416:ワインと料理
聞いていた通り、アヴォドロムという国はワインが盛んな国のようだ。
ウナ・ヴォルタから南下してそのままアヴォドロムに入った俺達は、早速その謂れを目にしていた。
どうやら北部、中央部、南部、南東部と大まかにブドウの栽培地域が分かれているらしい。
その地域同士が「我こそは」と鎬を削って質の高いワインを生み出そうと努力しているのが美味さの秘訣との事だ。
他の地域がより美味いワインを作ったのなら、自分達はもっと美味いワインを作ろう。そうやって常に上を目指し続ける良いライバル関係だ。
これが方向を間違うと『美味いワインを作った相手を潰す』という方向へ動いてしまい、ワインの質が向上しなくなってしまうからな。
他にも世界最大級のワインセラーがあり、その総延長は数百キロにも及び何百万本ものワインを貯蔵しているという。
あまりにも広大なため冒険者ギルドによってダンジョン扱いされており、ワインセラーの中から特定のワインを探し出してくるというクエストもある。
長い年月をかけて築かれてきた物であるだけに、現在では把握しきれていない箇所も少なくないらしい……。お宝発掘が出来そうだな。
「確かにとてつもない広さだな……。これはダンジョンだと言われても不思議じゃない」
俺達は実際にそのクエストを受けて、世界最大級と言うワインセラーの中を歩いて対象のワインを探している所だった。
壁に開けられた穴の中に大量の瓶が並べられており、穴の下側にはその区画を示すナンバーが振られている。
しかし、区画が膨大過ぎるため管理しきれていないワインもあり、クエストに出されるのはそういう探し出すのが困難なワインの類だ。
「いや、これ一本一本を把握するの無理じゃない? この区画だけでどれだけあるのよ」
「モンスターは出ないとの事ですが、ある意味ではモンスターと戦うよりもしんどいかもしれませんね」
「管理しきれていないという事は、つまり依頼で出されているワインが本当にあるかどうかも分からないという事では……」
「その辺はちゃんと裏を取ってるね。無いものを探し出せなどと言う依頼を出そうものなら、出した方が罰せられてしまうからね。製造記録自体はしっかり残ってるから、置き場が分からなくなってしまったというだけだね」
女性陣のぼやきが聞こえる。ワインセラーを見学したいからと、ついでに依頼を受けたのは俺だったりする。
興味ない層からすれば「なんだこれ」って感じなんだろうか。その一方で真剣にワインセラーの様子を見て回ってるのはセリンだ。
「ふむ、これはクセの強い獣肉に……。こちらはガツンとハーブや香辛料の効いた料理に合うかもしれません。ここは宝の山ですね」
セリンは世話係として料理もこなすからなのか、非常にワインに詳しいらしく、銘柄を見ては何に合うかを口にしつつ手元のメモに記録を取っていた。
姿は見せていないが、おそらくフォルさんもワインの確認はしているだろう。後でチェックしたものを注文するのかもしれない。
「私は学生だからまだワインは飲めないけど、こういう不思議な場所は見ていて楽しいね」
『この区画に漂う濃厚で芳醇な香気。我ら精霊にとっても悪くないな。人間はよくぞこのような物を生み出したものだ』
ルーはまだ未成年ながら楽しんでくれている。ありがたい事だ。俺やハルは肉体的には若いが、実際に生きている年月は長いからセーフだろう。
途中で大きなタルが並ぶ区画や、少しレイアウトを変えてワインが並ぶ区画を通り、途中で何組かの冒険者やら観光客らとすれ違いながら区画を移動。
しばらく進むと、指定されたワインと同様の種がまとめられた区画に到着。おそらくはこの一帯にあるのだろうとは思うが……。
「さて、後はこの中から探し出すだけか……」
「その必要はないよ。それっ」
リチェルカーレが前方に人差し指を突き出すと、先端から伸びた光がとある一角のワイン瓶を指し示す。
実際確認しに行ってみると、そこには依頼書に書かれた物と同じ銘柄があった。物探しの魔術みたいなものがあるのか?
「……もしかして自力で探したかったかい?」
「いや、そんな魔術があるんだなと」
「これもあの面倒くさがりのエンデルが開発した魔術でね。自身の中に知識や記憶として存在する物なら探し出せる」
「ありとあらゆる知識の補完を目指してるお前なら、大抵の物は探し出せてしまいそうだな」
「そんな事は無いさ。アタシでも探し出せない物はあるよ。例えば『ミネルヴァ様の探し物』とかね」
……ミネルヴァ様の探し物?
(竜一さんにも探して頂きたい気はしますが、アレは『運命』に導かれる物。来るべき時まではいくら探そうが見つからないかもしれませんね)
つまり、アレとやらが「今がその時だ」と思う時まで表に出てこない――みたいな感じか。
(察しが良くて助かります。そもそも、今現在どのような形状で存在しているかも把握できていませんし)
まぁ心の片隅に留めておく程度にするか。とりあえずワインを依頼主に届けて目的を達成しよう。
・・・・・
俺達はギルドに併設する食堂で打ち上げを行っていた。
何と今回の依頼主は、探し出したワインの必要本数を多めに算出しており、余りを俺達に分けてくれたのだ。
俺は早速、頂いた芳醇な赤ワインと香辛料・ハーブの強い肉料理を合わせて堪能する。
「この国って実は白ワインの方が比率が多いらしいからね。こちらも合わせて楽しもうじゃないか」
リチェルカーレは錬った生地を焼いた料理――中にチーズが入っているのか? それらを口にしつつ白ワインを堪能している。
女性陣にはサッパリ目の方が合うのかな……と思いきや、肉料理をガツガツ食っている割合の方が多いくらいだ。
美味い物を前にしたら、もはや栄養とか健康とかいちいちそういう細かい事は気にならなくなるよな。喰える時に喰うのみ。
「なんかごめんね。ルーだけお酒が飲めないのにはしゃいじゃって」
「気にしないでくださいハルさん。この葡萄ジュース、実質ワインからアルコール抜いただけのようなものらしいですし、似た味を堪能できてると思ってます」
見た目と中身が異なる俺達は何を言われようとも構わないが、ルーは実年齢でれっきとした学生だからな。
別にこっそり飲んでもバレやしないとは思うが、だからってやってしまわないように自制できる心はとても大切なものだ。
バレなければやってもいいと思ってしまうのは心の弱さ。そういう事を既にやっている俺自身に突き刺さる言葉だな。
「こういうグルメツアーみたくのんびりと楽しむのも良いもんだな」
「ウナ・ヴォルタは慌ただしかったものね。食を楽しむ心を忘れたくは無いわね」
見た目は十代後半の俺達が乾杯してワインを飲む。元々の世界なら確実にアウトとなる構図だ。
しかし、俺の中身は三十代のおっさん。ハルはエルフの里への潜入任務で何十年も過ごしたという精神的には俺よりも年上。
とは言え、仮に俺達の年齢が肉体通りであったとしても、この世界ならギリギリお酒を飲める年齢らしいが。
「若いもんが細かい事気にしてんじゃないよ。今を楽しもうじゃないか」
酔ってるのかどうかは分からないが、ご機嫌なリチェルカーレが俺の背中をバンバン叩いてくる。
そうだな。気にせず楽しもう。もし深酒をしてしまったとしても、法術による治療で何とでもできるしな。
この地でしか食せないような物もあるだろうし、変に遠慮せず行けるだけ行ってみよう。
「気に入った物があったらテイクアウトをお願いするといい。空間収納なら賞味期限とか気にしなくていいからね」
お言葉に甘えて、軽いやつはテイクアウトにして、ガッツリ系はこの機会に堪能しておくか。
次の国はリチェルカーレの知り合いだという『希少種族』が居るらしいからな。何が起こるか分からん。




