468:再起に向けて
海に繰り出していたアンゲドラス海軍は、眼前に広がる無数の異形達を前に、怯えをこらえながらも向き合っていた。
何せ唐突に自分達が暮らす島の前に異形の軍団が現れたのだ。民の暮らしを守るためにも、軍人達が出撃せざるを得なかった。
数えるのが馬鹿らしくなる程の数。しかも、その一体一体が並のモンスターとは比にならない程の力を秘めた個体。
「それでも、それでも我々はやらなければならないのだ! 全ては民を守るため……」
先頭の艦の隊長が兵士達を鼓舞する。それは同時に自身にも言い聞かせているようであった。
『人間達よ。貴様らは誤解をしているようだ』
「ひぃっ!?」
そんな隊長のもとへ、黒き翼を有した男性が降り立つ。日焼けしたような顔に、頭部には角。明らかに人間とは異なる種族。
「ま、まさか……魔族!?」
『事もあろうに我を魔族扱いするとは何たる無礼者か。我はオプスキュリテ。偉大なる闇の精霊の一柱である』
「闇の精霊……。こ、言葉が通じるのであれば、どうか無礼を承知でお願いする。我が国を侵略するのは止めて欲しい!」
『侵略? 何を言っているのだ。むしろ我らはそなたらの国を守るために現出しているのだ。あれを見るがいい』
オプスキュリテの指し示す先には、数多の異形――闇の精霊達の姿。そして、その先に広がる海が見える。
その海では激しい爆発と共にいくつもの巨大な水柱が発生し海面を激しく揺らしており、当然その影響で大きな波が発生してしまう。
自分達の船も巻き込まれると思って青ざめる船上の兵士達だったが、その波は到達する前に見えない壁にぶつかった。
『この通りだ。我らは戦っているだけで周りに甚大な被害を及ぼしかねないような強大な存在の余波から民を守るために現出したのだ。我らは闇の精霊ゆえに見た目こそ異形であるが、我らを従える精霊使いの主は民を想う非常に心優しいお方だ。この島の民は必ず守り抜くゆえ、ここは引き下がるがいい』
兵士達はしばらく呆然としていたが、我に返った隊長の号令により、アンゲドラス島へと引き返していった。
「オプスキュリテ殿、感謝致します! 心優しき精霊使い様にもよろしくお伝えください!」
未だ状況を呑み込み切れていない隊長であったが、少なくとも自分達が守ってもらっている事は察し、礼を述べるのだった。
・・・・・
海を大爆発させた影響で、一時的に海底が露出してしまう。しかし、膨大な海水は一瞬にして押し寄せ、瞬く間に露出した部分を覆い隠してしまった。
中心に居た二人は既にその場から脱出して上空まで上がっており、改めて戦いを再開させた。互いに力があるが故に、徒手空拳でも激しい音と衝撃波が響き渡る。
「(さすがに少々煩わしくなってきたな……。そろそろ片付けさせてもらうとするか)」
ヴァザルはアリムとの戦いを楽しんでいたが、同時に飽きも感じ始めていた。故に――
「まだまだやる気みたいね。いいわ、続きを――っっ!?」
アリムがヴァザルの動きに合わせようとするが、ヴァザルの姿が目の前から消えた。
そして、気付いた時には一撃を許してしまっていた。
「がはっ!? ま、全く見えなかったわ……」
ヴァザルの右手が胸部を貫いていた。その成果を誇示するように、手にはアリムの心臓が握られている。
「所詮、今までの戦いは戯れに過ぎなかったのだ。今の我であっても、これくらいの事は出来る」
「どうやら、上級魔族というのは予想以上にヤバいみたいね……」
右手を抜き取り、アリムを海面に向けて放り捨てる。
「とは言え、久々に楽しめたのも事実。我が飽き性でさえなければ、もう少し戦い続けられただろうにな」
「そんなつれない事を言わないで欲しいわ。もっと楽しみましょうよ」
「な――」
後頭部に痛烈な一撃を受けるヴァザル。全く予期せぬ一発であったため、踏ん張る事も出来ず海面に墜落した。
「馬鹿な。心臓を抉り取ったのだぞ。何故平然としている……」
「ヴリコラカスの生命力を侮ったようね。しぶとさに関してなら随一よ」
「く、魔虫族を思い出させる奴だ」
魔虫族とは、魔界に存在する魔族の一種で、魔族の特徴と虫の如き特徴を兼ね備えた種族。
欠損した四肢すら一瞬で再生し、首を斬り飛ばされても平然と活動するなど、魔族の中でも特に並外れた生命力を誇る。
ヴリコラカスはそれに匹敵あるいは超え得る生命力であり、その一点に関しては上級魔族すら上回っていた。
「まぁいい。ならば何処まで耐えられるか試してやろう。先程までのように行くと思うな」
「(強がってはみたものの、再生力が高いからって優位に立った訳じゃないのよね。いつまで耐えられるか分からないわよ。早く戻ってきなさい!)」
・・・・・
「くっ、うぅ……」
レミアは埋もれていたクレーターから掘り出されて治療を受けていたが、身体ダメージよりも精神ダメージの方が強かった。
身体自体はエレナの治癒によって完治してきている。しかし、ギフトを結集させて全力で挑んだのにボロボロにされた事で心が折れていた。
「(上級魔族と言うのは、完全なギフトの全力でも及ばない程に強大な存在なの……?)」
『(バカ! そんな訳ないじゃない! ギフトは神様の力よ。神様の力があんな木っ端に負けるなんてあり得ないんだから!)』
心の中で弱音を漏らすと、すぐさまシルヴァリアスが叱責してくる。
『(その通りだ。マスターは大きな勘違いをしている。全力で挑んだと言うが、アレが本当に我らの全力だと思っているのか?)』
「(私はここでヴァザルを討ち取るつもりで全ての力を引き出しました。それこそ、一欠片すらも残さず私の力も絞り出したつもりです)」
先程の戦いで使い切るつもりで戦ったが故に、現時点でレミアの魔力は枯渇している。
まさに一欠片すらも残さずに全力を出し切った――と思っていた。
『(その認識で居る以上、貴方は本当の意味で我らの力を引き出せてはいません。貴方は神の造りし我々の力がこの程度だと思っているのですか?)』
『(ニューマスターはちょっとばかり頭が固いのさー。発想を転換、って言うの? とにかくもっと柔らかく考えた方がいいヨ!)』
『(ぶっちゃけると、マスターもエレナを見習えばいいんだよ。いくら意気込みが凄くても、実際の覚悟が決まっていない感じがするんだよ)』
ゴルドリオンに続き、プラティニアス、パルヴァティア、ブロンズィードが次々と言葉を投げてくる。
いずれもダメ出しだった。前者三人はいずれもふわっとした感じの言葉で、いまいち言葉の意図が把握できなかったが、ブロンズィードだけは踏み込んだ。
エレナを見習う――これでレミアは察した。自分は『人間のまま』で戦おうとしている。勝利のために自分自身を捨てる程の決断をしていない。
「(そうか、私はギフトを『使おう』としてたんだ。それじゃダメだ――)」
『(ブロンズィード、ストレートに答え教え過ぎじゃねー? と言うか、答えを教えようとしても言葉に封印が掛かるはずなんだけどなー)』
『(答えそのものは教えてないから大丈夫なんだよ。シルヴァリアスから聞いたけど、レミアはニブチンだから匂わせる程度じゃ気付かないらしいし)』
さり気にギフト達がレミアに苦言を呈しているが、今のレミアにはそんな言葉など耳に入っていない。
治療を続けてくれているエレナを横目にしつつ、改めてヴァザルに立ち向かうために出来る事と言えば何なのか。
今こそ、その答えを出さなければならない。
「(だったら、私は――)」




