039:精霊達は気が付いた
コンクレンツ帝国の首都シャイテルに居を構える皇城。それを守るべく立ち塞がるのは八人の男女だった。
八属性それぞれに長けた魔導師団の部隊長。言わずもがな、この国における魔導師達の頂点に立つ存在である。
平時は部隊ごとに散開しているため、部隊長が勢揃いして戦いに臨むのは非常に珍しい事であった。
そもそも、彼らが揃わなければならない程の敵が現れた事など無かった。それ故か、各々の表情には緊張が見て取れる。
相手が相手だけに一般兵は待機させた上での少数精鋭。最大戦力を一気にぶつける作戦に打って出たのだ。
門の前に並び立つ八人の前に、ついに敵が姿を現す――
『ねぇサーラ……。君達は、一体何と戦おうとしてるんだい?』
「ヴィント、まだ顕現する指示を出していないわよ」
風の部隊長サーラの横に、ふわふわと空中に浮かぶ少年が姿を現した。
小さな子供のようにも見えるが、薄緑色の肌をしておりトンボのような羽を持つ風の精霊である。
『いいから答えて! 僕達が戦うべき敵は……何?』
ヴィントが睨みつけるようにして再度問う。威圧感に思わず息をのむサーラ。
精霊は人間や他の生物とは領域が異なる上位存在。あくまでも人間とは彼らが好意で契約してくれているに過ぎない。
故に精霊からの信頼を裏切れば、人間とは次元の違う圧倒的な力が敵ではなく契約者の方へ向く事となる。
ヴィント自身が望む事もあり、普段は手のかかる弟のように接しているサーラだったが、この時ばかりはそれが許されなかった。
恐怖を感じさせる程の威圧を以って、ヴィントは上位存在の『精霊』として、下位存在の『人間』に質問をした。
「て、敵はアンデッド系最上位モンスターのリッチとその眷属……です」
『ハッ、アレがリッチの眷属だって? 本気で言ってるのかい?』
ヴィントが指し示した『アレ』とは、彼らの前に現れたリッチの眷属だという男女の事である。
サーラが見る限りでは、ただの少年と少女にしか見えない。少年は冒険者風、少女は貴族のお嬢様のようにも見える。
まだ実際にその戦いぶりを目の当たりにした事が無いから仕方がない事なのだが、精霊達の反応は違った。
『人間達には解らないかもしれないけど、僕達は何となくとわかるんだ。アレはそんな生易しいものじゃない』
精霊は人間では分からない領域の事を感知する出来る。故に、人間よりも先に対象のより深い部分まで解ってしまう。
『……アレは、本来なら僕達なんかが手を出したりなんかしてはいけない部類の存在だ』
「貴方がそこまで言うなんて、一体……」
『けど、帝国を守りたいという君のパートナーとしては、立ち向かわない訳にはいかないよね』
ヴィントが目線を横へやると、他の部隊長達も同様にパートナーの精霊から説明を受けていたのか、一様に戸惑った顔をしているのが見受けられた。
一方で精霊達は、ヴィントを自身含め何か重大な覚悟を決めたかのように重い顔つきとなり、精霊同士で何やら目配せをし始める。
『なるほど。みんな同じって事か。お互い、愛すべき主に出会えて幸せ者だね』
「ヴィント? ……待って、何をしようとしているの?」
しかし、その言葉に何も返す事なく、ヴィントは飛び出していく。それに続くようにして、大小様々な精霊が飛び出す。
他の部隊長のパートナーである精霊達だ。彼らは目配せをした際、既にどう行動するかを決めていた。
『まずは僕からだ! 全身全霊で風を集め、ぶつける!』
両手を前方に突き出し、魔力を凝縮して風へと変え、それを放出。まるで竜巻のレーザーだ。
狙い違わず一直線に突き刺さったそれは、天を突くような巨大な竜巻を発生させる。
余波で暴風が吹き荒れ、部隊長達も思わず足を取られて吹き飛びそうになるが、その直前に光の壁が展開され、風が収まった。
『人間の皆様は、この命に代えても私が護ります』
「……フルール?」
『大丈夫ですよ、ラニア。こう見えて私、護りには自信があるんです』
植物のドレスを身に纏い、花の冠を付けた木の精霊フルール。大きさは三十センチくらいだろうか。
小柄ながら身に宿している力は大きく、彼女の展開したバリアにより、完全に余波の暴風はシャットアウトされている。
『四の五の言っていられない状況だ。水の……アレをやるぞ』
『仕方がありませんね。本来、火の精霊と組むなどあり得ないのですが、状況が状況ですからね』
続いて体長十メートル程の蛇型の竜――炎の精霊サラマンデルと、人魚を思わせる姿をした水の精霊シレーヌが並び立つ。
対極にある属性とあってか相性が良くなく、お互いに良く思ってはいないが、協力し合う事が出来たのならば大きな力を発揮する事が出来る。
今こそまさにその時と言わんばかりに、サラマンデルが口からビーム状の炎を吐き、それに合わせてシレーヌが水柱を噴射する。
敵に当たると同時に火と水もぶつかり、首都全体を激しく揺らす大爆発が起こる。この一撃で、首都全体に先程とは比べ物にならない勢いで暴風が吹き荒れる。
フルールに守られた部隊長達は何ともないが、まだ首都内で活動している兵士達や冒険者達にとってはたまったものではないだろう。
『続いては私が! 太陽の力を借りて極限にまで練度を高めた光の収束魔術……受けるがいい!』
白き甲冑を身に纏い、背中に一対の翼を持った天使のような光の精霊、リッターが続く。
掲げた剣に自身の力と太陽から借りた光の力を集め、それを勢い良く振りかざす事で光の奔流を叩き付ける。
まるで天空から熱の塊が降ってきたかのようだ。近辺が人間では耐えられないくらいの熱さに包まれる。
フルールの顔が苦痛に歪む。いくら精霊とは言え、同じ精霊の全力の攻撃の余波を受け止め続けているのだ。その負担は大きい。
『ククク、容赦ナイナ……。ケド、ソレハ我モ同ジ事』
黒き霧が一カ所に集まり凝縮し、無機質な顔が刻まれた球体を形作る。闇の精霊ネブラだ。
彼は口から闇を凝縮した漆黒のエネルギーを噴き出す。瘴気にも似た負の力は、過度に浴びると人間にとっては有害極まりない。
『グルゥゥゥゥゥゥ……!』
全身が岩で構成された数メートルほどの巨人――土の精霊ルペスが、敵へぶつけられた負の力ごと岩石の壁で囲い込む。
言葉こそ発さないが、他の精霊達は人間達に被害が及ばないように気を使ってくれた彼の意図を察していた。
『最後は俺様だ! ド派手に行くぜえぇぇぇぇぇぇぇ!』
黄色の髪を逆立てた少年のような姿の雷の精霊オスカーが、全身から夥しい程の電撃を発生させて力を溜める。
そして、ルペスの作った岸壁や、その内に籠った闇の力ごと完膚なきまでに打ち砕く、人知を超えた落雷が首都シャイテルを撃ち貫く。
フルールの契約者であるラニアも、フルールを支えるようにして背後に立ち、バリアの維持のためにその力を貸している。
余波でさえここまでしなければならない程の威力。それらを立て続けに、かつまともに浴びせられた敵達……。
部隊長達もさすがに同情を禁じ得なかった。しかし、その一方で精霊達は微塵も気を抜いている様子が見られない。
それもそのはず、全てが終わったと思われたその場には、少年少女がまるで何事も無かったかのように立っていたのだから。
・・・・・
「いやぁ、さすがに敵の本拠地だな。いきなり全力全開でぶっ放してきたぞ……」
「コンクレンツ帝国でアタシに障壁を展開させるだけの攻撃を仕掛けられる存在となると、間違いなく精霊だろうね」
「精霊? もしかして、あそこに並んでるバリエーション豊かな奴らか?」
そういや精霊という存在が居る事は聞いていたが、実際どんなものなのかは見た事が無かったな。
こうして見てみると人間みたいな姿をした奴らに竜や人魚、岩の巨人に霧状の存在と、実に様々な姿形をした奴が居る。
俺も精霊契約を試みてみたい所だ。いつか、俺との契約に応じてくれる精霊が居ると良いんだが……。
「確かコンクレンツ帝国の部隊長クラスは皆精霊使いだったハズだし、彼らの契約精霊で間違いないだろう」
「にしても、容赦のない歓迎ぶりだったな。自国の首都ベッコベコじゃないか」
自分達が立っているのは、攻撃によって生じた数十メートルはあろうかというクレーターの上だ。
周りは余波によって少なからず崩壊しており、俺の世界で取材をしていた戦地のような惨状となっていた。
間違いなく首都としては機能しないだろう。戦いが終わったら復興が必要になるな。
「考えてみりゃ俺達のやってる事って侵略なんだっけ。首都一つ犠牲にしてでも敵を倒せるなら安い犠牲……って事なのか?」
「おそらく、そういう理由じゃないと思うよ。精霊達は人間では分からない事が解ってしまうが故に、アタシ達が『ただの人間ではない』って事に気が付いたのさ」
「ただの人間……あ、そうか。俺はミネルヴァ様によって作られた身体に魂を宿す存在で、お前はミネルヴァ様によって肉体を改造された存在だったな」
「精霊達からすれば、アタシ達は『精霊達にとっての母なる存在の力をその身に宿す存在』として映っている。当然、得体の知れない恐怖に襲われた事だろうね」
実際に精霊の一人――緑色の少年をしっかりと見据えてみると、確かに目が合った途端にビクッと震えたかのようなリアクションを取っている。
他の精霊も同様だ。岩の巨人と霧状の存在は正直良く分からないが、見た目かなり強そうな竜の精霊ですら、少し後ろに退いていた。
「そんな恐怖なら逃げりゃあいいのに、なんでまた正反対の事をやってきたんだ?」
「契約者が帝国を守りたいと思っているからさ。精霊との契約は相性もあるが、信頼が大事だ。主との絆が強い程、主を裏切れなくなる。だからこそ、ヤケクソで全力の先制攻撃を仕掛けたんだろうさ」
得体の知れない恐ろしい相手でも、何かされる前に速攻で片づけてしまえば問題ないって理論かな。
まぁ、それも無駄に終わってしまったけどな。ご愁傷さまだ。待っているのはリチェルカーレの手痛い反撃だぞ……。
何せ同伴者相手にも容赦のない荒行を課すんだ。それが敵対した相手ともなれば、想像するだに恐ろしい。
リチェルカーレは何を考えているのか、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
性格から考えて、単純に強力な攻撃の一発であっさりと終わらせるとか、そういう事はまず無いだろう。
ただ相手を倒すのではなく、ついでに心すらも完膚無きまでにへし折るとか、そういう一手間を楽しむタイプだ。
「決ーめた。さぁ、ここからはアタシのターンだよ」




