470:ヴァザルの足掻き
一瞬の出来事にヴァザルは焦ったが、傷口から噴出する血を操作し、千切れ飛んだ手足に接続。
そのまま傷口へと引き寄せて元々の部位に戻す。手足が千切れようとも、くっつきさえすればほぼ一瞬で回復する事が出来た。
部位の再生自体は不可能ではないが、ヴリコラカス程一瞬では出来ないため、部位が残っているならこうした方が早い。
『確かに肉体への配慮は考えましたが、貴方は配慮してどうこうできる相手では無いでしょう? それに、私はその肉体の持ち主と特に何か縁がある訳ではありません。申し訳ありませんが、貴方を倒すためであれば犠牲もやむなしです』
レミアは剣を構えていた。先程までヴァザルを殴るだけにとどめていたのは、別に配慮でも何でもなかった。
単にその時はそうするのが無難と思っただけであり、勝手にヴァザルが勘違いしていただけである。
レミアの心境は『仲間の敵討ち』が第一である。良く知りもしない存在を救う事を第一に考えられるほど出来た存在ではない。
『(今の私は復讐者。騎士であった頃の騎士道や、エレナさんのような慈悲は持ち合わせてなどいない)』
ミスカティアの肉体ごとヴァザルを滅するつもりで、レミアが斬りかかっていく。
ヴァザルもやられっぱなしではいられないとばかりに、手の爪を伸ばして剣状に束ねて迎え撃つ。
今度は小細工無し、己の剣術にギフトによってもたらされる圧倒的な力を上乗せする。
「くっ、飛躍的に力を増している……。神の授けしギフトの力を侮っていたか」
何回か打ち合っただけでヴァザルの爪が折れ、斬撃を受けてしまった。
再び爪を再生して剣戟を繰り広げるも、まともに打ち合う事も出来なくなっていた。
仕方なく距離を取って魔力砲撃に切り替えるが、並の砲撃は蚊でも払うかの如く簡単に弾かれてしまう。
「ならば、これならどうだ! もはやこの地がどうなろうと知った事か!」
両手を前方に構え、今までとは比にならない程の魔力を集中してエネルギーを溜めるヴァザル。
凄まじいまでの魔力に戦慄したのは目の前のレミアではなく、射線上に居て障壁を展開している闇の精霊達だった。
おそらく、まともに受ければ障壁は突き破られ、魔力砲撃に巻き込まれて大半の精霊が消されるだろう。
『心配はありません。今の私ならば――』
相対するレミアは居合を思わせる姿勢で魔力を集中。ヴァザルが砲撃を放つのと同じくして、剣を抜いた。
圧倒的質量の魔力の奔流を剣閃が斬り裂き、分かたれ後方へ逸れた魔力は霧散。剣閃はそのまま魔力を斬り裂きつつ進み、ヴァザルを上下に両断した。
魔力砲撃に集中していたヴァザルには、突き抜けてきた剣閃をどうする事も出来なかった。
「(なんだと!? まさかここまで力の差が生じていたとは……。だが、このままでは終わらん!)」
力を失い落下していくヴァザルだったが、その瞳にはまだ強い闘志と殺意が残っていた。
・・・・・
――レミアとヴァザルが撃ち合う直前。
「あの、私達が思いっきり射線上に入っているみたいなんですが……」
「大丈夫だよ。万が一の時はアタシが何とかするし、パワーアップしたレミアを信じてやってくれ」
不安げなセリンに、リチェルカーレが言葉をかける。
「エレナとは違う方向であの子も進化した。今のあの子ならヴァザルにも負けないさ」
セリンは新たな姿となったレミアを見る。確かに、先程までとは比にならない程の力に溢れているのが見ただけで分かる。
しかも、まだ本気になっていない。ヴァザルを倒すために本気を出したなら、一体どれほどの力が溢れ出すのか。
抱えた不安は一瞬で吹き飛んだ。それこそヴァザルが砲撃を放ち、レミアが剣閃を繰り出すのを見た瞬間に勝利を確信するくらいには。
「す、凄い……。上級魔族の人が真っ二つにな――……」
セリンが感嘆の言葉を口にしようとした途端、まるで電源が切れたように止まり、ガクンと頭を下げてしまう。
直後、顔を上げたセリンの瞳は赤く染まり、全身からは瞳の色と同じく真っ赤に染まった魔力のオーラを立ち昇らせた。
「(こ、これはシャリテさんとの戦いで見た変身か!)」
竜一は当時の記憶を引っ張り出す。変身と呼称したものの、実質別の『ナニカ』がセリンの身体を動かしているような感覚だった。
この身体だと制御が利かない、表出する事すら難しい。そう言った言葉から、セリンの中に別人が存在するのでは――
そう見ていた竜一だったが、このタイミングで表出した理由までは読めなかった。そんな事を考える間にも、セリンは勢い良く飛び出してレミアとヴァザルの戦う場所へと飛んで行った。
「おいおい、一体何をやらかすつもりだ……?」
「大丈夫だよ。あの子がついに目的を果たせる時が来ただけだからね。邪魔するとかも無しで頼むよ」
「その物言いからすると、セリンの中に潜んでいた『奴』に関しても知ってるな?」
「あぁ、長い付き合いになるからね。セリン自身は全く自覚が無いけど、アタシはあの子の知り合いだよ」
「詳細を聞いても……言わないんだろうな。どうせ「すぐ分かる」とか言って」
「良く分かってるじゃないか。本当にすぐ分かるから、これから起きる事を見守っているといい」
◆
落下していくヴァザルには、土壇場の状況から逆転するための秘策があった。
それは元々男性だったハズのヴァザルが、ミスカティアという女性魔族の肉体を使っている事に関係している。
彼はかつてル・マリオンに墜ちて瀕死になった際、そういう事態に備えて習得していた秘術を使ったのだ。
「(我は魂を移し替える術の会得に成功した。使ったのは「あの時」が初めてであったが、成果は見ての通りだ。次も成功させる)」
ミスカティアの肉体はもう死に瀕している。ならば、この肉体も捨ててさらに別の肉体へ移るのみ。
肉体として都合が良いのは強い肉体だ。彼がミスカティアの肉体を乗っ取ったのは、かつてミスカティアが自身を殺しかけた存在だったからだ。
ならば、次に乗っ取るべき肉体は、現在の彼をも殺し得る程の圧倒的な力を持った存在――レミアの事に他ならなかった。
「(男であった我が女の肉体を乗っ取ったかと思えば、次は肉体ですらない鎧の化け物を乗っ取る事になるとはな)」
ヴァザルは最後の足搔きとしてレミアに向けて爪を伸ばした。
もはや自身を殺し得る力は無いと判断し、レミアはその爪の一撃を甘んじて受けた。
伝わったのはごくわずかな衝撃のみ。まさに『小突いた』程度のものだった。
『(ヴァザル。最後まで足掻くその執念は見上げたものです。しかし……――なっ!?)』
だが、その甘さが命取りとなった。魂を伝えるには『直に触れて』相手との経路を繋ぐだけで良かったのだ。
容赦なく最後の足掻きを回避するなり触れずに対処するなりしていれば、もうヴァザルに後は無かった。
「(くっくっくっ。感謝するぞ、我を受け入れてくれて。ありがとうと言っておこうか)」
レミアの心の中で、別人の声が――ヴァザルの声が響き渡った。
彼女は一昔前から自身の心の中でシルヴァリアスと会話を続けており、最近になって他のギフト達もそこへ混ざってきた。
それ故に心の中で他人が喋る事自体は驚きはないのだが、ヴァザルに関してはそれとは違う問題があった。
「(貴様の身体。これからは我が有効に活用してやろう。女の身体と比べて鎧というのは味気ないが、耐久度だけならば随一だろうしな)」
何と言うかこう、ヴァザルが喋る度に腹を下した時のような、頭痛に苛まれた時のような言いようのない不快感と気持ち悪さがあった。
そんなレミアの心境を知ってか知らずか、ヴァザルは上機嫌な嬉々とした口調で独り言を続ける……。




