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476:本当の家族の始まり

「くぅ……ヘルトのやつぅ……。適当に飛ばしてくれちゃって……」


 セリンは森の中で一人愚痴っていた。その表情は、とても幼子とは思えないやさぐれたものであった。

 それもそのはず、今彼女の身体を借りて喋っているのはミスカティアである。

 精神を消される直前、一か八かの賭けでセリンの身体に逃げ込み、それが見事に成功していた。


「さすがは我が娘。相性はバッチリね。不具合も何もなく精神の片隅に入り込む事が出来たわ。とは言え、あまり表出し過ぎるとセリンの精神を害してしまうかもしれないし、余程の時以外は眠るとするかな」


 ヴァザルが目覚める直前にセリンがつぶやいた「ママはもうママじゃない」の台詞は、セリンに入り込んだミスカティアが言ったものである。

 ヘルトはその端的な言葉から意図を察する機転が備わっていたが、さすがにミスカティアの精神が娘の中に入り込んでいる事にまでは至らなかったようだ。

 ミスカティアは死んだ――とヘルトは認識しただろう。その上で、肉体ごとヴァザルを滅ぼすのではなく、肉体を封印するという手段を選んだ。


 理由として『自分では敵わぬから』と言っていたが、同時に『滅ぼしたくなかった』とも言っており、ミスカティアはそんなヘルトの愛情が嬉しかった。

 故に、何としても元の肉体に戻ってやるという強い決意を抱く。とは言え、セリンの身体に宿る身では思うように動く事も出来ない……


「まずどうするのがいいかな……っと、誰か来る!?」


 ミスカティアは自身の心を奥深くへ沈め、セリンの心の奥深くへ潜る。同時に、あえて記憶を混濁させる措置を施した。

 あの時の状況をありのままに語られても余計な混乱を招くだけだ。背景事情の良く分からない幼女として行動させた方がいいだろうとの判断だ。



 ・・・・・



 ある日、領地内の森を巡回していたツェントラール魔導師団が、森の中を彷徨う一人の少女を発見した。

 周りには誰もおらず、ただ「セリン」と言う名前しか記憶にないという少女。正直言って怪しさの方が勝る存在だった。

 魔導師団は思い切って国王にこの事を報告。国王は何と「この王城で務めさせてはどうか」と提案してきた。


 幼子ではあったが物覚えは良く、王城のメイド達を手伝う見習いとして頑張る姿は、王城内において人気を呼んだ。

 そんな奮闘を続けるある日、魔導研究室を主宰しているリチェルカーレという人物に呼び出される事となった。

 セリンとしてはもはやおなじみとなった城内の御用聞きと言った感覚であったが、内に潜むミスカティアは大層驚かされる事となった。


「中にもう一人居るんだろう? 出てきなよ。言っておくけど、アタシの前でシラを切り通せると思わない事だ」

「……!!」


 さすがにこの脅しには反応せざるを得なかった。ミスカティアはすぐに表出した。


「貴方、一体何者なの? 私は今まで誰にも悟られないレベルでひっそりと隠れてたつもりなんだけど」

「既にご存じだろう? ツェントラールの魔導研究室を主宰するリチェルカーレという者さ」

「ただの魔導師であるハズがない。貴方は確実に人間の領域を超えている。下手したら魔界でも通じるくらいに――」

「なるほど、魔界を引き合いに出す時点で察しがついたよ。キミはこの世界に流れ着いた上級魔族だね」

「そこまで思い至るのは素直に凄いと思うわ。いいわ、ちゃんと自己紹介する。ミスカティア・シェーンハイト・レーゲンブルート。それが私の名。今宿っているこの子――セリンは私の娘よ。訳あって自身の肉体を失ってるから片隅に宿らせてもらってる」


 ミスカティアは身の上をすべて話した。魔界の状況からレーゲンブルート家の事、ヴァザルとの戦いの事、ヘルトやセリンの事――

 巧妙に隠れていたハズの自身に勘付く程の相手なら、最初から全てを明かしておいて味方にした方がいいと判断した。


「レーゲンブルート……ねぇ。キミ、アヴエリータって人に心当たりはあるかい? フルネームはアヴエリータ・バーブーシカ・レーゲンブルートだったかな」

「お母様!?」


 ミスカティアからすれば想像だにせぬ名前が飛び出して驚いた。


「あー、やっぱ身内だったか。実はね、彼女とも色々手を結んで動いているんだ。こちらに迷い込んだ不届きな魔物や敵性魔族の駆除とか、探し人だとかで」

「たぶんその探し人って――」

「……だろうね。君の無事を伝えた方がいいかい?」

「スイマセンチョットマッテクダサイ」


 ミスカティアはリチェルカーレの提案を止める。と言うのも、彼女は率直に言って母親の事が怖かった。

 こんなみっともない状態で生き延びている事が知られれば、存命を喜ばれるよりも先にお説教地獄が待っているに違いない。


「どうか内緒にしておいてもらえないかしら。都合の良い事を言ってるのは分かってる。でも私は必ず自分の肉体を取り戻す。生存報告はその時にでも」


 故に、万全の状態になってから改めて報告したいと告げる。まぁ、残念ながら彼女の願望は叶わないのであるが――




 ・・・・・



「とまぁ、こんな感じかしらね……あだっ!?」


 ミスカティアが一通り語り終えると同時、彼女の頭に拳骨が叩き落とされた。

 彼女の母親であるアヴエリータによる制裁である。リチェルカーレとのやり取りまで語ってしまったため、当時の自己保身的な思考まで暴露してしまった。

 母親に説教されるから内緒にしておいて――などというやり取りを、その母親の前で明かせば当然の結果であるのだが……


『全く、私もそこまで鬼じゃないよ。素直に言っていれば色々手助けしてやれたものを。なんだかんだ言って私はお前の母親だ。娘の事は大切に決まっているだろう』

「お母様……」

『セリン、すぐには呑み込めないかもしれないが、覚えておいてほしい。君には両親と祖母が居る。魔界には祖父も居るのだが……まぁそれは置いておくとしても、家族が居るんだ。少しずつでも馴染める事を願っているよ』

「ありがとうございます……お、お婆様」

『お婆様! 聞いたかいミスカティア。私の孫にお婆様って呼ばれちゃったよ! 祖母だよ祖母。ついに私にも孫が……』


 アヴエリータはル・マリオンにおいては『人形』の姿で活動しているが、実際の見た目的にはミスカティアとそう変わらない姿を維持している。

 二人並べば親子などとは思わないだろう。故に、普段であればアヴエリータをお婆さん呼ばわりしようものなら怒りの鉄拳が飛んでくる。

 しかし孫は例外だ。孫が自身をお婆さん扱いしてくれるのは身内としての愛情を持ってくれていると言う事。孫が発するお婆さん呼びに限っては、彼女にとって最大限の賛辞に等しかった。


「セリン。今更とは思うが、これから可能な限り家族としての時間を取り戻していきたい。父親として誇れるような存在になる」

「自分の身体を取り戻すために娘の身体を利用してしまうような母親でごめんなさい。でも、大切に思っているのは本当よ。それをこれから示していくわ」


 ミスカティアがセリンを抱きしめ、ヘルトがミスカティアごとセリンを抱きしめる。


「お父様、お母様……うぅっ」


 まだセリンの胸中には複雑な想いが渦巻いているかもしれない。しかし、二人から抱きしめられてこぼした涙には嬉しさが滲んでいた。


『(私はまだここには入らない方がいいだろうね……。本当の身体で会う時を楽しみにしよう)』


 三人の、いや四人の家族が本当の家族となっていくのはまだまだこれからだ。四人の歩みはたったいま始まったばかりである。

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