437:プラティニア
ゴーディが展開した試練の空間は見るも無残な姿へと変わり果てていた。
レミアが立っている位置から先が綺麗さっぱり消し飛んでおり、そこにはただただ『白』が広がるのみだった。
「おいおい、どうなってるんだこれは」
「レミアの力が空間内に顕現した物のことごとくを消し飛ばしてしまったみたいだね。白い部分は、言わば『無』と言えるだろう」
「無……私のイメージだと、そもそも白だとか黒だとかの色すらない、無色透明なものだと思ってたわ」
「無色透明か。さて、君はそれを想像する事が出来るかい? 例えば四方八方をガラスで覆われたような場所を想像してみるといい」
そう言われたハルは、リチェルカーレの言われた通り、自身を中心に周りをガラスで覆われた空間を想像してみる。
しかし、どうやってもガラスの先に何らかの色を見てしまう。白が思い浮かんだ際は白を否定するのだが、直後に別の色を見てしまう。
完全に透明な空間を想像できない。確かに『透明な物体』は存在するのに、どうしてもその先には何かしらの色が見えてしまう。
「あれ? 絶対に何か色が見えてしまうわ。見えた色を消そうとイメージしても、別の色に置き換わるだけね」
「面白いだろう? 透明な物は確かに存在するのに、何かしらの色を介さないとその『透明』を認識する事が出来ないなんてね」
「確かにハッとさせられるネタだが、今はそれよりこの空間の事をだな……」
「大丈夫。この空間を作り出した主はまだ消滅していない。成り行きは彼らに任せよう」
◆
『この馬鹿レミア! 考えなしにバカスカ撃っちゃって! リチェルカーレが空間を補強してくれなきゃ空間ごと破壊しちゃってた所よ!』
「ご、ごめんなさい……。ゴーディもパルヴァティアの全力を引き出してるだろうし、こちらも全力でやらないと失礼かなと」
『もしあれで空間が破壊されていたら、クラティアがあぁなっていたのよ。あんたは数えきれない程の命を奪ってしまう所だったのよ!』
レミアはシルヴァリアスから説教されていた。実は昔も同じような事で怒られた経緯があるのだが――
『いやはや、全く。まいったね。シルヴァリアスの出力がそれ程までとは。さすがに『今の』僕では受け止め切れなかったよ』
声をかけてくるゴーディ。しかし、声の方を向いてもパルヴァティアの鎧は見当たらない。
代わりに光る球体がレミアの前に浮かんでいる。これこそが、現時点におけるゴーディの本当の姿だった。
パルヴァティアはあくまでも鎧でしかない。ゴーディは既に故人であり、その身は魂と化している。
『確かに僕はパルヴァティアの全力を引き出してはいる。しかし、魂だけだと生前程の出力は出せないんだよ。それだけ肉体を失ったデメリットは大きいのさ』
「本当にごめんなさい。考えなしにやってしまいました」
『君の矯正はこの後のサンティエとプラティニアに任せるさ。僕は力を引き出した君の慣らし相手みたいなものだからね』
「やはり、次はサンティエですか……」
レミアの中に、かつての仲間の姿が思い浮かぶ。真面目そうな、眼鏡をかけた青年の姿だ。
サンティエは『さすらいの風』におけるブレインとも言える存在であり、パーティの頭脳労働や雑務を請け負っていた。
一芸特化タイプではないが、全てにおいて平均以上に出来る。そのためか副リーダーのポジションでもあった。
『ま、それはさておきだ。僕も君にパルヴァティアを継承させてもらうとするよ。君なら、きっと大丈夫だと信じているよ』
「ゴーディ……。分かりました。私は目的のために強さを求める身です。さらなる高みへ至れるのであれば、お言葉に甘えます」
ゴーディの魂――光る球体から、一回り小さな球体が分離し、レミアの身体の中へと吸い込まれていく。
同時に、その場に残されていたゴーディの魂は、その場に溶け込むようにして消えていった……。
「ありがとうございました、ゴーディ。どうか安らかに」
『ウィー! ニューマスター! シクヨロでーす! シルヴァリアスも、ブロンズィードもちょー久々!』
亡き仲間に祈りを捧げるレミアだったが、そこへ割って入る大きな声。
「よ、よろしくお願いします……」
『相変わらず騒がしいわね馬鹿パル。ま、あんたの力自体は頼りにさせてもらうわ』
『こうして介するのは本当に久々だね。一緒に新しいマスターの力になろう』
軽いノリの少年みたいなパルヴァティアを、レミアは顔を引きつらせながらも受け入れるのだった。
・・・・・
ゴーディの試練を終えたため、通常空間に戻って来た一行。
レミアの纏う鎧には変化が生じており、今度は左の手甲部に白く輝く宝玉が出現していた。
『改めてシクヨロー! けど、俺っちの力を合わせてもサンティエは厳しい相手だと思うゼー?』
「彼の恐ろしい所は単純な力では無いですからね……。しかし、私はそれでも挑まなければならないのです」
『ふむ、実に良い心がけだ』
今度はゴーディの隣の墓が輝き、中からレミアの銀光に近しくも、少し暗い感じの光を放つ球体が姿を現す。
良く通るメリハリの効いた男性の声。口調からは生真面目さや硬さを感じさせる。
『既にゴーディから聞いていると思うが、次の試練はこの私サンティエとプラティニアが執り行う』
「はい、覚悟は出来ています!」
『逸るな。すぐに武器を構える必要はない』
そう言って早速武器を構えるレミアだったが、それを止めたのは意外にもサンティエ。
『君のそういう脳筋な部分も矯正しなければならないな。私が課す試練は実戦よりも知識と教養に重きを置こうと思う。何でもかんでも戦って倒しさえすれば解決できると思うな』
「知識と……教養……?」
『あぁ、我が試練は勉強が主体となる。時の流れの異なる異空間に篭って、みっちりと叩き込んでやるからな。覚悟しろ』
「……はい」
勉強と聞いて目に見えてテンションを落とすレミア。サンティエが言う通り、脳筋な部分があるようだった。
「レミアさんって言うほど勉強嫌いでは無かったハズですが、物凄く凹んでおられますね……」
レミアの騎士団時代を知るエレナからすれば信じられないようだ。副団長という立場上、兵法や儀礼など学ばなければならない事は多い。
当時を振り返ってみても嫌そうにやっていた様子は無いし、むしろ前向きに色々な事を学んでいたようにも思えた。
「あー、あれは勉強そのものが嫌なんじゃなくて『サンティエさんの勉強』が嫌なだけだよ」
自身の試練を終えて見学側に回ったソウヤがつぶやく。ゴーディは魂のみの存在であったために役目を終えたら成仏したが、ソウヤは生きている。
ブロンズィードもレミアに託した以上、もはやただの一般人である。以降は趣味の職人を仕事に昇華させて頑張っていくのだが、それはまた別の話――
「ソウヤ、キミが謎の職人『コッパー』で間違いないね?」
「い、いきなり何の事かな? 確かに僕は趣味で職人をしてはいるけど……」
いきなり話を振ってきたリチェルカーレに、ソウヤは分かりやすく動揺してしまう。
「実は『ゲシェフト商会』って、アタシの運営する組織なんだ。納品された魔術道具に残っていた力の残滓と、キミの力は全く同じだ」
「残滓……て、何だよそれ。あぁもう、相手が依頼主ならいいか。そうだよ。僕がコッパーだよ」
「ふふ、直接会えて嬉しいよ。何せキミの作る魔術道具はとても質が良くてね。幾人もの客が納品を待ってるくらいさ」
ソウヤは趣味レベルでやっているつもりだったが、実は制作物の質は大層良く、それを知る者達からの評判も上々であった。
そのため、知る人ぞ知る工房として何かしらの制作を依頼する者も居た。リチェルカーレも評判を知って商会を通して依頼した者の一人だった。
しかし、当人はあまり表に出たくないらしく、ソウヤでもブロンズィードでもない第三の名『コッパー』を名乗って活動していた。




