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425:姿を見せぬ仲間

「はぁ、はぁ、はぁ……。し、死ぬかと思ったわよ」

「むしろそれで何で死んでいないんだ……?」


 アリムはつい先程までエレナと戦っており、光の槍による容赦のない雨あられの如き攻撃を受けていた。

 無数の光の槍が付きたてられたアリムの姿はまるでウニのようであり、もしそれが人間であったなら絶命は間違いない程の惨状であった。

 しかし、槍を消去されてからしばらく大の字になって寝ていただけで傷は塞がり、今はもう傷痕すら見当たらなくなっていた。


「エレナ、悔しいけど今回は貴方の勝ちよ。でも今に見ていなさい。魔が聖性を克服する様を見せつけてやるんだから」

「ふふ、その時を楽しみにしていますよ(あー、私ったら何をムキになってしまっているんでしょうか……)」


 リチェルカーレが止めなければ本当に死んでいたかもしれない程のダメージを受けてなお、アリムはエレナに敵対心を見せる事無く、さわやかに言葉を交わす。

 その余裕の態度に、エレナは内心で大人げなく全力でイヤガラセとも言える聖性の攻撃をしてしまった事を恥ずかしく思ってしまうのだった。


「それで、次は貴方が相手をしてくれると言う事で良いのかしら?」

「えぇ、私も能力がどれくらい通用するのかを確かめたいと思っていましたので――」


 セリンが右手にナイフを構えて姿勢を低くすると同時、アリムの思考に齟齬が生じ始めた。

 自身の存在すらも忘却させてしまう程の気配遮断によって、セリンという存在を認識できなくなってしまったアリムには、もはやセリンの姿を捉える事が出来ない。

 これは対象を選べるが、セリンは外部からの反応で動きを気付かれる事を避けたのか、見物している竜一達もその術中に含めて見えなくしてしまった。


「あら? 私は一体何をしていたのかしら。確か、エレナさんと戦った後は……」


 気配を断ったセリンは姿勢を低くした状態でサッと移動して最後に回るが、直後アリムの身体から紫色のオーラが放たれる。

 警戒しつつも背後から刺突を仕掛けるが、ナイフを突き立てる瞬間にセリンが身を引いた。同時にアリムが振り向きざまに裏拳を放っていた。


「っ……!」


 直撃は避けたものの、かすってはいたのか鼻血を噴き出してしまうセリン。

 同時に周りの目からも見えるようになり、セリンがアリムの背後に突然現れたかのように見えた。


「ふふ、どうやら『予感』を信じて良かったようですね」


 存在を忘却してしまっていたハズのセリンの不意打ちを見事防ぎ、得意顔のアリム。


「これは貴方達のような『気』の類とは少し違ってね、言わば『私自身』の一部をこういう形で広げたものになるわ。だから、これに触れた時点で『何か』が干渉してきたって分かるのよ。記憶がおかしくなった時点で警戒して正解だったわ」


 アリムはセリンを認識できなくなった時点で、少し前に何をしようとしていたのかを忘れてしまったが、その事自体をおかしいと考える事が出来た。

 何がおかしいのかは分からないが、おかしいと感じた時点で警戒をしておいた方がいい。それ故に、自分自身の範囲を広げて何か起こってもすぐ感知できるようにしていた。

 シャフタは長年の戦闘経験による勘でセリンの不意打ちを防いだが、アリムは本能的な用意周到さで不意打ちを防いで見せた。


 一方のセリンもアリムのオーラに刃が触れた瞬間に嫌な予感を感じ、シャフタの時の事を思い出して身を引いた事で直撃を避ける事が出来た。

 シャフタの際はまさか見破られるなどとは思っておらず、慢心していたが故に直撃を受けてしまったが、今回は最小限のダメージに抑える事が出来た。

 アリムの力で勢いをつけた裏拳ともなれば、もしまともに受けていたらセリンの頭が消し飛んでいた事だろう……。


「私の負けです。あれが今の私にできる精一杯ですので、お手上げです」


 セリンはあっさり負けを認める。彼女は他の者達のように『莫大な力による一発』をまだ持ち合わせていない。

 完全に気配を断っての不意打ちが通じないと思い知らされた以上、もう正面からはどう足掻いても勝つ事など出来ないだろう。


「良い心がけだわ。この私を不意打ちなんかでどうにか出来るとでも――え?」


 不意打ちを否定した途端、アリムの胸部から手が突き出てきた。その手には未だ鼓動する心臓が握られている。


「がはっ! ……どうして、私が不意を突かれてるのよ?」

「セリンの気配遮断はまだまだ途上。師たる私の手に掛かればこの通り、例えアリム様が相手であろうが、不意を突いてみせますとも」


 グシャッと握り潰される心臓。しかし、腕が引き抜かれると同時に再生が始まっていき、あっという間に元通りとなる。

 ヴリコラカスの生命力は非常に強く、心臓を砕かれていようが死なない。何せリチェルカーレに制裁された時は、心臓を刀に貫かれた上で何度も頭を砕かれていたのだ。

 それこそ粉微塵にでもしない限りは蘇ってきそうな程。だからこそ、組み手の名目でも当たったら死ぬような高威力の技をぶつける事が出来る。


「私はフォル・エンデットと申します。大姐(ダージェ)――リチェルカーレと同じく、賢者ローゼステリアの弟子の一人にして、現在はこちらのリューイチ様にお仕えする身です」

「こ、これはご丁寧に……ありがとうございます」


 洗練されたカーテシーでの一礼に、思わずアリムも同じ姿勢で返礼してしまう。


「そう言えば普段は姿を見せていない仲間が居る……って話があったわね。もしかして、貴方がそうなのかしら?」

『彼女だけではないぞ。我も普段は闇に潜んでいる』

「ひゃあ! 化け物!?」


 アリムと同じように、影からヌッと姿を現したのは濃密な闇を身に纏う骸骨。

 ホラーとしか思えない光景に、慣れていないアリムは思わず悲鳴を上げてしまった。


『……お主も世間的には化け物の類であろうに。まぁ良い、我はリチェルカーレ殿の眷属として仕える者だ。『死者の王』とでも呼んで頂こう』

「死者の王……いわゆるリッチね。リチェルカーレならこういうモンスターを従えていても不思議じゃ無いと感じるわ」

「一回死んでみるかい?」


 いつの間にかアリムの背後に現れていたリチェルカーレが、右手でアリムの頭をギュッと握る。


「え、遠慮させて頂くわ……って、痛い痛い痛い痛い!」

『一応、我も賢者ローゼステリアの弟子の一人でな。そちらのフォルは姉弟子にあたる。リチェルカーレ殿は我ら弟子達の長姉にあたる』

「はぁ、はぁ。ヴリコラカスの社会でも賢者ローゼステリアの噂くらいは聞いた事あるけど、弟子達は変わり者ばかりなのね」


 アリムはこの時点でまだ三人としか会った事はなかったが、他の弟子達も同様の変人なのだろうという妙な確信があった。

 これ以上口にして言うとリチェルカーレのみならず、他の人からも制裁されてしまう可能性があったので、うっかり口にしないように気を付けた。


「せっかくだし、母様――ローゼステリアの弟子達に挑戦してみるかい? キミは何人倒せるかな?」

「……一人も倒せなさそうなのでいいです」


 セリンの不意打ちを防いだアリムでも、フォルの不意打ちは防げなかった。あまりにも気配遮断の精度が違い過ぎた。

 見えない箇所からの攻撃を感知するセンサーにもなっているオーラにすら全くの無反応で、心臓を貫かれるまで気付く事すら出来なかった。

 そんな相手とまともに戦いが成立するとは思えなかった。何をするまでもなく一方的にやられるだろうなとアリムは悟っていた。


 死者の王に対しては、フォルに対するのとは別ベクトルのヤバさを感じ取っていた。

 リッチたる死者の王は『あらゆる死を統べる者』と称されたり『死と言う概念が形を成した者』と称されたりする程、とにかく『死』との縁が深い。

 アリムは死者の王を直視しただけで死んでしまうかのような底知れない恐怖を感じた。王は、間違いなくヴリコラカスを殺せる力を持つ。


「賢明だね。キミは確かにヴリコラカスという希少種族で、しかも王族だ。間違いなく世の中においては一握りの強者に入るだろう。けど、そんなキミでもまだまだ及ばない領域があるんだ。それを理解さえしてもらえれば、アタシもこれ以上は制裁がどうのこうの言わないつもりさ」

「もう逆らうつもりないわよ。私も『流離人』の一員になったからには、ちゃんとやらせてもらうつもりよ」

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