453:悪魔との戦い
「今までの私であれば強敵だったのかもしれませんが、今の私なら……」
四つの宝玉を装着した状態のシルヴァリアスは、当然の事ながらその出力を飛躍的に伸ばしている。
レミアはこの状態での戦いを慣らすため、最初からこの形態を開放して自身に襲い掛かってきた悪魔と対峙した。
しかし、戦いは始まらなかった――否。始まった瞬間には終わっていた。
悪魔――アスモデウスに向けて駆けたレミアは一瞬にしてその横を通り抜け、その瞬間に無数の斬撃を叩き込んでいた。
傍から見たら、すれ違いざまに悪魔がバラバラになってしまったようにしか見えない。悪魔の方は動きに反応すら出来ていなかった。
一瞬での決着であったが、レミアは気付いていなかった。アスモデウスが塵となって消滅したかと思われた直後……
『(人間、恐ロシイ……)』
密かに小柄な分体で復活したアスモデウスは、レミアに声をかける事無くコソコソとその身を隠した。
・・・・・
リチェルカーレに向かって、巨大な蛇型の悪魔リヴァイアサンが向かっていく。
人間はおろか小さな家程度なら丸々呑み込んでしまえそうな程に大きな口を開いて喰らいついてくるが、彼女は軽く飛び跳ねるとリヴァイアサンの鼻先に向けて思いっきり拳を叩き込んだ。
硬い物がベキベキ砕ける音と共に、蛇の頭部が地面にめり込む。たった一発のパンチで頭部の大半が砕け、かろうじて目の部分が残っている程度だ。
「残念ながらぶつける相手を間違えてしまったみたいだね。大きければどうにか出来るとでも思ったかい?」
そのまま叩き付けた拳に魔力を込めると、リヴァイアサンの身体を流れるように力が伝播していき、しまいにはその全身が破裂する。
この程度の悪魔では、リチェルカーレが拳に込めた力ですら耐える事は出来なかった。彼女の拳は馬鹿げた巨体の浮遊竜シュヴィンを殴って海に叩き落としてしまう程の威力があるのだ。
リヴァイアサン程度の巨体など羽虫を叩き落とすに等しい。圧倒的な力の差を見せつけられたためか、小さな個体で復活した直後もプルプルと震えていた。
「そうだ。それが賢明だよ。終わるまで大人しくしていた方が良いよ」
『(人間界怖イ、来ルンジャナカッタ……)』
召喚に応え、安易にこちらの世界へ来てしまった事を後悔するリヴァイアサンであった。
・・・・・
騎兵のような悪魔ベリトは、まるで霞とでも戦っているかのような感覚に陥っていた。
相手となる人間の女は決して動きが素早い訳では無いが、時々その存在を認識出来なくなるかのような感覚に陥る。
ベリト自身は自覚していないが、自身の相手であるセリンは極限まで存在の認識を薄くした上で戦っていた。
「(やはり、上位存在となると認識を消しきる事は難しいようですね。うっすらとではありますが、常にこちらの存在を認識し続けている……)」
セリンの隠形は並の相手なら自身の存在すら忘却してしまう程の物であるが、ベリトは存在の忘却までには至っていなかった。
たまに認識を失う程度の事はあるようだが、セリンからすればその一瞬を見極めるのは極めて難しい。そのため、不意打ち気味に放ったつもりの一撃もその度に防がれてしまっている。
アドバイスとして『隠形に頼り過ぎない事』を言われてはいるが、もはや無意識のレベルで隠形での不意打ちを仕掛けるようになってしまっていた。
「(新たな戦術を開拓しなければなりませんが、どうすればよいのでしょうかね)」
とは言え、全ての攻撃が通っていない訳では無く、通っている攻撃もある。セリンはそこにヒントがある気がした。
思い切って戦い方を変えるべく、セリンは隠形を解いて正面からベリトに相対する。変に奇襲ばかり考えるのではなく真っ向から向き合ってみる事にした。
すると気付いてしまった。敵を警戒するあまり搦手ばかり使っていたが、正面から戦っても、思った程恐ろしいものでも無かったという事に。
矢継ぎ早に繰り出される攻撃も短剣で充分にいなせる。いなすついでに斬り付ける余裕もあるくらいだ。
セリンはここへ至るまで奇襲を主としていたせいで、自身の身体能力がそれほどまでに鍛え上げられているという自覚が無かった。
悪魔ベリトは感覚が鋭いのか、不意打ちの類はほとんど防がれているが、そうではない攻撃はきちんと当たっていた。
「隠形に頼り過ぎるな――散々言われてましたが、分かった気がします」
正面から相手の攻撃に立ち向かい、体勢を崩したり隙を作り出してその隙に一撃を叩き込む。
不意を突かなくても決めるチャンスはいくらでも作り出せる。ベリトに上手く当たっていた攻撃は、反撃の隙に叩き込んでいたものだった。
奇襲には強いが、正面からは弱い。セリンは今まで、そのような特殊なパターンの敵と戦う機会が無かった。
攻略法が分かってしまってからは早かった。ベリトの攻撃は体系立てられた武術でも何でもなく、本能のままに異形化させた手を振るう稚拙な物。
時々魔力攻撃を使ってきたり、騎乗している馬が炎を吐いてきたりはするものの、その程度でセリンの優位性が揺らぐ事は無かった。
そのまま押し切り、ベリトの急所と思われる心臓部を貫き爆発させ、騎乗していた馬の喉元にも刃を突き立てて爆破する事でトドメを刺した。
『(ムゥ、弱イノヲ狙ッタツモリダッタガ……)』
ベリトはすぐに復活し、弱いと思って狙いに行った存在が予想外の力を発揮した事に驚いていた。
・・・・・
『(ウゥ、アァ……。挑ムンジャ、無カッタ……)』
悪魔アスタロトは、生まれて初めて『絶望』というものを叩き付けられ、一度完膚なきまでに滅ぼされてしまった。
主から「戦え」と言われた際、特に相手を指定されなかったため、一行の中でもおどおどして弱そうな個体を狙う事にした。
それこそがルー・エスプリアムール。闇の精霊ヴェルンカストと契約を結ぶ精霊術師である。
しかし、アスタロトは知らなかった。ルーが契約する精霊は闇の精霊の中でもナンバーツーに位置する高位精霊であると。
加えてヴェルンカスト以下全ての精霊が全てルーの傘下にあり、今の彼女は実質『闇の支配者』と言っても過言ではない程に闇の力を得ていた。
さらに言うならアスタロトのような悪魔は魔界出身で瘴気を糧とする。瘴気のような負の力は闇と親和性が高く、言わば同類とも言える。
例えるならば、アスタロトは水の一滴と言う立場で、闇と言う大海そのものに挑んでいるに等しい状況であった。
濃密な闇の力でその身を満たしたルーに対しては何をしても効かないし、逆にルーの放つ闇は瞬く間にアスタロトを呑み込んでしまう。
その圧倒的な実力差に、アスタロトはまともに戦う事も出来ぬまま早々にギブアップをしてしまうのだった。
なお、この時点で契約精霊であるヴェルンカストは同伴していない。彼は聖女の相手をしているエレナの代わりに一体の悪魔を相手する事になっている。
他の精霊達もこの時点では顕現していない。あくまでもルー自身が精霊達を介して己が身を『闇』そのものへと変貌させて戦っていた。
『(コレハ、仕エルベキ主ヲ間違エタカモシレン……)』
闇を統べる存在――悪魔から見ても仕えるべき主に相応しい存在のルーだが、出会う順番を間違ってしまったと感じていた。
・・・・・
『残念だが、我とお主では闇の存在としての格が違う。相手にならんな……』
『グヌヌ、恐ルベキ存在ヨ……闇ノ精霊』
そのヴェルンカストはというと、悪魔ソネイロンと対峙しただけで圧倒的な格の差を見せつけて瞬時に屈服させていた。
闇の精霊のナンバーツーと言う地位は伊達ではない。それこそ、ナンバースリーまでの闇の精霊が全て結託したとしても互角以上に戦える力がある。
例えソネイロンが悪魔の中で力ある存在の部類であったとしても、ヴェルンカストの力は悪魔単体でどうこうできる次元を超えていた……。




