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430:工房の主

「失礼致します」


 レミアが先頭で扉を開いて、中の人物に挨拶する。続けて俺達も一声出して室内へ。


「やぁ、そろそろ来る頃だと思っていたよ。久しぶりだね、レミアお姉ちゃん」


 玄関に立っていた声の主は予想通り少年だった。おそらくは高校生にも至っていないだろう。

 茶色のフワフワした髪が印象的で、柔和そうな雰囲気。見た目だけなら、荒事とは全く無縁そうに見える。

 額にはゴーグルを装着しており、そこそこ使い込まれていそうな前掛けを装着していた。


「突然の来訪申し訳ない。私はレミア・ヴィント・ヘルムヴァンダンと申します。シルヴァリアスと言った方が分かりやすいでしょうか……。どうか、家の主に私が来た事をお伝えして頂きたく」


 レミアはかつての仲間に取り次いでもらおうと挨拶をするが、もしかして……気付いていないのか?

 さすがにこれは、いま初めてこの少年と対面したばかりの俺でも察しが付くぞ。


「……家の主に伝えればいいの?」

「えぇ、御父上に伝えて頂ければすぐに分かって頂ける事でしょう」

「でも僕には御父上なんて居ないよ?」

「え?」


 不思議そうな顔をするレミア。


「君が……いや、貴方が『主』当人なんでしょう?」

「へぇ」


 鈍いレミアに代わって俺が指摘すると、少年は不敵な笑みを浮かべる。


「初対面で見破ってくるとかやるじゃない、兄ちゃん」

「見破るも何も、最初にちゃんと挨拶してたじゃないか……」


 彼は『久しぶりだね、レミアお姉ちゃん』と口にしていた。それはようするにレミアと面識があるという事だ。

 来るタイミングも察していた。おそらくだが、何らかの手法で俺達の接近を見ていたのかもしれない。


「そうそう、ちゃんと挨拶してたのにね。気付かずにスルーしちゃう辺り本当にレミアお姉ちゃんはニブチンなんだから。肩を並べて共に戦っていた戦友を忘れるとか酷いよ」

「そ、それはおかしいです! 貴方は確かに少年でしたが、それは当時の話でしょう! どうして年月が経過した今も当時のままの姿なのですか!?」


 なるほど。当時の姿を知っていたからこそのトラップに引っかかってしまったという訳か。あれから成長しているに違いないと思い込んでいたようだ。

 レミアは自分達の世界がどういう世界なのかを失念しているようだな。ル・マリオンは魔術と言う概念が存在し、リチェルカーレみたく寿命を超越する存在が居る世界だぞ?

 違う世界から来た俺の方がこの世界の異常性をしっかり認識しているってどういう状況だよ。現地人からすれば魔術が当たり前過ぎて異常性を忘れてるのか?


 まぁ、当たり前すぎて忘れる気持ちはよく分かるぞ。意外にも自分の故郷の名所や名産品とかって失念していたりするもんだ。

 テレビ番組とかで『○○弁』とか言って、俺の地元で使われているという方言を紹介されても、地元民である俺に心当たりがなかったりな。


「……ま、とにかく入口にみんな立たせっぱなしなのも悪いし、奥の広間に入ってもらうとするよ」



 ・・・・・



 やはり狭いのは入り口のみで、奥の方はかなり広い造りになっていた。

 大きなテーブルが二つ並んでおり、周りに置かれている椅子の数からしてざっと二十人は座れるだろう。

 つまりこの建物は、それくらいの大人数を受け入れるだけの用意がしてあるという事になる。


 奥の方を見ると武器や防具、服飾や魔術道具と言った様々な装備品のサンプルが壁にかけてあったりスタンドに立ててあったりする。

 机の上には大小さまざまな工具や、魔術を用いて駆動する機械らしきものも何点か備え付けてあるようだ。


「ようこそ僕の『工房』へ! 見ての通り、ジャンルを問わず色々な物を作る事に挑戦しているよ」


 両手を広げて見てくれとばかりに建物の内部を紹介する工房の主……そういやまだ肝心の名前を聞いていなかったな。


「僕はソウヤ・ヴィント・ヘルムヴァンダン。元『さすらいの風』一員にしてギフト『ブロンズィード』に選ばれし者だよ」


 確か『さすらいの風』はリーダーの意向で『家族』であるとされていたんだったな。

 で、異邦人の知り合いからチーム名に肖った『ヴィント・ヘルムヴァンダン』という呼称を頂いたんだったか。

 だからレミア同様、ソウヤも同じ苗字を名乗る。実際の姉弟という訳ではないが、チーム内では姉弟。


「俺は刑部竜一。召喚によってこの世界に招かれた異邦人で、今は『流離人』という冒険者パーティのリーダーをやらせてもらっている」

「今の私はリューイチのパーティ『流離人』メンバーとして参加させてもらっています。不覚にも長い間沈んでしまっていましたが、幸いにも再び立ち上がる事が出来ましたので……」

「……立ち上がる事が出来ましたので? で、どうするつもりなの?」


 レミアの話を遮るようにしてソウヤが言葉を挟む。同時に、見た目少年とは思えない鋭い殺気を放つ。


「仇を取ります。私はあの時以上に強くなって、必ずあの者――真の魔族を討ち取ります」

「あははははははは! 討ち取るだって? 五人がかりでボロクソにされた、あのとんでもない奴を?」


 殺気にも負けず決意を語るが、それを聞いたソウヤは笑い出した。


「馬鹿じゃないの!? あんなのに勝てるわけないでしょ。あんな、あんな……あああああああああああああああ!!!」


 と思ったら、今度は発狂したぞ。おいおい、大丈夫か……?


「くっ、あの時の事がトラウマになってしまったとは聞いていましたが、これは予想以上ですね」

「やや強引ではありますが鎮静しましょう」


 エレナがソウヤを法力で包み込むと、そのままとろんとした顔つきになり、眠りに落ちてしまった。


「あの時の会敵で二人が早々に殺され、リーダーは私を庇って亡くなり、ソウヤは一撃で気絶させられ、私はリーダーに庇われ下敷きになった状態のままで見逃されました。その後、目覚めたソウヤは凄惨な光景を目の当たりにしても起きた現実を受け入れられず、発狂してしまったんです。私も恐怖が身体に刻み込まれてしまいましたが、ソウヤはまだ少年の身……私とは比べ物にならない負担だったでしょうね」


 以前に聞いた話だと、その後生き残った二人は保護され、仲間を埋葬してもらってから治療を受けたんだったか。


「助けられておきなが厚かましいかもと思ったのですが、仲間達の埋葬はリーダーのギフトが発見されたこの地へお願いしました。この地が『さすらいの風』の真の始まりでしたから」


 レミアはともかくソウヤの状態が酷かった事、回収された仲間達の遺体が無残な状態であった事、そしてクラティアの地がそんなに遠く無かった事。

 それらの要素が重なった事から事情を汲んでもらえる事となり、彼らの素性なども深く聞かずに葬儀まで手配して貰えたという。


「当時もさっき見てもらったような状態であったために、ソウヤを連れて再び旅立つ事は不可能だと判断し、私一人で出立しましたが……。まさか時を経て再会してからもフラッシュバックするとは――」

「けど、さっきのアレは自爆としか言えないんじゃないか? どうするつもりかを聞いたら、そういう答えが返ってくる事くらい予想が付きそうなものなんだが」


 トラウマとして刻まれているくらいだから、聞きたくないワードに繋がるような言葉をわざわざ自分から発するような事はしないはずだ。

 それどころか、必死で話題を逸らそうとするだろう。それでも、あえてレミアに対して『何をするつもりか』を聞きに言ったかのように感じる。

 ソウヤの意図は何だ? 発狂してしまうくらい嫌な思いをさせられるのを承知で、何故自分達を滅ぼした敵の事を話させた……?

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