭能力を身につけた。
「まさか、それも魔族の血の影響……? 師匠の言う『メイド力』って、もしかして私の成長に関係な――」
「我が弟子よ、メイド力を疑う事なかれ」
一言だけ耳元でつぶやいて姿を消すフォル・エンデット。
そう、セリンの成長はあくまでもフォルの指導による『メイド力』の賜物なのだ。魔族の血がどうとかは一切関係がない。
少なくともフォルはそう思っている。何より、自分自身がその力を提唱して今の領域に至っているのだ。
「私が貴方の中に居た事で、魔族としての力には蓋がされていた状態だったわ。でも今なら何も縛るものはない。試しに開放してみる?」
「魔族としての力……。それで私は強くなれますか? 皆さんの足を引っ張らない程度には、なれますか?」
「なれる。さっき倒されたヴァザルと同等かそれ以上の力よ。少なくとも、人間を辞めたその子達と互角以上に戦えるはず」
ミスカティアが指し示すのは、緑色に淡く光る人型と、銀光を放つ鎧の二人――エレナとレミアだ。
『あの、人間を辞めておいてなんですが、人間の姿にはなれませんかね……? さすがにこのままですと不便でして』
『私は元々全身鎧の冒険者として活動していましたから、見た目はともかくとして……さすがに中身が空洞なのは違和感が凄いです』
「だったら力を精密にコントロールして『人間体』のガワを作る訓練をする事だね。さらに極めれば中身すらも精巧なものを作る事が出来るハズさ」
『『ホントですか!?』』
人間の姿に未練を残す二人がグググッとリチェルカーレに詰め寄る。
「ちょうどいい。これからミスカティアがやろうとしている事に二人も付き合うといい。良き修練になると思うよ」
首を傾げる二人。一方のミスカティアは皆から離れた位置にセリンを立たせ、自身も少し離れた位置にまで下がって声をかけていた。
「実は貴方にはセリンの名とは別に、私が命名した『魔族としての名』つまりレーゲンブルート家としての名前があるの。その名を口にすれば力を開放できるわ。今の貴方なら、おそらく既に頭の中にそれが浮かんでるハズ。名乗りを上げる事がスイッチとなってるから、試してみて」
セリンは目を閉じ、胸元に手を当てて深呼吸。そして、自身の頭の中に浮かんだ『魔族としての名』を口にする――
「我が名はセリスヴァーン・フィーリア・レーゲンブルート」
その瞬間、セリンの身体から赤き光の柱が天へと立ち上り上空の雲を貫いた。
直後、爆発的な力が溢れ出し彼女を中心に凄まじい衝撃波が発生。
事前に何の備えもしていなかった者達はなす術もなく吹き飛ばされてしまう。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ! 何よこれえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
『キョオォォォォォォォォォォ……』
とは言っても、主に吹き飛ばされたのはハルとキオンだけであったが。
リチェルカーレは言わずもがな顛末を想定していたため事前に障壁を展開済。竜一は察して彼女の背後に避難済。
エレナやレミア、ルーと言った強大な力を有する者は、この衝撃波に耐える事が出来ていた。
「っはー……。こりゃあ想像以上の力だな。セリンのやつ、こんな凄まじい力を秘めていたのか」
「ただ単に秘めていた訳じゃないよ。今に至るまで、力が封じられた状態で地道な努力を続けてきたからこそ、解放された時一気に爆発したんだ」
ミスカティアが補足する。セリンの力はただ眠っていた訳ではなく、眠っていた間に努力したからこそ飛躍的に伸びたのだと。
もし努力も無しに胡坐をかいていたら、解放した所でこれ程までの力を発揮できる事はなかった――と、あくまでもセリンの努力の賜物である事を強調。
これは決してセリンが棚ぼた的に手に入れた力ではない。ミスカティアはセリンの事をそういう風に見ないように注意喚起をしたのである。
「本当に魔族としての力を開放したんだな。姿もミスカティアと同じような感じになってるぞ」
現在のセリンは頭部に一対の角が生え、背中には大きな翼、臀部からは尾も伸びている。
まさに上級魔族が力を開放した時の姿である。レーゲンブルート家の一員――セリスヴァーンとしての姿だ。
◆
「こ、これが私の魔族としての姿……」
私は自分自身の姿が信じられませんでした。頭に少し重量を感じ、手を伸ばすと大きな角が生えています。
背にも今までにない感覚と重さ。魔族の翼が生えています。そして、お尻の部分から伸びる尾……。
人間から魔族に変わったんですね。お父様は人間ですから、半分だけとは言え私にも魔族の血が流れている証。
内側から凄まじいまでの力が溢れています。解放した瞬間にとんでもない事になってしまったようで、ごめんなさい皆さん。
ちょっと力を入れただけで、今までの全力以上の力を軽く引き出す事が出来ています。自分の中にこんな力が眠っていたとは驚きです。
魔族の血が流れている事には驚きましたが、これ程の力があれば、最前線でリューイチ様のお役に立つ事も出来るでしょうか。
「無事に解放できたようだね。とは言え、いきなり大きな力を解放したばかりだと身体の方がついていかないし、馴染ませる必要があるんだ。そこで……だ。私と模擬戦をしようか!」
「お母様と……ですか?」
「私の方も久々に自分の身体に戻ったから君と同じような状態なんだよ。勘を取り戻すための訓練をしたいなと思ってたところでさ。あっちの二人も交えて」
◆
そう言って、エレナとレミアの方を指し示すミスカティア。
リチェルカーレの言う『ミスカティアがやろうとしている事』と言うのは、自身のリハビリとセリンの調整を兼ねた訓練の事であった。
「良いよね、二人共。君達も力のコントロールを磨かなきゃいけない状況だし、私はいい練習台だと思うけど」
『分かりました。ヴァザルと同じく上級魔族との事ですし、変に加減はしなくて済みそうですね』
『偽者の聖女の時みたいにはいかなさそうですね。別次元の相手だと思って気を引き締める事としましょう』
ミスカティアの提案にやる気を漲らせる二人。しかし、一つ大きな問題があった。
「ちょっと待て。あんたらが本気で闘り合ったらこの世界がヤバイ事にならないか? さっきのヴァザル戦の時点でアレだっただろ」
「そこは大丈夫さ。アタシが結界を――」
『ここは私にお任せを。面白い物を見せて頂いたお礼に思いっきりやっても大丈夫な特製フィールドを用意致します』
リチェルカーレが結界の魔術を発動しようとした所を止めたのは、精霊姫ミネルヴァ。
常に竜一達の行動を遠隔で見ては楽しんでいるという上位存在。こうして、いつでも割り込んで喋る事が可能である。
竜一がチョーカーとして装着している宝玉を通じて、彼女もまた皆と共に旅をしていると言える状態だった。
『いきますよ~。はいっ!』
その瞬間、竜一の首元の宝玉が眩く輝き、一瞬とは言え皆の視界を奪う程の激しい光が放たれた。
「ん? 特に何か変わったような気がしないが……」
竜一は目を開いて周りを見回すが、特に何かが変わったような気がしない。魔力の壁らしきものも見当たらない。
「いや、これは……。やってくれたね、ミネルヴァ様」
リチェルカーレの顔は、笑みを浮かべながらも何処か引きつっているような感じであった。
「(おそらくだが、ミネルヴァ様は高度な魔術知識を持つリチェルカーレでないと分からないような『何か』をやったんだろうな)」
『(お察しの通りです。竜一さんは、私が何をしたのかの解答を導き出せるでしょうか?)』
唐突に始まったミネルヴァからの問い。周りを見る限りでは、まだリチェルカーレ以外は誰も分かっていないようだ。
「(……いきなり難問を振られたな)」




