表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
460/494

445:アナイラティの港町

 クラティアから内海を渡って対岸の国アナイラティへ向かう事になった。

 定期船に乗った訳だが、特に何かトラブルが発生するでもなく、ごくごく普通に内海を縦断した。

 さすがにあんなクラーケンのような怪物は何処にでもいるという訳では無いようだ。


「何も特別なイベントが起こらなくてつまらなかったかい?」

「安全に航海出来た事自体はありがたいんだが、少々ばかり刺激が足りなかったかな」


 正直に口にする。旅の記録を取っている身からすると、特別な何かが無いと書き記す事が無いからな。

 この地域で暮らす人達からすれば、航海中に起きるトラブルなんてのは死活問題だから、外部の俺がどうこう言うのも不謹慎なのだが。


「海のモンスターは基本的に海の中が主戦場だからね。わざわざ海面にまで出て獲物を狙うなんてのは稀さ。ましてや船のような巨大で食料にもならない物を襲うメリットなんて無いしね」

「クラーケンはあの海域固有の怪物だったんだな。退治したらお祭り騒ぎになるくらい近隣諸国を困らせていたようだが」

「あの時は何とか討伐できて良かったです。今は冒険者の身とは言え、一時的でも国の騎士を務めていた身として人々の助けになれて良かったです」


 そう語るレミアだが、晴れやかな笑顔とは裏腹に言葉のトーンは低く、何事も起きなかった影響で手持ち無沙汰な感じが見て取れる。

 船が襲われてピンチに陥った所を颯爽と救いたかった――みたいな願望を抱えていそうだ。トラブル発生を望むのは正義に酔ってきた者に起こりがちな兆候だぞ。

 いや、それを言うのなら俺もか。ネタに記すような事が無いから何かトラブル起きてくれと望んでしまうのは、レミアよりもタチが悪いじゃないか。


 ◆


「最近の竜一さん、何か言う度に思い悩むような感じになってるけど、一体どうしたのかしら」


 竜一と少し離れた場所で、ハルが最近の彼の言動に感じた違和感を口にする。

 聞いていた面々は「?」と首を傾げるばかりだったが、その答えを明確に知っている者が一人だけいた。


(リューイチは元々いい年したおじさんで、性格や考え方も違っていた。けど、今は若い肉体となっていて、精神が肉体に引っ張られてきてしまってるんだ。その度に本来の自分の考え方と、若い肉体らしいタガの外れた考え方の間で葛藤してしまっている……。こればかりは本人で整理を付けるしかない)


 リチェルカーレは出会って早々の内から竜一の細かい事情までも聞き出して、パーティメンバーの中では誰よりも詳細を把握している。

 他の面々は異世界転移者である事は知っていても、本来の肉体は既に死んでおり、若い状態で作り出された新たな肉体に魂が移っている事までは知らない。

 ハルに名乗った際は、戦場カメラマンの名と同じである事には気付きはしたものの、外見が違う事から同一人物であるとは結びついていない。


(戦争を無くすために『報道』という手段を選んだのに、今となっては積極的に武器を取って戦地で暴れまわる……元々の理想とのギャップは大きいだろうね)


 本人が明かしていないのに他人が余すのも野暮だと思い、リチェルカーレは一人考えを巡らせるのだった。



 ・・・・・



 ――対岸の国アナイラティ。


 新たな国の港に到着したが、そこはクラティアとあまり変わらない雰囲気の街並が広がっていた。

 考えてみれば古代ギリシャと古代ローマってよく似てたよな。ギリシャの方から影響を受けたり模倣したりしてたんだったか。

 だがそれ以外の部分では色々と違いがあるかもしれない。それを確認する意味でも――まずは食事にするか。


 手頃な食堂に入った所、コース料理があったので頼んでみた。

 前菜として平たいパンのような物、様々な野菜のサラダやキノコ料理、ゆで卵のようなものが出され、食欲を増進させてくれる。

 メインディッシュとしては魚醤と思われるもので味付けされた様々な種類の肉や魚料理が並んだ。


(結構豪勢だな。港町だから魚は当然として、肉も豊富だ……。豚系や鳥系はあるが、牛系はあまり一般的ではないのか?)


 デザートとしてブドウやフルーツタルト、菓子パンなども出され、ワインに何か甘い――蜂蜜を混ぜたかのような飲み物も提供された。

 新たな国へ来て早々にボリューム一杯の食事だな。皆、今後の方針を話すとかそう言うのを後回しにして食べる事に注力している。

 まぁ、ムシャムシャ喰いながら話すより、最後にのんびり飲み物でも飲みながら話す方が気も楽か。アルコールの取り過ぎは厳禁だがな。


「この後は冒険者ギルドを覗いて、軽くこなせそうなものがあればこなしておく感じでいいか?」

「そうだね。日を跨がないといけないような大口の依頼は避けて、当日中にこなせるものをやって実績を積んでおくのが良いね」

「急ぎとは言ってもそこまで詰めないといけない訳では無いですから、立ち寄る場所で出来る事はしておきましょう」


 例え急ぐ過程であっても、決して無駄を楽しむ余裕を忘れちゃいけないよな。俺達がやってるのはリアルタイムアタックではない。

 なので、最速の到着を目指すのではなく多少の余裕がある程度の到着で充分だ。さすがに現地で事前準備をする時間は必要だろうから、ギリギリの到着になるのはマズいだろうが。


「偽の聖女は恐らく禁呪などで想像を絶する怪物になっていると思います。あの者の相手は可能な限り私が引き受けますが、同時に教皇の相手までもするとなると厳しいかもしれません」

「ようするに俺達はエレナの決戦を邪魔しないようにすればいいのか。エレナ自身は因縁ある父親の相手をしなくていいのか?」

「父との因縁はありますが、偽の聖女は『私が辿ったかもしれないもう一つの可能性』です。私が出奔したせいで生み出されてしまったとも言えますし、だからこそ私が対処しなければならないと考えています」


 もしエレナが出奔していなかったら、実の父によって非道な禁呪を施され傀儡となっていたのは彼女だったのかもしれない。

 偽の聖女となるハズだった少女も教皇によって見出される事もなく、今も平和な日々を過ごせていたのかもしれない。

 そんなイフを考えても仕方が無いのだが、人ってのはどうしても『あり得たかもしれない別の可能性』を想像してしまうんだよな。


「とは言え、父も父で侮ってはならない存在です。今でこそアンティナートは私に受け継がれていますが、当時アンティナートを使っていた頃に得た経験と知識は残っています。練度で言えば私以上の術や技もあるでしょう」

「なかなか歯応えがありそうな相手って事ね。私を脅かすだけの力を持った相手なのかどうか、楽しみだわ」


 アリムを脅かせそうな存在はなかなか居ないと思うぞ。本人に面と向かって言うのは憚られるが、心臓をブチ抜いて頭を砕こうが死なない怪物だぞ。

 リチェルカーレ本気なら出来そうかな。試練を終えて覚醒したレミアもいけるか。あるいは相性的な意味合いでエレナもどうにか出来そうか。


「もし沢山の信者達が敵に回ったら、その時は無力化するに留めておいた方が良いのかしら」

「難しいとは思いますが、その方が印象も良いですからね……。敵対者の信者すらも救済し自分達の側に取り込む。ミネルヴァ聖教を打ち倒し、それに取って代わろうというのですから、それくらいの事はやって見せないと説得力がありません」


 エレナの戦いは単に敵を倒すだけではない。世界最大の宗教を壊滅させ、新たに自分がその立場になろうというものだ。

 そんな場面において、かつて敵対していた宗教の信者達を片っ端から虐殺していた――などと言うのは、余りにも新宗教の教祖として印象が悪い。

 敵だった者達に対してすら寛容である事を示し、過去は水に流して受け入れるという器の大きさも重要となる。


「そうなると闇の精霊の力を大々的に使うのはやめておいた方がいいのかな……」

『特に我などは『邪神』を自称しているからな。見た目的にも、表に出てしまったら悪い印象を与えてしまうかもしれないな』

「ヴェルちゃんは私に憑依してもらって、表で戦うのはメアさんとかオプスキュリテさんにお願いしようかな」


 ルーは自身が闇の精霊との契約者だからか、イメージを考慮して力の行使を控えめにしようか考えているようだ。

 聖女として振る舞うエレナはどうみても『光』ってイメージだからな。そんな所に闇の精霊達が現れたらややこしい事になる。

 確かメアとかオプスキュリテは見た目が人間に近い精霊だった。今回はそういう精霊主体で行くのだろう。


 ……俺もどう動くか考えておかないとな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ