469:リベンジ
「どうしたどうした? まともに我の攻撃を防御する事すらままならないか?」
さらにパワーを上げたヴァザルの猛攻は、アリムにとっては非常に厳しいものだった。
何気ないパンチを防御しようとして腕を構えれば、その腕自体が千切れ飛ぶ。
突き出された掌を回避し損ねれば、直撃を受けてしまった顔面が半分吹き飛んでしまう。
「(魔力防御を突き抜けてくる……。嘘でしょ、こんなに地力に差があるの?)」
もちろんアリムは油断していた訳では無く、しっかりと魔力で己の身体を防御している状態だった。
強者であっても受ける事を意識していない攻撃であればダメージが通ってしまう例はあるが、彼女はハッキリ認識している。
その上で防御を突き抜けられてしまっては、もはや両者にどうしようもない程の力量差があるとしか言いようがない。
「常人であれば発狂するような痛みであろうに、貴様には痛覚がないのか?」
「お生憎様、私はこんな物とは比にならない程の地獄を既に体験済なの。この程度、蚊に刺されたようなものよ」
その後も攻撃を受けて四肢が千切れ飛んでしまうも、その上で顔面が半分崩壊していても笑んで見せるほどの余裕。
かつてリチェルカーレから受けた地獄の仕打ちと比べれば、本当にこの程度の事など何でもなかった。
「そうか。ならば再生しきる前に木っ端微塵にしてやろう。塵からでも復活できるというのであればしてみるがいい」
ヴァザルが右手に魔力を凝縮し始める。アリムも身体を再生させていくが、間に合いそうにない。
かと言ってこの状態での逃亡も速度が出ず、間違いなく魔力砲撃を受けてしまう。
「飽きは来てしまったが、少しは楽しめたぞ。我が記憶には残しておいてや――」
右手を前に突き出した瞬間、その右手が消し飛ぶ。
「!?」
彼方から飛んできた魔力砲撃が、ヴァザルの右手のみを正確に撃ち貫いた。
その瞬間にある程度の再生を済ませていたアリムが、可能な限りの魔力を噴射して逃亡を図った。
追おうとするヴァザルだったが、行く手を遮るように眼前を横切る攻撃が放たれた。
その攻撃は空振りに終わってしまったが、海を斬り裂きつつそのまま海面を走り、大陸に到達しようという所で結界に止められた。
結界を展開していたのは闇の精霊達であったため、この衝撃によって力の弱い精霊達が何体も墜落しては消失していった。
精霊故に本体は裏界におり、消失イコール死亡ではないが、たった一撃で何体もの精霊が退場する程の影響が出てしまうくらい凄まじい威力であった。
「……新手か?」
攻撃を放った方向を見ると同時に銀光が目を焼き、思わず目を閉じてしまった。目を閉じたのは一瞬であったが、その一瞬で眼前に何者かが出現した。
銀光と同じく、銀色に輝くフルプレートアーマー。しかし、銀色でありながら様々な色合いが窺える複雑ながらも美しい輝きを放っている。
「(先程倒した女が戻ってきたのか? それにしては――)」
鎧のデザインは勿論の事、そこから放たれている圧倒的な魔力はもはや別人の領域にまで高まっている。
正直言えば、ヴァザルには先程の人物と目の前にいる人物が結びつかない。それくらい全くの別物に変わっている。
「何者だ?」
故に、あえてそう尋ねた。
『――レミア・ヴィント・ヘルムヴァンダン。かつて、冒険者パーティ『さすらいの風』の一員だった者。貴方に仲間三人を殺され、いつか討つべく牙を研いできた復讐者です』
仕掛けた際に名乗っていなかった事もあり、改めて名乗る。姿形こそ変わっていれど、現れたのはレミア当人だった。
「何をやったのかは知らぬが、随分と変わったようだな。一度倒される事で新たな領域に至ったか?」
『新たな領域――そうであるとも言えるし、そうでないとも言えます』
レミアはフルフェイスの兜を脱いだ。兜の下からは、美しき顔と風に靡く緑のセミロングが――
「顔が、無い……?」
あるハズのものが無かった。兜を脱いだのに、そこには何も存在しない。
それどころか、首の部分から覗く内部は空洞であった。鎧の内側の金属部分しか見えない。
「貴様、まさか――ぐぁ!」
ヴァザルが何かを口にしようとするも、その瞬間にレミアの拳が顔面を撃ち抜いた。
反応すら出来ない程の速度と、首が千切れ飛ぶのではないかと思う程の凄まじい威力に、なす術も無く弾き飛ばされる。
これで何度目かと言うくらいの水柱が吹き上がり、海面に大きな波が生じた。
『私がギフトを使うのではなく、私自身がギフトとなる。そうすれば、余す事無くその力を使う事が出来る……。気付いてしまえば至極単純な物でした』
その声は何処か諦観を感じさせるものだった。既に声を発する肉体や器官が無いのにもかかわらず、きちんと発声が出来ている。
今のレミアはギフトそのものと化しており、現在はこの鎧こそが彼女の肉体とも言える状態になっていた。
『(いくら目的のためとはいえ、力を求めるが余り人間辞めるなんてどうかしてるわよ)』
『(散々「自分の力はこんなもんじゃない」「もっと力を引き出せ」とマスターを煽っておいてそれは無責任と言うものでは?)』
『(し、仕方がないじゃない。ギフトとして力をフルに発揮してもらえないのはストレスなんだから!)』
シルヴァリアスは主に対する情と、ギフトとしての本能の間で板挟みになっていた。故に、プラティニアからも突っ込みを受けてしまう。
自身の力を完全に引き出して使って欲しいという想いと、だからと言ってそのために人間をやめて欲しくなかったという想い。
本能として力を引き出しきれないレミアを口汚く罵る事も多かったが、いざ力を使える領域に至ったらどうしようもない寂しさを感じてしまった。
今のレミアはギフトに選ばれし『主』ではなくギフトそのもの、言わばシルヴァリアス達とは『同類』となった。
なんだかんだでシルヴァリアスは主とギフトという関係性が好きだったのだ。しかし、それが変わってしまいそうという怖さを感じた。
『私は変わるつもりはありませんよ。姿こそ変わっても、レミアのままのつもりですから――』
「ぼやいている暇はあるのかね?」
傷心するシルヴァリアスに声を掛けようとした所へ、ヴァザルが鋭い突きを放ってくる。
アリムですら反応できない程の速度での突撃であったが、レミアはそれをしっかりと見据えて己の腕で受け止めた。
今の彼女の身体は鎧となっているため、腕で受け止める事自体がガードしたも同義となっている。
ヴァザルの突きは想像以上に破壊力が高く、両腕部を破壊し、そのまま兜をも刺し貫いた。
だが、今のレミアは鎧そのもの。痛覚と言う概念はなく、その程度で動じる事も無い。
己の顔を貫いた状態で動きが止まってしまい、特大の隙を晒したヴァザルの腹部に痛烈な一撃を叩き込む。
「くっ、ふふ……。この肉体に配慮しているつもりか?」
すぐに体勢を整えたヴァザルが不敵に笑む。何回か受けた攻撃から、彼は察していた。
今のレミアであれば、本気でやれば上級魔族の肉体にすら甚大な損傷を与える程の攻撃を放つ事が出来る。
にもかかわらず、最初の右手狙撃を除けば拳で殴り飛ばすだけに留めている。
それはつまり、ヴァザルが乗っ取っている『ミスカティア』を気遣っているに他ならない。
そこに付け入る隙がある――と、思っていたのだが……気付いた時には両手両足を一瞬のうちに斬り飛ばされていた。
「(違うのか!? くそっ)」




