434:覚醒の条件
気が付けば、レミアは真っ白な空間の中に一人で佇んでいた。
そこは不思議な場所であり、地面など存在しないはずなのに浮遊している訳でもなく、地に足が付いたかのような感触がある。
何故か何も衣服を纏っていない状態であり、一瞬恥ずかしがったものの周りに誰も居ないため開き直った。
(ここは一体……。私はどうなって……?)
レミアは思い返す。フラフラの状態でソウヤを挑発し、大きめの一発を撃たせたのだ。
それをシルヴァリアスの剣でガードするも砕かれてしまい、鎧までもが耐えきれずに砕け――と言う所で途切れている。
(そうか。私は耐えきれずに死んでしまっ――)
『まだ死んでないわよ! とは言え、もうすぐ死ぬ程度には瀕死だけどね』
「!」
レミアの眼前に現れる光の球体。声からして、それがシルヴァリアスであると分かった。
『私もここに至ってようやく分かったわ。レミアが私の力をフルに発揮するために必要だった事。それは、貴方が瀕死になる事よ』
「思い返してみれば、貴方を手にしてからの私は危機的状況に陥る事がありませんでしたね。さすらいの風が壊滅した日も、私は団長に庇われ敵も撤退した事で、結果として私自身は危機に陥っていなかった……」
さすらいの風というパーティとしては最大の危機であったであろう。しかし、個人としては精神的な疲労こそあれど五体満足の状況で終わっている。
それ以降、レミアは冒険者という立場から退き、各地を転々として辺境の国の騎士団へ入るも、そこでの戦いの日々は彼女にとっては緩いものでしかなかった。
竜一のパーティ『流離人』に加入後も、彼女を苦労させるそこそこ強い敵は居たかもしれないが、絶体絶命の危機に追い込まれる程の相手は居なかった。
『私達『ギフト』の力をフルに発揮するためには、ブロンズィードと同じく融合が必要。そのためには、貴方が瀕死になり『生かすために私の力が必要な状態』にしなければならなかった。貴方自身の力が弱った状態でないと、私の力は異物と認識されて上手く馴染めないから……』
「誰にも苦戦しないようにと思って戦ってきましたが、苦戦しなかった事が仇となってしまうとは――。今思い返せば、それは弱い相手としか戦ってこなかったのと同義。経験が溜まるはずもありませんか」
『レミア、これで貴方は人間をやめる事になる。拒否したら貴方は助からないし、私は貴方を絶対助けるつもりだから、選択の余地は与えないわ。だから、今のうちに腹をくくりなさい』
「え? えぇ……それは別に良いのですが……」
レミアが何か言おうとするが、その前に光の球体――シルヴァリアスがレミアの体内に入り込んでしまった。
「あ、ちょっと……。ふぁっ!? あっ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
レミアにとってはどう表現して良いのかわからない、体の芯の奥から快楽が駆け巡るような……端的に言って『凄く気持ちいい』状態に戸惑う。
お堅い彼女は『そういう事』をほとんどやってこなかったため、このような感覚はほぼ初めてと言っても良かった。未知の快感が、彼女を新しい世界へと誘う。
◆
一方、リチェルカーレのバリアに守られながら見学していた竜一達は、ソウヤの一撃による惨状を目の当たりにしていた。
ソウヤを中心にして巨大なクレーターが形成されており、ある一角だけVの字状に地面が残されている。
「おいおい、レミアの奴……。全身ボロボロじゃないか。ってか、鎧どころか服までも消し飛んでるぞ」
「いや、むしろ何であの攻撃を受けて立っていられるのよ。レミアさん、鎧以上に頑丈ね……」
「立ってはいますけど意識を失ってるようです。受けたダメージは深刻と見て間違いないと思います」
「となりますと、レミア様の試練はどうなるのでしょうか……?」
「大丈夫さ。むしろソウヤはこのような状況を早く作りたかったように思える」
レミアは剣をシールド代わりに前方で構えた姿勢のままボロボロになっておるが、その手には既に剣は握られていない。
鎧は既に破壊されその下に纏っていた衣服も消し飛んでいるため裸身である。しかし、少なくないダメージのためか卑猥さを感じるような姿ではなくなっている。
「確かにキミの言った通りではあるんだけどさ、こうもあっさりノーダメージで防がれちゃうのも凹まされるよ。レミアお姉ちゃんがあんなボロボロになってるのに、疲労感すらなく涼しい顔で防ぎきるキミは一体何なんだい……?」
そして、攻撃を放ったソウヤも重装甲の鎧をドスドスと鳴らしながら、見学していた皆の所まで歩いてきていた。
「賢者ローゼステリアの一番弟子。それで御納得頂けるかい?」
「あー、世間的には過去の人になってる『伝説』だね。僕も『さすらいの風』の一員となって、世間一般では知られていない裏の事情を教えてもらっていなかったら失笑してた所だよ。まさか賢者本人も弟子達も全員密かに健在だったなんて驚きだよね」
「対外的には長寿命のエルフ、アルヴィだけが健在って事にしてるからね。あの子にばかり厄介事を押し付けて本当に申し訳なく思ってるよ」
「僕もアルヴィース様にはお会いした事があるけど、皆に向けた笑顔に疲労感が滲み出ていたのはそれが理由だったんだ……」
ソウヤも会話に加わった辺りで、カッと目を焼くような激しい光が放たれる。竜一が薄目で光源を見ると、それはレミアから発せられたものであるようだ。
「やれやれ、ようやくかぁ。お膳立てには苦労したよ。と言うか、最初からこうしてれば良かったのかな……」
「試練の仕上げって所かい?」
「あぁ。これでレミアお姉ちゃんは至ったはずだからね。後は僕が――」
・・・・・
ふと全身を襲っていた快楽が止んだかと思うと、眩いばかりの光に包まれていた。
気が付いた時には、大きく地面が抉れ、周りの障害物が消し飛んだ荒地を視界に映していた。
「……どうやら、帰ってきたみたいですね」
レミアは右手を開いたり閉じたりしてみる。その際に見た自身の右手は傷一つ無く、手首も輝く銀色の装甲に包まれている。
今の彼女はかつて以上に洗練された銀色の鎧に身を包み、髪の色も瞳の色も銀色に染まっており、内側から溢れる力が目に見えたオーラとなって立ち昇っていた。
レミア自身はその姿を見る事は出来なかったが、肉体はすっかり痛みもなくなっており、己の中で荒れ狂う凄まじい力が解放されたがっているのを感じた。
「これが、次のステージ――」
右手にシルヴァリアスの剣を構える。見た目にはそう変化が無いように思えるが、刀身の内に宿る力の量が段違い。
リチェルカーレと会話していたソウヤもレミアの復活に気付き、重装甲を揺らして彼女の方へ歩いてくる。
「おめでとうレミアお姉ちゃん。どうやら『至った』みたいだね。それじゃあ最後の仕上げだ。この僕を――」
と、口にした瞬間の事だった。いきなりレミアの姿が消えた。
「ありがとうございます。おかげで至れました」
いつの間にかソウヤの背後に回っていたレミアがお礼を口にする。直後、ソウヤの重装甲に幾本もの光の筋が走った。
「え゛ぇっ!? 嘘でしょ?」
あれほど堅牢だったブロンズィ-ドが、一瞬にして細切れとなってしまった。
レミアの斬撃を全く受け付けなかったはずの装甲が、着用者が気が付かぬ間に容易く斬り裂かれていた。
シルヴァリアスの覚醒は、それを可能とする程にレミアの動きも攻撃力も強化させていた。
ソウヤからすれば、いつどのように斬られたのかすら視認できない程の速度。
一方のレミアにしてみれば、軽くすれ違いざまに斬れるだけ斬った程度の軽い慣らしのつもり。
互いに覚醒した状態で相対した場合、これ程までに『使い手』の側に差があったのだ。
破片となってしまったブロンズィードは、この状態から再び一つにまとまって鎧を形作る事が出来なかった。
出来る事と言えば、破片の状態から元の『力の塊』に戻る事であったが、その過程でどうしても起きてしまう事があった。
戻るためには、破片となっている現在の状態を完全に破壊してしまう必要がある。つまり、それは――
ちゅどーん!
「こんなオチ、嫌だぁーっ!」




