456:偽の聖女の真価
「さぁ、これでおしま……ふげっ!」
エレナの胸に法力剣を突き入れた聖女は、そのまま力を流し込んで爆発させようと目論む。
しかし、それは同時に隙を生む行為でもある。エレナは決定打を撃たれる前に、聖女の顔面に拳を叩き付けた。
鼻が潰れ、上顎も叩き潰して拳が顔にめり込む。常人であれば、この一撃で決着が付く程のダメージ。
簡単にやり返したように見えるが、エレナは心臓を一突きにされており、さらにそこへ法力を注がれる直前だった。
いくら法力で痛覚を消して自動治癒状態になっていようが、並の神経ならこのような状況に至った時点で心が乱れてしまう。
だがエレナは過去にも自らの心臓を犠牲にして相手を殴り返した事がある。経験した事ならば、繰り返すのは容易だ。
「あ、あがが……ど、どうして……」
「決定的な隙ですもの。打ち込んでくれと言っているようなものですよ」
掌をブンブンと振って、付着した血を飛ばすエレナ。殴った際に突き刺さった聖女の歯も何本か飛んだ。
見るも無残に潰れた聖女の顔だったが、聖女もまた自動治癒状態を維持しており、徐々に崩れた顔が元に戻っていく。
「上等じゃない。だったら私もやってやるわ!」
「受けて立ちましょう」
「「はあぁぁぁぁぁぁっ!!!」」
◆
「あの二人、なんか殴り合い始めたんですけど……」
「お互いに法術じゃケリが付けられないと判断したんだろうな。能力が効かないなら、もう殴り合うしかない」
「さっきまで偽の聖女が剣で押してたのに、なんでその有利を捨てちゃうのよ」
「いい一発を貰って激昂したんだろう。それこそ、同じ事をやり返してやらなきゃ気が済まないって思ってるハズだ」
すっかり見学モードになった竜一とハルはエレナと聖女の戦いを高台から見守っていた。
大規模な法術が近隣にも被害を及ぼしそうになった時は動こうとも思ったが、エレナを信頼してギリギリまで様子を見ていた。
「しっかし、剣術では押されていたみたいだね。神官だからと、色々な武術をかじっていない事が仇となったか」
「相手が徹底的にエレナ対策をしていたようですね。こんな事なら、エレナに護身術を教えたついでに剣術も教えておくべきでしたね」
「まぁ、自身の職に応じた戦い方を極めていくのが普通だからね。使い手と相対した時に備えて知識を学ぶ事はあっても、実際に戦う術までも学ぶのは異質な事と言えるだろうさ」
そう語るリチェルカーレは言わずもがな『異質』の側だ。魔導師然としているが、実は肉弾戦も武器戦闘も何でもござれのタイプだ。
レミアは冒険者から騎士を経て再び冒険者に戻っているが、一貫して剣術を駆使している。ただ、武器を飛ばされた時にも最低限戦えるように訓練してはいる。
あらゆる武術や魔術・法術を駆使できる方がおかしい。そのような万能タイプは並大抵では至れないため、決まって常軌を逸した方法を使っている。
「リチェルカーレはこの戦いをどう見るんだ?」
「端的に言えば、今のままだとエレナが押されるだろうね。あの子はまだアンティナートを完全開放していない」
「そうよね。エレナはまだ踏み込んでいない。偽の聖女の方は、やり方はともかく完全に人間を捨てているから上限が桁違いだわ」
「そういや言ってたな。過剰に力を取り入れると自分自身がもたないから、全ての力を取り込めない……みたいな事を」
偽の聖女は、本人の話を信じるのであれば教団本部に眠る聖人の遺骸を全て取り込み、さらに墓地に眠る数多の遺体も力とするべく取り込んでいる。
つまりそれだけの膨大な力をその身に宿している。そうなれば、いくらエレナ本人の力が強かろうと、それ以外に宿す力が少ない事で総量では劣ってしまう。
その部分を補うのが、歴代教皇が眠るアンティナートであり、今まではその『知識』を主に借り『力』そのものは必要最低限に収めてきた。
「だが、もうそれだけじゃヤバイ……って事だよな」
◆
「あら、どうしましたか? 少しずつ動きのキレが落ちてきてますが……」
聖女は突き出された拳を左腕で逸らしながら、右拳をエレナの腹部へ叩きこむ。
背中まで突き抜けるような衝撃が襲い来るも、エレナは法力で痛みを抑えつつ打ち込まれた腕をつかんで頭突きを返す。
鼻血を噴き出すも、聖女の方も法力ですぐさま治療し立て直す。二人の戦いは終始こんな感じであった。
「法力で上乗せした力で攻撃し、受けたダメージは法力で瞬時に治療する。お互いにこれでは埒が明かないですよね。なのでそろそろバランスを崩しましょうか」
そう宣言した途端、聖女の足元が陥没した。床は石畳で出来ており、相当な衝撃を加えなければ破壊できないものである。
しかし、それが特に何かするまでもなく、いとも容易く崩壊してしまった。まるでとてつもない重量物でも落としたかのような衝撃。
「これ、私の体重なんですよ。実は先程までは質量を仕舞い込んでいたんですよ。何故かって? これだとまともに活動出来ないじゃないですか」
聖女が一歩踏み込むと、足を下ろした部分の石畳が砕ける。同時に、一帯を揺らす振動が起きる。
「私はこれまでに数多の死体を喰らってきました。それらは全て我が血肉となっております。この重さは、それら全ての積み重ねです」
聖女は単純に『喰らった死体の質量分』を己の身体に上乗せしていた。一人で数十キロはあるであろう人間の死体、それを数多ともなれば重ねられたその重さは想像を絶する。
それにより、彼女は己が肉体の密度を極限まで高めており、人間の女性の見た目ながらその質量は途方もないものになっており、重機並みの重さとなっていた。
日常の活動に支障が出るため、その後付けで得たものを法術で仕舞い込む術を開発していた。これは歴代教皇の知識や教育とは関係ない、紛れも無き彼女自身の成果である。
「私はこれを『別腹』と呼んでいます。言葉通り、食屍鬼として食した物を別の場所へ格納しておく手段です」
彼女はそうする事で、限界を超えた質量を食す事が出来るようになった。それ故に、墓地の遺体のことごとくを喰らっても許容量を超える事が無かった。
その上、喰らった事で得た質量と力を好きなように出し入れできる。聖女は歴代教皇の知識と力を出し入れできるアンティナートにも似た、独自の法術を開発する事に成功していたのだ。
「さぁ、先程までと同じようにいきますか?」
聖女の拳が再び振るわれる。それを受け流そうとするが、流そうとして添えた腕がかすっただけでもぎ取られた。
(……くぅっ!?)
見た目はただのパンチでも、今や大質量の砲撃のようなもの。軽く触れただけでも身体が千切れ飛ぶ程の威力がある。
今のエレナは自身を法力で包み込む『女神のゆりかご』を展開しているため、例え致命の一撃を受けようが瞬時に回復する事が出来る。
腕が飛んだ痛みも法力で抑えられているが、それでも自身の身体の一部が切り離される事による精神的な衝撃は計り知れない。
だが、手を止めれば一方的に嬲られるだけになってしまうので、彼女は反撃として拳を聖女の顔へ打ち込む。
「残念ですが、さっきのようにはいかないんですよねぇ」
「……!」
左頬に拳が叩き付けられた状態で、ニヤリと笑んでみせる聖女。当然ながら、拳によるダメージは全くない。
エレナとしては、今までとは変わらない全力の拳を叩き込んだつもりであったのだが……。
「肉体の強度は先程までとは別物です。その程度の法力ではダメージなど通せはしませんよ。さぁ、どうしますか?」




