436:パルヴァティア
「あー、二人共。試練やるならちゃんと別空間でやってね。さっき僕達がうっかり始めちゃって被害出しちゃったんだ」
『ははは、ソウヤもレミアもせっかちだね。ちゃんと試練用の空間を用意させてもらうさ。周りに居る人達は見学者でいいのかな?』
「一緒に連れて行っていいよ。あの人達は僕の全力程度じゃビクともしない障壁を張れるからね。巻き込んでも平気さ」
『それはとんでもない立会人だね。どうやらレミアも素晴らしい仲間達と出会えたようで何よりだ。ではそろそろ行こうか』
ゴーディ――パルヴァティアが右手を天に掲げ人差し指を立てる合図をすると共に、辺り一帯の空間が置き換わった。
ソウヤの時は場所はそのままに空間そのものがズレた感じであったが、今度は完全に別の場所に変わっている。
巨大な宮殿が間近に見える広大な庭。少なくとも現在竜一達が居るクラティアとは全く違う様式の建造物であった。
「こ、ここは……もしかしてガリアのポリテリヤ宮殿!?」
『そう。美しく派手な物を愛する僕としては、この宮殿がたまらなく好ましかったんだ。だからこそ、展開する領域にも反映されるんだろうね』
「貴方の趣味は別に良いのですが、好ましい宮殿を舞台にしちゃっていいんですか? これから戦うんですよ? 私達の攻防で見るも無残に破壊されてしまいますよ?」
『……くっ、言われてみれば。空間内に作り出した別物とは言え、美しき宮殿が破壊されてしまうのは何とも心苦――!』
その瞬間、ゴーディの兜を一筋の閃きが貫いた。兜が弾かれ、隠されていた顔が顕わに――
「顔が……無い!?」
そこには何もなかった。ただ、兜を失った鎧が立っているだけだった。
『いつも正々堂々だった君が不意打ちとはなかなかやるじゃないか。いいよ、戦いとはそういうものだ。ちなみに僕は魂のみの存在となっているから、身体は無いんだ。骨なら墓の下に埋まっているんだけどね』
首無しの鎧が肩を竦め、やれやれのポーズをしてみせる。直後、弾かれた兜がフワフワと飛んできて元の位置へと戻った。
ソウヤとは異なりゴーディは故人である。パルヴァティアをゴーディの魂で動かしている状態であるため、鎧そのものが現在の彼の身体であった。
「貴方は、まさかその状態のままずっと待ち続けていたのですか……この私を」
『それがねぇ、パルヴァティアが離してくれないんだよ。僕は死んでしまったというのに、僕以上のマスターは現れないからと。だから、君が僕以上のマスターであるという事を見せつけて欲しい。僕はそろそろ眠りたいんだ。君になら全てを託せると思うし、成果を出せばパルヴァティアも納得するだろう』
「……わかりました」
ゴーディは軽々しく言っているが、レミアはそれが気を遣わせないための軽口である事を察していた。
あくまでも自分はパルヴァティアが開放してくれないから仕方がなく――と言いつつ、ゴーディの方がパルヴァティアを離していない。
契約を切って何処かも分からぬ所へ去られるくらいなら、契約を繋ぎ留め信頼できる人に託せる時が来るまで待ち続ける。
「全力で、貴方の課す試練に立ち向かいます」
『それでこそだ。僕の方も最初から全力で行かせてもらうよ』
そう言ってゴーディが取り出したのは数珠――否、パールのネックレスだった。
彼が念じて魔力を発すると、ネックレスが千切れ飛んで一つ一つのパールが独立して宙に浮かび上がる。
さらに、それらが徐々に肥大化して人間の頭くらいの大きさにまで巨大化していく。
(ゴーディは魔力による道具の操術が得意。中でもお気に入りのパールに関しては恐ろしい程のコントロールを誇る……)
無数のパールが連なり、蛇のようになってレミアに向けて突撃。
大質量となった重き一撃は、まるで爆撃の如く地面を抉り大きなクレーターを作り出す。
レミアは上空へ飛び上がるが、それを追うようにしてパールの蛇は天へ登る。
『無駄だよ。僕の『マルガリートゥム』からは逃げられない』
ゴーディはお気に入りのパール操術を『マルガリートゥム』と命名していた。
蛇を形作っていたパールは分裂し、レミアを取り囲むように陣取る。
(そう。彼の操術の恐ろしい所はただ物体を動かすだけじゃない。彼の手に掛かれば操る物体が『砲台』と化す!)
四方八方から放たれる魔力砲撃が、逃げ場の無いレミアに向けて放たれる。
止む無く障壁を張って凌ごうとするが砲撃が着弾すると同時に、それとは違う重い一撃の手応えが。
飛んでくるのは砲撃だけではない。パールそのものが砲弾となって砲撃以上のパワーで迫る。
「くぅっ!」
障壁は破られなかったが勢いは殺しきれず、弾かれたレミアは浮いているパールの一つに着地する。
そこへ向けて再び砲撃が放たれるが、レミアは飛び退きながら障壁を展開。あの場に居たら足場にしているパールから零距離で砲撃を受けてしまう。
しかし、回避されたレーザーは別のパールによって反射され、改めてレミアの方へと軌道を変えて向かってくる。
(完全に閉じ込められてしまいましたね。さすがはゴーディです。しかし、私はさらに先の領域へと辿り着かなければならない)
障壁を張り、パールの上を渡り歩きながら、レミアは己の内にシルヴァリアスの力を練り上げていく。
彼女は完全にシルヴァリアスの力を引き出せるようになったが、その力を『本気で』放つのはこれが最初の機会となる。
奇をてらうような事はせず、ただただ単純に己のパワーをゴーディにぶつける。
「ゴーディ。貴方の技に敬意を表し、私も全力で力を放たせてもらいます。名付けて……アルゲントゥム!」
レミアは両手を前方へ突き出し、そこへあらん限りの力を込める――
◆
「おっと、アレはマズいね。念のため空間の補強をしておくとしようか」
レミアが放とうとしている一撃を見て、リチェルカーレがパチンと指を鳴らす。
「ねぇ、もしかしてレミアって馬鹿なの? あんなの考えなしに撃ったらどうなるかも分かっていないみたいだし」
アリムも高まるレミアの力を感じ取って、彼女のやろうとしている事が馬鹿な事であると察した。
竜一達も具体的な事までは分からないものの、今のレミアがかつてない程の膨大な力を収束させているのは見て取れた。
これで勝負が決まる。そう確信出来てしまうくらいの圧倒的な力。レミアはまるで銀色の太陽の如く輝いていた。
◆
「いっけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
『ちょっ、待っ――』
レミアの両手から放たれたのは、ただただ高められた圧倒的な銀色のエネルギー。
彼女より前にあるもの全てを消し飛ばさんとする程の凄まじい力は、背後で見物していた竜一達にも衝撃波を届ける。
目を開けていられない程の銀色の輝きは、まさに最高潮に達した彼女を示すに相応しいものだった。
「私は、試練を超えて悲願を果たします!」
まだまだこんなものじゃないぞとばかりに、さらに力を上乗せするレミア。
既に眼前は銀色の光に飲み込まれてしまっているが、ダメ押しとばかりに出力を上げていく。
全力を出し尽くす事こそが礼儀と考えている彼女には手加減という言葉は無かった。
『いや、もう充分――』
パールを自身の前方へ集中させてシールドを形成し、さらに障壁を張って耐え続けていたゴーディであったが、ついに限界が来てしまう。
シールドを形成していたパールは一つ残らず木っ端微塵に砕かれ、障壁も容易く突き破られ、銀光の中へ呑み込まれていく……




