045:皇座に待つ者達
「「侵入者め! ここは通さんぞ……って、ベルナルド様!?」」
魔導師団長ともなれば、国においては重鎮として数えられる存在である。
そんな人物が上半身をロープでグルグル巻きにされて歩かされているというのだから、関係者としては冷静ではいられない。
皇城最後の門を護っていた二人の騎士にとってもそれは同様であり、状況を確認するや否や、すぐに斬りかかってきた。
しかし、すぐさまネーテが前へと出て騎士達の腹部に魔力を叩きつける。頑丈な鎧が音を立てて凹むと同時、衝撃が内側に伝わり、騎士達は成す術も無く崩れ落ちる。
「実に鮮やかな手際だ……。貴方一人いれば充分コンクレンツ帝国は落とせそうな気がするよ」
「お褒め頂きありがとうございます。しかし、私ではさすがに精霊達を相手には出来ませんので……」
城に入ってからの敵は、大半がネーテによって倒されている。と言うのも、さっきの対決で微妙に消化不良な部分があったからである。
接戦ではあったが自分が本気で満足できる結果を得られなかった分を、憂さ晴らしの如く敵にぶつけて発散していた。
その結果、ほぼ彼女一人で皇城内部を制したとも言える状況となっており、ついベルナルドもそんな事を口にしてしまったのだ。
「さて、拘束と封印は解いてあげるから、皇座までの先導をお願いするよ」
「先導も何も、もうここが皇座の間なのだが……まぁいい。どうせ拒否権は無いのだろう」
ベルナルドが勢い良く扉を開いた瞬間、まさにそこを狙ったようにして多数の魔術が着弾する。
その影響で舞い上がった粉塵が視界を奪うが、すかさずネーテが風の魔術で粉塵を散らして視界を回復させる。
「おーっほっほっほっほ! 愚かな侵略者達も、さすがに八属性の攻撃を同時に浴びせられれば打つ手などないでしょう!」
晴れた視界の先に見えるのは皇座に腰を下ろす皇帝。そして、傍らに立つ女性――彼女が先程の声の主だった。
白を基調としたドレスで華やかに飾りながらも、手には魔導師用の杖を持っており、こちらを睨みつける目線は鋭い。
が、床に倒れている人物を見た瞬間、余裕だった表情が一転、顔面蒼白となってしまった。
「って、ベルナルド! どうして……」
(いやいや、今思いっきり攻撃してましたやん)
――さすがに心の中で突っ込むだけに止めておく竜一であった。
ベルナルドはさすがに魔導師団長だけあって、扉を開いた瞬間に攻撃を察知しており、直撃を受ける直前に障壁を展開していた。
あくまでも衝撃によって倒れていただけでダメージは少な目である。彼が声の主の方へと目線をやると、気まずいのか目線を反らしてしまった。
「皇女、それに部隊長達か……」
皇女と呼んだ女性の前には、先程広場で相対した部隊長達が勢揃いしている。
先程の攻撃は、皇女の指示の下で彼らが放った攻撃であるらしい。
「「「申し訳ございませんでしたー!」」」
「「「「ごめんなさい」」」」
「だからいきなり撃つのはやめにした方がいいんすよ。こうなるから」
丁寧な謝罪はサーラ、スエロ、リヒトで、簡易的な謝罪はワーテル、ブリッツ、ソンブル、ラニアだ。
ただ一人、フォイアだけは経験則から敵がこういう手を使ってくる可能性も考慮して攻撃に参加していなかった。
「やれやれ、何て残酷な皇女様なんだ。やっと戻ってきた臣下を、よりにもよってその臣下の部下に攻撃させて始末しようだなんて……」
よよよ、と泣いたふりをしながらリチェルカーレが皇座の間へと入って来る。竜一とネーテは彼女の後に続く。
「いきなり何を仰いますの!? 無礼な子供ですわね!」
「だったら、そんな子供にコテンパンにやられてしまったそこの魔導師達は一体何なんだろうね?」
「はぁ? 魔導師団の部隊長達が貴方にやられたですって? 冗談も休み休み言いなさい!」
「冗談かどうか、試してみるかい?」
「望む所ですわ! わたくし、こう見えてもここに居る部隊長達よりも凄い魔導師ですのよ!」
煽りに思いっきり乗っかってしまう皇女。リチェルカーレは平静を装っているが、内心ではさぞ大笑いしている事だろう。コントロールしやすい性格というのは実に都合がいい。
「待て、プリンよ。勝手に話を進めるでない」
しかし、そこで制止がかかる。
「お父様! ここはわたくしにお任せくださいませ! 皇城にまで押しかけて来た曲者はわたくしが倒して見せますわ!」
「その意欲は買おう。しかし、この国の皇帝は私だ。まずは私がその曲者に挨拶をするべきだろう……」
しぶしぶと下がる皇女プリン。あくまでも国の頂点は父たる皇帝なのだ。娘と言えど、さすがに皇帝を差し置くわけにはいかない。
「さて、私がコンクレンツ帝国皇帝ヘーゲ・ケーニクリヒである。そちらの少年は、以前宣戦布告しにここへ現れた者で間違いないな?」
「あぁ、間違いない。約束通り、正面から完膚なきまでに叩き潰しに来たぞ」
ビシィと指を指す竜一。普通に考えれば皇帝に対して無礼極まりない行為だが、これは挑発の意味も含めている。
少しばかり表情に苛立ちの感情を見せた皇帝だったが、トップとしての器かすぐに平静に戻った。
「そちらの少女は報告にあったもう一人の方か。確か、黒いゴシックドレスを身に纏った少女だと言っておったしな。何やら凄まじい魔術の使い手と聞くが」
「そんなに慌てなくても実践してあげるよ。後はここを潰せば終わりなんだしね」
「本当にこの国を落とせると思っているのか?」
「思っているさ。でなければ、そもそもここには来ないよ」
リチェルカーレもまた、腕組みしたままの不遜な態度を崩さない。
「そちらの女性は……報告には無かった者だな。こやつらの仲間か」
「ツェントラール魔導師団の団長を務めております、ネーテと申します」
ネーテはちゃんと皇帝に敬意を払い、正式な礼で以て名乗る。何せ、魔導師団長となれば王侯貴族と接する機会も多い。
いわば貴族社会で生きてきた身であるため、敵国の存在とは言え皇帝に対して不遜な態度を取るなど、とてもではないが出来なかった。
「ツェントラールだと!? 何故、あの国の魔導師がこんな所に居る?」
「それは、アタシ達がツェントラールの人間だからさ」
代わって答えるのはリチェルカーレ。
「なに? では、リッチの眷属と言うのは――」
「国の名を出したら、キミ達はすぐにでも侵攻しちゃうだろう? 国に迷惑をかけず、アタシ達だけに目を向けさせるための嘘さ」
「ティミッドめ、とんだタヌキだな……。ヘラヘラとした小心者かと思えば、裏でこんな策を弄していたか」
「残念ながらティミッドはキミの言う通りのヘラヘラとした小心者だ。こんな策を弄せる程出来た人間じゃない。これはアタシの独断だよ」
「……自国の王を呼び捨ての挙句、そこまで言うか。貴様、一体何者なのだ?」
「リチェルカーレ。ツェントラールで魔導研究室を主宰している、しがない魔導師さ」
「となると、そちらの少年も……?」
「刑部竜一。ツェントラールに召喚された『異邦人』ってやつだ」
「異邦人……では、あの時ツェントラールで確認された儀式成功の光は、それか」
儀式に成功した際は、周辺諸国からも目に見えて分かる程の光の奔流が天へと立ち昇る。
儀式に関しては古来より存在が伝えられており、かつ成功した際にどうなるのかも周知されている。
当然、コンクレンツ帝国もそれを確認していたが、後日空に巨大な竜が現れた事で儀式の成果を誤認していた。
「なるほど。勇者召喚か――それならば、少年が規格外の能力を有しているのも頷けるというもの」
「さて、そこまで解った所でどうするんだい?」
「わかりきった事だ。覇道を志した者がおいそれと剣を収める事など出来ようはずもない」
皇帝が「やれ」と指示を出すと、室内の端で直立姿勢で待機していた騎士達が一斉に襲い掛かってくる。
しかし、リチェルカーレが手の平に魔力の球体を作り出すと、そこから一斉に無数の光線が迸り、全ての騎士達を撃ち貫く。
「安心するといい。魂に直接ダメージを与えて気絶させただけさ。で、次はどうするんだい?」
「ぐぬぬ……ならばプリン、魔導師団、一斉砲撃せよ!」
「わかりましたわ! 皆さん、この一撃で敵を排除しますわよ!」
皇女とベルナルド、そして部隊長達が一斉に杖を構えて砲撃を放つ。だが、結果から先に言うなら三人に対しては効果が無かった。
竜一は直撃を受けて消し飛ばされるも、直後に復活。リチェルカーレにはそもそも攻撃が通らない。さすがにネーテは防御のための障壁を張って凌ぐ。
魔導師団の面々は既に恐ろしさを知っているからか『やはり駄目だったか』という達観があるが、皇帝と皇女の二人はそうではなかった。
「そ、そんな……魔導師団の一斉砲撃が通らないなんて!」
「さぁ、その次はどうするつもりだい?」
「こんな時に強化魔術に優れたサージェが居てくれたら、皆を強化して立ち向かえましたのに……」
「皇女。残念ですが、サージェは……」
皇女がある人物の名を挙げるが、ベルナルドがそれをたしなめる。
皇帝も名が挙げられたその人物に心当たりがあるようで、思わず渋面を作る。
「ぐぬぬ……ならば人を超えた精霊ならどうだ!? さぁ魔導師団よ、精霊を召喚するのだ!」
「お言葉ですが皇帝、我ら魔導師団の精霊は既に全滅しております……」
「なに!? 精霊が全滅……だと……」
「部隊長達から何も報告は受けておらぬのですか?」
「報告を受ける前に、プリンによって連れていかれてしまってな……。敵を撃退する作戦を練るとか言って」
「皇女は部隊長達から報告を受けておられなかったのですか?」
「報告……えーっと、その……」
言葉に詰まる皇女。曰く、敵を撃退する作戦に夢中になってしまって、報告を聞き忘れていたらしい。
故に、敵に関する情報や部隊長達の置かれた現状についての情報が何も仕入れられていなかった。
「それなら、改めて教えてあげるとしようか。誰を敵に回したかというのをね」
「ま、まさかリチェルカーレ様……力を解き放つのですか?」
「なーに、ほんのちょっとさ。ネーテは後方に下がって、竜一と共に障壁を張って自衛していてくれるかい」
たった一人で精霊九体を退けた規格外の魔導師――その力の片鱗が解き放たれる。




