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411:茶番

 そこそこ兵士達の数が減ってきた頃、俺は少し離れた場所に魔力の収束を感じた。

 魔力と共に殺意も感じる。十中八九この俺に向けられた狙撃だろう。いいぞ、撃ってこい。

 その直後、応えるようにして俺の脳天が撃ち貫かれた。いわゆる魔力狙撃ってやつか。


 ◆


「軍の前に立ち塞がる敵を撃て……か。随分と楽な依頼だったな。この程度の敵に苦戦していたというのか」


 高くそびえ立つ岩場の上、魔力による狙撃を済ませた男がやれやれとばかりにぼやく。

 指を銃のように見立てて狙撃したためか、任務終了と共に指先へフゥッと息を吹きかけるのがこの男の癖だった。


「全くだな。あの程度の狙撃で死ぬなんて情けないにも程があるよ……なぁ?」

「あぁ、余りにもあっさり過ぎて物足りないくら――なっ!?」


 何気なく言葉を返してしまったが、狙撃地点には自分一人しかいないのに誰かから声を掛けられるのはおかしい。

 一体何者が現れたのかと振り返ろうとしたが、その瞬間に後頭部にゴリッと何か固い物が押し当てられた。

 彼は悟ってしまった。当てられている物が何かは分からないが、これは己の命を握る物であると。そして、自分はここで終わりなのだと。


「本当は何も言わず不意打ちでもしようかと思ったんだが、こうすると自分が死ぬって自覚出来て良いだろう?」

「……悪趣味な事だ。だが、俺は死の間際だろうと取り乱しはしない。素直に敗北を受け入れるさ」

「高尚だな。気のいい奴ならその潔さに免じて……とかやるんだろうが、残念ながら俺はそう言うタイプじゃないのでな」


 タァン! と、一発の銃弾が狙撃手の後頭部へ撃ち込まれる。同時に顔面が砕け散った。

 ただの銃弾ではなく、闘気を込めた銃弾。故にその威力は飛躍的に増しており、単に頭を貫くだけでは終わらなかった。

 当然、撃たれた男は即死である。さすがにここまで頭を破壊されてしまってはどうしようもない。


(この世界は元々の世界とは違う。普通に撃った程度じゃ死なないかもしれないからな。すまないが、念入りにさせてもらう)


 彼――竜一自身がミネルヴァより授かった特殊能力で『死んでも蘇る』という特性を持っている。

 そしてこの世界に存在するモンスターは並外れて生命力が強い。首を斬り落とされようが首だけで襲ってくる者も居る。

 人間も何らかの手段で死を超越するような能力を経ている場合もあるため、竜一は過剰に頭部を破壊したのだ。


(さすがに杞憂だったか。後は残る兵が撤退してくれれば楽なんだが――)


 ◆


 俺が元々居た場所へ目を向けると、生き残った兵士達は這う這うの体でありながらも奥へ進もうとしていた。

 どうやらやる気だけは限界を振り切っているようだな。これは殲滅しなければならないか?


「引く気はないのか? 俺は別に殲滅しようなんて気はないんだ。引き返してくれさえすればそれでいいんだが」

「ひ、引ける訳がないだろう! 我々は国を背負ってきているのだぞ! 何の成果も無しに引き返しなどしたら処刑されてもおかしくはないのだ!」


 なるほど。そういうタイプの国の兵士だったか。何の成果も得られませんでしたで帰るのは許されないと。

 成果も無しに帰って侮蔑と共に処刑されるくらいなら、任務の過程で果てた方がまだ『名誉の戦死』として格は保たれる。

 元々の世界でも、戦争でそういう価値観だった国は存在したからな。日本の特別攻撃隊にも通じるものがあるな。


「そうか。ならば名誉を勝ち取って生きるしかないな」

「元よりそのつもりだ! 行くぞ、皆!」

「「「「「おぉーーーっ!」」」」」


 俺と会話していた兵士はどうやら率いる立場だったらしく、まだ戦意を失っていない部下達に発破をかけて突撃してきた。

 大きく剣を振り回して斬りかかってきたが、俺はガードするでもなく避けるでもなく、そのまま受ける。

 当然の事ながら肉が斬り裂かれて血が噴出するが、もはやこの程度の事なら一瞬で法力を巡らせて無痛に出来る。


「ひぃっ! 止まらないぞこいつ!」


 他の兵士がさらに斬りかかってくる。俺の身体はさらに斬り裂かれ、やがては右腕も斬り飛ばされる。

 すげぇな。これだけやられても痛みを生じさせていない。法力による麻酔とか考え出した神官は控えめに言って狂ってるぞ。

 その上で自身を回復させながら時間を稼いで壁役を少しでも長く継続させるって、常人の発想じゃないよな。


 だが、俺はあえて回復の方は行っていない。このまま兵士達の攻撃を受け続ければ当然の事ながら死ぬ。

 兵士達も必死なのか、明らかにオーバーキルだろってくらいに攻撃を続けている。痛みは遮断しているが出血は止めていない。

 やがて俺は意識を保つのも難しくなり、その場に倒れ込んでしまう――


(やれやれ。死んでも甦るのはいいが、裏を返せば死なないと蘇れないって事だもんな……)


 肉体が死ぬと、俺は不可視の霊体のようなものになって漂う事になる。

 この状態で移動も可能だ。見えない上に浮いているので、存命時よりも移動の幅は広い。

 狙撃手に撃たれた後、奴の背後に現れたのもこの状態で移動していたからだ。


 その後は復活を念じるだけでいい。以前死んだ時の肉体は消失し、新たに肉体が再構築される。

 ご丁寧に衣類などの装着品もそのまま元に戻る。蘇る度全裸とかになるとかじゃなくてホント良かった。

 死んでも甦ると言うよりは、死ぬ度に新たに生まれ変わってるようなものかもしれないな。


「うわぁ! 復活してきた!」


 当然の事ながら、肉体を再構築して再び姿を現すと大層驚かれる。

 何故わざわざ相手に殺されてからの復活をやったのかと言うと、相手の心を折るためだ。

 俺と言う存在がどれだけやっても倒せる相手じゃないと悟り、諦めてもらう。


 しばらくこの茶番を続けると、さすがの兵士達も疲労困憊となってその場に突っ伏してしまった。

 勢い良く部下を煽っていた上司も、俺と言うどうしようもない存在を前に言葉を失い、行動を起こせないでいる。

 一方の俺はあえて抵抗せずにいたため何度も死んだが、その度に蘇ってはピンピンしている。


「なぁ、さすがに諦めないか? こんなイレギュラーが発生したなら、さすがに国も悪いようにはしないだろう」

「ぐ、ぐぬぬ……」

「もうやめましょうよ小隊長。我々ではこの男をどうにか出来る手段がありませんし」

「それに処刑云々も別に明言されている訳ではありませんよ」


 さっきの処刑云々は小隊長の思い込みと言う可能性もあるのか。部下へ発破かけるために言っていたのかもな。

 とにかく小隊長は成果が欲しいらしい。俺としては悪い意味で有名にはなりたくなかったが、仕方がない。一つカードを切ろう。


「成果無しで引き返せないというのなら、俺と言う存在を知った事は充分な成果じゃないか? 不死の化け物だぞ? 存在を周知するだけで国にとっては大きな脅威を知れた事になるし、今後の命運を左右するかもしれないぞ」


 皆殺しにしてしまえば早いとは思うが、それでも俺はその選択肢は最後の最後にしたいと思っている。

 もしかしたら俺に注目させる事で厄介事を引き起こしてしまうかもしれない。俺の事を聞いた国がどう出るかも予測できないしな。


「……退こう。このままこの者に挑み続けるより、成果を持ち帰った方が生きる望みがありそうだ」

「感謝する。ここまでやっておいて信じてはもらえないかもしれないが、皆殺しにはしたくないと思っていたんだ」

「いや、我々が攻撃の手を緩めなかったからこうなったのだろう。もし我々が最初から対話に応じていたら違ったのではないか?」

「それは否定しない。俺はあくまでも『追い返す』のを目的としていたからな。穏便に済むなら、それが良かった」


 背を向けて歩き出す兵士達を見送る。数十人程度ではあるが、殺さずに済んで良かった。

 既にその何倍何十倍以上の人間を殺してしまっている身の上でこんな事を言うなど、戯言にも程があるんだがな。

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