441:闘技場での賭け
――クラティア名物『闘技場』
入り口から大層賑わっており、沢山の客が入場していた。俺達もそこに混じり屋内へ。
途中にはソウヤの言っていたブックメーカーと思われる選手のリストとオッズが記されていた。
ご丁寧にも魔術による賜物なのか、写真のような絵のような選手達の姿も見る事が出来る。
「当たり前の話だが、初めてここに来た俺には誰が誰だか全くわからないな」
「ソウヤの話ですと今回はこの地区の大会らしいですから、地元民以外は良く分からなくても仕方が無いと思いますよ」
レミアも今回の出場者に関しては誰も知っている人がいないらしい。
いくらル・マリオン在住であっても、遥か遠方の地区大会の選手なんて分かるハズもないか。
俺達がブックメーカーに参加するなら、選手説明とオッズから推測するしかないか。
「なるほど。あのオッズが一・一の選手は過去に何度も地区大会を優勝して上の大会へ進出してるのか」
「どう見ても今回の本命よね。その本命と対戦する羽目になってる選手は、気の毒にもオッズが百になっちゃってるわよ」
その二人以外は結構バラバラだ。今大会の出場者は三十二人だが、オッズ一桁は五人しかいない。
他は二桁前半と二桁後半がまばらに散っている。選手説明とビジュアルから何となく予想するしかないか。
向こうの世界に居た頃もあまりギャンブルはやった事無かったから、こういう時は閃きに従うか。
「よし、俺はあのオッズ百の選手に賭けるぞ」
「よし、アタシはオッズ百の選手に賭けよう」
「「……ん?」」
何と、リチェルカーレと意見がかぶった。
「奇遇だな。なんでまたそいつを選んだんだ?」
「それはこっちのセリフさ。どう見ても大穴のそれを選んだのは何故だい?」
最初に聞いたのは俺だが、まぁいいか。
「ロマンってやつだよ。オッズ百の奴が試合をひっくり返したら面白いじゃないか」
「アタシが選んだ理由は試合結果を見ればわかるよ。てっきり、キミも気付いたのかと思ったよ」
……気付いた? あの選手、名前は『ラターヴァ』と言うらしいが、何かあるのか?
絵姿を見る限りでは、長ズボンにタンクトップで痩せ型の筋肉質、肩まで伸ばした黒髪の青年と言った感じか。
パッと見だが噛ませ犬で終わる雑魚って感じはしない。どちらかと言うと『隠れた強者』って雰囲気だ。
選手説明によると、今大会初出場でそれ以前の経歴は不明。流派は我流。それくらいの情報しかない。
一方の対戦相手は『ステルク』と言う名で、クラティア地区大会を何度も勝ち進み、ピアカデア地方全域の強者を競う大会に出場しているらしい。
しかし、その大会での成績は書かれていない……と言う点から、結果はお察しだな。あくまでもこの地区の強者枠って所か。
「あまり賭け事は好まないのですが、どちらが勝つのかと言われれば私はステルク選手だと思います」
「レミアさんは無難な選択をするんですね。配当は少ないですが、当たりやすい。そういうのを繰り返すのも手ではありますが……」
「そもそも儲けるためにやるのではありませんから。たまたま立ち寄った場所で、一時の娯楽を楽しむだけですし」
他の面々も、一回戦目のどちらに賭けるのかをそれぞれ話していた。
やはり大穴に賭けるというのは無謀だと思うのか、わずかな掛け金ですら失うのが惜しいと思うのか、ステルクの方が人気だな。
だが俺はロマンでやる。勝てばそりゃあ嬉しいに決まっているが、負けてもそれはそれでという気概で賭けるのだ。
◆
『おぉーっと! 誰がこの流れを予想したでしょうか! まさかまさか、大穴のラターヴァ選手が奮闘しております! 本命のステルク選手、攻めきれない!』
試合が始まって、速攻でカタを付けようとしたのかステルクが猛烈な攻めを開始。オッズ百の相手に対してはやりすぎとも言える程だ。
しかし、ラターヴァはそれを回避するでも防御するでもなく、攻撃に軽く手を添えるようにして逸らしている。
これは相手の動きを完全に見切っていなければ不可能な芸当であり、この時点でラターヴァの格が決まったとも言える。
色々攻め方を変えてはみるが、どんなやり方も同じく流されてしまい、まともに攻撃を通す事がかなわない。
やがてステルクの息が切れてきた頃、ラターヴァはステルクの身体を優しく撫でるように手を振る。
その瞬間、ステルクの身体が何かで滑ったかのように転倒し、激しく頭を打ち付けて気を失ってしまった。
(……あれは合気道ってやつか? 軽く体に触れただけで投げ飛ばしてしまったぞ。なんて凄まじい使い手なんだ)
竜一は過去に読んだ漫画の内容に似た描写があった事を思い出し、もしかして合気道ではないかと判断する。
相手の力をそのまま利用し、流れに乗せるようにして軽く手を添えるだけで思うがままに動かしてしまう高等技術。
それを軽々と使いこなしてしまうラターヴァという男が一体何者なのか、気になるのも仕方がない話だった。
(やれやれ、いきなり今大会の最強と当たったと言うのに物足りなさそうだねぇ)
ラターヴァを知っているらしいリチェルカーレは、試合内容からして全然満足していないであろう事を察していた。
そんなラターヴァはと言うと、その後も危なげなく勝ち進み最終的にはあっさり優勝してしまった。
最初に本命を倒してしまった以上、以降に当たる敵はそれより弱い者しか居ない訳なので当然ではあるが。
「ま、とりあえずちょっとした稼ぎにはなったから良しとするか。いっその事、優勝までのストレートで賭けておけば良かったな」
この会場のブックメーカーにはいくつかの方式があり、竜一が賭けていたのは単一の試合を予想する物だった。
そのため、一回戦ではオッズ百だったラターヴァも、二回戦では本命を倒した選手という事でオッズが変動してしまい、今度は彼が一・一倍となってしまった。
競馬だと人気の集中により倍率が一・〇倍となってしまい、賭けても掛けた金額が戻って来るだけになってしまう場合もあるが、このイベントに関しては最低が一・一となっていた。
一方で最高倍率は『百』とされており、競馬のように何千倍になったりはせず、ある程度の上限が定められた『娯楽』の範疇に収まっていた。
しかし、その上限を突破している方式もあり、それが『最終結果予想』と言うものであった。ようするに、試合開始前の時点で優勝者を予想してしまうというものだ。
試合開始前のオッズであるためラターヴァの倍率は最高の百だった時であり、その上でいくつかの試合を経るため、最終的な倍率は千にまで至っている。
「ふふ、こっちは大きく儲けさせてもらったよ。アタシはラターヴァの優勝に百万ゲルトを投じていたからね」
ちなみに百万ゲルトは今回のイベントで投じられる最高金額であった。投資金額の上限を無くしてしまうと文字通り破滅してしまう者が現れるため、それを防ぐ意味でも定められた制限だった。
羽振りの良い金持ちはギャンブルが好きな者も多く、投げ銭感覚で数十万やら百万やらを投資するため、胴元としては多くの利益を得られるチャンスでもある。
だが、倍率が千の賭けを百万ゲルトの投資で当てられてしまったら、支払う額は十億ゲルトにもなり、いくら多くの集金をしているとはいえ懐が痛む額に膨れ上がってしまう。
「お客様。大変申し訳ありませんが、今回の賭けに関しては不正が疑われておりまして……」
当然の事ながら、一番倍率が高い賭けを最高額の投資で当てるという真似をやらかしてしまったリチェルカーレは疑われてしまった。
ちなみに竜一の方はビギナーズラック扱いで正当な賭けとされ、一万ゲルトを投じていた彼は百万ゲルトを獲得する事に成功。
他の面々であるが、無難にステルクに賭けてしまった者達は少々の金額を失い、ラターヴァに賭けた者達は少々のおこづかいを手に入れる事となった。




