471:精神世界
ターゲットとなる相手の精神に入り込んだヴァザル。
彼がまず行う事は、肉体を支配している精神を消し去る事あるいは封印する事である。
肉体を思うがままに操るには、元々の肉体の精神など邪魔でしかない。
『(な、なんだここは……?)』
しかし、ヴァザルは驚きに支配されていた。と言うのも、彼にとって想定外の事態が起きていた。
何故か真っ白な空間に放り出されていた。かつてミスカティアの身体を乗っ取った時には起きていない現象だった。
ふと目線を下にやると、何故か自分自身の身体が真っ黒なモヤのようなもので構成されていた。
まるで煙が人型を成したような状態である。身体は自由に動かせるが、顔に触れようとしても触れられない。
『(これが、今の我なのか? まるで肉体を持たぬ状態の魂を強引に形にしたかのような……)』
「ヴァザル。残念ですが、貴方の思うようにはいきませんよ」
そこへかけられる声。奥の方から誰かが歩いてくる。ヴァザルはその姿に見覚えがあった。
『貴様、元の姿に戻ったのか』
歩いてきたのはレミアだった。先程まで戦っていた鎧姿ではなく、対面した当初の人間体だった。
「ここは精神世界ですから、姿形は自由です。ですので、なんだかんだ思い入れがあったかつての姿を使わせてもらっています」
『ふん、今更人間を辞めた事を後悔しているのか?』
「否定はしきれません。しかし、それで貴方を倒せるなら――」
レミアが銀色の鎧を纏い、剣を装備する。ヴァザルも自身の手に剣の形をした『闇』を具現化する。
先程レミアが「ここは精神世界ですから、姿形は自由」と言った事を受け、武器となる物を想像したら出来たのだ。
『(なるほど。法則はどうやらこちらにも適用されるらしいな。ならば)』
『その戦い、ちょっと待った!』
ヴァザルが己の身体をさらに変形させようとした所、割って入る別の声。
レミアとヴァザルのちょうど間に挟まるように、上空から五つの光が降り立った。
『地上の太陽! ギフトゴールド!』
『輝きの乙女! ギフトシルバー!』
『鶏群の一鶴! ギフトパール!』
『至純の光輝! ギフトプラチナ!』
『頑強の要塞! ギフトブロンズ!』
『『『『『我ら!!!!! 神造戦隊ギフトレンジャー!!!!!』』』』』
ドオォォォォォン!!!
「ひゃあー!」
五つの光は名乗りと共に各々の姿を個性的な鎧へと変え、独特なポージングを取りながら一人一人名乗った。
そして、名乗り終えると共に彼らの背後で盛大な爆発が起こり、ちょうど彼らの背後側で惚けていたレミアを思いっきり巻き込んだ。
しかしギフトレンジャー一同はその事に気付かず、目の前にいる倒すべき敵――ヴァザルの方へと意識を向けるのみ。
『残念だったな、ヴァザル・ナーハツークラー』
『今の私達はレミアとギフト五体の集合体、この身体を支配したくば私達全てを倒す事ね』
『もちろん、俺っち達は微塵も負けるつもりなんて無いゼェー』
『まさか自分自身で戦える機会が来るとは思いませんでした。この精神世界に感謝しないといけませんね』
『レミアの心も、僕達の心も、お前なんかに好き勝手させるもんか』
五人から同時の宣戦布告。ヴァザルにとっては予想外の障害であったが、ここまで来て引き下がる訳にはいかない。
と言うか、引き下がる事が出来ない。以前の肉体は瀕死、接触できる範囲に移り変われるような肉体もない。
『……くっ、我が大人しく引き下がると思うなよ』
ヴァザルの肉体が、徐々に人間の男性のような見た目へと変わっていく。
かつての姿――元々の自身の姿を思い返し、その姿を再現しようとしているのだ。
・・・・・
一方、ヴァザルの魂が抜け海へと落下していくミスカティアの肉体を、超スピードで飛んできたセリンがタックルをするかのように飛びついて回収。
同時に、抜け殻となり光が失われていた瞳に赤い光が灯る。直後、彼女は息を吹き返し――情けない悲鳴をあげた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! 痛い痛い痛い! こんな状態で復活とか勘弁して欲しいんですけど!」
『やれやれ。復活早々に騒がしい娘だね……。全く、世話が焼ける。それに、お前が身体から抜けたせいでこの娘が気を失ってるじゃないか。海に落とすつもりだったのかい?』
不意に出現したレーゲンブルート――アヴエリータが上半身しかなく痛みで喚くミスカティアと、気を失って落下していたセリンを回収する。
「ごめんなさい、お母様。ル・マリオンに漂着した挙句、コープセスベルクの犬に身体を使われるなんて、屈辱の極みだったわ」
『この愚娘が。お前も長年に渡ってこの子の身体を使っていただろうに。謝罪なら私にだけでなく、後でしっかりこの子にもしておくんだね』
「わ、私はあのナーハツークラーとは違って奥底に潜んでいたから、ほとんど身体を使っていなかったし……」
『ちょくちょく表出してはあの子に記憶の空白を生み出していたんじゃないのかい? 意識を共有していないあの子にとって、記憶の空白は不気味で恐ろしいものだっただろう。きっと何度も苦しい思いをしただろうね』
「う……。後で真実を打ち明けた後、しっかりと謝罪させて頂きます」
人形の身体であるハズのレーゲンブルートから、しっかりと母親であるアヴエリータの圧を感じてしまったミスカティア。
魔族としての年季も実力もまだまだ及ばない母親を前に、ミスカティアはただただ平身低頭するしかなかった。
◆
「なるほどな。セリンの中に入ってたのはミスカティアだったのか……」
故に、ヴァザルから肉体を奪い返す機会を虎視眈々と狙っていた。自身の肉体を手放した時が、まさにその絶好のタイミングだった。
しかし、身体が両断された状態であったため、元に戻った瞬間に想像を絶する程の激痛に苦しめられる羽目になってしまったが。
現在はヘルトの治療が落ち着き、こちらに呼び出されたエレナの治療によって、見た目だけはすっかり元の状態に戻るに至っている。
「何でセリンの中に……と思ったが、まぁ見た感じで察しは付くな。後で本人から説明されるだろうし、こちらから言うような野暮はしないでおくが」
「助かるよ。私としても、この子には直接説明しなきゃいけないからね……」
ミスカティアはセリンを膝枕で寝かせ、その髪を優しく撫でていた。慈愛に満ちたその眼差しは、まさに――
『さて、後はヴァザルだが、あの子に関しては大丈夫という事で良いのかな?』
「あぁ。今頃精神世界の中で主導権争いをしてる頃だろうさ」
「私は不覚にもヴァザルに負けたんだ。幸い、消滅させられる寸前に何とか逃げる事が出来て、この子の中に避難出来たけど。あの子は大丈夫そうなの?」
「今のあの子は『六人』だからね。一人で戦わなければならないヴァザルにとっては圧倒的に不利な戦場だよ」
現在のレミアは、レミアの精神を中心に五体のギフトが集っている状態であり、実質六人分の精神が内包されている状態だ。
存在としては一つに合体していながらも、精神までは融合せず元のまま同居している。それは外から見ただけでは決して分からない。
ヴァザルのように、直接精神の中に入り込んで、ようやく六人を相手しなければならないという事実を叩き付けられる事になる。
『なるほど。考えるべきはその後の事と言う訳だな』
「キミ達の事もそうだし、人間を辞めたエレナやレミアの事、セリンの事――色々考えなければならない所だ」




