464:上級魔族
「ほう、ゴミ掃除をしたつもりだったが、我が気の放出を耐え凌ぐ者達が存在するか」
フワフワと浮いていた上級魔族が、クレーターの底にまで下りてくる。
「忌々しきヘルト以外にも、そこそこ出来る人間が……む? 見覚えある者が居るな」
歩を進めつつ竜一達に目をやるが、魔族はとある人物に目を付ける。
「そこの銀色の鎧の女――。貴様、かつて遭遇した者達の中に居たな。確か、二人ほど始末し損ねた時か」
「!?」
指し示されたのはレミア。魔族の指摘に、思わず驚愕してしまう。
「かつて、遭遇……? 貴方、何を言って……」
「あの時は満身創痍でふらついてしまってな。回復のために身を引かせてもらったが、まさか再び遭遇するとは思わなかった」
呆然とするレミアを前に、魔族はふと自分の手を眺める。そして、角を触ったり髪を触ったりした。
「そうか。あの時と今では姿が違うのだったか。性別すら変わっている。これはうっかりしていた」
「ヴァザル!」
魔族が肩を竦めたポーズをしてみせるが、その直後――激昂したヘルトがとてつもない速度で仕掛けていた。
いつの間にか取り出していた剣を大きく振って叩き付けるも、魔族は爪を伸ばして剣状にしてあっさり受け止めてしまう。
「随分と情熱的じゃないか、ヘルト。しかし、良いのかな? 『この身体』に傷を付けてしまっても……」
「既に『本人』と約束している。故に『その身体』であろうと容赦はせん。覚悟しろ、ヴァザル!」
「その気概だけは見事だが、長年の封印による影響からまだ回復しきっていないようだな。全盛期には程遠いぞ!」
魔族――ヴァザルはそのまま手を振りかぶり、ヘルトを弾き飛ばす。
「ぐ、うぅ……」
『無茶ですよヘルトさん。せめて完全に回復してから――』
エレナがヘルトのもとへ赴き、回復の法術を施す。
「教皇の娘――エレナと言ったか。つかぬ事を窺うが、あちらに居る赤髪の少女は何者かな?」
『赤髪の――あぁ、セリンさんの事ですね。かつてはツェントラール王城でメイドをしていましたが、現在は冒険者です』
「セリン……」
治療中にふと気になったらしい、赤い髪の少女――セリン。
何か思う所があったのか、先程激突したヴァザルを見据えてから、目を閉じて深い溜息を吐いた。
◆
「すまないな。自己紹介が遅れたよ。我はヴァザル・ナーハツークラー。フィンスターニスの名家『コープセスベルク』に仕えるナーハツークラー家の一員だ。まぁ、こんな事を言った所で君達には何の事か意味不明だろうがね」
「フィンスターニスは魔界にある都市の一つ。コープセスベルクはレーゲンブルートと並ぶ名家だね。両家は激しく対立していて、各々の傘下となる家もいくつか争いに参加し、その戦いの影響でル・マリオンに逃れてくる魔族がちらほら存在する……って事くらいしか分からないね」
こんな事意味不明だろう? と煽ってきたヴァザルに対し、詳細な説明をして煽り返すリチェルカーレ。
俺の聞いた事が無いワードも混じってたな。以前レーゲンブルートを名乗る存在が居たが、あれは家名だったのか。
そして、そのレーゲンブルート家と対立するというコープセスベルク家。どちらも物騒な家名だな。
「ほう。どうやら事情通が居るようだ。忌々しきレーゲンブルートの名前まで出すとは、もしや貴様はそちら側に与する者か……?」
「やれやれ、与する者にされてしまったよ。どうしてくれるんだい?」
『やれやれはこちらのセリフだ。私に言われても困るよ』
リチェルカーレが誰も居ないはずの方向を向くと、そこに現れたのはかつても見た道化師面。
全身を黒いタイツのようなもので覆い、道化師の面を付けた『レーゲンブルート』を名乗った存在だった。
やはり魔族が絡む話だからか、姿を現したか。しかも今回は関わりが深そうな上級魔族だしな……。
『ヴァザル・ナーハツークラー。まさか他の魔族の身体に乗り移ってまで生き延びるとは、ナーハツークラーの男はしぶといねぇ』
「……貴様。その気配、レーゲンブルート家の者だな。仮の身体を使っていようが、その忌々しい気配は消せぬぞ」
『ただ単に『レーゲンブルート』とだけ名乗るのも潮時か。いいだろう。正式に名乗ろうではないか。我が名はアヴエリータ・バーブーシカ・レーゲンブルート。現レーゲンブルート家当主……の妻である!』
「アヴエリータ……。まさか『グランドマザー』が直々に現れるとはな。やはり『この身体』が貴様の娘だからか?」
何か急に情報の洪水だな。レーゲンブルートを名乗った道化師面が、実は現当主の妻でグランドマザーと呼ばれるアヴエリータさんという人物。
グランドマザーと言うと『お婆さん』なのだが、アヴエリータさんはお婆さんだったのか……。そう思った瞬間、道化師面がチラッとこっちを向いたぞ。まさか心が読めるのか?
それに、ヴァザルは他の身体に乗り移って生きているという話だ。しかも、その身体がアヴエリータさんの娘だって?
『ミスカティア・シェーンハイト・レーゲンブルート。かつてル・マリオンに迷い込んでしまった私の娘……。まさか、こんな事になるとはね』
「貴様も実の娘だろうが構わず切り捨てるつもりかな? 名家の面子を守るためには家族であろうがお構いなしと言った所か?」
『減らず口を――ぬ?』
レーゲンブルートの前に立つ人影。それは表情に怒りを湛えたレミアだった。
「申し訳ありません。まず私にやらせて頂けませんか? どうやら、あの体の中に居る魔族は、私の仲間の仇のようなのです……」
『構わんよ。なんだかんだ言って、私も極力自分の娘に手を出すのは避けたい。代わりにやってもらえるなら任せるが』
「ありがとうございます。なるべく娘さんは苦しめぬよう、ヴァザルを討てるように尽力します。最初から全力で行きますよ、シルヴァリアス!」
『(配慮する余裕なんて無いと思うけどね。ま、せっかくの決心に水を差すのも野暮ってものか)』
『あいあいさー! 行くよみんな!』
『『『『おう!』』』』
レミアの掛け声を合図とし、シルヴァリアスと同胞達が一斉に力を発揮する。
シンプルなシルヴァリアスのみが顕現した姿から、両手両足に宝玉が装着され輝きを放つ融合形態へと姿を変える。
この時点でかつてのレミアと比べれば飛躍的なパワーを持つ形態だが、これはあくまでも姿を変えたのみ。
『(ギフトを持ち腐れにしてしまうか否かは私次第。宿願たる敵討ちの機会で、絶対にそのような事にはしない……)』
さらにどれだけのパワーを発揮できるかは、レミア自身の資質にかかってくる。
シルヴァリアスしか所持していなかった時点でも、レミアはシルヴァリアスの全力を発揮する事がかなわなかった。
しかし今回は、五つのギフトが一体化した状態のシルヴァリアスの全力を発揮する事が求められている。
「最初から全力で行きます!」
「あの時から飛躍的にパワーが向上しているな。装備を進化させただけか? それとも――」
奴はヘルトの時と同じように爪を伸ばして剣状に変え、レミアの一撃を受け止める。
「む。満身創痍のヘルトとは違い、さすがに衝撃や痛みを伝えてくるだけの力はあるようだ。だが」
腕を大振りしてレミアを弾き飛ばすヴァザル。その表情にはまだ余裕が貼り付いている。
どうやら相手に焦りを感じさせる程の力ではなかったようだ。最初から全力で行くと言っていたが、大丈夫か?
まぁレミアの方も表情に焦りが出ていないから、ここからさらにギアを上げていけるのだと思いたい。




