422:新たな加入者
「……と言う訳なんだが、どうにかならないか?」
俺は顔が崩壊したままのアリムを連れて、リチェルカーレの部屋へとやってきていた。
「えい」
俺達に目を向けて早々、ちゅどーん! とアリムの顔面が吹き飛ばされる。
「■■■■! ■■■■■■■■■!!!」
すぐに頭を再生させてリチェルカーレに怒鳴るアリムだったが、発せられるのは声になっていない音だけだった。
再生はしたが、俺の血を吸った影響で失われた部分は元に戻っていない。該当箇所を消し飛ばしたくらいでは消えない程の影響なのか。
「あー、こりゃあ魂そのものまで浸食されるレベルで影響受けてるね。言うなれば、アリムという存在そのものの設計図が変わってしまった感じか」
「つまり、アリムという存在は『最初からこういう形である』と認識されてるって事か。どうすりゃいいんだ?」
「安心するといい。こういう事なら、アタシよりもエレナの方が強い。歴代教皇の力も借りれば、一人くらい対処法を知ってるハズさ」
・・・・・
「……と言う訳で、リチェルカーレに言われてきたんだが、どうにかならないか?」
エレナは顔が崩壊した状態のアリムを見て一瞬ギョッとしたが、すぐに微笑んで出迎えてくれた。
「なるほど。リューイチさんの聖性によってアリムさんの魂の形が歪んでしまったと。早速ですが調べてみましょう」
エレナがアリムに向けて右手をかざし何やら呪文を唱えると、アリムの身体がパアァと発光し始める。
「アンティナート開放。この症状に合致する例は……と」
目を閉じて手を少しずつ移動させながら何やらブツブツつぶやいているが、おそらくアンティナートの中に眠る歴代教皇の知識を引き出しているのだろう。
さすがにこのままでは可哀想だから、一人くらいは同様の症状についての解決手段を知っていてくれればありがたいのだが。
「魂の損壊……修復……。えぇ、これなら……はぁっ!」
何か心当たりがあったのか、目を見開いて両手から凄まじい閃光を放つ。フラッシュバンの光かと思うくらいの強い光に、俺は思わず目を閉じる。
真ん前に居たアリムはおそらく直撃しただろうが、ヴリコラカスの身体能力は強靭だと聞くし、もしかしたら大丈夫かも――
「■■■! ■■! ■■■■■!!!」
――大丈夫じゃなさそうだな。
リアクションからして「ぎゃー! 目が! 目がーーー!!!」みたいな事を言ってる気がする。
両目を手で押さえて首をブンブン振っている。アリムはもう自分がお姫様だって事すら忘れてるんだろうな。
「いきなり何すんのよ! まぶしいじゃ……って、喋れてる!?」
目に強烈なものをもらったアリムはエレナに食って掛かろうとしたが、その瞬間に自分の口から声が出ている事に気が付いた。
ペタペタと口や鼻の部分を触って、ちゃんと再生した事、崩壊していた自分の顔が元に戻った事を実感しているようだ。
水の魔術で簡易的な鏡を作り出してまで自分の顔を確認している。ついさっきまでエゲつない状態になっていたのだから、念入りな確認も当然か。
「いきなり法術を使ってしまってごめんなさい。少しでも急がないと、聖性があのまま貴方の身体を侵食する所だったの」
「聖性が浸食……。こ、コホン。別に気にしなくても良いわ。むしろお手柄よ! エレナ、貴方は臣下――いえ、フレンドにしてあげるわっ!」
「ありがとうございます。アリムさんのフレンドとして、改めてよろしくお願いしますね」
怒るつもりが、実は危機を救ってもらっていた。その事実を知って、態度を改めるアリム。そりゃあ命の恩人だもんな。
「で、貴方の身体は一体何なのよ!? 猛毒で出来てる訳!?」
「さっきエレナから説明されただろ。俺の身体は極めて聖性が強いんだよ。だから、存在が魔族に近いヴリコラカスにとっては猛毒なんだ」
「なら何故、猛毒と同時に天にも昇るような美味しさを感じたのよ……。あれだけ酷い目に遭ったのに、もう貴方の血を欲してしまう。あの美味しさをもう一度味わうためなら、この身がどうなっても良いと思えるくらいにどうしようもなく惹かれてたまらない!」
あー、そういや魔族化した女性のティアさんもそんな状態になってたっけ。
切り離された指を一本だけ消失しないように処理して貰って、死者の王が褒美代わりに与えたんだった。
食すと死ぬから舐めるだけに留めてたけど、それでも麻薬中毒患者みたいに悦に浸ってた。
「俺はこの世界の人間じゃない、いわゆる異邦人でな。異邦人の血肉は特別美味いらしい。本来ならただそれだけなんだが、ちょっと事情があって俺の肉体は聖性が強くてな。猛毒と美味が混在するややこしい状況になってしまっているんだよ」
「ゴクッ。そ、そんなに美味なんですか……えいっ!」
パクッと指を咥え込むエレナ。まるでアレを刺激するかの如く舌を動かすもんだから、指先からゾワゾワした感触が伝わって何か興奮する。
しばらく俺の指を味見していたかと思うと、なんかしっくりこなかったかのような表情で口を離し、尋ねてくる。
「おかしいですね。特に何か味がするという訳では無いような……」
「いや、人の血肉を食す魔族向けの味覚の話だからな」
こういう天然な所があるな、この人。ちなみにこの後、舐められた指をどうしたのかは伏せさせて頂こうか。
(確かに異邦人の血肉は特別美味しいですが、貴方の場合は聖性と掛け合わされた事でえも言われぬ程のとてつもない美味しさになっているのですよ)
ミネルヴァ様からの補足を頂いた。どうやらミネルヴァ様の作った俺の肉体と、元々の俺の魂が化学反応を起こして普通ではあり得ないような凄まじい事になっているらしい。
つまり、普通に異邦人の血肉を食しても俺とは同等の味にはならないらしい。後でアリムにハルの血を味見してもらって確かめてみるか……。
「じゃあ聖性の強くない異邦人を紹介しなさい。この湧き上がった欲求をどうにかしないと気が狂いそうだわ」
「丁度良かった。パーティーメンバーに一人、異邦人が居るから頼んでみるといい。問答無用で噛みつくのは無しだぞ。相手の嫌がるような事をしたら、またリチェルカーレに制裁をお願いする事になるからな」
「……わ、わかったわよ」
・・・・・
――翌朝。皆が集まる朝食の時間に話をする事にした。ちなみにアリムは俺の影の中で寝ていたらしい。
「ってな感じで、アリムが付いてきてしまったんだが……受け入れてくれると助かる」
「よ、よろしくお願いするわ」
アリムが俺に付いてきている事を話してくれたのは王だが、目の前にいる俺の陰に潜むアリムに聞かれないよう、その事は念話によって伝えられていた。
つまり、俺しかアリムが潜んでいた事を知らないはずなのだが、特に驚くなどと言ったリアクションが起きる事は無く、軽めのノリであっさりと了承してくれた。
よくよく考えてみればウチのパーティーメンバーは常人の域を超えている面子ばかりだ。各々何らかの手段で、既にその存在を感知していたのかもしれない。
一応はリチェルカーレによって制裁がなされ、初対面時のような高慢な態度は取らないように釘は刺してあるという顛末は伝えられている。
さっきもそうだったが、リチェルカーレの名前をちらつかせるだけでビクッとなるからな。ただ、それ以外のメンバーでアリムを抑えられるかどうかだな。
特訓の名目でアリムと模擬戦をしてみるのもいいかもしれないな。魔族の如き力があるというのなら、良い修行になるだろうし。
「ま、何をするにしても、まずは腹ごしらえだな。せっかくだ。アリムの歓迎会も兼ねようか」
「き、気が利くじゃないの……さすがは後の側仕えたる者の器ね」
ちょっと照れたように返事するアリムを見た女性陣の何人かが、一瞬目をギラつかせたような気がしたが……




