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043:ネタばらし、そして

「さ、先程はお恥ずかしい姿を見せてしまい申し訳ございませんでした……」

「い、いえいえ。むしろ良いものを見せて頂いたと言いますかゲフンゲフン!」


 五分後、ベルナルドは再び現れたネーテと対峙し、先程リチェルカーレにこぼした事と似たような事を口走ってしまう。

 幸い羞恥心で一杯一杯のネーテの耳には届いていなかったが、ベルナルドは改めてキリッとした表情に戻った。

 ちなみに彼女が再び戻って来るまでの間に、魔導師団の部隊長達に最低限の回復を施し、皇族護衛のため城へと戻らせてある。


「それで、今そちらの者に呼ばれて出て来た貴方は一体何者ですかな? 見た所、精霊や怪物の類ではないようですが……」

「申し遅れました。私はネーテと申します。ツェントラールで魔導師団長を務めている身です。もちろん、人間ですよ」

「ツェントラールの魔導師団長ですと!? 才媛だとは聞いていたが、そんな者が、何故このような所に――」


 その質問を代わりに受けて立つような形で、リチェルカーレが前に出てくる。


「それは、アタシがツェントラールの人間だからさ。ネーテはアタシの部下にして弟子でもあるんだ」

「なんだと!? 貴様――いや、貴方がツェントラールの者だと言うのか……」

「まぁ、ほとんど表に出なかったから知らないのも無理はない。主に魔術の研究や魔術道具の開発を行うのが仕事だからね」

「リチェルカーレ様は王族との付き合いも長く、王城に研究室を持っておられる程の方です」

「……そんな者が、何故リッチの侵略行為に同伴している?」

「同伴しているも何も、アタシの方が首謀者だからさ。今その証拠を見せるよ」


 彼女が指を鳴らすと同時に魔法陣が出現し、そこから死者の王であるリッチがニョキニョキと生えてきた。


『……まぁ、そういう訳でな。我は主と契約せし召喚対象に過ぎん。計画に従って演技をしたまでの事で、首謀者などではない』


 それだけ言うと、また魔法陣の中へと沈んで行った。もう本格的に動くつもりはないようだ。


「リッチの言う『主』は貴方の事だったか。一人で魔導師団の抱える精霊全てを撃破する程の者だ。今ならば、リッチをも従えていてもおかしいとは思わぬが……結局、貴方は何がしたいのだ?」

「単純さ。ツェントラールに害を及ぼそうとする敵の排除だよ。度々攻め込んできている事に心当たりがないとは言わせないよ」

「そこは否定せぬ。確かに陛下は近隣の国を攻め落とし、併合して大国を作り上げるという野望を抱いておられるからな。しかし、何故今このタイミングなのだ。侵攻が始まったのはつい最近と言う訳ではないだろう」

「彼の存在さ。アタシは彼がやってきた事で、ようやく外へ出てみようと思ったんだ」


 そう言って、今度は竜一を隣に並ばせる。


「オサカベリューイチ。ウチの国の神官が神に願い召喚した異邦人だよ。危機的状況に陥っている国を救ってほしい……ってね」

「改めて自己紹介させてもらう。刑部竜一だ。リチェルカーレが言った通り、国を救うために呼ばれた異邦人だ」

「神に願う儀式で召喚した……? では、以前ツェントラール上空に出現した巨大な竜は何だったのだ? 神に願い、神獣と守護契約をしたのではなかったのか?」

「アレは周りの国を威嚇するための演出さ。恐怖心でも抱いて進軍を躊躇ってくれればと思ったけど、割と効果的だったみたいだね」


 実際の所はリチェルカーレが呼び出した本物の竜であり、頼めば守護精霊みたいな事もやってくれるのだが、ややこしくなると考えたためぼかしておく事にした。


「演出……だと。馬鹿な、精霊達が確かにあの竜に『存在』を感じ取ったと言っていたぞ」

「それしきのフェイク、このアタシが出来ないとでも?」


 力を込めた睨みを前に、ベルナルドはそれ以上の追及をやめた。

 彼の契約精霊をも一瞬で消し去る力の持ち主だ。精霊を騙す事など造作もないのかもしれない――そう思わせるだけのものがあった。


「で、では話を変えさせてもらおう。そちらの少年は異邦人との事だが……先日対峙した際に見た異様なまでの不死性は、もしや」

「異邦人ならではの能力と言うやつさ。キミも知っていると思うが、異邦人と言うのは通常ではあり得ない奇異な能力を発現する場合もあるからね」

「奇異にも程がある能力ですな。殺しても蘇る……稀に見る恐ろしい能力だ」

「そのおかげでここまで無茶できたんだから、俺としてはありがたい限りなんだけどな」

「蘇るという前提があるとは言え、そのために躊躇なく死ぬ事が出来る君の精神の方が恐ろしいと思うよ……私はね」

「あー、その辺はリチェルカーレにみっちりと鍛えられたよ。己の死すらも戦略に組み込めってな」


 遠い目をする竜一。リチェルカーレがさぞや無茶をさせたのだろうという事は、敵対国の人間であるベルナルドにも容易に察せられた。

 実際に皇座で相対した際も、竜一は何度も攻撃を受けては死んでいる。蘇るとは言え、そこに至るまでのダメージは決してゼロではないハズだ。

 それを平然とスルーして気楽に振る舞う事が出来るようになるには、一体どれほどの鍛錬を積み重ねれば良いというのか……。


「あの、それで……結局私は一体何のために呼ばれたのでしょう?」

「あぁそうだった。ウチのネーテとキミに対決をして欲しいと思っていたんだ」

「え?」

「は?」


 いつの間にか置いてけぼりをくらってしまっていたネーテだったが、思い切って話に割って入るととんでもない事を聞かされた。

 唐突に指名されたベルナルドの方も、何が何だか分からないと言った感じだ。


「ツェントラールの魔導師団長対コンクレンツ帝国の魔導師団長による対決。ネーテが勝てば侵略は続行、キミが勝てば侵略は取りやめだ。悪い話ではないだろう?」

「ちょ、ちょっと待ってください! そんな大事な事の進退を私に委ねるんですか!?」

「待たん。国内に競い合える相手が居ないキミに、わざわざ全力でぶつかれそうな相手を用意してあげたんだ。思いっきりやるといい」


 ネーテは元々、ツェントラールで魔導師団長に抜擢される程の使い手である。その段階から、さらにリチェルカーレの教えを受けた身ともなれば、実力は飛躍的に伸びているだろう。

 当然の事ながら国内に敵は無く、国外に居るであろう相応の実力者と戦う機会なども滅多に無い。かと言って、リチェルカーレがまともに相手しては話にならない。

 そこでリチェルカーレは強引に機会を作り出した。敵国――しかも武力において強大な国の魔導師団長ともなれば、ネーテにとって丁度良い相手になるのではないかと。


「良いだろう。敵国の魔導師団長の実力がいかほどのものかを知る事が出来る機会だ……お相手しよう」

「……わ、わかりました。ツェントラールの魔導師団長として受けて立ちましょう」


 ベルナルドは、少なくともリチェルカーレのような化物の相手をするよりかはマシだと考えていた。

  


・・・・・



 ネーテは纏っていたローブを脱ぎ捨てると、以前も見たレオタードっぽい戦闘衣装を披露した。


「ほほぉ、これは随分と個性的な……」


 ベルナルドは一瞬ばかり目を奪われたが、煩悩を振り払う。相手の肩部分のアーマーに付いている宝石が、魔術道具であると察したのだ。

 増幅装置か、あるいは魔術を封じ込めてあるものか、いずれにしろ本人の能力以上の恩恵をもたらす厄介なものに違いない。


「では早速、行くぞ!」


 魔導師団長らしく、詠唱も無しに炎の弾を複数個作り出し、それを解き放つ。ネーテの側も詠唱をする事無く風の刃を作り出し、炎の弾を撃ち落とす。

 直後、ネーテの足元から氷柱が突き立つが、読んでいたのか前方へ飛んで避ける。同時にベルナルドに向けて炎を噴き出す。

 それを風で散らし、ネーテを迎撃するべくかまえるが、眼前にネーテの姿は無かった。しかし、慌てる事無くその身に風を纏い気配を探る。

 風が揺れる事でネーテが背後から回り込んで不意打ちを仕掛けようとしている事を察し、振り向きざまに炎の魔術を放つ。


「何っ!?」


 だが、その魔術は空を切る。相手に気配を感じさせた事もまた、ネーテの罠だった。直後、ベルナルドの顎に凄まじい衝撃が走る。

 ネーテは背後に回り込んだ直後、滑り込むようにしてベルナルドの足元へ潜り込み、魔術の空振りを確認した後、真下からアッパーカットを叩き込んだのだ。

 もちろん、ただのアッパーカットではなく、魔力で自身の身体能力を強化した上で防護の風ごと撃ち貫く砲撃の如き一撃だ。

 宙に舞い上がったベルナルドに向けて炎の奔流を解き放つが、ベルナルドはその場で爆発魔法を解き放ち、無理矢理に射線から逃れた。


「……まさか肉弾戦とはな。その型破りな戦い方も、教えなのか?」

「えぇ。懐に入られたら弱いという弱点を克服し、相手が未克服ならそこを利用しろと叩き込まれました」


 その教えは実を結んでいた。事実、ベルナルドは懐に入られた際の攻撃を対処し損なっている。

 魔術による防御、カウンターも考慮して、魔力を纏った上で打撃を叩き込んでいたため、ネーテ側はノーダメージである。

 もし普通に素手で打ち込んでいたら、防御として使われていた風の魔術により手がズタズタになっていただろう。


「しかも複数属性の使い手。さすがに魔導師団長を任されるだけの事はあるという事か……」

「複数属性の使い手なのはそちらも同じ事でしょう。しかも、まだまだ全然大きな魔術は使っていませんね」


 無詠唱で魔術を使える事は優秀な証である。しかし、詠唱を用いて使う魔術が決して劣等という訳ではない。

 詠唱はより複雑な魔術を構築するためのプロセスであり、より強大な魔力を術の中に込めるための儀式でもあるのだ。

 当然の事ながら、無詠唱魔術を使える者であっても、強力な魔術に限っては詠唱魔術である場合が多い。


「では、要望にお応えしよう……。そちらも、遠慮せずに使うがいい」


 ベルナルドは前方に杖を掲げ、早速詠唱を始める。同じくネーテも前方に杖を掲げて詠唱を始める。

 ここでどちらかが詠唱を中断して不意を突くというのも戦術の一つであろうが、幸い両者とも根っからの魔導師であった。

 お互いが全力で正面から受け止めてやろうと、自身の中で持てる最大の秘術を解き放とうとしていた……。


「世界を照らす猛き炎よ、我が契約精霊ブラオの名のもとに力を貸し与えたまえ――我は望む、敵を焼き尽くす強大なる力を」

「世界を遍く包み込む偉大なる風よ。この世の全てを薙ぎ払い切り裂かんとするその力を我に貸し与えたまえ――我は望む、苦難を乗り越える強大なる力を」


 既にベルナルドの契約精霊ブラオは倒されているが、この場合は存在の有無は関係が無かった。

 あくまでも自身の魔術を構築し、より力を込めるための詠唱として分かりやすい、イメージが構築しやすいワードを入れているだけに過ぎない。

 別に『我が契約精霊ブラオ』の部分が『我が妻』だろうが『我が娘』だろうが、本人にとって力になるならばそれでいいのだ。

 実際に精霊から力を借りる場合は、そもそもこんな回りくどい詠唱など必要が無い。何せ、直接頼めばいいのだから。


「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」


 両者から目に見えて魔力の奔流が立ち昇る。ベルナルドは赤き炎の魔力。ネーテは緑の風の魔力だ。

 果たしてベルナルドが相手を燃やし尽くすのか、ネーテが炎諸共に吹き散らすのか……。

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