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466:アリムVSヴァザル

 上空へ弾き飛ばされるヴァザルに、その速度以上のスピードで追いついたアリムは、両手を組んだ拳を叩き付けた。

 体勢を立て直す前にモロに受けてしまったため、勢いそのままに地面に向かって墜落していくヴァザル。

 しかし、既にクレーターを飛び出し、眼下に街が広がっているような場所でそんな事をすれば、民間に被害が出てしまう。



 ・・・・・



 ズダアァァァァァァン!!!


 アナイラティのとある町で何気ない日々を送っていた人々の日常を脅かす轟音が上空から轟いた。

 驚いた人々が空を見上げると、中空に人が倒れているのが見えた。何事かと思って見ていると、人が倒れている場所が爆発した。

 先程に負けず劣らずの轟音。大気を震わす程のそれは、町中の人々の意識を集中させるには充分過ぎる程だった。


「な、なんだ? 何が起きてるんだ……?」

「人が空の上で倒れてる。訳わかんないんだけど」


 爆発の煙が消えると、今度は別の人物が現れた。一方で先程まで倒れていた人物の姿は消えている。


「戦ってるんだ。何者かは分からないけど、さっきの人物と、今現れた人物が……」


 状況を察したのは、この地域で活動する冒険者の男性だった。


「この辺り一帯の空を覆うように障壁が展開されてる。探知してみた結果、とてつもなく広い範囲。ハッキリ言って、こんなの人間業じゃない」


 共に行動していた女性の魔導師が口にする。自身が魔導師であるだけに、一帯の空を覆う程の障壁を張るのが如何に馬鹿げた事かを良く分かっていた。


「一帯の空だって? 何故そんな広大な障壁を張る必要があるんだ?」

「考えてもみて、さっきの二人が空中で障壁にぶつからなかったらどうなってたと思う?」

「どうなって……? ――っ!」


 ゾッとする男性冒険者。先程の衝撃音から考えると、町に墜落していたらそこそこ大きなクレーターが生じていただろう。

 予告なしの突然の落下だ。当然ながら町民達が避難できるはずもない。落下して轟音を聞いてから初めて気付いたのだから、事前に気付けた者は居ない。


「どうやら、あの障壁は二人の戦いの余波から守るための物のようですね。巻き添えを危惧した第三者によるものなのか、あの人達自身で他を巻き込まないように気を遣ったのかは分かりませんが、力を持ちながらも良識があって良かったですね」

「確かにな。もし周りの被害なんて気にしないって奴らだったら、今頃はこの町も壊滅的な被害を受けていただろう」


 それから上空で何度か音が響いたかと思うと、すっかり音は聞こえなくなり、町に沈黙が訪れた。

 しばし人々は空を見上げ続けていたが、過ぎ去った事を察すると、ようやく町は元の喧騒を取り戻した。


「行ってしまった……のか?」

「どうやら物凄い範囲を移動しながら戦ってるみたいね。また戻ってこない事を祈るばかり」



 ・・・・・



「ははは! 良いぞ。まさか我とここまで戦える者が存在しようとは!」


 顔面に拳を受けるも、ヴァザルは凄絶な笑みを浮かべてアリムを殴り返す。


「それは光栄だわ! 今までずっと引きこもっていたから、こういうのも新鮮で楽しいわ!」


 拳をあえて額で受けたアリムは、今度はヴァザルの腹に重い一撃を喰らわせる。

 互いに一歩も引かぬ殴り合いを繰り広げながら、時に重い一発が決まった時は大きく吹っ飛ばされつつ、二人の戦いは続く。


「貴様は仮にも一族の王女なのだろう? 好戦的にも程があるぞ」

「戦闘は淑女の嗜みですわ。王女たるもの一族の者を捻じ伏せられる力が必要ですもの」


 仮にも王女のアリムだが、戦闘の影響で衣服は傷んでしまっており、もはや王女としての煌びやかさは感じられない状態になっている。

 ヴァザルも精神こそ男性魔族だが、現在はミスカティアという女性魔族の器を使っているため、ダメージの影響で見た目的には痛々しい状態となっていた。

 それでも拳のぶつけ合いをやめたりはしない。互いに戦闘による高揚でハイになってしまっていた。この状況が楽しくて仕方がない。


 二人は戦ううちにかなりの距離を移動してしまっていたが、途中で通過した町村には一切の被害は出ていない。

 アリムが飛び立つ前に発した言葉を受け、リチェルカーレが下方へ被害が及ばないように超広域の魔力障壁を展開したからだった。

 もしそれが無ければ、今までにどれ程の大地が抉れ、町や村が崩壊し、多くの人々が巻き込まれていただろうか……。


 互いにパワーがあるが故に吹っ飛ばされる距離も決して少なくはなく、二人はいつしか大陸を渡り切り、海へ出ようとしていた。

 既にボロボロになった衣服のアリムが、上空から蹴りを叩き付けてヴァザルを落とす。しかし、障壁にはぶつからずそのまま海に落ちてしまった。

 まるで水中で爆弾を炸裂させたかのような巨大な水柱が上がる。並の人間であったならば、その落下の衝撃だけで軽く絶命しただろう。


「海には障壁張らなくてもいいって事かな。まぁいいや。追撃追撃っと」


 アリムは魔力弾をいくつも作り出して、ヴァザルが落下した海に向かって次々と放った。

 着弾する度に先程の水柱を上回る程の水柱が上がる。轟音と共に振動が発生し、付近一帯に小さな地震を引き起こす。



 ・・・・・



 ボゴオォォォォォォォン……


 アナイラティ西端にある沿岸のとある町に、突如聞き慣れない轟音が響き渡る。

 その轟音の正体はすぐに分かった。海に巨大な水柱が上がっていたのだ。


「な、なんだ? クラーケンでも現れたのか!?」

「いや、いくらクラーケンでもあんなデカい水柱は上がらねぇよ」


 海の近くに住む者にとってはおなじみの巨大な怪物クラーケン。

 そんなクラーケンですら、先程見たような巨大な水柱を発生させるような事は無い。

 ならば、それ以上の脅威が現れたのでは……と、住民の間に不安が広がる。


 直後。さらに激しい轟音が響き、地面も揺れて海を見ていた住民達がよろめいてその場に倒れてしまう。

 先程とは比にならない巨大な水柱が次々と発生し、住民達は続けざまに耳を震わせる轟音と振動を浴びせられてしまう。

 明らかな異常事態に、終末を予感しその場で跪いて祈る者も居たが、現実を見据えている者も居た。


「ボサッとしてる場合じゃないぞ! あれだけの衝撃だ。ここは近場だし、津波が来るぞ!」


 未だに立てない者や祈る者を立ち上がらせ、少しでも海から遠ざかろうと動き始める。


「私は少しでも被害を抑えるために障壁を張ります! 魔術師や魔導師の方が居ましたら、どうか協力してください!」


 この町に滞在していた魔導師が声を上げると、何人かの同業者が協力を申し出る。

 一行は身体能力に魔力を上乗せして移動速度を上げ、瞬く間に海岸にまで辿り着くと、両手を前方にかざし、魔力障壁を展開――しようとした。

 が、魔導師の一人がある事に気付いた。


「待って。今気付いたけど既に障壁が展開されてる……。前の方の魔力を感じ取ってみて」

「あ、本当だ。結構広範囲に渡って魔力の壁が展開されてる。これだけ範囲が広ければ町に波は来ないんじゃないかな」

「問題は強度だ。波を耐えるだけの強固な物なのか、自分が確かめてみよう」


 魔導師の男が両手に精一杯の魔力を溜めて炎弾を形成し、既に展開されている障壁に向かって放つ。

 津波の激突の威力を想定したため、本人としては本気の炎弾を放ったのだが、これは内心で訳の分からない状況に対する苛立ちも混じっていた。

 いっその事破壊してやろうかくらいの気持ちだったが、それも空しくいともあっさりと炎弾は掻き消されてしまった。


「……だ、大丈夫そう、だな」


 津波に対する不安は無くなったものの、男は魔導師としての自信を失った。

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