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444:閑話 霧深き森の人形師の館

 深い深い霧が立ち込める広大な森の奥深く、少女を運ぶ謎の人影の姿があった。

 この世にほとんど知る者はいないであろう秘密の館。それがその人影の目的地である。


「この個体で良かったのか、ラルカ姉」

「んー、おっけ。そろそろメンテしないと違和感出ると思ってたんだよね」


 ラルカと呼ばれた人物は、気を失った少女をベッドに寝かせるとテキパキと衣服を剥いて瞬く間に裸にしてしまう。

 そして腹部を優しく撫でると、発光と共に魔法陣が現れ、直後――少女の腹部から胸部にかけてが大きく引き裂かれた。

 中の臓器が丸見えとなるが、異様な事にそれらの臓器は余す所なく文字や文様が書き記されていた。


「何度見ても信じられんな。術式や陣が書いてある事を除けば、もはや人間の臓器そのものにしか見えない……」

「本当はこういうのも消してもっと本物に近付けたいんだけどね。それこそパーツ単位でバラしても分からないくらいに精巧なやつ」

「もはやそれは『人形』ではなく『人間』を作る事に挑戦しているに等しいな。もしや、ラルカ姉は神の領域にでも踏み込もうと言うのか?」

「命そのものを作り出すのは神にのみ許された行為だからね、さすがにそこまでは踏み込まないよ。私はあくまでも技術と魔術で限りなくその領域に近付きたいってだけさ」

「ふぅむ。これで一切『本物の肉体』のパーツを流用していないのだから恐ろしい。こればかりは大姐(ダージェ)すら及ばぬ分野なのではないか」

「大姐をナメちゃあいけないよ。あの人は正真正銘のバケモンだ。おそらく、私のやろうとしている事も、やろうと思えば簡単に出来てしまうんじゃないかな」



 ――ラルカ・ポイエイン


 深き霧の森の奥深くに屋敷を構える女性で、職業は『人形師』である。

 職業が示す通り人形を作る事が仕事であるが、彼女が作り出す人形の中でも最高傑作とされるシリーズははそれこそ物の次元が違った。

 傍からに見たら人間と全く変わらないレベルの、人知を超えた人形を作り出す事が出来てしまう。


 実は賢者ローゼステリア十二人の弟子のうちの一人でもあり、序列は七に位置する。

 弟子として賢者の下で共同生活していた頃から自身の興味たる人形作りに固執しており、多くの時をラボに籠って過ごしていた。

 他の弟子達と最低限の交友はするものの大きく絡む事は無く、特別に親しい誰かが存在する訳でもなかったのだが……。



「確かに化け物だが、我はいつか必ず大姐を超えて見せる。そのためにも、出来る事は可能な限りするつもりだ」

「ほんと変わり者だよね、あんたは。あれから久しく引きこもりのこの私に接触してきた最初の人間が、まさか君だとは思わなかったよ」


 ラルカが言葉を交わしていた相手は、同じく賢者ローゼステリア十二人の弟子のうちの一人で通称『闘神』と呼ばれるカンプナルだった。

 序列は九。ラルカからすれば弟弟子にあたるため、カンプナルからは『ラルカ姉』と呼ばれており、きちんと敬意を払っている。

 ラボに引きこもっている女と、修行のため世界中を飛び回っている男。限りなく接点の少なかったハズの二人は、思わぬ経緯からタッグを組む事となった。


「人形に精神を憑依させるという技術に興味があったのだ。これはもしや修行に使えるのでは……とな」

「極限まで鍛えた己の肉体から離れて、一般的な成人男性レベルの肉体で身体強度に頼らない純粋な技術を磨きたい――だっけ?」

「あぁ、少し前に大姐と闘り合ったのだが、拳をかすらせはしたもののカウンターを返されて一撃で終わってしまった」

「大姐に拳をかすらせただけでも大したもんだと思うよ。私だったら「うおっしゃあ!」とか喜びそうだもん。まぁそこが君らしいと言えば君らしいか。さて」


 ラルカがカンプナルに話をしつつ、腹を開いた『人形』のメンテナンスを済ませて再び腹を閉じる。

 こうなるともう、ただの『裸の少女』にしか見えない。ラルカがパンッと手を叩くと、人形の少女が起き上がった。


「おはようございます、マスター。お久しぶりですが、ご健勝のようで何よりです」


 一切のよどみなくスラスラと挨拶する少女。とても人工的に作られた存在とは思えないくらい、スムーズで不自然さのない言葉遣い。

 ラルカが作ったものであるため、当然ながら少女の脳も人工知能である。これを無から作り出せるという事に、カンプナルはただただ驚くばかりであった。


「おはよう。大きな不調は無いようで何よりだ。今回はいつもと違う形で呼び戻してすまなかったね。丁度カンプナルの通り道に居たから連れてきてもらったんだ」

「……連れてきたというより、誘拐に等しかったがな。少女を抱えて移動するなど傍から見たら拉致以外の何物でもないぞ」


 通常であれば、ラルカの息のかかった専門スタッフが『お迎え』という形で、各地に潜んでいる『人形』を上手いこと連れ出して回収している。

 しかし、今回はちょうど目的地付近に居たカンプナルにその役を任せた。ラルカの人形は特定のワードでスリープ状態に出来る仕様が用意されていたが、それでも傍から見れば誘拐以外の何物でもなかった。

 ただ、カンプナル程の実力者であれば誰にも目撃される事なく人を一人攫うくらいは余裕である。本人の心理的にそういう事をしたくないだけで。


「ま、お約束の『条件』は果たしてもらったから、今度は私が君の望みを叶える番だね。とりあえず服を全部脱いで、これを装着してそこの水槽に寝転がってくれ」

「何だこれは……?」


 カンプナルが手渡されたのは、前後にチューブの繋がれたブリーフのような履き物だった。


「精神を人形に移している間、肉体を管理するために必要なものさ。生命の維持は水槽に満たす栄養液で行うが、排泄までは止められない。だからそれで排泄される度に掃除するんだよ。不格好かもしれないが、水槽内を排泄物塗れにしないためだ。君も排泄物の中で眠りたくはないだろう?」

「む、そういう事であれば仕方が無いな」


 カンプナルは躊躇いなく衣服を脱ぐ。一応ラルカは女性であるのだが、そんな事はお構いなしに特製ブリーフを装着。


「これから君の精神を移す人形の素体はそこで眠ってる物を使う。一応は一般成人男性を基準とした肉体強度で作ってるから、君の理想通りではあると思う」


 ベッドに寝かせられていたのは、長い黒髪の成人男性――の姿をした人形だった。


「個体名としては『ラターヴァ』と呼ばせてもらっているモデルだ。精神を移した後はその呼称で呼ばせてもらうから承知しておいてくれ」


 黙って頷いたカンプナルは、そのまま水槽へと寝転がる。そんな彼の額に、ラルカは人差し指を突き立てた。


「では早速精神を移行させようか。しばしの間、ラターヴァとしての活動を堪能してくれ。良い成果が得られる事を祈っているよ」



 ◆



 急激に眠くなったと思ったら、まるで夜明けを迎えたような清々しい気持ちで目が覚めた。

 カンプナルはいつものように身を起そうとするが、少々ばかり身体が重く感じる。

 己の右手に目を向けると、極限まで鍛えられ巌のようになった手ではなく、少々ばかり心許なさを感じさせる手が視界に写った。


「どんな感じだい? それが俗に言う『一般成人男性』の平均的な肉体を再現したものだよ」

「こ、これが……か。余りにも心許ないな。このような肉体で、果たして世を生き抜く事が出来るのか?」

「それは君が鍛え過ぎているから抱く感想だね。世の中、戦いとは無縁の人間なんてそんなもんさ」


 自身から発せられる声も変わっている。姿見に写った『ラターヴァ』の姿は、当然の事ながら本来の自分とは異なっている。


「一応雰囲気は似せようと思って、黒髪ではあるけどロングにはしておいたよ。ちょっと線は細めだけど」


 カンプナルは茶髪のロングで痩せの筋肉質と言ったタイプなので、黒髪ロングの一般成人男性の姿は、言うなれば下位互換だ。

 そんな自身の肉体は水槽に寝転がった状態になっており、今まさに薄緑色の液体に満たされようとしていた。


「肉体はこっちでしっかり管理しておくから、君は己の目的をしっかりと果たしてくれ。日ごとのレポートを書いてもらう事以外は自由だ。一応、君が拠点を置く予定の地にサポート要員を派遣しておくから、生活の際は頼ってもらって構わないよ。ついでにこの子を元々の町へ送って行って貰えると助かる」


 先程メンテナンスを済ませた人形の少女がペコリとお辞儀をする。少女も黒髪であったため、ラターヴァと並ぶと兄妹のようだ。

 ラルカの発案で、盗賊団に誘拐されていた所をラターヴァが救出して連れ帰ったという設定で街に戻す事にしたらしい。


「ここ最近は人間に近い人形作りばかりしてたからね……。久々にコッテコテの人形を作るのも良いかな。あ、そうだ。私自身の(・・・・)メンテナンスもしないとだね」


 ラルカは人形師である。極めて人間に近い精巧な人形を作り出せるが、正統派のいわゆる『普通の』人形作りもお手の物である。

 他にカラクリ仕掛けの機械人形や、とにかく『人形』にカテゴライズされるものであればあらゆるジャンルに精通している。

 彼女にとってはそれが主な収入源であり、そうして得られた資金で自身の理想とする人形を作ったり、サポートスタッフを雇ったりしている。


「……私自身、か。やはり、今のラルカ姉は『人形』なのだな」

「他人様を使った人体実験なんて非道極まりないからね。まずは自分自身で実験しないと」


 そう、ラルカもまた人形なのだ。今のカンプナルと同じように、自身を模した人形に精神を移している。

 彼女の本体が今も現存しているかどうかは、ただ彼女自身のみが知っている……。

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