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467:近海大荒れ

 ――アンゲドラス島。


 アナイラティから西へ海を渡った先にある大きな島である。少なくともアナイラティからは目視出来ない程度には離れていた。

 時にはアナイラティと戦争を起こしたりして、アナイラティに支配されていた時期もあるが、現在はアンゲドラスという独立した国になっている。

 そんな国である日、ちょっとした騒動が起きた。と言うのも、山のように大きな巨人と、数多の怪物の軍勢が突如として近海に出現した。


 天を突くように巨大なその存在は、見る者がみんな口をそろえて「邪神」と称する程に恐ろしい風貌をしていた。

 そんな邪神に率いられて周りを飛ぶ者達は、中には人と見紛うような存在も居たが、大半は闇から産まれた異形とでも言うべき不気味な存在だった。

 この光景を見た人々は一瞬にして絶望に染まり、戦う意思を見せるどころか諦観してしまい、その場で神に祈り始める者まで現れた。



 ・・・・・



『(久々であるな。我が本体で現世に出現するというのは……)』

「(良かったねヴェルちゃん。でも、お願いされた事はしっかりとこなさないとだね)」


 アンゲドラス島の近海に現れた巨人とは、ルーによって召喚された契約精霊のヴェルンカストであった。

 この状態で普通に声を発すると辺りに響き渡る大ボリュームとなってしまうため、やりとりは脳内会話で済ませていた。


『(アリムとヴァザルがあまり遠くへ行ってしまわないように止める壁となる……か。あれらを止めろとか、リチェルカーレ殿も無茶を言う)』

「他のみんなも広がって壁になってね。他の国にまで迷惑を掛けちゃうと国際問題になっちゃうから……」


 ルーは他の闇の精霊達も現世に呼び出しており、指示に従って広がり二人がこれ以上遠くへ行かないように壁を形成した。

 しかし、ヴェルンカストですら荷が重いような強大な存在を止める壁となるのは、下位の精霊達からすれば命懸けの行為である。

 端的に言えば主に「死ね」と言われたに等しい無茶にも程がある指示だったが、精霊達は恐れる事無く行動に移す。


「大丈夫だよ。絶対に私が守るから。私にとってはみんな大切な家族だから、誰一人として失わせるような事はしない」


 それも主の強すぎる精霊愛の成せる業。ルーはとにかく精霊が大好きであり、かつてはその過剰なる愛が強制的に契約精霊に力を送り込んでしまい、結果として精霊を死に至らしめてしまう程だった。

 しかし今はその有り余る力をしっかり受け止めてくれるヴェルンカストがいる。そして、今となってはナンバーワンを除く闇の精霊全てが彼女に恭順している。

 一見すると無茶にも思える命令も、ちゃんと主がカバーしてくれる。だからこそ本来であれば目的をこなすには力が足りないような精霊達ですら、積極的に行動してくれる。


「だから、もし二人が来たらその時はお願いね」

『(心得た)』

『信じてるわよ、主様』


 ナンバーツーのヴェルンカストも、ナンバースリーのメアも頷く。今、闇の精霊達の心は一つになった。



 ・・・・・



 アナイラティ近海は今、かつてない程に大荒れの状態となっていた。

 万全の状態でないとは言え強大な力を持つ上級魔族と、それに匹敵するル・マリオンの在来種族『ヴリコラカス』の姫。

 そんな二人が全力でぶつかっている。その影響で、高層ビルの如き水柱が絶え間なく上がり続けていた。


 魔力砲撃を弾いたり回避したり、あるいは水没した相手への追撃として放たれる一撃。

 また格闘戦の末に重い一発をもらってしまい、墜落による水面への激突。あらゆる要素が災害級の事態を引き起こす。

 当然の事ながら、一般人に被害を出さないように辺り一帯の海域は魔力障壁によって封鎖されている。


「我が病み上がりの状態で良かったな。おかげで互角の戦いを演じられているぞ」

「私の因縁の相手じゃなくて良かったわね。おかげで本気で潰すような事をしなくて済んでるわ」


 二人共海中に没しているが、そんな事お構いなしに普通に会話をする。二人にとって水の中など何の障害にもならない。

 ヴァザルが全然本気じゃないアピールをすれば、アリムもまた同じように本気じゃないアピールをする。


「(とは言うものの、相手が全然本気じゃないのも事実なのよね……。こっちは結構頑張ってるつもりなんだけど)」


 アリムはヴァザルを潰す気が無いのではなく、潰せるほど圧倒的な実力を持ち合わせていないだけであった。

 潰せるものなら潰してやりたいが、想像以上にヴァザルが手強かった。故に、削り合いのような戦いになってしまっていた。


「(でもまぁ、レミアの仲間の仇みたいだし、出来る事なら本人に仇を討たせてあげたいのよね。早く復帰してきなさいよ。でないと――)」


 二人が手四つの状態となり、互いに身体から魔力を発して力比べの状態となる。

 海底がさらに陥没し、海水がまるで洗濯機の如く掻き混ぜられ、近場に居た魚や水棲生物が巻き込まれてしまう。

 膨れ上がる魔力が熱を帯び、海水も温められ、終いには今までとは比にならない程の大爆発が起きた。



 ・・・・・



「派手にやってるなー。まさかド○ゴンボールをリアルで見る事になるとは思わなかったわ」

「とてもじゃないけどあの領域に至れる気がしないわ。上級魔族もヴリコラカスもデタラメ過ぎるでしょ」


 大深度地下から大きく距離を移動してしまったアリムとヴァザルを追う形で、竜一達は空間転移で近くにまでやってきていた。

 リチェルカーレの用意した空飛ぶじゅうたんの上から二人の戦いを見守っていたが、今までの比にならない高レベルの戦いに各々違った感想を抱いていた。

 未だ心の奥底に眠る少年の心が疼く竜一と、ただただ戦慄するハル。竜一は「いずれ自分もあんな風に」と、さらに強くなる事を心に決めた。


「ま、好きなだけ暴れてもらおうじゃないか。念入りに魔力障壁は張ったし、万が一に備えて闇の精霊達による防壁も用意してる。ただ、このままじゃアリムが不利だろうね」

「上級魔族というのはそこまでの怪物って事か……」

「上位存在に危険視されて異世界間の行き来が出来ない上級魔族と、その縛りが無いヴリコラカス。いくら上級魔族が異世界に来てしまえるくらいに満身創痍の状態だったとしても、強さそのものが削られた訳じゃないからね」


 つまり、上級魔族の最大パワーを一万だと例えるならば、決して最大パワーが千になってしまった訳ではない。

 あくまでも現時点のパワーが千にまで落ちてしまっているだけで、大元の最大パワー自体は一万のままで変わりない。

 存在そのものの格は落ちていない。そこを勘違いしてしまうと、戦局を見誤ってしまう事になる……。


「レミアはまだ回復中なの? ヴァザルは仲間達の仇なんだから、最後に決める役どころじゃないの?」

「アリムが時間稼ぎしている間に何とか復帰してもらいたいもんだね。アリム自身は潰す気でやってるだろうけど」

「エレナの例を見るに、レミアもまた人間を辞めないと厳しいんだろうな。とは言え、あの状態からどうやって進化するのか想像がつかないが」


 偽の聖女を倒すため、エレナはアンティナートに眠る全ての力を受け入れ、自身を『法力そのもの』と変え、概念的存在となった。

 レミアも何らかの形でそれに匹敵する領域に至らなければ、とてもじゃないがヴァザルを倒す事など不可能である。

 彼女はまだ先程の場所で倒れたまま、エレナによって回復の措置を受けている。復活した所で、進化が出来なければ意味が無い。


「(信じてるぞ、レミア。必ず戻ってきてくれ……)」

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