455:エレナVS偽の聖女
記念祭の会場となる広場は、既に教団関係者によって来客の避難が終わっており、閑散とした状態となっていた。
そこに佇むのは二人のみ。教皇の娘エレファルーナ・フォン・アザマンディアスと、教皇の娘にさせられた偽者のエレファルーナ・フォン・アザマンディアス。
「ご存じでしたか? 私って元々は辺境の町の孤児だったんですよ。当然、特別な力なんてあるはずもなく……」
身の上話をしつつ、偽の聖女は全身を淡い緑色の光――法力で包み込む。
「普通の方法じゃ力を持たぬ存在をこのように法力を扱えるようにするなんてのはまず無理です。でも、教団には普通じゃない方法があった」
彼女は教皇によって『血』を与えられる、あるいは性的な交わりによって教皇の『精』を取り込むなど、とにかく教皇の体液で己が身を塗り替えていった。
また死肉を喰らうという方法で力を増せるため、死肉への抵抗を無くすよう食人鬼に改造された上で数多の死肉を喰らう事を強要された。
特に教団本部には聖職者の遺体や聖人の遺体が腐るほどある。法力量を増やすにはこの上なくうってつけな環境だった。故に墓を荒らしまくった。
法力が備わってからは膨大な知識を詰め込むための勉強、現場へ出て治癒や補助の訓練、時には密かに戦地へ出されて実戦を経験させられる事もあった。
殺しても問題ない凶悪犯や死刑囚を利用して、人を人と思わず冷徹に手を下せるように殺しに慣れる訓練も行われていた。しかし、その過程でどう見ても悪人には思えないような者達も幾人か手に掛けた。
己が身に沢山の法力を蓄える一方、死者を喰らうという負の行為を続けているためか、同時におぞましい瘴気も内包するようになっていた。
そのような地獄の日々に身を置いていた彼女だったが、彼女の心が壊れる事無く繋ぎ止められていたのは、引き換えに最高峰の権力と富を得ていたからだった。
時には一国を治める国王にすら下に置いて意見を言える、ほぼ頂点に等しい立場。世界中に根を張るが故に流れ込んでくる膨大な資金。それを惜しみなく使う事が出来る立場。
欲望が彼女を変えた。地獄に勝る天国。彼女に芽生えた野心は、やがて唯一自身よりも上の立場に居る教皇の排除すら考えるようになっていき……
「見て下さいよこの力! 凄いですよね! 無能がここまでに至れたんですよ!」
聖女は右手で法力球を作り出したかと思うと、それを細長い形状へと変化させて法力の槍へと作り替えた。
そして、同時に彼女の背後に無数の法力球が出現し、同じように槍へと変化。遠めに見たら、聖女の背後に巨大な緑色の壁が出現したかのような。
その壁は数百数千では利かない法力の槍で構成されているのだが、エレナくらい至近距離で相対しないと正体は分からないだろう。
「……同情はしません。貴方もそれは望んでいないでしょうから。それ程の法術、ただ誇示のためでは無いでしょう。人類の大量虐殺でも始めるつもりですか?」
「そうだ。と言ったらどうしますか? 貴方はこの多量の槍の襲撃から、ターゲットとなった全ての人々を守れますか?」
放たれる法力の槍。手元にある一本の槍は真正面のエレナに向けて、他の槍はエレナを抜けて遥か先へ飛ぶような軌道で放たれる。
エレナの方へ飛んでくるものはともかく、他の場所へ飛んで行ったものは迎撃しなければならない。しかし、エレナは後手に回ってしまった。
「……展開」
直後、エレナの背後に数多の法力球が出現。同時に槍へと姿を変え、聖女によって放たれた槍へ向けて飛んでいく。
一つとして撃ち漏らす事無く迎撃。さらに相殺で消えなかったいくつかの槍が聖女に向けて飛んで行った。
「な……っ!?」
聖女は飛来した槍を障壁で弾いて事なきを得たが、内心ではエレナの術の精度に本気で焦っていた。
後手に回ったにもかかわらず聖女以上の素早さで術を構築して対応して見せただけでなく、それ以上の数を用意して攻撃にまで回してきた。
ここで気が付けば良かったのだが、聖女は気付かなかったため、張り合うようにして様々な法術を行使してしまった。
辺り一面を凍らせるような術を行使すれば、すぐさまエレナは辺り一面を温める術で解凍する。
毒の雨を降らせるような術を行使すれば、雨が地表へ到達するよりも早く暴風の術で生成された雨雲諸共に雨を吹き飛ばす。
近隣一帯を壊滅しかねない規模で雷を落とそうにも、エレナは自身を避雷針とし全ての雷を収束、挙句それを聖女に向けて返してくる。
「はぁ、はぁ……。埒が明かないわね……」
聖女は息を乱していた。いくら膨大な力を持つとはいえ、大規模な法術を立て続けに行使したのだ。
一方でエレナは平然としている。同等の術、あるいはそれ以上の術を行使しておきながら息一つ乱していない。
(あいつと私の間には、まだこんなにも差があるというの……? そんなの……)
「そんなの認められるかあぁぁぁぁーーーーーっ!」
ギリッと歯を食いしばった聖女は、やり方を変える事にした。
今度は右手に生成した法力を剣状へ変え、投擲はせずそのまま斬りかかっていった。
「くっ!?」
今度はエレナが焦る番だった。エレナもとっさに同じような剣を作って受け止めたものの、その後の動きが全然違った。
そこから流れるように次の攻撃へ移った聖女に対し、エレナはワンテンポ遅れてしまったのだ。そしてこういう剣戟においてワンテンポは致命的。
エレナは正面から胴を斜めに斬り裂かれてしまう――が、その瞬間に傷口が淡く発光して治癒されていく。
「やはり自動治癒を仕組んでいましたか。ですが、無意味です!」
エレナが体勢を整えて立ち向かうも、あっさりと剣は弾かれて胴を横薙ぎにされてしまう。
「私は力を植え付けられるだけでなく、古今東西ありとあらゆる武術も叩き込まれたわ。全ては世界の頂点に立つために!」
偽の聖女は本物の聖女であるエレナを超えるべく作られた存在である。故に、あらゆる教育が本物以上を目指して行われる。
エレナがアンティナートで歴代教皇の魂から知識と力を得る一方、偽の聖女は歴代教皇の死骸を喰らって知識と力を取り込んだ。
それだけではなく、出奔したエレナがあまり触れないであろう『神官としての戦い方』以外の戦い方も学ぶ事となった。
教団騎士を相手にした剣術、武闘神官との肉弾戦、教団に雇われた高レベルの魔導師による指導。
時にはモンスターを相手にした実戦も行い、死刑囚を利用して殺人にも慣れさせ、身分を伏せて戦地の一兵卒に混じる。
対外的には聖女としての華やかな一面しか見せていないが、水面下では軍人もビックリの苛烈な訓練漬けだった。
「貴方も冒険をする過程で多少の護身はやってるみたいですが、私のように本格的な教団騎士剣術は学んでいないでしょう!?」
(ぐうの音も出ませんね……。私も本格的にレミアさんから学んでおけば良かったです)
しかし、エレナも言い負かされたままじゃ終われない。
「そう言えば、さっきも似たようなお話をされてましたよね。同じ話を何度も繰り返して、そんなに私に聞いて欲しかったんですか?」
「……!!」
聖女がどんな日々を過ごしてきたか、その内容を聞かされるのはもう何度目になるだろうか。
法術を行使する前にも身の上話を長々と語って聞かせていたが、ついさっきもまた同じような話をしていた。
「権力と富で喜んでいるように見えますが、それだけでは抑えきれない怨嗟があるのでしょう。いいですよ、思う存分に発散なさい。私が全力を持って受け止めて差し上げますから」
「言ってくれる……!」
そうは言うものの、体系立てた動きが出来る聖女に対し、エレナはほぼ独学で何とかしようと足掻くしか出来ない。
練度の差は明確であり、エレナが一撃も与えられないのに対して、聖女はもう数えきれないくらいエレナに当てている。
それでも自動治癒で瞬時に回復しているが、回復するという事は法力を余計に消費してしまうという事でもある。
「まさかこっちで差が付くとは思いませんでしたね。術以外もしっかりやっていて良かったですよ。さぁ、そろそろ決めましょうか」
決定的な隙を見つけた聖女は、ついに法力剣をエレナの胸部へと突き入れる。




