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040:ずっとアタシのターン!

「確か、最初に仕掛けてきたのは……そこの精霊だったかな」


 リチェルカーレが最初のターゲットとして定めたのは、少年の姿をした緑色の精霊――ヴィントだった。


『そ、それがどうした! や、やるなら受けて立つぞ!』

「やれやれ、躾のなっていない精霊だ。これは主に責任を取ってもらわないとダメかな」


 右手の指先を小さな少女の精霊――フルールに護られている人間達の方へと向ける。


「や、やめろぉ! サーラには手を出すなっ!」


 すかさず射線上に割り入るヴィント。しかし、ここで彼は一つの失態を犯す。


「へぇ、キミの契約者はサーラというのかい。情報提供感謝するよ」

『しまっ――』


 守りたいという意志が先行する余り、つい契約者の名前を呼んでしまったのだ。

 そして、リチェルカーレは見逃さなかった。サーラという名を出された瞬間に反応を見せた女性の姿を。

 確信を得た瞬間、指先に魔力が収束し、ゴウッと凄まじい音を立てて魔術の竜巻が発生する。

 レーザーの如くサーラに向けて迫る竜巻の砲撃。当然ヴィントが割って入り、自身も竜巻を放出してそれを食い止める。

 拮抗する両者の風の魔術。ヴィントはさらに勢いを強めて、リチェルカーレの竜巻を押し返そうとする。


 ――しかし、そこでリチェルカーレから絶望が告げられる。


「今、アタシは指一本でこの竜巻を作り出している訳だけど、こうするとどうなるか解るかい?」


 現在、右手人差し指のみで打ち出している竜巻の魔術。そこへ右手中指も参戦する。

 人差し指の時と同じく魔力が収束し、中指からも人差し指と同等の竜巻の魔術が放たれた。

 重なり強大となった竜巻が、じわじわとヴィントを押し始める……。

 ヴィントはというと、両手を突き出し力を振り絞って現在の竜巻を作り出している状態。

 倍加した相手の竜巻に対し、自分も同じように二倍の力が出せるかと言うと、正直怪しい所であった。

 だが、四の五の言っている場合ではない。主を守るため、自身の命を削ってでも限界を超えた力を出そうと心に決める。

 そんな瞬間を狙ったかのように、リチェルカーレはさらなる絶望をヴィントへと告げる……。


「アタシはあと八本の指を残している。これがどういう意味か……解るかい?」


 魔術を放つ指に三本目――薬指も追加する。


「ほーら、もう一本。何処まで耐えられるかな」


 さらに小指と親指も立て続けに追加。目に見えて押され始めるヴィント。しかし、ここで踏ん張らなければ背後には人間達が――契約者であるサーラが居る。

 守るべき対象を背に、彼は全身をまばゆく発光させてさらなる力を引き出していく。人間の少年を模した姿が、明らかに異質な存在へと変わる。


「うぉっ、なんかすげぇ! まるで光そのものが人の形を取ってるみたいだ……」

「精霊はいわば『力が形を成した存在』だ。あの姿は、こちらの世界に適応した姿を捨てて力を表面化させた、まさに本来の精霊の姿と言える形態さ」


 形態を変化させて力が向上したのは確かなようで、先程まで二本指の魔術で押されていた状況が、五本指の魔術を押し返す状況へと変化した。

 今のヴィントは、ざっと先程の力と比べて五倍以上の出力を放っている事になる。だが、それほどの力を放出して副作用が無いという事はあり得ない。

 こちらの世界に適応した姿とは、いわば形態を維持するための姿。それを失った以上、彼を待ち受けているのは『消滅』という運命である。

 まるで液体が揮発していくかのように、彼の身体から少しずつ光の粒が舞い上がっていた……。


「やれやれ、じれったいね」


 リチェルカーレはいきなり左手も魔術攻撃に参加させる。しかも、左手の指一本とかではなく五本指全てだ。急に力が倍加された竜巻は、いとも容易くヴィントの全力を押し返していく。

 さすがにこの時点で命を削ってまでひねり出している力をさらに倍加させる真似など出来るはずもなく、ついにヴィントは竜巻に飲み込まれてしまう。


「おっと、五本指まで耐えたご褒美くらいはくれてやらないとね」


 竜巻の魔術がフルールのバリアに衝突する直前、その軌道が上方向に曲げられる。まるで竜巻がアッパーカットを放ったかのような軌道だった。

 幸い精霊の契約者である人間達は助かったが、ヴィントは竜巻に呑まれて上空へ巻き上げられてしまう。

 風の精霊が風に切り刻まれるという悪夢の光景に、フルールに護られた部隊長達はもちろん、他の精霊達ですら唖然とする。

 やがて落下し、地面に激突したヴィントは、幸か不幸か原形は留めており、ズタズタに切り裂かれてはいるが四肢はちゃんと繋がっている。

 加えて、異質だった『本来の精霊の姿』が元に戻り、最初に見た緑色の少年の姿となっていた。


「ヴィント! ヴィントオォォォォォ!」


 フルールの展開するバリアの内側から、透明の壁をガンガンと叩きながら泣き叫ぶ女性の姿。ヴィントの契約者、サーラだ。

 彼女の姿を目にしたヴィントは力なく笑んだかと思うと、誰にも聞こえないくらいの声で「ごめん」と謝罪し、その場からフッと姿を消してしまった。


「ほらそこ、ボサッとしてるんじゃないよ」

『ぐぬぅっ!?』


 リチェルカーレが軽く魔力の弾をぶつけたのは、ヴィントの敗北を前に呆けてしまっていた炎の精霊サラマンデルだ。


『サラマンデル! もう一度アレをやりますよ!』

『くっ、了解した!』


 水の精霊シレーヌが発破をかけ、もう一度火と水のコンビネーション魔術を仕掛けようとする。

 しかし、それよりも若干早いタイミングでリチェルカーレが魔術を打ち出したため、精霊達はそれを受け止めざるを得ない状況に陥ってしまう。


『ハッ、何かと思えば炎だと? この我を相手に炎を撃つとは愚かな……根こそぎ吸収してくれるわ!』


 サラマンデルは自身に向けて撃たれた魔術が炎だと解ると、ブレスで受け止めるのをやめ、吸収しようとその身をさらけ出す。

 精霊は基本的に自身と同属性の力を吸収し、己の力へと変える事が出来る性質を持っている……が、それはあくまでも相手が自身よりも弱い場合の話だ。

 つい先ほど風の精霊であるヴィントが風によって切り刻まれ退場したという事実がすっかり頭から抜け落ちているのか、サラマンデルは既に勝ったつもりになっていた。


 赤い炎をその身に浴び、内から滾るような力が湧いてくるのを実感し、受け止めた炎が上質である事を実感する。人間の感覚で言えば――美味しい、である。

 だが、その直後……サラマンデルの身を包む炎が青く変色したかと思うと、先程まで余裕だった態度が一転、苦痛にまみれたものへと変わる。


『う、ぐぉ……っ。こ、これは!?』


 全身を赤き炎に包んだ火の精霊が、青い炎によって焼かれているという異様な光景が広がる。

 サラマンデルはもがき苦しみ、地に倒れ伏し、挙句ゴロゴロと転げまわるという無様な姿を晒していた。


『そんな、青い炎だなんて、あれは……』

「おっと、他の事にかまけている暇なんてあるのかな?」


 対極の属性である火の精霊を毛嫌いしてはいるものの、サラマンデルという精霊の個の実力は認めていたシレーヌ。

 そんな者が容易く、しかも苦手とする水で倒されたのではなく、同じ炎によって焼かれるという光景はとても信じられなかった。

 この出来事が彼女を動揺させてしまい、リチェルカーレの放出する水の魔術に押され始めてしまう。

 ぶつかり合い飛び散る飛沫が、まるで暴風雨のような勢いでシレーヌを打ち付けるが、それに耐えつつ魔術を維持する。


『くぅっ……。あ、貴方は一体何者なのです……』

「さぁて、何者だと思う? それより忠告は二度目だよ、他の事にかまけている暇なんてあるのかな?」

『さっきからあなたは一体何を言っ――!!』


 異変に気付いた時には、既に何もかもが遅すぎた。シレーヌは指一つ身体が動かせない状況に陥っていた。

 と言うのも、リチェルカーレが二度目の忠告をした瞬間から、彼女の全身が一気に凍り付いたのだ。


「君は水飛沫を浴びていたけど一切気にする様子が無かった。それはおそらく、飛散した水飛沫は既にただの水となっていたから――と、思い込んでいたが故だろう」


 竜一達がスイフルのギルドで説明を受けた通り、一度魔力で現象を発現させると、その際に使われた魔力はその現象を発現するための燃料となるため、そこから別の属性には変化させる事が出来ない。

 属性内の性質変化も同様で、本来ならば一度水として放ってしまったものは水のままであり、氷を使いたければ氷として放たなければならず、水として放ったものを途中で氷に変化させる事は不可能とされている。

 しかし、あくまでもそれは一般的な界隈での話。魔術を極めた者達の領域ともなると、そんな常識は一切通用しなくなってくる。


「アタシはね、現象を発現させた後にも変化させる術を知っているんだ。君達精霊と同じようにね」


 精霊達は上位存在であり、本能レベルで自身の起こした現象を発現後にも自在に操る術を習得している。

 それ故に、まさか精霊以外の存在が自分達と同等の事をやってのけるなど頭になく、飛散した水飛沫に関しても全く警戒していなかった。

 ちゃんと警戒していれば、自身の水飛沫を操るなりして相手の水飛沫の付着を完全に防ぐ事も出来ていたに違いない。


「ふふ、氷漬けでは寒いだろう。アタシは優しいからね。ちゃんと溶かしてあげようじゃないか」


 リチェルカーレはシレーヌを魔力の輪で拘束すると、彼女を地面で転げ回っているサラマンデルに叩きつけ、同時に二人まとめて縛り上げてしまう。

 相反する属性の者同士がぴったりくっつけられた事により、凍り付いていたシレーヌは解凍され、燃え盛っていたサラマンデルの青い炎はなりを潜めていく。


『ぐあぁっ! 水の精霊を触れさせるな! 我が身体の炎が、消える……』

『熱っ! 炎の精霊に触れさせないでください! このままでは私、干からびて……』


 しかし、お互いを苛んでいたものが取り除かれたその先に待っているのは、相反する属性故の互いの削り合いだ。

 シレーヌの水がサラマンデルの根源たる炎までも掻き消していき、サラマンデルの炎がシレーヌの根源たる水を干上がらせていく。

 サラマンデルはただの黒ずんだ竜となり果て、シレーヌもまるで一気に加齢したかのような醜い姿へとなり果ててしまう。


「ふふ、そんな醜い姿を人前にさらすのも屈辱的だろう? 最後は君達に敬意を表して、火と水のコンビネーションをリスペクトしようじゃないか」


 指を鳴らすと共に、リチェルカーレの左右に二人のリチェルカーレが出現する。


「リチェルカーレ、参上!」

「同じくリチェルカーレ、参上!」

「二人共、やっておしまいっ!」

「「りょーかい!」」


 二人のリチェルカーレがシレーヌとサラマンデルを挟み込むようにして散開すると、中心部に向けて火の魔術と水の魔術を放った。

 先程自分がやられたコンビネーション魔術を、わざわざ分身を作ってまでそっくりそのまま再現してやり返したのだ。 

 火と水が衝突すると同時に大爆発が起き、渦中にいた精霊二人は一瞬にして消し飛び、その余波が辺り一面に吹き荒れる。


『くぅっ……。す、凄まじい力がぶつかってきます……』


 人間達を全力で護っているフルールにさらなる負担がかかる。小さな体の所々が裂け、出血している様は見ていて痛々しい。

 自身が張っているバリアにぶつかる強大な力が、間接的にフルールにもダメージを与えているのだ。

 契約者のラニアのみならず、他の部隊長もフルールに魔力を貸し、バリアの強化を図ると同時に治療も行う。

 精霊達ですら消し飛ぶ攻撃だ。この障壁が破られたら、人間など耐える事が出来ようはずもない。

 

 ――この苦境を乗り切るため、八人の人間と一人の精霊は心を一つにしていた。

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