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428:変身能力の応用

「手段を選んでいられないのは貴方もよ、ハル。かつては邪悪な組織に所属し変身能力を悪事に使っていた事で、現在は使う事を躊躇いがちだと聞いているけど……。そのままじゃダメだって事は分かるわよね?」

「えぇ、正直言って自分は皆さんと比べたらまだまだ弱い。なので、先程の戦いの時のように変身に関しては使うようにしています。問題は、これからこの能力をどう使っていくかだと思うから――」

「割り切れているならいいわ。後はさらなる可能性を模索していくべきだとは思うけど……ねぇ、貴方はこういう事が出来るのかしら?」


 そう言ってアリムは右手の肘から先だけをモコモコの毛が生えた獣のような手に変化させてみせた。


「いわゆる部分変身ってやつね。私は魔力を変質させてこうしてるから、貴方がどういう原理で変身してるかは分からないわ。でも、さっきの戦いも丸々私になってしまうよりも、適切に一部分だけ変身して使ってみるとかアリじゃないかと思うのよ」

「部分……変身……」


 アリムはさらに左手の肘から先だけを鱗や鰭の付いた魚のような特徴を持つ腕に変化させてみせる。


「こういう芸当も出来るわよ。いわゆるキメラってやつね。一人で同時に何種類もの特性を再現してみるのも面白いと思うわ」

「そ、そんな発想……考えた事も無かったわ……。一部分だけの変身とか、部分ごとに違う変身とか、どうして今まで全く思い至らなかったのかしら」


 かつて『邪悪なる勇者達(エビルブレイバーズ)』に所属していた頃、基本的にハルは誰かの姿を借りてターゲット陣営に潜り込むと言う潜入任務を主としていた。

 そのため、変身によって全身の姿を変える事が当たり前になり過ぎていて、一部分だけを変化させて戦闘に用いるなどの応用を考えた事が無かった。

 アリムの発想を試したくなったハルは、早速目を閉じて変化の分かりやすいモンスターの姿をイメージするが……周りから「げっ」とか「きゃあ」とか悲鳴が聞こえてきた。

 目を開けると、自身の視点が高くなっており、手のみならず胴体や足までもが変わってしまっていた。筋肉質な巨躯が特徴のオーガの姿だ。

 そこへリチェルカーレが魔術か何かで円形状の物体を構成し、ハルへ見せてくる。それはどうやら鏡として機能するらしく、ハルは鏡を覗き込んで絶句した。


「……なにこれ」


 なんと、顔だけは元のままだったのだ。首から下は屈強なオーガの肉体に変わっているのに、顔の部分だけ人間サイズのまま。

 当然の事ながら非常にバランスが悪く造型も歪であった。異様に大きな肩幅に小さな頭と言う構図は、もはや存在がギャグと化している。

 そんな自身の姿を見て、急激に恥ずかしさを感じてしまうハル。やらかしてから間を置いた事で、羞恥心が一気に襲い掛かってきた。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「落ち着きなさい。変身させたい部位を集中的に思い浮かべてそこへ力をまとめるのよ」


 ハルは悲鳴を上げてる場合じゃないと思い直し、アリムのアドバイスに従って右手を主体にして改めて変身を構築していく。

 すると手足や胴体、左手が元のハルの姿へ戻っていく。そして、右腕のみオーガの状態のままで維持された姿――つまり想定する姿になれた。


「とは言え、右腕だけが異様にデカいのはクリーチャー感あるよな。有名なホラーゲームでそんなボス居たような気がする」


 竜一は頭の中でホラーゲームのボスキャラを思い浮かべた。「確か肩の部分に大きな目が付いていたっけなー」とかぼやいている。


「クリーチャー言うな。分かりやすく見せるためにオーガを選んでみたけど、失敗だったわ……」

「何に変身するかはハルに任せるけど、とにかくそんな感じで部位ごとに使い分ければ良いキメラが作れると思うわ。剣技はレミア、魔術はリチェルカーレ、法術はエレナ、技術はセリン――そんな怪物になれるかもしれない」

「そんな都合良くいくのかしら……」

「それこそ一動作数時間ってくらいみっちり練習しなさい。相手の全てを真似ようなんて思わなくていいのよ。必要な部分を繋ぎ合わせて独自の戦術を組み立てなさい。後は話術も交えて言葉で相手を翻弄するのもアリだわ」


 アリムの指摘は、どうせ変身能力を使うならとことん使い倒せとばかりの実用的なものだった。

 単に変身してその存在の身体能力と自分の技術を合わせるのみならず、変身した存在の一動作でもいいから完全に真似て己の戦術に取り込む。

 せっかく別の存在になり切るのだから、その存在の強みを活かさないのは実に勿体ない。ハルもそれを指摘されて目から鱗だった。


「凄いわアリムさん。流離人に加わったばかりなのに、ちょっと話を聞いて少し戦っただけで、すぐに皆にアドバイス出来るだけの事が出来るなんて」

「次期ヴリコラカスの統治者となるべく、人をしっかり見るようには言われてるのよ。ただ、貴方達と初対面の時は『人間』を同じ人として見ていなかったわ。そこは本当にごめんなさい」


 深々と頭を下げるアリム。ハッキリと『初対面時は人間を思いっきり差別していた』と告白する。

 しかし、リチェルカーレに制裁され、竜一達とも話をした事で、人間とはどういうものであるのかを知って考え方を改めた。

 流離人には「本当に人間か?」と思うような怪しいラインの存在も居るが、そこを表に出すのは野暮であろう――



 ・・・・・



「さて、各々の課題も分かった所で目的地のクラティアに向けて出発しますか」


 俺達は現在アジラグラーヴという国に居る。地図で見るとこの国の下がクラティアになるから、少し南下するだけだ。

 確かヴァルゴ神殿という所が、レミアが所属していた『さすらいの風』の団長に適合したギフト『ゴルドリオン』が眠っていた地だったか。

 そこの近くに、亡くなった団長と他の仲間二人の墓が建てられ、存命している一人がそこへ留まって墓守をしているという話だ。


「私にとっては大きな転換点がある所だと思っています。良くも悪くも、決して避けられない『何か』が起きる気がします」


 それでレミアはアリムとの模擬戦で焦っているような感じが見受けられたのか。おそらく予感しているんだろう。

 今の自分のままでは乗り越えられないような試練が待っているのだと。だが、このままではぶっつけ本番でさらなる高みへと駆け上らなければならない。

 土壇場での覚醒による逆転はロマンだが、言い換えれば練習も何もない状態でいきなり目覚めた新たな力を振るわなければいけないと言う事だ。

 相手の力量にもよるが、場合によっては『付け焼き刃』と断じられてあっさり対処されてしまう事だってあり得る訳で、決してメリットばかりではない。

 有名アニメの悪役も、習得したばかりの新変身を使って相手のパワーを上回ったはいいが、持続力が無い弱点を把握しておらず最後は負けたしな。


「……ですから、そこまでの道中も可能な限り修行は続けていくつもりです。最初から土壇場の覚醒に期待するのは違いますし」

「それは私も同様です。クラティアの後に訪れるレリジオーネは私にとっての試練の地。そこへ至るまでに可能な限り突き詰めておきたいです」


 直接の試練が待っているであろう二人以外の女性陣も、アリムに痛い所を指摘された事を気にしてるのか、同じように決意に満ちた表情を見せている。

 いや、他人事じゃない。俺とてリチェルカーレをはじめとする女性陣には劣っている部分が多い。最近ようやく自覚出来た、己の中に眠る大きなパワーを活かせるように特訓せねば。

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