041:魔導師団の悪夢
『皆が戦っている間に極限まで集め、高めに高めた光の力だ……。先程とは比べ物にならんぞ!』
光の精霊リッターが再び光の奔流を放つ。先程仕掛けた時よりもさらに強く熱くなった光がリチェルカーレに迫る。
リチェルカーレは右手一本を突き出して、同じように光の奔流を撃ち返す。それだけで、リッターの砲撃は止められてしまった。
「足りないね。さっきの風の精霊みたく、なりふり構わずかかってきたらどうだい?」
リチェルカーレの言葉に、リッターがギリッと歯を食いしばる。
騎士の姿をした天使とでも言うべき外見の彼は容姿も端麗であり、その外見から察せられる通り美意識も強い。
美しく戦う事を念頭に置いているため、本質丸出しの醜い姿を晒してまで無駄に足掻く事に抵抗があった。
しかし、リチェルカーレは余裕の表情で片腕から放出する力だけでリッターを押し始めている。このままでは絶対に勝てない。
かつてない程に追い詰められた状況で、リッターは共に同じ志で戦った精霊ヴィントの最後の姿を思い出す。
自身が醜い姿と忌み嫌う『あの姿』となってまで、最後の最後まで主のために命を賭して戦い抜いた彼の姿――。
(醜かったか? いや、そんなハズがない……。そうか、私は勘違いをしていた。美しさとは――)
思い至った彼にはもはや躊躇いは無かった。今までの姿を捨て、本当の全力を解き放つ。
自身の命を燃やして上乗せした光の力に加えて、さらに太陽の光の力を借り、光の奔流を倍加させる。
直後、急激な勢いでリチェルカーレの魔術を押し始めるが、相手の表情はそれでも変わらない。
「そう、それでいいんだ。これでこちらも遠慮なくやれるよ」
リチェルカーレは満足気に笑うと、両手の掌底部を重ね合わせ花が開いたように指を広げて、一気に魔術の勢いを強化する。
全力を解き放ったリッターの攻撃をあっという間に再度押し返し、今度はそのまま光の中に呑み込んでしまった。
「おや。一斉にかかってきても良いのに、律義に順番待ちでもしてるのかい?」
リッターの最期の姿に唖然としていた残りの精霊達に声が掛けられる。リチェルカーレが今指摘をしたように、精霊達は最初の時みたく一斉にかからなかった。
しかし、そこには特に大きな理由はない。ただ単にリチェルカーレの圧倒的な力を前に、情けなくも身が竦んでしまっていたというだけの話だ。
『グルゥゥゥゥゥゥ……!』
土の精霊ルペスが自らを奮い立たせるかの如く両手を高々と掲げて雄叫びを上げると、リチェルカーレを埋め立てるかのように凄い勢いで岩山が出来上がっていく。
その様相はまるでピラミッド。過剰かと思えるくらいに大きく形成されたそれは、高さにして百メートルに達するほどだろうか。
首都の広場を大きくはみ出して市外にも食い込むほどの巨大建造物が瞬く間に出来上がった……。
『ククク、ソノ間ニ我ハトドメヲ準備シテオコウ』
闇の精霊ネブラが自らの身体から豆粒ほどの闇の球体を無数に解き放ち、上空へと放った。
ある程度まで登った所で、それらは一気に肥大化し、地面からでも上空に無数の球が浮いているのが解るほどになった。
『瘴気弾ダ。地上ニモ少ナカラズノ被害ガ出ルガ、今ヤ首都ニ民ハ居ナイ。アノ敵ヲ葬ルノニ、モハヤ四ノ五ノ言ッテラレン』
瘴気弾は文字通り瘴気を固めた弾だ。闇の力は瘴気と親和性があり、瘴気をこういう形で固めたりする事が出来る。
地上の生物にとって有害な物質で固められたそれは、当然の事ながら地上で爆発すれば深刻は被害をもたらす事になる。
しかも、その時のみならず後々も一帯を汚染したまま残り続ける事になってしまう。諸刃の剣と言える手段だ。
だがネブラは躊躇わない。相手がそれくらいヤバイ魔術をぶつけでもしないと勝算すら見出せないような怪物なのだと察してしまったから。
『ゴ!?』
ネブラが瘴気弾を地上に向けて落とそうとした時、地面が激しく揺れた。
岩の巨人であるルペスが転倒してしまうほどの凄まじい揺れに、その場に居た地面に足を付いている者達がことごとく倒れる。
地面がひび割れて行き、所々で断層が生じる。歴史的大災害とも言える程の巨大地震が、ルペスの作り出したピラミッドをも木っ端微塵に砕いてしまう。
当然な事ながら、これをやったのは彼女――リチェルカーレは一人、飛散する瓦礫の中で愉快そうに笑っていた。
「そうそう、それでいいんだよ。精霊ならではの圧倒的な力を見せてくれ。アタシが正面から、それをさらに上回る力で叩き潰してあげよう」
彼女にとっての合図ともなっている指鳴らしと共に、ルペスの前の地面が蠢く。
まるで水中から飛び出してきたワニのように地面が盛り上がり、口を開いて岩の牙を突き立てる。
『グルゥゥゥ! ガァァァァァァッ!!』
数メートルはある岩の巨人をも呑み込もうとする巨大な岩の牙。ルペスは両手と両足で閉じる顎に抵抗する。
しかし、閉じられるその力は凄まじく、身体から魔力が目に見えるオーラとなって立ち昇る程に全力を振り絞ってもなお少しずつ押されていた。
少しずつ身体が欠けていき、全身にひびが入り、やがて砕け散るまでにそう時間はかからなかった。
ルペスが砕け散ると同時に勢い良く閉じられた岩の牙。まるでスナック菓子でも貪るかのような咀嚼音が響く。
精霊という存在故に通常の岩よりも遥かに強化されたハズのその身体が容易く砕かれた事に、魔導師達は呆然とする。
「さて、後はアレか……。全く、迷惑な事をしてくれるものだね」
大地震を起こしておいてどの口でそれを言うか――とその場に居た一同は思ったが、間違っても口には出さなかった。
後に判明した事だが、この時の地震は発動範囲が限定されていたのか、首都の外では全く揺れが起きていなかったという。
岩の牙が地面へ溶け込んだ後、彼女は右手で小さな黒い球体を作り出すと、それを上空に向けて放った。
ネブラが作り出した瘴気弾に衝突した辺りで動きを止めたそれは、猛烈な勢いで周りに漂う瘴気弾を吸引し始めた。
瞬く間に肥大化する球体。ネブラの瘴気弾は早々に吸収し尽くされたが、それでもなお吸引は止まない。
吸引が続くと共にますます球体は肥大化し、やがて、首都に夜が訪れたかと錯覚させられる程に巨大化する。
遠方から見れば首都上空にとてつもなく巨大な球体が浮かんでいるのが確認できるだろう。
『ド、ドッチが迷惑ダ! 貴様ノ作ッタ瘴気弾ハモハヤ首都ドコロデハナイ範囲ヲ滅ボス程ノ力ヲ持ツニ至ッテイル! ソレヲ落トス気カ!?』
ネブラが皆が思っていた事を代表して言う。さすがにこればかりは言わねばなるまいと思ったのだろう。
リチェルカーレの作り出した球体は、ネブラの瘴気弾を吸い込み、周りの瘴気を吸収し、さらに彼女の闇の魔力を練り混ぜて作り出した魔術だ。
「その前に、君は自分の心配をするべきだね」
『心配……? 何ノシンパ――! クッ、コ! コレハマサカ!?』
気付いた時には遅い。リチェルカーレの放った魔術は闇に類する力を吸い取るブラックホールの如きものだ。
闇の魔力の塊とも言えるネブラは、まさに格好のターゲット。例え上空と地上ほどの距離が離れていても逃すハズが無かった。
球体の大きさに比例するが如く圧倒的な力がネブラの抵抗を許さない。霧状の精霊は、より細かく塵状に分解されつつ餌となってしまう。
『っと! つかまえたぜ……』
いつの間にかリチェルカーレの眼前に移動していた雷の精霊オスカーが、彼女の左手首をつかみ取る。
「へぇ、さすがは雷の精霊だ。実に素早い。光の力も併せ持つだけの事はある」
『褒めてもらっておいて何だが、残念ながら俺様から返せる礼はこれくらいしかねぇぜ!』
まるで彼自身が雷そのものと化したような変化を遂げ、同時に凄まじい電撃がリチェルカーレへと流れ込む。
それこそ感電や火傷はおろか、爆散させてしまう程の力を込めたオスカー渾身の一撃である。
「なかなかの魔力だね。中位精霊クラスかな……? けど、その程度では全然足りないね」
『そ、そんな馬鹿な事があるか! 俺様の、全力だぞ……何故効いていない!?』
しかし、リチェルカーレの身には何も変化が起きていなかった。傷はおろか、痛みすら発生していない。
直後、彼女は優しさすら感じさせる微笑みを向けつつ、右手でオスカーの顔をわしづかみにした。
「さーて、何故効いていないと思う? その答えは『向こう』でじっくり考えてくるといい」
先程のオスカーと似た現象が、今度はリチェルカーレの身体で発生する。
さすがに雷そのものに変化するとはいかないまでも、全身から溢れんばかりの電気を発生させ、それを一気に右手に集める……。
そして、その集まった電気が流れ込む先はと言えば……当然の事ながらオスカーに決まっている。
抵抗する間もなく木っ端微塵に砕かれるオスカー。肉片が撒き散らされるというさぞやおぞましい光景が広がるかと思われたが、そうはならなかった。
何せオスカーは精霊だ。生物と異なり、精霊が爆散した際はキラキラと光り輝く『力の欠片』が辺り一面に舞い散るのだ。その光景は、端的に言って美しさすら感じられる。
「おや、汚い花火だとか罵ってやろうかと思ったのに……なかなか綺麗じゃないか」
・・・・・
言葉が出ない――とは今のような状況を言うのだろうか。
部隊長の面々は揃って冷や汗をかき、まるで事態を飲み込めないでいた。
「私は……悪い夢を見ているのでしょうか……」
「いや、俺も同じ心境だぜサーラちゃん。火の精霊であるサラマンデルが火に焼かれるとか、誰が想像できたよ」
「シレーヌが、シレーヌが……」
最初にパートナーを倒されたサーラは、顔に涙の跡が残ったままである。
フォイアも泣いてこそいないが、ずっと共に戦ってきた相棒を消し飛ばされたショックは大きいのか沈痛な面持ちだ。
ベルナルドの前でも物怖じしないワーテルも、今や失ったパートナーの名前をぼやくだけになってしまっている。
「けど、真面目な話どうするんだ? 精霊を爆散させるような化物だぜ……?」
「こちらは七人の精霊を撃破され、向こうは傷一つ負っていない。戦力差は圧倒的です。我々もフルール殿にお力を受け渡してしまっておりますし、もはや戦えませんな」
「しかし、それでも引き下がる事は出来ないでしょう。この後ろには、我々が護るべきものが控えています」
つい先程パートナーを爆散させられたばかりだというのに、ブリッツは冷静に今後の事を口にする。
何せ敵は待っていてくれないのだ。彼自身パートナーを想えば嘆きもしたかったが、それを後回しにするくらいの矜持はあった。
最年長者にして実質的なまとめ役スエロも現状を冷静に分析し、リヒトはそれでも諦めないと立ち上がる。
「残るは木の精霊フルールのみ、彼女に全てを賭けるか?」
「任せて。フルールならきっとやってくれる」
ソンブルがラニアに話を振ると、ラニアはフルールに全幅の信頼を寄せた言葉を贈る。
(い、いやいやいや! 無理! 無理に決まってます!)
しかし、全てを託されたフルールとしては気が気ではなかった。何せ『仲間の精霊の攻撃の余波』ですら、凌ぐのが精一杯だったのだ。
そんな精霊をもあっさり撃破して見せる相手の攻撃など、まともに受けられるハズが無い。耐えられるのも秒単位だろう。
今や『自信のあった護り』など影も形も無い。おそらくリチェルカーレが本腰を入れて攻撃を撃ち込んで来たら間違いなく諸共に消し飛ばされる。
そう確信しながらも、バリアを解くわけにはいかない。何もしなかったらそれこそ自分達どころではない被害が発生してしまう。
コツ、コツ、と静寂に満ちた広場をリチェルカーレが歩いてくる。一歩、一歩、それがまるでカウントダウンのようにすら思える。
フルールはさらに力を絞り出し、他の精霊達と同じような『力の化身』とも言える姿へと変貌し、出力をさらに強化する。
何者も通さない。この先にある王城は何としてでも守り切る。この上ない拒絶の意思を込め、自分史上最硬のバリアを作り上げた。
「ふふ、そのやる気……買おうじゃないか」




