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426:結局は他の人達とも

「くっ、さすがに『全ての闇を従えた』と言うのは伊達じゃないわね……。私も闇だから相性が悪すぎるわ」


 アリムは片膝を付いていた。対峙しているのは、己にヴェルンカストを融合させた状態のルーである。

 ルーは闇の精霊の中でもナンバー2の『邪神』ヴェルンカストと契約しており、後に彼以下全ての闇の精霊を支配下に置くに至った。

 その支配力は尋常では無く、既に他者と契約済の闇の精霊ですら、契約を書き換えて従わせる程が出来る程の強大なもの。


 魔族に近く、闇属性とも親和性の高い種族・ヴリコラカスの王女たるアリムは、その影響力を間近で恐ろしい程に感じていた。

 少しでも気を抜いたら心を持っていかれてしまう程の圧倒的な闇。精霊では無いから支配されずに済んでいるだけで、精霊だったらとっくに堕ちているだろう。

 並の人間なら狂ってしまうであろう闇そのもの。もはや闇の根源とでも称する程の深き闇に己を取り込ませながらも平静を保つルーの異常さが窺える。


「ありがとう。思い知らされたわ。この時点でもう『無理』ってわかってしまったもの」

「いいんですか? まだ私、融合してから何もしていないんですけど……」

「お願いだから何もしないで。何かされた時点で、私の闇なんて海に垂らした一滴のように儚く消え去る気がするわ」


 アリムは自身に突っかかってきた三人の相手をした後、見学していた竜一達にも組み手を求めた。

 分かり合うには拳を交わすのが一番――みたいな脳筋思考である。それで、アリムが最初に興味を示したのがルーだった。

 自身も闇に属する身であるためか、闇を統べると称される彼女に対して何か惹かれるものを感じたのであろう。


「じゃあ次、ハルとキオンね。後で血の味見をさせてもらうからよろしく」

「血っ!?」

「異邦人の血は美味しいらしいって聞いたのよね。楽しみだわ」

「誰からよ!? ってか、別に私はOKなんかしていないんだけど……」

「だったら抗ってみなさい。私を退けて拒否すればいいわ」

「くっ……」


 異邦人の血に対する興味もあり、次はハルの方に意識が向けられた。

 ハルとしては見学していた時から次元の違いを察していたのでなるべくなら正面から戦いたくはない相手である。

 このパーティでは弱い部類なので強くはなりたいという想いを持つハルであったが、さすがにこの時点でアリムの相手はステップを飛ばし過ぎだった。


(今の私でアリムさんのような人を相手するには……。賭けになるけど、試すしかないわね)


 ハルは自分の中で思い当たる節を見つけ、腹をくくった。


「キオンとのタッグで良いのよね? あと、どんな能力を使うのも自由って事で良いかしら?」

「かまわないわ。他の皆と同じように全力で来なさい」

「……わかりました。じゃあ早速」


 ハルが取った手段は――変身。アリムが強大であるならば、アリムになってしまえば良いのだ。

 以前オーガに変身した際は身体能力もオーガそのものになった。それでいて、自身が使える魔術も行使する事が出来た。

 つまり、相手の身体能力を手に入れると同時、自身の魔術も使えるというハイブリッドな存在となるのだ。


 その一方で弱点も存在する。それは知識や経験が自分依存になるため、元の体の持ち主が高度な術や技を使えてもそれを真似できない。

 今回の場合で言うと、アリムの身体を手に入れたからと言って、アリムの術や技が必ずしも使いこなせるとは限らないと言う事だ。

 例えば、身体を粉末状にして改めて再生できる死者の王に変身したとして、身体を粉末状にして元に戻すやり方を知らなければどうしようもない。


(それでも、身体能力が同じなら足掻ける……。キオンと協力すれば、何とか!)

「キョオォォォォォォォ!!!」


 キオンは最初からフルパワーの巨大化形態となり、猪の如くアリムに向かって突撃する。


「ふふ、その力強さ……素敵だわ」


 しかし、片手で軽く頭を抑えられただけで止められてしまう。その瞬間にハルが追撃しようと飛び出すが――


「ひゃあ!?」


 アリムの身体能力を考慮していなかったのか、信じられない速度で飛び出してしまい、アリムの居た位置を軽く通り越してしまう。


「私の身体の乗り心地は如何かしら? 勝手の違う肉体をすぐ上手く動かせるようにはならないわよ」


 アリムはそれをわかっていたのか、自身と同じ身体能力を手に入れた相手にも動じない。

 ハルは何とか動きにブレーキをかけ、先程の経験を基に力加減を調整してアリムに対して攻撃を仕掛ける。


「やるじゃない。私の身体能力でよくそこまで動かせるわね」


 キオンを受け止めていた右手から魔力を放って、そのままキオンを弾き飛ばす。

 アリムに変身したハルの拳を、改めて空いた右手で受け止める。

 ぶつかり合った手と手から凄まじい音と共に衝撃波が放たれ、円周状に暴風が吹き荒れる。


「さすがは私、手がヒリヒリするわ。でも――」


 その直後、ハルの腹部を境目に肉体の上下が分かたれてしまう。アリムが左手の手刀で両断したのだ。

 本来のハルであったのならば間違いなく死ぬダメージ。しかし今は生命力が強く再生能力の高いアリムの肉体に変身している。

 身体を両断された大ダメージでも死なず、再生によって元通りに戻れる――のだが、ハルには一つ誤算があった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」


 そう。身体を両断されると言う事は、それにより尋常ではない痛みが生じると言う事である。

 普通の人間ならばあっさり死んで痛みを感じる間も無いような損傷でも死ねない。それはつまり、痛みを体感する時間が長引く事に他ならない。

 身体は再生する。だが身体を切断された痛みは消せない。いや、消せる方法はあるのだがそれをハルが実行するのは不可能。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」


 痛みに悶絶して地面を転がるハル。アリムの再生能力なので元に戻るまでそう時間はかからなかったが、先程味わった感覚は消えない。

 そこへ至ってようやくハルは思い知る。不死性を利用して自身の身体を犠牲にして戦うような真似は『狂っている』のだと。

 少し前にエレナの聖性で全身を焼かれた上、体中を穴だらけにされたアリムは、想像を絶するような痛みを体感しながらも表面的に涼しい顔でやり過ごしていただけだった。

 それがどれ程に大変な事なのか、今のハルは痛感している。ハルは、自身なら間違いなくこんな痛みを涼しい顔で我慢出来るとは思えないからだ。

 実際、今の彼女は身体を切断された痛みだけで悶絶してしまっている。とても平常心で何でもないかの如く装うなど無理だった。


「自分自身の醜い様子を見ると言うのも奇妙な感覚ね。でも分かったでしょう? 人外を真似すると言うのは、大変よ」


 再生したばかりのハルに対し、ダメ押しとばかりに手を振るって斬り裂き攻撃を仕掛ける――


「ちょっと待て、もうハルは限界だろ――」


 竜一が二人の戦いに割って入り、アリムの攻撃はハルの代わりに竜一の手足を千切り飛ばす事となってしまった。

 間近でそのような事をしてしまったため、勢いよく噴き出した竜一の血が少なからずアリムに降りかかる。


「イヤあああああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 血を吸っただけで己の身体の一部が崩壊して元に戻らなくなる程に特濃な聖性が宿る竜一の血を浴びる。

 それはアリムにとっては劇薬の豪雨を全身で受け止めるに等しく、エレナの時とは比にならない痛みと苦しみに襲われる。

 全身を光の槍で貫かれながらも「死ぬかと思った」で済ませたアリムが、見栄も外聞も無く悶絶してしまった。


「エレナ! エレナ! 大変だ、早く来てくれー!」

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