452:悪魔
「にしても、アイツら……どいつもこいつも不気味な姿形してるよな。それぞれ何て名前なんだ?」
「そればかりは本人に聞くしか無さそうだけどね。果たして答えてくれるかどうか」
「何か意思疎通とか出来なさそうな感じがするよな。いっそこっちで暫定的に呼び名でも付けておくか?」
「いや、それは――」
「そういう事でしたら私に任せてください!」
偽の聖女によって召喚された『悪魔』達を前に、一行と聖女は膠着状態に陥っていた。
悪魔は召喚主であるハズの聖女の言う事を聞かず、動いてくれない。そして、竜一達も動かない相手に対してどうするべきか迷っている。
それを考えているうち、悪魔達に暫定的な呼び名を付けようかと提案する竜一に対し、食い気味に反応したのはハルだった。
「私、悪魔とかに興味を持って色々調べていた時期があるんです! あの悪魔にピッタリな名前を付けてあげますよ!」
眼鏡をクイッと動かしドヤ顔のハル。どうやら彼女は厨二病を患った事があるらしかった。
「まずあの巨大な蝿みたいな姿の不気味な悪魔。こいつはもう『ベルゼブブ』しか無いでしょう!」
ビシィと蝿みたいな奴を指し示し、命名する。ベルゼブブとは、通称『蝿の王』とも称される事がある有名な悪魔の名である。
「蛇みたいな悪魔はリヴァイアサン! アレはもうそう名付けてくれと言わんばかりの形よね」
リヴァイアサンは神話の怪物であり、初期こそクジラや魚などのイメージであったが、後世には蛇や龍のような姿でも描かれるようになった。
様々なゲームにおいてもこの名を冠した個体の出番が多く、悪魔としても見られる事がある特に有名な架空生物の一つであった。
「何か色々ごちゃ混ぜになってる不気味な悪魔はアスモデウス、騎兵みたいなのはベリト、変な怪物に跨ってるのはアスタロトで」
そんな調子で、ハルは次々と召喚された悪魔に対して呼び名を付けていく。
「そっちの人型してる悪魔達は……。順にヴェルリネ、グレジル、ソネイロンよ!」
残された人型の悪魔の命名は割と投げやりであった。差異と言えば角の数や生え方くらいであろうか。
「良くスラスラと出てくるな。イメージに合う名前を付けた感じか?」
「えぇ、あの蝿みたいなのと蛇みたいなのがすぐイメージで出てきたから、ミカエリスのリストから第一階級の悪魔の名前を付けさせてもらったわ」
「なんか懐かしいなそういうの。悪魔の階級リストとか天使の階級リストとか、興味を惹かれていた時期が俺にもあったっけな」
竜一は何か懐かしくなってしまった。彼も彼で厨二病を患った時期があり、やたら神話とか天使や悪魔とかの文献を調べていた頃があった。
とは言え、戦場カメラマンとしての日々を送るようになってからは徐々にそう言ったオタク知識は薄れていってしまっていたが。
「あー、名前を付けちゃったか……」
リチェルカーレはそんなやり取りを横目に、額に手を当てて苦い顔をしていた。
「さぁ悪魔達、かかってきなさい。私達が相手してあげるから、戦いなさい!」
「あー、ちょっ……」
リチェルカーレが何かを言おうとするも、時既に遅しと判断したのかそこで言葉を止めた。
『……ココロエタ。ワレラ、キサマラト……タタカウ……』
『『『『『『『タタカウ……』』』』』』』
ハルの宣言に対し、何と悪魔の一体が反応。ベルゼブブと名付けられた個体が、空気を震わせるようにして声を発した。
他の個体も同じようにして発声し、たった一単語ながらも目の前にいる人間達と戦う意思を見せた。
「良く分からないけど、乗り気になったようね。じゃあ早速行くわよ!」
◆
俺の所に向かって飛んできたのは巨大な蝿だった。ハルが『ベルゼブブ』と名付けた個体だ。
距離を縮めてきて良く分かったが、まるで大型トラックの如き巨大さだ。これはまさに蝿の王に相応しいな。
とりあえず挨拶代わりに手元に銃を召喚し、悪魔に効きそうな法力を弾代わりにしてして撃ってやろう。
まっすぐ向かってきたので顔面を撃ち抜くようにして狙ったが、意外にもあっさりと命中してそのまま弾が身体を突き抜けた。
その瞬間にベルゼブブは爆散してしまい、無数の破片と化した――かと思いきや、違う。あれは全て『蝿』だ。
俺が良く知る、小さくも羽音がウザイあの害虫そのもの。あんな大量の蝿に群がられてはたまったものじゃないな。
法力弾を連発してみるも、当然ながら大量の蝿のごく一部を削り取る程度しか出来ない。元の質量が質量なだけに蝿の数は莫大だ。
俺の身体目掛けて群がろうとする蝿の群れを回避しつつ、少しずつ数を削り取っていくが、このままではジリ貧だな。
だが、しばらくこいつらと戯れているうちにある事に気が付いた――直後、不覚にも俺は群れの一部の接近を許してしまう。
見た目は単なる蝿だが、悪魔と呼ばれた存在の分体だ。その小柄さに反して人間の肉を齧り取るだけの力を有していた。
一瞬の痛みを感じるもすぐさま法力を体内に巡らせて痛みを遮断する。同時に、その法力によって俺の肉をかじった個体を消し飛ばす。
このままでは埒が明かないと思ったのか、周りを飛んでいた個体が俺を包み込むようにして陣取り、一気に襲い掛かってきた。
「……見つけた!」
その瞬間、離れた場所に一匹だけ浮遊している個体を発見した俺は、そこに向けて法力弾を放った。
この手の奴は絶対に群れを指揮する個体が存在する。そして、その個体は必ず安全圏に居る。それでいて、こちらの様子を窺える位置だ。
俺はしばらくの間、蝿の群れと戯れながらその個体の位置を探っていた。発見出来たのは、まさについさっきだった。
指揮個体が言わば核となる存在だったようで、俺に群がろうとしていた蝿がポトポトと床に落ちていく。
そしてその死骸が溶けて床を汚したかと思うと、綺麗に蒸発してその姿を消してしまった。これでベルゼブブを倒せたのか?
強敵と言う感じでは無かったが厄介な奴ではあったな。悪魔と言う以上、どいつもこいつも一筋縄ではいかないってか。
『見事デアル、人間ヨ』
「誰だ!?」
と思いきや、俺に何者かから声が掛けられた。
『ココダ』
上を向くと、そこから降りてきたのは小さな一匹の蝿だった。さっき核となる個体は倒したんじゃなかったのか?
『我ラノ在リ方ハ精霊ト同ジ。アクマデモコチラの世界ニ存在シテイルノハ分体ナノダ』
俺ってそんなに考えてる事が分かりやすいのか? 言葉を発する前に疑問に答えられてしまったんだが。
「と言うか、随分と饒舌だな。最初現れた時は意思疎通も出来ない怪物って感じだったのに」
『顕現シタバカリノ我ラハ存在ガ曖昧ナノダ。名ヲ呼バレル事ニヨッテ存在ガ安定シ、命名者ヲ主トシテ活動出来ルヨウニナルノダ』
ん? 今しれっととんでもない事を言っていなかったか?
「……命名者が主? 召喚した聖女ではなく?」
『普通ハ召喚主ガソノ場で我ラニ命名シ、悪魔ヲ従エル。シカシ、アノ召喚者ハ何故カスグニソレヲシナカッタ。ヨッテ、我ヲ『ベルゼブブ』ト命名シタアノ者ガ我ラガ主トナッタ』
ベルゼブブが言う『あの者』とは、言わずもがなハルの事だろう。「呼び名でも付けるか?」って俺の問いに対し、実際に名付けしてたしな。
まさか名付けが契約の条件になるとはな。悪魔は精霊とは契約のルールが違うようだ。ん、まてよ。そうなるとつまり――
「お前が俺達と急に戦う気になったのは……」
『主は我ラニ対シ最初ノ命令ヲコウ告ゲタ。「カカッテキナサイ、私達ガ相手シテアゲルカラ、戦イナサイ」ト。故ニ我ラは主及ビソノ仲間達ト戦ウ事ニナッタ』
ハル……お前が原因か……。リチェルカーレがなんか止めようとしてたのはコレか。
「と言うか、悪魔は契約を結んだ主と戦うのは良いのか?」
『ソレガ主ノ望ミトアラバ、応エル』
精霊の場合はこういう命令を聞いてくれるんだろうか。まぁ、そもそもそういう命令をするつもりは無いんだが。




