420:アリムの誘い
「貴方、私の側仕えにならない?」
「残念だが断る。俺は世界中を旅して巡るという大きな目的があるんだ」
「ヴリコラカスの王族であるこの私の――」
「さて、リチェルカーレは……と」
「――ゲフンゲフン」
俺が席を立とうとすると、アリムは大袈裟にむせて見せる。リチェルカーレの『制裁』は相当の効果があったようだ。
この先は何かやらかす度にちらつかせるだけで効果があるだろう。何せリチェルカーレは空間転移の使い手だ。不在の時に気を抜こうものなら、唐突に現れて改めて制裁する事も出来る。
「アリムの父である王からも苦言を呈されてたぞ。そういう傲慢さを控えるようにって」
「し、仕方が無いじゃない。そう育っちゃったんだからどうすればいいのかもよく分からないのよ!」
娘の態度に苦言を呈するくらいなら、王が自ら教育すれば良かったのでは……と思ってしまう。
一体誰がアリムの教育を担当していたんだ? まさかとは思うが、ユータレフ伯爵か?
「私の教育係ですって? とっくの昔に首となったわ。お父様の不興を買って『解体』されたと聞いているわ」
ヴリコラカスにおける『解体』とは、猟奇的なバラバラ殺人を行うという訳では無く、『生命体としての存在を解体する』という事らしい。
解体された者は一つの強大だった生命体だった時とは異なり、知性の乏しい無数の弱き生命体となってヴリコラカスの世界へ放たれる。
それが、この世界で見た生物――おそらく、城の周りを飛び交っていたコウモリだかカラスだかよく分からない不気味な存在の事であろうと思われる。
(多分その教育係の思想が強かったんだろうな。有害と判断されて処分されたか。だが、既に手遅れ――)
教育係がヴリコラカス至上主義を叩き込んだに違いない。もはやアリムにとってはその思想こそが基本となってしまっていたか。
父である王やユータレフ伯爵でも矯正が難しいほどに歪んでしまっていた。手遅れと感じたからこそ、リチェルカーレによる苛烈な制裁をお願いしたのだろう。
王が実の娘に対して苛烈な制裁を行えるとは思えないし、臣下である伯爵も立場的に――あるいは実力差の面で制裁は不可能であったと思われる。
「いくら死んでも甦る能力があるからって、人のために命を賭けられる貴方は逸材だわ。やはり、一国の王女だからかばってくれたのかしら?」
「いや、王女だろうが何だろうがもう見ていられなかったんだよ。俺からすれば、可哀想な目に遭ってた一人の女の子だからな」
「っ……」
言葉が止まるアリム。これはあれか。親族や側近の男以外には免疫がないやつ……
「だ、だったら! ヴリコラカスとか王女とか関係なしに、私アリム・ラーク個人の付き人にならない?」
「随分と買ってくれているが、さっきも言った通り俺の至上目標は世界中を旅する事なんだよ。歩みを止める訳にはいかない」
昔遊んだゲームで、旅先で出会った女性に一目惚れしてそのまま現地に留まり、仲間達と別れる事を選んだキャラクターが居たな。
そいつにとってはその女性こそが至上の価値となったが故の事だったんだろうが、残念ながら俺はそうならなかった。
俺はまだまだこのル・マリオンの事を知らない。圧倒的に知らない事の方が多過ぎるくらいだ。世界への探究心はとても抑えられない。
◆
(な、何かしら……。割とぞんざいに扱われているのに、こう胸の奥が熱くなるような……)
アリムが男性に対する免疫が無いのは事実であった。王女ではなく一人の女の子として見てくれたというだけでキュンと来てしまった。
加えて自分――アリムの事を最優先にせず、己の目標を第一に考えるその姿勢。王女という立場では、こうして横に置いて考えられる事は一度もなかった。
そういう扱いも新鮮だったのか、アリムの心は今までに感じた事の無いような不思議な感覚に包まれていた。
(こんな人間、もう二度と出会えないような気がする。最初で最後の機会かもしれない。でも――)
どう足掻いても、自分という存在の価値を竜一にとっての旅以上に高める事が出来ない。
何せ出会って間も無いのだ。蓄積するだけの物が全く無い。それに加えて、第一印象もあまり良くなかった。
かと言って、竜一という存在を見込んでしまった以上、力で強引に従わせるのは話が違ってくる。
(こんなの初めてよ。私は、一体――どうするのが良いのかしら……)
◆
ふと黙り込んだと思ったら、アリムがベッドのシーツに染み込むかのようにして姿を消してしまった。
後でリチェルカーレに聞いたら、どうやらアリムは『影に出入りする能力』があるらしく、その力で城に帰ったのだろうとの事だ。
これも一種のテレポート系能力なのだろうか。影を移動できるという事は、今回とは逆に唐突に現れる事も出来る訳か。
その後、俺達はユータレフ伯爵の案内で集落のお店を利用させて頂く事となった。
隔離された空間で暮らす狭いコミュニティ内に向けたお店なので観光客など対外的に向けた製品は無く、飲食物や日用品が主な物だった。
しかし、ヴリコラカス独自の文化による産物という事もあり、外部の者からすればそれらも充分に珍しい土産となった。
何と言ってもヴリコラカスは通常の人間とは異なり生命力の強い存在だ。味覚や耐性も異なる。
調味料の中には人間なら即死するであろう程に凄まじい激辛の物が存在したり、本来なら毒のある部分を切除して調理するような物がそのまま加工されていたりする。
例えるならフグの内臓を取らずにそのまま……みたいな感じだ。ヴリコラカスにとってはそんなもの毒でも何でもないという事なのだろう。
珍しい品である事には変わりないのでとりあえず買っておこう。うっかりそのまま食さないように気を付けねば。
ヴリコラカスにとっては何でもない日用品を物珍しそうに見る俺達を、店の主人と思われる女性は不思議な顔をして眺めていた。
非常に憶病だと言われていたが、さすがにコミュニケーションに支障が生じる程では無く、普通に会話は成立している。
「あの、本当に宜しいんですか? それらは、私達が普通に食している物や日用品で、お土産として作られている特別な品では無いのですが……」
圧倒的な力を持つ存在であるハズなのに、非常に腰が低いヴリコラカスの女性店主。買い物している俺達にとても気を使ってくれている。
伯爵の案内で外部からの来客を招き入れた事で、初めて対外的な製品を用意していない事に気付いたようで、どうしようか思案している様子だ。
この領域に観光客が来るのかどうかは知らないが、もしかしたらこれをきっかけにそういった製品を作ろうとしているのかもしれない。
・・・・・
その後、俺達は色々と買い物を済ませ、改めて王達に挨拶を済ませた後に通常空間へと戻ってきた。
今度はネグルーヴ・ネンヴェイスの人間達の領域――つまり表向きに存在している国を散策するという流れだ。
当然ながら、こっちでは国王に挨拶しに行くとかの流れは無い。ヴリコラカスと違って、別に懇意にしているとかのコネがある訳でもないしな。
一方で対外的な交流がほとんどなかったあちらとは異なり、こちらには観光名所やお土産と言った物が存在する。
それらを巡りつつ、またお腹がすいてきた頃にでも食事を堪能するとしよう。飲み食いばっかな気もするが、それも観光の醍醐味だ。
土地上では同じ場所であってもヴリコラカスと人間では文化が異なるし、料理も全く同じ物が出てくる訳ではないだろう。




