044:魔導師団長VS魔導師団長
両者が同時に詠唱によって生み出した大魔術を解き放つ!
ベルナルドは身の丈ほどもある炎の奔流を打ち出し、ネーテはそれを同じくらいの面積で撃ち出した風の魔術で受け止める。
双方とも詠唱に込めた時間はほぼ同じ。後は詠唱の質と、各々の魔力の強さが勝負を決める鍵になると思われたが、ネーテは既に構えを解いていた。
しかし、ベルナルドの魔術を受ける風の魔術は未だ衰えていない。実はネーテが放った魔術は奔流ではなく球体状の魔術だった。そのため、ネーテの魔術は手元を離れた時点で既に完成している。
一方のベルナルドは奔流として撃ち放ってしまったがために、この時点で魔力の放出を止めてしまえば魔術そのものが止まってしまい、風の魔術の直撃を受ける事となる。
当然、そこを見逃すネーテではなかった。容赦なく無詠唱で風の刃を作り出し、未だ炎の魔術を放ち続けるベルナルドの身体を刻みにかかる。
しかし、ベルナルドも魔術を放っている間完全な無防備で居るはずもなく、周りに魔力で障壁を張っていた。さすがに無詠唱魔術程度では貫けない。
「ならばこれで……岩よ、槍となりて敵を貫け!」
ベルナルドの足元の地面から、鋭い岩の槍が突き出される。詠唱魔術の威力を障壁で防げないと踏んだのか、ベルナルドはそれを踏みつけるようにして足元を爆発させた。
そして、その勢いに乗り上空へ舞い上がると同時、炎の魔術を解く。風の魔術の射線上から逃れた以上、もう放出を続ける必要はない。
ネーテとしてはダメ押しの追撃のつもりであったが、ベルナルドの機転により、逆に大きな攻撃から脱出するチャンスを作る事となってしまった。
一旦放たれてしまったものは後から変化させたり操作したりする事が難しい。風の魔術はそのまま何処かへ飛んで行ってしまうであろう――通常ならば。
だが、ネーテはその通常の領域を逸脱していた。素早く風の魔術の前に回り込むと、それを思いっきり上空へ向けて蹴り飛ばしたのだ。
間接的にコントロールするのが難しいのであれば、直接干渉して動かしてやればいいだけだ。幸いにも彼女の魔術は球体、蹴るにはもってこいの形だった。
「ぬぅっ! 何という強引な……」
ベルナルドは空中で自分の眼前を爆発させる事で反動を生み、その勢いで再び風の魔術の射線から逸れる。
飛行するための魔術は存在するが、繊細な魔力操作が必要なため、とっさの場合はそんな事をしている余裕などない。
地面に降り立った彼はすぐに上空を見上げる。当然の事ながら、入れ替わるようにしてネーテが飛び上がっていた。
彼女は再び風の魔術に干渉し、今度は地面に向けて叩き付けるつもりなのだろう――そう推測したベルナルドは、再び詠唱を始める。
「猛き炎よ、我が魔力を糧に燃え盛れ。赤き殻を破り蒼き領域へと至れ。全ては我が敵を屠らんがために――蒼炎の息吹!」
上空に向けて、今度は蒼い炎の奔流を打ち出す。蒼炎の精霊と契約する身だけあってか、彼自身も蒼炎を使う領域に至っていた。
先程のものとは比べ物にならない威力の砲撃が風の魔術へと叩きつけられる。風の球体は一瞬で砕け散り、その先に居たネーテを呑み込まんと襲い掛かる。
もちろん、このまま大人しく呑み込まれる訳にも行かないネーテは全身に魔力を漲らせ障壁を張るが、とても止められるような勢いではなかった。
「くぅっ、まだこれほどの魔術を温存していましたか……!」
このままでは障壁を砕かれ、蒼い炎に飲まれてしまうだろう。身を魔力で覆ったとしても、軽傷では済まされないレベルのダメージを負うだろう。
少し思案した彼女は、この状況であえて杖の先端を敵の魔術の中へと突き入れた。並の杖であれば焼かれてしまうだろうが、幸いにもネーテは魔導師団長。
加えて魔術道具制作の第一人者であるリチェルカーレの部下である。当然の事ながら、与えられている杖は生半可なものではなかった。
前面に魔力で障壁を展開しつつ、杖の先端にも魔力を集中させていく。蒼き炎の中でも杖はしっかりと原形を保ち、先端の宝石は変わらず輝いている。
「集え、集え、集え……全ての命を育む偉大なる光よ。今、蒼き炎を穿つ一筋の閃きと成れ!」
上空で一瞬、太陽の如き輝きが生じると同時、地上に居たベルナルドの腹から背へと一筋の光が突き抜けた。
ネーテの魔術が詠唱が示す通りに蒼き炎の中を突き抜けて、相手の所にまで届いたのである。
同等の魔術を放って蒼炎の息吹と撃ち合うのではなく、一点集中して威力を高め相手の魔術諸共に撃ち抜く。
全てを砲撃に費やしていたベルナルドは、不意打ちで放たれた光の魔術に対して完全に無防備だった。
しかし、防御の力をかなり砲撃に回したネーテもまた、蒼炎に呑み込まれて地上へと落下してきていた。
「がはっ! む、無茶にも程があるだろう……。蒼炎は我が切り札なのだぞ、受けて無事でいられるはずが……」
「ふんっ!!!」
ズダンッと両足で大地を踏みしめて着地するネーテ。全身に火傷を負い、着衣もボロボロとなっている。
しかし、その瞳から闘志は消えておらず、やろうと思えばまだまだやれるようだ。
ベルナルドは腹部に負ったダメージが致命的となったのか、既に仰向けに倒れて息が荒い。
「なかなかの攻撃でした。しかし、私を悦ばせるにはまだまだ足りないようですね」
「……悦ばせる?」
・・・・・
ネーテさんとベルナルドの対決を見ていた俺は、素直に驚いていた。
リチェルカーレや王と言った規格外ばかり見てきた俺だが、それでも魔導師団長同士の対決は凄く感じられた。
本来、魔導師同士の対決と言うのはこうやって魔術を撃ち合ったりするのが普通なんだろうな……。
ただ、ベルナルドの驚きようからするに、近接攻撃を使ったりとか魔術を蹴り飛ばしたりするのはイレギュラーっぽいが。
最後にネーテさんが悦ばせる云々言っていたが、確かリチェルカーレによると『圧倒的強者に手も足も出ず蹂躙されるような一方的な戦闘にゾクゾクする変態』だったか。
リチェルカーレにやられていた時は、もはや呂律も回らないくらいになってニヤニヤしていたからなぁ。今回は笑顔すら見せていないし、言葉通りにまだまだ足りないって事なんだろう。
敵国の魔導師団長でも満足させられないのかよ。まぁ、今回はあの幻滅させられる不気味な姿を披露する事にならなくて良かったと思っておこう。
「おつかれさま。二人共、見事だったよ」
拍手しながら二人のもとへ歩み寄るリチェルカーレ、ベルナルドの前で身をかがめると左手を腹部に当てて法力を放つ。
一方の右手は満身創痍ながらも立っているネーテに向け、法力を放射する。彼女の手に掛かれば、治癒も容易い。
「な、なんと。法力による回復も出来るのか……本当に一体何者なのだ」
「ちょっとばかり人より知りたがりなだけの魔導師さ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
さすがに本質に関する部分はぼかすようだ。俺も完全に理解している訳ではないが、ややこしいからな。
「とにかく、ネーテが勝ったんだ。侵略は続行だ。と言う訳で、キミに王城の案内を頼みたい」
「……敗北者で治療までされた立場でものを言うのは無礼とは思うが、どうか皇族の方々の命までは勘弁してもらえないだろうか」
「いいよ。さすがにその辺まで始末しちゃうと後々が厄介だ。ただし、向かってくる敵には容赦しないよ」
リチェルカーレはベルナルドの額に指を当てて何やら呪文を唱える。まるで焼き印を押したかのような音と共に、彼の額に小さなドクロマークが現れる。
曰く『魔力の封印』らしい。これで彼は魔術の行使や、魔力を用いた身体強化などが出来なくなるという。その上で、彼を魔術の縄で縛って拘束状態にする。
「さて、リューイチにネーテ。早速、皇城へ行くよ」
「えっ? 私も……ですか?」
「結末を見届けた上で報告してくれる者が必要だからね」
空間転移できるリチェルカーレなら一瞬で自らが報告しに戻る事も出来るが、事の説明とその後が面倒なのだろう。
全てをネーテさんに丸投げするつもりだ。ネーテさんもそれを悟ってか、顔からトホホ感が漂っている……。
・・・・・・・・・・
――皇城。
ベルナルドは人質にされ、皇族の命を盾に脅されている体で三人を案内していた。
ツェントラールの王城よりも広いが、軍事力にこだわるだけあって、華美さよりも実用性が重視された作りになっている。
装飾品は最低限にとどめ、壁には隠し扉などのギミックを仕込み、予備の武器防具や罠も仕込んでいるという。
「お前達、やめるのだ。無駄に命を散らす事は無い!」
その叫びはせめてもの慈悲だったのだろう。圧倒的な実力差を痛感したが故に、挑む事自体が無意味だと知る者からの。
しかし、そんな事など知る由もない皇城の兵士は、ベルナルドが捕らわれている事で逆にやる気を出して襲い掛かってくる。
ベルナルドが捕らえられている時点で敵がそれ程の実力者である――という事すらも考えられなくなっているようだ。
「やれやれ、これじゃあ誘蛾灯じゃないか。人気者だねぇ、キミ」
「すまないな。勇気と無謀をはき違えた者が多くて誠に恥ずかしい限りだ」
「自国の兵に対して意外と辛辣だな。あんたを助けるために俺達に向かってきてるんだろ? 信頼されてる証拠じゃないか。喜んでもいいと思うぞ。もし人質があの騎士のおっさんだったらこんなに助けには来ないぞ?」
「貴様こそ随分とランガートに対しては辛辣ではないか。まぁ、奴の日頃の態度は正直言って愚かしいの一言でしかなかったがな。今思えば、あの最期も奴に相応しいものだった」
「最期? 騎士のおっさん、既に倒されてたのか……」
「む、倒したのは貴様ではないのか? 凄まじい勢いで皇城の門に激突したようで、一帯の崩壊に巻き込まれて死んでいたのが発見されたのだ。なんでも、手首足首が切断された程に凄惨な状態だったらしいが、一体何がどうなったのやら」
「あー、それアタシかもしれない。首都の入り口でやたらと態度のデカい騎士を殴り飛ばしたんだけど、もしかしてそれがその騎士団長とやらだったのかも」
「殴り飛ばした……って、それじゃあ手首と足首が切断された状態ってのは?」
「それはおそらく――」
リチェルカーレは、丁度通路の奥からやってきた騎士達に向けて、指を鳴らして魔術を発動させる。
複数人居た騎士達のうち、一人以外が突然その場で倒れ伏し、残った一人は空間魔術で大の字状に両手両足を拘束されていた。
「こうやって拘束して、じわじわと痛めつけて情報を吐かせようとしたんだ」
手首と足首の部分でぴったり空間を閉じられているため、物理的な力では絶対に抜け出す事が出来ない拘束。
様々な力を用いて脱出しようにも、空間を破壊あるいは歪めるほどの力となると常識の埒外となる超絶パワーが必要となる。
「リューイチ、試しにその騎士に一発拳を入れてみてくれるかい?」
気楽に言うリチェルカーレだが、殴る方の竜一としては、動けない相手に拳を叩き込む事に少々躊躇いがあった。
しかし、騎士団を丸々ガトリングガンや地雷で虐殺しておきながら今更だと開き直り、騎士の腹部に思いっきりパンチを叩き込む。
騎士は大きくのけぞるが、手足を拘束されているため吹き飛ばされる事はなく、再び元の姿勢へと戻る。
「アタシとしては、こんな感じで攻撃を繰り返して情報を吐かせようとしたんだけど、どうにも力加減を間違えたみたいでね。拘束を吹っ切って飛んで行ってしまったんだ」
(そもそも、ツェントラールに喧嘩を売った事が、いや……覇道を志した事自体が間違いだったのかもしれんな)
衝撃を殺しきれず、拘束を引き千切る程の力――。一体どれほどのものなのか、想像した一同は背筋が凍るような思いだった。
魔導師団の幹部と精霊達総がかりでこのザマなのだ。たった一人で喧嘩を吹っかけたランガートは馬鹿としか言いようが無かった。
ベルナルドは内心で、自分達の国が如何に愚かな事をしていたのかを悟り始めていた……。
状況説明のために捕らえられていた騎士は拘束を解除され、その場に崩れ落ちた。
それからしばし、ベルナルドの案内で辿り着いたのは、最終目的地である皇座の扉の前だった。




