448:教皇の罪
「私は、私はずっとこの時を待っておりました……。悪の枢軸たる教皇を討てるこの時を!」
未だ混乱の只中にある民衆達に向かって、聖女は宣言する。これは『反逆』ではない、『革命』なのだと。
「皆様はこのレリジオーネ近辺だけでも、百人以上の若い女性が行方不明になっている事件をご存じでしょうか?」
そして唐突に別の話題を振る。近隣で起きているという女性の連続失踪事件。この地方においては根深い問題の一つだった。
ミネルヴァ聖教の本山があるこのレリジオーネで何故そのような事件が起きるのか。信者からすれば、この地は神の庇護下であるというのに。
「答えは簡単。それは教皇の仕業であるからです! 皆様は知らぬ事でしょうが、教皇は底知れぬ欲望を抱えた怪物でした。権力欲、金銭欲、そして……性欲。教皇は定期的にうら若き娘、しかも処女を攫ってきてはその身を喰らっていたのです」
しかも、その犯人は他ならぬ教皇だと明かされた。教皇とほぼ同等の扱いで教団のトップとされる聖女の言葉故に、民衆はただ黙って聞くしか出来ない。
その様子を見た聖女は、空間収納から一冊の本を取り出して手元で広げると、その開いたページに法術の光を当てて、その箇所を自身の背後に大きく映し出した。
「御覧頂きたい。これは教皇の悪趣味極まる記録の一つです。執務室の机の引き出し――その隠し収納に巧妙に隠してあった、まさに悪魔の書!」
ババンと映し出された本の一ページ。そこには法術で写真のように描かれた女性の顔と名前、そして血痕――
そして、その下に描かれているのは……。聖女はあえて中身を読まなかった。読み上げなくても文字が読み取れるくらいに拡大してあるからだ。
その文章に目を通した民衆は各々違う反応を見せた。頭を抱えてしまう者、吐いてしまう者、怒気を見せる者、気を失ってしまう者……
「これは教皇の裏の趣味である『処女記録』です。拉致してきた娘の処女を奪い、その際の血痕をページに塗り、行為の感想を綴る。あまりにも悍ましい所業です。なお教皇は『一度きりの美学』と称し、処女を奪った後は放逐。とは言っても、家に帰しては所業がバレる。口封じも兼ねて、奴隷として売り飛ばしたり、魔物の蔓延る場所へ捨ててきたり、金持ちの悪趣味な道楽に使われたり……」
聖女から語られる教皇の所業は、聖女の言葉通り何とも悍ましいものであった。
教皇は言わば『処女コレクター』だった。これまで教皇によって、幾人もの若い娘の命が奪われていた。
実際には直接命は奪っていないのだが、まず助からないように仕向けた時点で同罪である。
「この程度はまだ序の口。世に出す事も憚られるような所業はいくつもあります。そして、この私自身も教皇による虐待の被害者に他ならない!」
聖女は自身が偽者である事は巧みに伏せたまま、教皇が自身の力を底上げするために苛烈な教育を施した事や、日夜性的に弄んでいた事などを告白する。
一度きりの美学を掲げていた教皇も、娘の代理として使うためか偽の聖女だけは何度も何度も使用した。性欲解消と同時に、法力向上効果の側面もあったが故の事である。
代理とは言え『娘』にそのような事をする……。しかし、民衆はこの聖女が代理とは知らないため、教皇は『実の娘と性行為をする』変態として映ってしまった。
◆
「聖女の奴、とんでもない爆弾を落としてきたな……。エレナ、大丈夫か?」
「私がまだ出奔する前の時点から色々と後ろ暗い事はやっていましたが、さすがにこれほどまでに堕ちていたとは予想外でした」
悪しき宗教団体の典型として、変な宗教儀式と性行為を結び付けるパターンはよく見られる。
逮捕された宗教の教祖による性被害者が存在したという例は、俺の元々の世界でもちょくちょくあった話だ。
だが、この教皇の場合は宗教とは関係なく、己の趣味趣向でそういうエゲつない事をしてやがった。
「性欲だけでもこの有様、他の欲求に関しても想像を絶する闇があるでしょうね……。あの聖女が何処まで語る気なのかは知りませんが」
エレナは欲にまみれて醜くなった父親や宗教団体に嫌気が差して出奔した身だ。
故に父親の醜い所業は覚悟していたハズだが、どうやらその想定範囲を大きく上回ってしまったらしい。
こうして会話しながら彼女の様子を見ると、やはり何処か顔色が悪くなっているように感じられる。
「しかし、偽者とは言え聖女にまで手を出していたとはな……」
「世間的にはあの聖女が偽者だとは知られていないから、世間からすると教皇は実の娘とそういう事をする変態に映っているだろうね」
「リチェルカーレさん、ハッキリそれを言わないでください。何かイメージしてしまって気持ち悪く……うぅっ」
エレナが具合悪そうにしていたのはそれか。確かに、聖女にそういう事をしていたとなると、自身もそういう対象にされていた可能性も否定できないからな。
もし教団に残っていた時の事を想像してしまって気持ち悪くなってしまったのだろう。あの偽の聖女は、別の可能性を辿ったエレナでもある訳だ。
さすがに実の娘相手だったらそんな事はしないだろうと思いたいが、わざわざ処女を攫ってきてまで性欲を満たしていた怪物に常識は通じないかもしれん。
「で、どうするんですか? なんか仕掛けるタイミングを失ってしまったような感じですが」
今は聖女がひたすらに教皇の悪行を暴き立てている。汚職のデパートとでも言う程に汚い事をやりまくっていて目も当てられない。
ただし、処女コレクター云々以降の話は証拠の提示もなくただ聖女が語っているのみなので、何処までが本当の事であるのかは全く分からない。
エレナに言わせると「それくらいの事をしていても不思議ではない」との事、さらに言うなら他の関係者も黒である者が多いらしい。
だからか、他の偉そうな聖職者達が聖女を咎めようとしないのは。おそらく、聖女の機嫌を損ねた途端に自分達のやってきた所業がバラされてしまう。
ならば黙って流れを見守るしかない。教皇に非難が向いているうちは自分達は安泰だ。そう考える者達同士で利害が一致しているのだろう。
聖女を咎めようとする真面目な聖職者は居ないのか……とも思ったが、ここで変に動いてしまえば周り全てが敵になるだろうから迂闊な事は出来ないか。
「とりあえず経緯を見守るしか無さそうですね。今の聖女は私の事すら眼中にないようですから……」
先程初めてエレナの存在を認識した聖女は、自分のキャラ付けや立場すら忘れて怒号をあげる程に我を忘れていた。
今度は完全に教皇の方へと向いてしまっているという事だろうか。精神が非常に不安定なように思うんだが、これも『改造』による影響だろうか。
エレナやリチェルカーレの見立てでは『既に人間を辞めている』との事らしいが、今の所外見的には変化が見られないように思う。
◆
(ふふ、こちらに見えないようにやったつもりだろうけど、まだまだ脇が甘いね)
リチェルカーレは聖女が密かに教皇の心臓を喰らった事を把握していた。
彼女にとっては、相手に悟られぬように別の視点から覗き見る事くらい造作もない事であった。
(他の生物の肉を喰らう事でその力を取り込む……か)
またその際、教皇の心臓に宿っていた力が聖女に取り込まれて一つとなり、聖女の力の総量が増したのも確認していた。
表向きには悟られぬよう巧みに隠していたようだが、その程度の偽装などリチェルカーレにとってはあって無いようなものだった。
(偽の聖女が力を増すための主な手段が『コレ』と言う事は……ちっ、教皇め。厄介な怪物を生み出してくれたもんだ)




