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421:ワインと料理再び

「くぅ~っ! やっぱ美味い物を食べるってのは幸せだな……」


 俺達はアヴォドロムの時と同じく、ワインを堪能しつつそれに合う料理を食していた。

 実は既にネグルーヴ・ネンヴェイスは発っており、次の国アジラグラーヴに入った所にある町まで来ていた。

 何故前の国を発ったのかというと、極端に言えばアヴォドロムからあまり変わり映えが無かったからだ。


 やはり近しい国は文化も近い。ヴリコラカス達はそもそもの種族が異なるから大きな違いがあった。

 しかし人間達は同じような感じの生活様式であり、街並や景色、料理や娯楽などは大きく変わらなかった。

 ならばと思い切ってもう国を飛び越えて見る事にしたのだ。その結果、文化に差異が生じてきた。


 当然の事ながら、ネグルーヴ・ネンヴェイスがダメだった訳ではない。ワインも料理も美味かったし、歴史的な物や良い景色も見られた。

 ただ、改めて詳細を語る程でも無いかなと思っただけの事だ。全ての事象について、何から何まで一から百の全てを書き記している訳では無いのと同じ。

 俺の旅の道中では、他にもあえて何も記さなかったような部分がある。その部分は俺にとって、特に後で掘り起こしたりするまでも無い部分だ。


 ……って、俺は誰に何を言い訳してるんだろうな。


「ヨーグルトソースを主体とした料理なのね。ヨーグルトって単品でデザート感覚で食べてたからこれは新鮮だわ」


 ハルが言うように、確かに俺達日本人の感覚からするとヨーグルトはデザートってイメージが強いな。

 だが、今食している料理の数々はヨーグルトサラダやヨーグルトソースをかけた料理だ。

 オーブンで焼き上げて作るような料理にもヨーグルトソースが用いられていたり、さらにはスープにも使われている。


 アジラグラーヴの位置が、俺達の世界で言うブルガリアの位置にあるのも影響してるんだろうな。

 ブルガリアと言えばヨーグルトだもんな。とは言え、発祥となったのはトルコらしいが。

 昨今ではヨーグルト以外にもワインが有名で、近隣国のモルドバやデンマークもワインで名が知られている。


 飲食を済ませた後、記念にとワインを買う仲間達も居た。俺もそれに便乗して一本ワインを買った。

 パーティとしての資金ではなく、個人資金でちょっとお高めのをな。価格にしておよそ五十万ゲルトといった具合だ。

 日本の通貨とほぼ同じくらいの価値らしいので、単純に五十万円程になるか。元の世界ではキツい買い物だな。


 酒好きなのか、リチェルカーレはデカいボトルで買っていた。確かジェロボアムって言うんだったか。

 通常のワインボトルは七百五十ミリリットルだが、ジェロボアムは三リットル。この世界でも同じ基準なのかは不明だが、パッと見では同等に見える。

 小柄な体躯でデカいワインボトルを片手にはしゃぐ姿はちと異様だな。元の世界だったら確実に注意されているであろう構図だ。



 ・・・・・



 宿の部屋に戻った俺は、早速用意したワイングラスに高級ワインを注いで一杯を堪能しようとする。

 戦場カメラマン時代にも堪能した事のない高級な一品。日頃飲んでいるようなワインと一体どのような差異があるのか。

 開封した瞬間に漂う芳醇な香りに大きな期待を膨らませつつ、さらに香りを際立たせるべくワインを注いでいく。


(あら。私のために用意してくれるなんて、気が利くわね)


 すると、ワインを注いでいた手の影から別の手が生えてきて、グラスを手に取った。

 そのまま手首、腕と順に姿を現していき、最終的に机の上に立つようにして全身が姿を現した。


「早い再会に乾杯……と言った所か」


 俺は特に驚く事も無く、もう一つグラスを用意して同じように注ぎ、香りを堪能する。


「……驚かないのね?」

「出立する時に王から聞かされていたからな。行動は全部筒抜けだったぞ」


 そう。いま俺の目の前に居るのはヴリコラカスの王女アリムだった。

 彼女は影の中に潜み移動する能力を持っており、その能力で俺の前から去って以降ずっと影の中に潜んで外にまで付いてきたのだ。

 王の話だと、アリムは非常に執着が強く、一度見定めた相手には地の果てまでも付いていくだろうとの事だ。


(父親としては寂しくもあるが、良い機会だし外の世界を学んできてもらう事としようか)


 王はアリムについてそんな事を言っていた。非常に強い執着心があると知りつつ、はどうにかしなかったのか……。

 基本的にヴリコラカスの世界は小さなコミュニティのためいつもまったりしており、外部からの侵略者も居ない平和な空間である。

 故にこそ色々な意味で狭い。まだ若く先の長い娘が、一生その中に篭っていては勿体ないと感じたのだろう。


「簡単な話だったわ。貴方が側仕えにならないというのなら、私の方から側に行けばいいのよ」

「いいのか、それで……」


 俺はワインを口にしつつ、アリムの話を聞く。うむ、やはり良い香りに合った濃厚な果実の味わいを感じられるな。


「いいのよ。それに、あの時試していなかった事もあるし……ね」


 そう言ってアリムが俺の人差し指を口に含んだかと思うと、ザクリと痛みが走った。

 これはあれか、吸血行為だな。ヴリコラカスは吸血鬼のように、血液からも栄養を摂取できるというし。

 やはり気に入った人間は味見してみたくなると言うやつか。喜ぶべきか悲しむべきか。


 そういやダーテで遭遇したティア・ツフトという女性も俺の肉体を味見したがっていたな。

 人間から魔族化した存在で人肉を食すようになっていた彼女にとって、特に珍しい異邦人の肉体は恍惚となって息が乱れる程に魅力的な物として映るらしい。

 俺の肉体は非常に聖性が強いらしく、魔の力を持つ者にとってそれは猛毒であり、非常に美味いのに食えないというジレンマを抱える事になる。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 ヴリコラカスはル・マリオン在住の種族でありながら性質は魔族に近いらしく、故に強大な力を持っている。

 だからこそ聖性は天敵なのだが……俺の肉体をそうとは知らず噛んでしまったんだよな。肉体が毒なら当然血液も毒って事だ。

 アリムは顔を押さえて悶絶しているが、聖性と魔の力が反応し合っているのか、彼女の顔から煙が噴き出しているぞ。


「■ー! ■■■■■!!!」

「!?」


 アリムが続けて何かを叫ぶが、俺はその時に彼女の顔を見て驚愕してしまった。

 煙が収まった彼女の顔は、何と目から下の部分がゴッソリと抉れた状態になっていた。

 鼻や口が無くなっていたから、まともな音すら発せなくなっていたんだな。


「■■■! ■■■■■■■■■■!!」


 俺はかつて、事故や戦争の影響で鼻や口を失ってしまった人、先天性の病気でそういった部位が欠落した人を見た事がある。

 普通に考えたら死んでもおかしくないような大怪我あるいは病状であろうが、それでも世の中にはまだ存命している人達が存在する。

 頭を砕かれようが死なないアリムにとっては大した怪我ではないハズだが、にしては慌てようが凄いな……。


「あー、もしかして……再生できないのか?」


 コクコクコクと物凄く強く首を縦に振るアリム。普通に考えて、顔面がこんな状態になってそのまま放置しておくハズが無いからな。

 リチェルカーレに制裁されていた時の事を考えれば、頭が損壊したらその瞬間にはもう再生が始まっていたから、傷付いた箇所の再生は自動なのだろう。

 にもかかわらず再生しないという事は、俺の血の聖性がアリムの魔の力になにやら干渉して再生を妨げているのかもしれない。


 ……とりあえずリチェルカーレに相談してみるか。

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