408:やってきた傭兵
「これではウォーミングアップにもなりませんね……」
『そりゃそうでしょ。シルヴァリアスの力は本来、世界を脅かすような強敵に備えてのものなんだから』
銀の武装に身を包むレミアは一人、無数の敵の屍が横たわる平原に立ち尽くしていた。
・・・・・
数分前、レミアが地面に剣を突き立てて行く手を塞ぐように待っていた所、何処かの国の軍隊が現れた。
そんな彼女の姿を見て部隊長らしき男が「邪魔者は蹴散らせ!」と号令をかけたため、レミアは相手を敵と認識し剣を横薙ぎに振った。
ただそれだけで、溜まった埃を撒き散らすかのように迫ってくる兵士達が薙ぎ払われてしまった。
斬撃は遠方の敵までも切り裂く剣閃となって飛んでいき、その軌道上に居た者達は例外なく上下に裂かれて崩れ落ちていった
運が良かったのは斬撃の衝撃波そのものの勢いで飛ばされてしまった者達であろう。その者達は切断される前にその場から離れる事が出来ている。
この一撃だけで敵軍が壊滅状態になってしまったため、レミアは早々にテンションが下がる事になってしまった。
「若干残った方々が居るようですが、どうされますか?」
「「「「「ひぃぃぃぃぃぃっ!」」」」」
念のため尋ねてみるが、自分達に声を掛けられたと気付いた者達は武器を捨てて一目散に逃げてしまった。
しかし、その直後――先程逃げたと思われる者達の「ぎゃあー!」という悲鳴と共に、ズシンズシンと重い足音が響いてきた。
レミアはこの時点で察した。先程の兵士とは比べ物にならない、何やら大きな力を持った存在が近付いていると。
「国を守る兵士が敵前逃亡とは、何とも情けねぇ事だなァ、オイ」
現れた者はまるで蛮族のような原始的な格好をした大男。獣の皮で作られたような、露出の多い荒っぽい衣服が文明との遠さを感じさせる。
衣服の下に見える肉体は筋骨隆々。まさに身体能力のみで生きて来たかのよう。そして何より、通常の人間と比べて明らかに巨大。
左手に事切れた兵士を持って引きずっているのだが、その兵士と比べても明らかに倍以上の体躯はある。そして、その体躯に匹敵する巨大な物を背負っていた。
「とは言え、確かにこの姉ちゃんはやり手のようだな。俺を雇って正解だぜ」
空いた右手で背負っていた物をつかんで手前に構える。それは大男の武器であり、見た目は巨大な金棒だった。
竜一がオーガから奪った金棒はどちらかと言うと細長い形だったが、大男の金棒は短くて太かった。とは言え、大男の体躯に合わせて作られたものであるためか、その長さは並の人間以上ある。
太さも筋骨隆々な男の体躯に合わせたかのようで、人間二人くらいまとめて潰してしまえそう。尋常ではない重量であろう物だが、それを片手で持っている。
「よぉ姉ちゃん、俺様はナイラ・ブラーブってもんだ! エヴィルトエガバスって傭兵団を率いてるんだが、知ってるか?」
左手に掴んでいた兵士を投げ捨て、自己紹介する大男――ナイラ・ブラーブ。
「エヴィルトエガバス……荒くれ者が目立つという傭兵団の中でも一際残虐非道で野蛮な集団ですね。その長が自ら参戦ですか」
レミアは過去に世界を巡っていた経験から、各地の事情にも詳しかった。エヴィルトエガバスの傭兵とも何度か戦った事もあった。
彼らは傭兵団の中でもタチが悪い部類で、金を支払った相手の言う事には従うものの、その過程で略奪行為や無用な殺戮も行う事で知られていた。
依頼者に迷惑が掛かるような相手を狙ったりまではしないが、そういう支障が生じない範囲では好き勝手に動いている。
「ご存じとは嬉しいねぇ。せっかくだ、姉ちゃんも何者か知りてぇな。かなりのやり手なんだろう?」
「私はレミア・ヴィント・ヘルムヴァンダンと申します。かつて『さすらいの風』という冒険者パーティで『シルヴァリアス』を名乗っていたと言えば通じますか?」
「さすらいの風……だと!? しかも、シルヴァリアス……。はっ、この場面でフカシこくメリットは何もねぇし、おそらくは真実なんだろうな」
見た目に反して、意外にもナイラは頭も回るタイプだった。傭兵稼業と言うものは常に命懸けであるため、猪突猛進だけではやっていけない。
罠や謀略と言ったものに巻き込まれるのは日常茶飯事。相手の出方を読めなければその時点で命を失うような事例は決して少なくない。
だからこそ、レミアの名乗りも真実であると見抜き、同時に決して油断できない相手だと気を引き締める。彼はかつて、さすらいの風のメンバーと交戦した経験があった。
「なぁ姉ちゃん。さすらいの風の一員ならゴルドリオンって知ってるよな。俺様はかつて、ソイツにやられちまった事があってなぁ」
「彼と当たってしまったのは実に運がありませんね。リーダーはメンバーの中でも特に次元が違いましたから」
「姉ちゃんをリベンジの相手にするのは筋違いだとは分かっちゃいるんだが、今の俺様の力があのさすらいの風に対してどれだけ通じるのか試してみたくなってワクワクしてきたぜ!」
ナイラは金棒を振りかぶり、その場の地面へ全力で叩き付ける。大質量の金属の塊はあっさりと地面を砕き、轟音と共に震動を発生させた。
破壊の力は放射状に伸びて広範囲に渡って地面を砕く。その崩壊に巻き込まれる形で、転がる死体がさらに原形を失っていく。
戦場において死者が丁重に扱われる事は稀だ。幾人もの兵が死んだ後もなお戦いが続いているような場所で、死体を回収などしている暇はない。
「これから姉ちゃんにぶつける一発はこんなもんじゃねぇぞ! 木っ端微塵にしてくれる!」
最初の一発はあくまでもパフォーマンス。見せつけて威圧してやろう位の気持ちで放ったものだった。
しかし、レミアは全く動じていない。地面を揺らす激しい振動にも微動だにせず、表情も涼しいままを維持している。
高く跳び上がったナイラを静かに見据え、金棒を振りかぶりながら下りてくるのを棒立ちで待ち構えていた。
「うおぉぉぉぉらあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ズガアァァァァァァァン! と先程以上の勢いで叩き付けられる金棒はより大きな音と衝撃を生み、さらに広範囲の地面を破壊し、その周りにも嵐のような衝撃波を拡散。
倒れ伏した死体がタンブルウィードの如くゴロゴロと転がっていく。質量の軽い草とは異なり、容易に転がるはずもない何十キロもあるような質量が容易く転がされている事からも、その衝撃の凄まじさが窺える。
「へっ、どうだ。これが俺様の力よ!」
「なるほど。良く分かりました。これでは私の練習相手にもなりませんね」
「はぁ!?」
レミアは上げた右手一本でナイラの一撃を受け止めていた。地面が大きく破損しているため、衝撃自体は間違いなく通っている。
それはナイラ自身も感じていたし、周りに衝撃が拡散している事からも、威力そのものが打ち消された訳では無い。
単純に『圧倒的な力』でそれを受け止めただけだった。シルヴァリアスの力を引き出した今のレミアが引き出せる闘気はナイラの比では無かった。
巨大な棍棒が砕け散る。割れるとか折れるとかそんな生易しいものではなく、粉砕。一瞬にして塵と化した。
レミアからは唖然としているナイラの顔が見える。そんな彼の顔を、彼女はジャンプキャッチ。そしてそのまま地面に叩き付け――
「……手が汚れるので止めておきましょう」
その寸前で止めた。決して慈悲によるものではなく、単純に醜い男の肉片で手が汚れてしまうのが嫌だからという理由である。
ついでに、あえて生かす事で自分を付け狙うようにして少しは手応えのある相手に成長させようという意図もあった。
「良いのか? 俺は屈辱を与えた相手を決して諦めねぇぜ。姉ちゃんは勿論、ゴルドリオンもな」
「えぇ、お好きにどうぞ」
レミアの予想通りの反応である。戦意を削ぐ可能性もあったので、ゴルドリオンが故人である事は言わなかった。
「もうお気付きでしょうが、私に対抗するためには人間の範疇を大きく超えねばなりません。貴方にそれが出来ますか?」
「ちっ、今まで散々人間の範疇を超えてると扱われてきたが、ここに至って再び人間扱いされるとはな」
「これだけの扱いを受けて戦意を失わないのは立派です。貴方の傭兵としての在り方は肯定できませんが、一介の戦士としては評価しましょう」
「へっ、言ってくれるぜ……」
満足気な笑みと共に意識を失うナイラ。レミアは一人の新たなライバルを生み出し、その場を去るのだった。




