427:アリムの総括
「それじゃ、頂きまーす」
アリムがカプッとハルの腕に噛みついて血を啜る。
先程竜一の血を浴びて全身がボロボロになったアリムだが、迅速なエレナの治療ですっかり元通り。
そして、当初の宣言通りアリムを退けられなかったハルは要求を受け入れる事になった。
「あっ」
不覚にも心地良さを感じてしまったのか、ハルが声を漏らす。
「……確かに美味しいわ。以前に飲ませてもらった一般血液パックとは比べ物にならないくらい。でも――」
アリムが竜一に飛びつこうとしてきたため、彼はとっさに召喚した銃を額にゴリッと押し当てる。
「痛゛っ。な、なにすんのよ!」
「また俺の血を吸いたくなったってんだろ? 猛毒だってのに何で衝動が湧いてくるんだよ」
「仕方ないじゃない! 超絶なまでに美味しいんだから……。猛毒なのに、猛毒なのに!」
竜一の今の身体は精霊姫ミネルヴァによって作られたもので、それ故に彼女の力そのもの――言わば、聖性の塊のような物と化している。
そのため、魔や闇と言った正反対の属性に該当する者にとっては極めて猛毒である。しかし、そこに美味たる異邦人の魂が合わさってえも言われぬ美味さに化けてしまった。
竜一自身では己の血肉の味など分からないが、少なくとも彼の血肉を喰らった者達に凄まじい影響が出ている事からしても、それは間違いない。
「あー、もどかしいわね! ハルの血も美味しいには間違いないんだけど、もうそれじゃ満足できない身体になってしまったじゃない!」
「血を美味しいと言われてもピンと来ないのに、それでも自分よりさらに美味しいものがあるなんて言われるとモヤモヤするわ」
そうぼやきながら、ハルはアリムが刺した牙の傷から滲み出る血を指に付けて舐めてみるが、特に美味しいとは感じなかった。
「で、アリムはみんなと戦ってみて満足したか? 最後に俺とも戦ってみるか?」
「絶対に嫌。貴方を傷付けたりしたら、その度に致死性の猛毒が飛び散るのよ。私が圧倒的に不利過ぎるわ」
「そこは殴るとか蹴るでいいんじゃないか? 無理に斬ったり刺したりしなくても戦えるだろう」
「そうしたらそうしたで、貴方は自傷してでも血を浴びせようとしてくるでしょ。己を傷付けるのに一切躊躇わないって知ってるんだから」
「・・・・・」
「否定しなさいよ! 恐ろしいわね、全く」
・・・・・
「総括として言わせてもらうなら、みんな力自体は私には及ばないみたいね。こればかりは種族差によるものだから仕方が無いわ。でも、属性によってはその力量差を大きく覆す事も可能だと思い知らされたわ」
宿に併設された食事処で、アリムは皆と戦ってみた総括を述べていた。
まずビシィと指さされたのはエレナである。
「貴方は神官――出自もあって凄まじい程の力だったわ。リューイチの聖性はおかしいから省くとして、リチェルカーレに止められていなければ私を殺しきる事が出来ていた程の力。想像するに、これでもまだ完全には力を扱い切れていない……違うかしら?」
「残念ながら貴方の仰る通りです。私はまだアンティナートに眠る歴代教皇の力を全て引き出しきってはいません。私という器自体が、まだ全ての力を引き出して耐えられる程の域に達していないと言うのもありますが、このままでは来るべき決戦で後れを取ってしまいそうで」
「貴方が立ち向かう宿命についてはまた改めて聞くとして、さっき戦った感じだと『踏み込みが足りない』って感じがするわ」
「踏み込み……ですか?」
「何と言うか貴方、まだ『人間のまま』で何とかしようとしている気がするわ。これ以上の領域に踏み込もうとするなら、それこそ人を捨てるくらいの覚悟が必要よ」
「……っ」
その一言にエレナが言葉に詰まる。自身の最終的な敵となるである『偽者の聖女』が人を捨てた存在になっているかもしれないという話。
それを思い出して、エレナは相手と同じ領域に踏み込んでしまう事の恐ろしさを想像してしまった。人を捨てた相手に、果たして人のままで勝てるのか。
「言っては悪いけどそれは貴方もよ、レミア。貴方が使っているそのギフト――シルヴァリアスだっけ。おそらくだけど、全然満足してないんじゃない?」
「……痛い所を突きますね」
指摘が飛び火したレミアは苦々しい表情で一言を口にするのみ。
アリムの指摘は当たっている。何せ、まだシルヴァリアスの力を全然引き出しきれていないのだ。
世間一般基準では無双できる程の力でも、アリム相手には全く通じなかった。つまり、人知を超えるような相手と戦うには力不足。
ましてや、自身と同等かそれ以上の仲間達を諸共に殺害あるいは重傷を負わせた『真の魔族』に対しては到底届かない。
「貴方もエレナと同じ。とてつもなく強大な力を自身が受け入れる事で『変わってしまう事』を恐れているように感じられるわ」
「変わってしまう事……ですか。私は、もっとシルヴァリアスと向き合わなければならないようですね」
『そーよそーよ! 私が直接使い手に力の使い方は教えられないように制限が掛かってるから、レミアが頑張るのよ!」
シルヴァリアスの声は基本的に使い手にしか聞こえない――ただし竜一は例外として声を聴く事が出来る――ため、レミアは心の内で返事をしておいた。
「で、セリンさん。貴方は気配遮断能力に頼り過ぎ。あの化け物メイド――あだっ!?」
唐突に後頭部に拳骨を落とされたかのような衝撃――いや、実際フォル・エンデットが一瞬だけ顕現して拳を叩き込んだのだが。
「と、とにかくあの人くらいの精度があれば話は別だけど、貴方はまず自身の魔力を大きく伸ばすための努力をなさい。私がパッと見た限りだけど、貴方の力は何処か不可解な――っっ!?」
セリンにアドバイスをしようと思って疑問に思った事を口にしようとしたが、突如セリンの目が赤く輝き、悪鬼羅刹の如き憤怒を見せてアリムを睨みつけた。
そのあまりの殺意と強大な力に、アリムでそらゾッとするものを感じ、思わず口を閉じてしまう。アリムはそれで察してしまった。
(ようするに「言及するな」って事ね……。今の感覚からすると、あの子の中に別の『何か』が居るわね。しかも、あの子は全く自覚がないみたい)
気になる事は多々あるものの、先程の反応からしてこれ以上言及するのは自殺行為でしかないと判断し、話を逸らす。
「ところで、ルーは闇の精霊の大半を従える立場のようだけど、ナンバーワンの精霊さんとは契約できないのかしら?」
『生憎、我らが母たるお方はあまりにも偉大。我を筆頭とした闇の精霊全ての力を合わせた所で到底及ばぬ程の領域におられる方だ。いくら闇の大半を従える我らが主とて、偉大なる母を従えるには足りぬ』
『そうなんだよねー。ルーちゃんは精霊術師としては超一流だと思うんだけど、こればっかりはそういう問題じゃないからねー。私だけは他の子には従えないんだよ』
唐突に会話に混ざってきたのは、いつの間にかその場に現れていた人形の如くミニサイズの少女だった。
腰まで届くようなサラサラした黒髪にパッチリした目つき。髪色以上に黒いワンピースを身に纏う三頭身の姿は、明らかに人間のそれではない。
彼女は闇の精霊タルタ。竜一が契約する事になった八柱の精霊のうちの一柱であった。
「うぉ、タルタ。いつの間に……」
『マイマスターと私達はいつも繋がっているから、好きな時に現れる事が出来るんだよ。仕事で忙殺されていなければ……ね』
明るい声とは裏腹に、どこか遠い表情でぼやくタルタ。その表情はまるで仕事疲れのOLのよう。
(ルーは闇の精霊のナンバーワンだけは従えられない。そして今唐突に出てきた、ルーに従っていない闇の精霊……え? まさか、そういう事なの?)
アリムは察してしまった。ルーに従っていない闇の精霊は一人のみ。そして、目の前に従っていない闇の精霊が姿を現した。
消去法で、この目の前でふわふわと飛んでいる小さな少女型の精霊こそが闇の精霊のナンバーワン――つまり頂点の存在だという事になる。
(リューイチは、それを知った上で契約しているのかしら……? 色々な意味で恐ろしい人ね)




